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箱庭の管理人  作者: つきたておもち
第4章

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 着替え終えた服を持ち、ジョイやディフと一緒に井戸の傍でアシアは自身の服を洗濯しようとしたが、結局は、ボクがアシアの服を洗います、と言って譲らないディフに負け、アシアは洗濯物をロープに干す作業をしているエイダの手伝いをする。

 アシアが着替え終えたと同時に、エイダは許可を得てアシアが寝泊りしている部屋に入って交換したシーツを手際よく洗い終え、シーツより先に洗濯し終わった服と共に次々と干していっていた。

「導師様に手伝って頂くなんて、罰当たりもいいところですね。」

 そうエイダは口にするが、アシアが手伝うことに恐縮している感は無い。どこか、楽しんでいる風があった。アシアもそのような態度のエイダへ特に非難するつもりは無く、むしろ気負いなく普通に接してくれていることに、新鮮味がある。

 そのエイダへ、

「先ほどはディフに寄り添ってくださり、ありがとうございます。」

アシアは先ほどの居間での、エイダがディフに気遣ってくれたことに感謝の言葉を口にした。

 アシアの謝辞にエイダは、いいえ、と答えると、

「私ではなく、ジョイを褒めてやってください。ジョイがディフに寄り添っていましたから。」

そう答えた。

 その言葉にアシアは井戸の傍でディフと並び洗濯をしているジョイを見遣る。見遣った先のジョイは洗濯をしながら何かディフに話しかけており、話しかけられたディフは笑顔で応え、何か言葉を返しているようで、楽しそうだ。

 そういえば、先ほど厨房へ入ったときも、ジョイはディフへ何かを話しかけていたことをアシアは思い出す。落ち込んでいたディフへ、彼は今のようにずっと語りかけていたのだろう。

「あとでジョイにお礼を言います。」

 彼らを目を細め見つめ、柔らかな表情のそのアシアへ、エイダは、

「ロイに、そんなにご立腹なさったのですか?」

と、訊ねてきた。

「ロイは、もしかしたらセディと同じで、導師様に感謝の念を抱いて、その気持ちを表しただけかもしれませんが。」

 ロイの子どもはジョイのひとつ年下の男の子で、ジョイとは幼馴染になる。この村自体、50世帯よりも多いくらいの小さな村であり、皆が顔見知りだ。その中でも子ども同士、仲が良かったロイの家とは、セドリックもエイダも特に懇意にしていた。長年付き合いのあるロイは抜け駆けをするような人物とは思っていない。

 アシアは、そうですね、と言うと、

「もし、ロイの真意がそうであったなら、何故、彼は直接セドリックの家に僕を訪ねて来なかったのですか?」

アシアは洗濯物を干す、その手伝っている手を止め、

「僕がセドリックの家にお世話になっていることも、ロイは知っていたと思います。それなのに何故、畑の作業をしているジョイとディフに託けたのでしょうか。」

そうエイダに問う。

 アシアからの問いにエイダも作業の手を止め、アシアと向き合い暫く考え、

「導師様に対して畏れがあったから、と考えられますが。」

少し首をかしげながら答えた。

 その答えに、アシアは即座に首を横に振り、否定した。それならば、セドリックの、この家の玄関先でセドリックに託ければ良いだけだ。子どもたちに託ける必要は無い。

「ロイは、ディフを僕の従僕か何かかと思ったのではないでしょうか。」

 アシアはいったん、ここで言葉を区切り、エイダを見遣る。

「このような小さな村です。ディフが村の子どもではないことは一目瞭然ですし、ディフはジョイと一緒に畑作業をしていた。ロイが思いついた先は、ディフは『導師 アシア』と関わりのある子どもだ、といったところでしょう。」

 続けてアシアが自身の考えを話すその琥珀色の瞳の奥は、ほんの僅かだが怒りの色が見え隠れする。

「しかもジョイの畑仕事の手伝いをしている。ディフが『導師 アシア』の身分に近しい者であればそのようなことをするはずはなく、ならば『導師 アシア』の身の回りを世話する子ども、と考えたのではないでしょうか。」

 アシアは大人の邪な画策にディフを巻き込みたくないのだ。ただでさえ彼は、身体的にも精神的にもまだまだ衰弱している状態だ。その彼を、アシアに関することで、彼の体力や精神力を削りたくなかった。

 アシアのそのロイに関する考えの発言にエイダは、すっと真顔になりひとつうなずくと、ウルフのことですけど、と今までの会話の流れとは違う話題を口にする。

「導師様とディフが我が家へお越しくださった際のウルフのディフへの洗礼は、番犬としては優秀で、セディに忠誠を誓っているからだ、と導師様はウルフを褒めてくださいました。それなのに、何故、ウルフへ導師様の力を使われたのですか?」

 アシアはエイダのその問いに即座に、

「最初の威嚇であんなに怯えてしまっていたディフに、さらに畳み掛ける必要はなかったでしょう。」

少し強い口調で答える。

 あの時、ディフは怯えきっていた。もともと戦意などなかった。セドリックを守るためとはいえ、ウルフはやりすぎだと思った。それ以上この小さな子どもへ、畳み掛ける必要がどこにあるのかとも思った。そう思った瞬間、腹立たしくなり、反射的にウルフへアシア自らの気を放り投げてしまっていた。

その行動は考えて、のことではない。感情に走った結果だ。それが事の真相だった。

「だって、ディフが可哀想じゃ、ないですか。」

 アシアが最後にぽつりと落としたその言葉を聞いたエイダはいったん、目を少しだけ見開いたが、すぐに柔らかく微笑んで、井戸の傍でジョイと一緒に洗濯をしているディフへと視線を送る。

「ディフは導師様から、とても大事されているのですね。」

 ディフを見るそのエイダの顔に浮かんでいるその笑みは、母親が子どもへ対して浮かべる笑みにアシアは見えた。街中で、宮中で見かける、母親が子どもに思いを馳せるときに浮かべる笑顔だ。アシアが幼かった当時は気が付かなかったが、成長してから振り返ってみればアシアが小さい頃、ノアがアシアに向けて浮かべていた笑みと一緒だった。そしてアシアが成長した今でも、時折、ノアはアシアへその微笑を浮かべる。

「大事に、していますよ。」

 大事にしているに決まっている。本来なら、アシアが拾う必要の無かった命だ。あの時、あのまま、踵を返したまま、アシアは立ち去っても良かったのだ。あの男の要求に応じる必要など、どこにもなかった。

 アシアは、彼が『ノィナ』としての生をあの場で終えても構わなかった。アシアが彼を拾うことなく立ち去り、その後、彼が『ノィナ』としての生を終えても、彼の魂は暫くの休息の期間を経たあと、再び肉体を得て新たな生を歩むことを、アシアは知っている。

 『人』はそれを幾度も幾度も繰り返す。それがこの箱庭の摂理だ。

 だから、アシアが『人』の作った法をわざわざ犯してまで、彼を助ける必要は無かった。そもそも『人』の魂の循環に『導師』が関わるものではない。

 それを一時の感情に流され、彼の命を掬い上げてしまったのだ。掬い上げた以上、拾ってしまった以上、最後まで彼の生に責任を持つのは当然のことだと、アシアは思っている。

 ディフを大事にするのは、大事だと思うのはアシアの責務、だからだ。

 アシアが拾い、その名を与えた限りは、彼が『ディフ』としての生を全うできるよう、アシアが面倒を見るのは当然のことだ。

 義務と責務から、『ディフ』を大事にしている。それ以外に何があるというのか。

「ロイに、ウルフにご立腹されたのは、ディフを思ってのことだったのですね。」

申し訳ありませんでした、と、エイダが頭を下げ、謝罪する。

 けれども、エイダがアシアへ謝罪すべきところはどこにもない。どちらかといえば、エイダはディフに対して、アシア以上に情を注いでいるように見える。

 アシアはエイダからの謝罪の言葉に、

「僕はエイダが思っているような、ディフに対しての情は持っていません。」

否定する。

 その言葉にエイダは瞠目したが、アシアの顔を見るとすぐに、そうなんですね、とアシアの発言を受け止めた。

 しかし、

「でも、ご立腹なさったのですよね。」

と、少し目を伏せながらエイダは小さく呟いた。


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