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箱庭の管理人  作者: つきたておもち
第4章

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 それは、一見、普通の笑顔に見えた。けれども、にこやかではあるが、瞳の奥は笑っておらず、怒りの感情が湛えられている。アシアが怒りを湛えた冷笑を浮かべたことで、この場の空気が変わった。

 そのような大人ふたりの反応にジョイは少し息を飲んだが、やっぱり不味かったかな、と頬を掻くだけだった。しかし隣に立ち笊を抱えていたディフは、セドリックとアシアの反応に今までの表情から一変し、みるみる青ざめ固まってしまった。

「あの、ボク、」

と何かを言おうとするディフは、心なしか少し身体が震えているようにも見える。

「導師様、セディ。」

 そのときエイダが突然椅子から立ち上がり、アシアとセドリックへとても綺麗な整った笑顔を見せると、

「この子たちが収穫してきた物を、厨房へ一緒に片付けに行きますね。」

中座を失礼します、と自身のマグカップを携え、ジョイとディフにねぎらいの言葉をかけて、厨房へと誘う。

 エイダに促されるも笊を抱えたまま硬く固まってしまい、動こうとはしないディフの傍にエイダは近寄ると、ディフの背中にそっと手を添え、

「さっきの香茶があるの。野菜を片付けたらジョイと一緒に飲みましょう。」

セドリックやアシアに見せた笑顔とはまったく違う、優しげな微笑みをディフに向けた。

 エイダから背中に手を添えられた瞬間、ディフはその身体を一瞬、びくりとさせたが、ディフの身体の小さな震えは止まった。震えは止まったがそれでもディフは笊を抱えたまま動くことができず、アシアへと視線を移し、あの、と弱々しい声を落とす。

 何か言いたげなディフの視線を受けた先のアシアは、先ほどの纏っていた怒りをたたえた気は何処かへ、一転して狼狽と困惑の表情を浮かべている。ディフの様子にどうしたらよいのか解らないといった感じだ。

「導師様。」

 そのアシアへ、ディフの傍に立つエイダが声をかけ、綺麗な笑顔を浮かべたまま意味ありげにディフを見下ろした。

 そこで初めてアシアはエイダと同様にディフへ農作業の手伝いをしたねぎらいの言葉をかけると、

「香茶をディフよりも先に頂きました。とても美味しいですから、厨房でエイダから貰っていらっしゃい。」

アシアは先ほど浮かべた笑顔とは違った、いつもディフに向けている、柔らかな笑みを浮かべた。

 その笑顔を向けられたディフは、ほっとした表情へと変化させると同時に、固まっていた身体が解けた。そして、はい、と肯き、再びエイダに促されるがまま、厨房へと足を向ける。その彼らのしんがりのジョイがアシアやセドリックたちへ振り返ると、意味ありげに軽く肩をすくめ、ディフの後に続き厨房へと入っていった。

 エイダやディフ、ジョイが厨房へ入りその姿が見えなくなったとたん、セドリックが、しまったな、と小さく呟き腰を下ろす。

「エイダ、怒っていましたね。」

 その向かいでアシアも気まずそうにセドリックへそう声をかける。

 ジョイもエイダが怒っていることに気が付いていた。厨房へ入る前に彼がセドリックたちへ見せた動作は、そういう意味だ。

 エイダは感情に任せて、怒鳴ったり声を荒げたりはしない。怒りを向けるとき、彼女はいつもひとつ息を呑んでいる。それは彼女が、彼女の感情をそのまま出さないためだ。子どもたちへ注意するときも、諭すように話す。声音も抑揚がなく、淡々としたものであるが、それが却って、子どもたちには怖いようだった。

 セドリックはその反対で、感情に任せた言葉を吐く。先刻のが良い例だ。怒りも喜びもその声や表情、態度に素直に出てしまう。それはセドリックの長所でもあり、短所でもある。エイダから『一拍、間を置いてから行動に移してください』と、常から注意を受けている所以だ。

 人を傷つけるような言葉は言わない、は当然のことだが、そのような言葉を吐かなくても、感情に任せた行動は、相手を傷つけてしまうことがある。先ほども、セドリックにはそのつもりはまったくなかったのだが、結果的にはディフを傷つけてしまった。

 たいていの子どもなら、あれ位の感情を大人が目の前で吐き出しても、多少は吃驚はするだろうが怯えはしない。しかしディフは、養親の家で大人たちに虐げられて育ってきた子どもだ。大人の顔色を窺い、それに合わせての会話や行動に移すのが習慣になっている。特に今は、アシアへの信頼が芽生えた分、アシアに見放されてしまうことに、酷く怯えている。

 先ほどのセドリックとアシアとの会話は、ジョイの報告にセドリックが感情を吐き出したことが発端で、アシアの呆れとやや怒りの感情のある雰囲気を醸し出してしまった。ジョイの報告からではあったが、肝心の『モノ』はディフが抱えていた。そこからディフは自分が、アシアから呆れられアシアの怒りを引き起こしたのではないかと感じ取ったのだろう。アシアの怒りは、決してディフに向けたものではなかったのに、彼はそう受け止めてしまった。

 今までなら、ディフは悪しき習慣で、すぐに謝罪の言葉を口にしていたのだが、今回はそれすらできなかった。恐怖と怯えが彼の思考も表情も行動も固まらせてしまった。

 そのようにディフに思わせてしまった、させてしまったセドリックとアシアに対して、エイダは静かに怒ったのだ。そして、ディフの感情を敏感に受け止め、いち早く行動に移した。この場からディフを切り離し、この大人たちの雰囲気は決して、ディフが引き起こしたものではない、と彼女は暗に伝えようとした。

「あとで、エイダから小言だ。」

 まいったな、といったセドリックのその言葉に、

「僕も一緒に、受けます。」

と、アシアが答える。

「いや、さすがに『導師様』に小言は言えないだろう。」

と、発したところで、何かを思い出したのかセドリックは黙した。

 そういえば、と、今までのエイダのディフに関する言動を思い返せば、彼女はディフに情を移していた。ディフにこの家では気持ち良く過ごして欲しい、といった言葉や、夜中にもかかわらずジョイの幼い頃の服を引っ張り出して、ディフの身丈に合うようにと朝までかかって詰めていた。

 それらを鑑みると、『導師 アシア』へのお小言も、今の彼女なら恐れ慄くことなく、するかもしれない。

「まぁ、なんだ。俺たちが悪かったんだからな。」

甘んじて一緒にエイダの小言を受けよう、と苦笑するセドリックへ、アシアは疑問符を口にした。

「そもそもの発端は、セドリックですよ。長老とだけの面会をおおごとにしてしまったのは、セドリックですから。」

それがなければ、このような展開にはなっていませんから、とアシアは不満げな表情だ。

「先ほどの、ディフへのことは僕も悪かったと思っていますし、それに関してはエイダの小言を一緒に受けます。」

が、と、

「そもそものところについてを、村の役員の人たちにセドリックは訂正してきてくださいね。」

にこり、と微笑する。

 その部分は、アシアも引かないようだ。セドリックがアシアをこの村に村長の立場で招いたのは、長老と会って欲しい、だった。アシアが主張するように、『村人』とではなかった。

 アシアのその言葉に、セドリックは両手を挙げ了解の意を示し、

「今から、調整してくる。」

と、椅子から立ち上がった。

 立ち上がったセドリックを見上げながらアシアは、

「長老と僕とセドリックだけの面会だと、セドリックに対して村人からの妬みが出てくるでしょうから、面会の人数を、長老とセドリック以外、2人くらいにしてください。」

そして、と、

「セドリックやエイダが迷惑でなければ、面会の日程は5日後で構いません。面会日までの間、僕は村の中を自由に散策しますから、村の人たちは気軽に僕に話しかけてくだされば、と思います。」

これが僕の精一杯の譲歩です、とアシアなりの提案をしてきた。

 先ほどまでは頑なに長老とだけの面会に拘っていたアシアからのその提案に、セドリックは少し驚く。

 アシアが村人たちとあまり積極的に関わろうとしないのは、セドリックとの関係を、『導師』と『人』の垣根を越えた関係を、と切望していたときに見せたアシアの傷ついた表情から察するに、彼が今まで歩んできた中で出逢った『人』に、失望させられたり、憂いたりするような場面が幾つもあったのではないだろうか、とセドリックは推察している。その中で、アシアから気に入られた『人 セドリック』は、何故、アシアから気に入られたのかは、セドリック自身、未だ理由は解らない。そうは言っても、セドリックからアシアへ、自分がアシアから気に入られた理由を敢えて言葉にして訊くのも野暮な感じがし、そのような疑問をアシアへぶつけるのは、酔った勢いのときでないと難しい。そもそも『人』と『人』であっても気が合う、気が合わないも直感でしかないのだから、『導師』と『人』であっても、その辺りはなんら変わらないのかもしれない。

「それは、助かる。」

と、セドリックはいつもの人懐こい笑顔をみせる。

 そして、

「ディフに謝ってから長老宅へ行ってくる。」

マグカップを携え、厨房へと足を向けた。

 アシアも、僕もディフに謝ります、と言いながらマグカップを携え席から立ち上がると、セドリックの後に続き厨房へと足を運んだ。


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