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セドリックは暫くの間天井を仰いでいたが、おもむろに視線をアシアへ戻すと、
「やはり、駄目か?」
と、眉を下げた、いかにも困っています、といった表情で再度訊ねる。
『5日後、長老と村役員との面会』といったところも、村長として精一杯、役員達のさまざまな意見を取りまとめた結果なのだろう。もしかしたら、アシアとの面会は村人たち全員と、といった意見も出ていたかもしれない。この内容でも譲歩した結果なのだとは思う。
が、
「何故、村の人たちは僕と会いたがるのですか?」
当初は、セドリックは長老と会って欲しいと、アシアに申し出た。この村が導師の手によって拓かれた場所だといった逸話を、代々伝話しているからだ、と。アシアはその申し出に首肯したのであって、村人たちと面会する約束はしていない。村人たちとの面会といった申し出なら、アシアは断っていたかもしれない。
それに正直なところ、セドリックの申し出だったから、長老との面会を受け入れたのだ。この申し出た人物がセドリックではなかったら、長老との面会も引き受けなかっただろうし、そもそも『導師』という身分を明かしもしていなかっただろう。
「村の連中が『導師 アシア』との拝謁を希望する理由、か・・・」
アシアの問いに少し考え込む様子を見せたセドリックへアシアは、問いを変えます、と言うと、
「何故、セドリックは僕、『導師 アシア』と長老を会わせたかったのですか?」
村人のことではなく、セドリック自身のことへの問いに変えた。
アシアが自身を『導師』であることを明かしたあとに、村に伝わる導師の逸話とともに長老と会って欲しいからと、セドリックはアシアを村長という立場で正式に村へと招待した。『村長 セドリック』はどのような意図でアシアを招待したのか。
その問いに、俺か?、とセドリックは自身を指差すと、
「そりゃぁ、小さい頃から導師様の逸話を散々聞かされてきたし。このような豊かな良い土地に村を切り拓き、俺たちの先祖を導いてくれた導師様への感謝の気持ちがあったからな。」
いつかまた、導師様がこの地へ足をお運びいただく機会があったなら感謝の意を伝えたいという思いが根付いていたからだ、と話す。
セドリックのその言葉に、では、と、
「『導師 アシア』がこの地に村人を導いた導師でなくても、セドリックは感謝の意を伝えたかったのですか?」
アシアは問いを重ねる。
その問いにセドリックは間髪いれず、
「当然。」
と、答えた。
「導いてくれた導師様に感謝は当たり前だが、『導師様』という存在に感謝ってとこだな。代々の長老にそう教えられてきたし、今の子どもたちも長老からそう教えられている。」
そう口にしたあと、あぁ、そうか、と呟くと、
「俺は『導師 アシア』に、この地に導いた『導師様』の代わりとして、俺自身が何か恩を返したかったのかもしれん。長老は単なる口実だな。」
そう言って、人懐こい笑顔を見せた。
続けてのセドリックからの、迷惑だったか?、にアシアは、いいえ、と首を横に振る。
アシアはセドリックや村人たちからの感謝の言葉が聞きたくて、セドリックの招きに応じたわけではない。そもそもセドリックはアシアが導師だとは知らない、宿屋での交渉のときから、アシアとディフを自身の家に泊めるつもりでいたはずだ。あのときの、セドリックとの交渉に応じ契約を結んだ時点で、アシアはセドリックの招待を受けていたことになる。
「では、何故セドリックは宿屋で出逢った当初、『導師 アシア』ではなく、単なる『アシア』をセドリックの家に招こうとしたのですか?」
アシアは宿屋での契約のことを訊ねる。
セドリックは顎に手を当てると、
「そりゃぁ、アシアとディフを助けたかったからな。」
あの国からふたりを助け出したかったんだ、と答えた。
ずいぶん前から、あの国では人身売買が横行している、との噂はあった。この飢饉以降、それは噂話だけではとどまらない事実として、隣国の辺鄙なこの村にもその話は届くようになっていた。セドリックはその話を耳にして間を置かずして、隣国の宿屋でそれらしい疑わしい二人連れに出逢ってしまった。しかし彼、アシアと話をしてみて、セドリックは当人たちに肩入れしたくなった。隣国にとどまれば不幸になるのは目に見えていたし、ディフにいたってはアシアから取り上げられれば、死を待つしかなくなることも容易く予測できたからだ。
ディフは良い子だ。良い方向へ歩み出せるかもしれないチャンスを掴んだままでいて欲しかった。それにはアシアという人物の存在が必要だと思えた。だから、セドリックはふたりを隣国から逃がしたかった。
「アシアとディフ、特にディフにはゆっくりとその身体を休めさせたかったんだ。食べ物を与えて、少しでも体力をつけさせたかった。オウカ国までの旅路に見合う体力が、あるように見えなかったからな。」
少し遠くを見るようにセドリックは話す。そのセドリックへ、アシアは感謝の意で軽く頭を下げると、
「もし、僕が捕まり、ディフが取り上げられていたら、セドリックはどうしていました?」
もしも話を問う。
アシアからのその問いかけにセドリックは、そうだな、と一拍間を置いたあと、隣に座るエイダを意味ありげに見遣り、
「俺が養親として名乗りをあげていただろうな。」
そう答えた。
何かを含んだようなセドリックからの視線を受けたエイダは、特段反応もせず涼やかな表情で香茶を口にしている。それはエイダがセドリックを信頼している証のようにアシアには見えた。セドリックの判断に間違いはなく、そこからくる結果にはエイダも納得し、受け入れるものなのだ、と。
アシアはそのふたりのやり取りに柔らかな笑みを見せる。
が、すぐに真顔になり、
「長老の伝話についてはなんとなく、解りました。」
けれども、と、
「『導師 アシア』に面会を求めるものすべてが、セドリックのような思いである、と断言できますか?」
とアシアはセドリックをひたり、と見遣った。
アシアからの視線を受け、セドリックは返答に詰まってしまった。
朝の報告会での彼らの反応から、断言できる、とは言い切れなかった。中にはセドリックと同じく、導師様への感謝の意を伝えたいといった純粋な思いの者もいただろう。しかし、何人かは打算や邪な考えが働いていた者も確実に存在した。恩恵に預かりたい、と直接的な言葉を吐いた者もいた。それらを危惧したからこそ、長老だけへの話に、とセドリックはしたかった。小声での会話であっても、耳聡い者は必ずいるのに、人払いをせず、長老へ話をしたことがそもそも間違いだった。
「ただいま、母さん。」
そこへ、畑の世話を終え、収穫物が入った麻の袋を携えたジョイと、何か動物の肉らしき塊が入った笊を両手に抱えたディフと、アシアの命で彼らについて行ったウルフが居間に入ってきた。
おかえりなさい、と出迎えの言葉をかけたエイダにジョイは、コレ、とディフが持っている笊を指すと、
「畑で作業していたらロイおじさんが、『導師様に』って、猪肉をくれたんだけど。」
貰って良かったのかな、とエイダに訊ねる。
それに対し反応したのはエイダではなくセドリックで、
「はぁっ?!」
と、大きな声を出し立ち上がると、見るからに肩をがっくりと落とす。そして片手で顔を覆い、大きな大きなため息を吐いた。
ロイは今年は村役員には当たっておらず、今朝の報告会には出席していなかったはずだ。報告会に顔を出していないロイが何故、アシアの存在を知っているのか。それは、報告会に出席していた役員、10名の中の誰かがその情報を漏らしたということであり、ロイが知っているということは、村人に広くアシアのことを知られてしまっているということになる。
大きなため息を吐いたそのセドリックの向かいでアシアは、
「僕への供物、ですね。」
と、今まで誰もが見たことの無い冷笑を浮かべると、優雅な動作で香茶を口にした。




