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アシアは何となくだが、その大木を植えたのはノアのような気がしている。この村近くの森があまりにも、オウカ国の、ノアとアシアが居を構えている森にそっくりだからだ。この地は、ここの森はアシアと同様に、ノアも好みそうな気で包まれている。そこから推測するに、この地に『人』を率いたのは、ノアではないだろうか。
この地に『人』が導かれ住みついたのは、長老から話を聞かないと解らないが、100年や200年前といった直近の話ではないだろう。それならセドリックはもっと『導師』を身近に感じているだろうし、伝説に近い話にはなっていないはずだ。つまり1,000年以上前か、下手をすれば創世記近くになるのか。
そうとなると、ノアはいったいいつからその生を受けているのだろう。アシアがノアに拾われ親代わりとして育てられてから200年近くは経つので、彼女は確実に200年以上の生を受けていることにはなるが、彼女の年齢はせいぜい、300年か、400年くらいだとアシアは勝手に思っていた。アシアが小さい頃、ノアに何度か年齢を訊ねたことがあったが、彼女は答えることがなかったし、アシア自身が年齢を重ねるごとに自分がいったい何歳になったのか数えることに厭きてしまったので、彼女もそうなのだと思っていた。ただ、彼女の口から何の答えも聞いていないので、彼女は本当に自分の年齢を数えることに厭きてしまっていたのかもしれないが。
今更ながらだが思い返せば、アシアはあまりノアのことを知らない。アシアが生れ落ちて彼女に拾われてから長い年月を共に過ごしてきた分、知ったつもりでいたが、彼女のことを知っているのは一緒に過ごした時間の中で共有した内容が多いように思う。
アシアが物心つく前の彼女の生活はどのようなものだったのだろう。アシアは何となく、彼女が過ごしてきた生活の延長上に、アシアが入り込んだ感覚でいて、彼女のことを知っているつもりでいたのだが、実際のところアシアを拾う前の彼女がどのような生を送ってきたのかについては、彼女の口から聞いたことがなかった。
そもそも彼女がアシアへ話す内容のほとんどは、『人』ともっと触れ合うように、だった。アシアは幼い頃はノアの後について回っていたので、彼女が触れ合う『人』たちと自然と言葉を交わしたり行動を共にしたりしていたが、成長し、ひとりで行動するようになってからは、『人』たちの勝手な思惑にアシアが振り回されることがたびたびあったため、自然と『人』と交わることを避けるようになり、森にあるアシアのお気に入りの池の傍でぼんやり過ごすことが多くなった。そのようなアシアにノアは、「最低限の導師としての務めを果たせ」、と王宮へと連れ出し、代々の王や王族に名を連ねる『人』たちへ、ノアと同じく教育係りとしての役割を担わされた。
アシアにとってノアは育ての親であり、また、『導師 アシア』の師でもあるためノアの命にアシアは逆らうことができず、気乗りはしないまでも表面上は素直にオウカ国の王族に名を連ねる『人』たちの教育係を引き受けていた。
そうは言え、オウカ国の王族に名を連ねる『人』たちは、アシアを敬いこそすれアシアを利用して何かを企むようなことはなかった。それはノアが長年、オウカ国の礎を培ってきた成果なのだろうと思う。他国と違い、ここまでの大国になったのは『導師 ノア』の功績があったからだ、と先代の王が、アシアへ感謝の意を述べたことがあった。
そのとき、功績と言われてもアシアはピンとこなかった。自分たちがしていることは、箱庭に住む『人』としてのあり方や、過去の悲しい出来事がなぜ起こってしまったのか、の考えられる原因などを説くことだけ、だったからだ。
アシアはたった200年しかこの生を受けていないが、この箱庭の中の国同士の争いや内乱などいくつも耳にしていたし実際に見てもきた。たった、200年の間でもだ。『人』はその魂の根幹に、争うことを好むモノが刻まれているのではないか、と呆れるくらいに、だ。
導師が説いても耳を傾けない『人』が多く、また、己が欲望を満たすために卑しい考えのもと、『導師』に近づいてくる『人』の多さにはほとほと辟易している。
「導師としての勤めを果たせ」と、ノアがことあるごとにアシアへ説教じみて言うが、アシアは何が導師の務めなのか未だ、解らない。『導師 アシア』が『人』とは違う力をこの手の中に携えていても、それを持って歴史の流れを大きく変える何かができるわけでも無く、ただ、地道に『説く』ことしかできない。
導師の務めがどういうものなのか理解できる者が、導師として創造主から選ばれれば良いのに、と思ってしまう。そしてそれは、『人』に対して好きという感情も嫌いという感情も持たない自分ではないのに、とも。
「そう言えば、セドリック。長老との面会はいつになりますか?」
朝食を摂るのもそこそこに、長老宅へと出向いたセドリックから、長老との話し合いの結果内容をまだ聞いていないアシアは、セドリックへそのように訊ねる。
面会は早ければ、今日の昼をまわってからか、遅くとも明日かと踏んでいたのだが、
「いや、それが5日後ということの話になったんだ。」
申し訳なさそうに、セドリックがそう答えた。
その答えを聞き、アシアの香茶を飲む手がぴたり、と止まった。そして、
「長老はお忙しい方なんですね。」
セドリックをまじまじと見る。『長老』という肩書きからアシアは長老という人物はかなりの歳を召した人物かと想像していたが、この村の長老は想像とは違い若い人物で多忙に動いているのか、と少し驚く。
それに対し、セドリックは、いや、と否定する。
「長老はいつでも大丈夫なんだが、村の役員たちの日程調整をしたら、そうなってしまった。」
村の役員たち?、と問うアシアへ、
「今朝の集まりは隣国の村へ支援物資を運んだ報告会だったんで、村の役員のほとんどが集まっていてな。」
そう答えたセドリックへ、
「その場で、僕のことを話したんですか?」
続けた問いは少し非難めいた色になる。
アシアの感情を敏感に感じ取ったセドリックは、それにおずおずとうなずくと、
「最初は長老への面会だ、と、長老だけに話していたんだが、」
いったん言葉を区切り、アシアの反応を窺う。特段表情を崩さずに、それで、と話の続きを促すアシアへ、
「長老と俺のその話を誰かが耳聡く聞きつけてだな。それで、皆が、『導師様に会いたい』と言い出して、最終的には皆の日程が合う5日後に面会だ、ということになってしまった。」
アシアはセドリックが憔悴して帰ってきたときの様子を思い出し、何となく、そのときの状況が目に浮かんできた。
『導師』という存在はただでさえ特殊だ。ましてやこの村は導師に導かれて切り拓かれたという逸話が残っている。彼らをいなすのにセドリックは相当苦労しただろうと推測できるが、だからといって、アシアは長老以外の村人と畏まった場での面会は望まない。人々が集う場で『人』たちが発する卑しい欲望と、向き合いたくはなかった。
すまない、と頭を下げるセドリックに、アシアはふわりと微笑む。
セドリックは解る。その微笑は拒絶の笑みだ。宿屋で出逢ったときにセドリックに向けた、あの笑顔だった。
「僕は行きませんからね。」
案の定、アシアの口からは拒否の言葉が返ってくる。
その言葉を聞き、
「やっぱりな。」
セドリックは天井を仰いだ。




