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箱庭の管理人  作者: つきたておもち
第4章

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「せっかく導師様が淹れてくださった香茶が、冷めてしまいますよ。」

 エイダのその声かけでアシアとセドリックが同時にエイダへと視線を移した。移した先のエイダは柔らかな綺麗な笑顔を浮かべ、この場に残った大人の人数分の、香茶の入ったマグカップを載せたトレーを持ち、

「居間で頂きましょう。」

と、先に立ちアシアとセドリックを居間へ移るよう誘う。

 セドリックとアシアは顔を見合わせ、再びふたりで軽く声を立てて笑ったあと、エイダの後につき居間へと移動した。

 アシアが摘んできて、アシアとエイダで淹れた香茶は、マグカップから立ち上る湯気からほんのり甘い花の香りがする。香りは甘いが、味はその香りを邪魔しないような平凡な、特にこれといって取り立てた味ではない。セドリックの記憶の中には今まで飲んだことはあった香茶だが、確かにこれはそうそう口にしたことは無い、珍しい香茶だ。

「子どもたちは陽が高くなる前に戻ってくるでしょうし、そのときに少し冷えた香茶を出しますね。」

冷めていても香りますから、とエイダが香茶の香りを楽しみながらアシアへそう伝える。

 アシアは、そうして下さい、と答えながら、エイダの『子どもたち』というその言葉には、エイダがディフもエイダの中に受け入れてくれている証に思え、自然と笑みがわいた。

 セドリックが、珍しいと言えば、と、

「アシア。夕べは、香茶をありがとう。」

 セドリックはアシアへ、昨夜のアシアが淹れてくれた香茶のお礼を口にする。

 礼の言葉は、自然とするりと発することができた。セドリックは、今まではどの言葉を発するにしても、少しの緊張感が伴っていた。それが、今は緊張感が無く、アシアを前にしていても、特に気負った感が無かった。先ほどのやり取りで、何処かにあったわだかまりが溶けたような感覚だ。

「ふふっ。」

 エイダはセドリックのそのような心情の変化に気付いたのか、それとも単に珍しい香茶を口にすることができたからなのか、セドリックの隣の席で少し嬉しそうな微笑を浮かべる。昨夜のエイダとの遣り取りから、きっと前者に違いないとセドリックは推測する。

「よく眠れることができた。」

 あの香茶のおかげなのだろう。セドリックは昨夜ベッドに倒れこむとすぐに記憶をなくし、夜間にいちども目が覚めることなく、気が付いたときはもうすぐ陽が昇るといった時間帯だった。疲れもすっかり取れ、目覚めもすっきりしていた。

「お役に立てたなら。」

と、嬉しそうな微笑のアシアに、

「アシアは香茶を普段使いしているのか?」

とセドリックは訊ねた。

 セドリックは隣国のアシアたちと出逢ったあの宿屋で、さまざまな国のたくさんの商人たちと話をしてきたが、香茶を知っている商人はほとんど居なかった。商人たちはセドリックの話を聞くと、そのような珍しい物があるのならと、この村に立ち寄り香茶の葉をみていくが、葉自体は特段珍しい物ではないらしく、どの森にも生えている葉のようだった。ゆえに彼らは茶葉を買うことをせずこの村を後にするのだが、その後、香茶が他国で流行ったという話を耳にすることが無かった。

 唯一、香茶の話を聞いたことがある、と言った商人の出身地はオウカ国であり、彼が言うには香茶を飲用しているのは王族や貴族といった上流階級の方たちだ、とのことだった。

「僕が住んでいる森にも茶葉は生えていますから、ノアと一緒に普段使いをしています。」

僕の住んでいる森でも、この葉はなかなか見つけることが難しくて、とアシアもエイダと同じように香りを楽しみながら、ゆっくりと香茶を口に含む。

 そのアシアへセドリックが以前、商人たちから聞いた香茶にまつわる話をすると、そうでしょうね、といった答えが返ってきた。

「確かに葉はどの森にも生えている、珍しくも無い葉々です。」

 ただ、と、

「香茶にするためには、葉の種類の話ではなく、どこの森に生えているか、が重要ですね。」

 アシアはゆっくりとマグカップを揺らす。と、ふわり、と花の香りが濃くなる。

「色々な国を訪ねましたが、僕が知る限りでは、僕が住んでいるオウカ国の王宮近くの森と、この村の森に生えている葉々でないと、香茶にはならないようですね。」

 その理由を問うセドリックへ、アシアは、

「たぶん、平たく言えば『土』が違うのでしょうか。」

 そのように答えるが、土?とセドリックは再びアシアへ問う。その問いかけにアシアは暫く考えるかのように黙し、そして、

「平たく言えばなので、本筋は違います。僕の住む森とこの村の森、いえ、この村全体を包む『気』のようなものが、他の地域と違いますね。」

とのアシアの言に、セドリックは具体的な意味を問うが、アシアからは、言葉にするのは難しいので、とそれ以上の答えは返ってこなかった。

「俺が出逢った商人が言うには、オウカ国では王族や貴族しか香茶を飲んでいないらしいじゃないか。香茶は高級品なのか?」

この村では水代わりに飲んでるんだが、とセドリックは訊く。

 それにはアシアは複雑な表情を浮かべると、

「僕とノアが住んでいる森の入り口にはノアが一種の結界のようなものを張っていて、森の中へ入ることができる者を彼女が選別しています。誰でもが入れるようにはしていないのです。だから、茶葉自体が希少価値となって、オウカ国では香茶は高級品なんです。」

あの森以外で摘んだ茶葉は、とてもじゃないですが飲めたものではありませんしね、と苦笑する。

 アシアのその話にセドリックとエイダは顔を見合わせると、

「アシアの話だと、この茶葉は高級品だということになるな。」

そう言って、セドリックは腕を組む。

「この村の森で茶葉が取れることは商人たちにはすでに知られているのだし。そうなればもっと彼ら商人がこの村にやって来そうなものなんだが。だが、どの商人たちもいちど来たっきりで、その後は姿を見ない。」

何故か、と疑問を口にする。

 単発でこの村に寄る商人だけの話ではない。定期的にこの村へ商品の売買に来る商人たちもそうだ。そこにはエイダの実家も含まれる。

 エイダの実家は隣の領地で大きめの商家だ。もちろんエイダの両親も何度もこの村に足を運び、セドリックの家に滞在してきた。セドリックとの結婚を当初は酷く反対したため、ふたりは反対を押し切り、半ば駆け落ちのような形での結婚とはなったが、ふたりの間に子どもが生まれてからは、孫可愛さに負けて、エイダの両親はセドリックの家に足を運ぶようになった。エイダの両親が他界してからも、エイダの家を継いだエイダの兄との親戚づきあいは続いている。

 その彼ら商人も、この村で、この家で、この香茶を口にしている。セドリックたち、特にこの村で生まれ育っているセドリックからしてみれば、香茶が特別なものとは思っておらず、井戸水を飲むように日々飲用しているのだから、客人が来たときも水を振舞うのと同じく香茶を出していた。なのに商売の感覚に長けている彼らが、この茶葉に未だ目をつけていない。茶葉の売買についての話は、ひとことも彼らの口にのぼったことが無かった。

 だから、香茶はそれほど珍しいものでもなく、商売にならないのだろう、とセドリックは思っていたのだが。

 アシアは、セドリックのその話を聞くと、あぁ、と言葉を落とし、

「この村全体にも僕の住んでいる森と同様の、一種の緩い結界が張られていますからね。」

村に入る人を選別しています、と、セドリックやエイダにとって今まで耳にしたことが無い答えがアシアから返ってきた。

 驚くセドリックたちへ、アシアは優雅な動作で香茶の香りを楽しみながら、

「あの村の入り口だと言う大木は、この村に『人』を率いて村を開拓した導師が植えたものでしょう。あの木が一種の結界の役目を果たしています。」

 そのように言葉を付け足した。


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