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箱庭の管理人  作者: つきたておもち
第4章

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 アシアとウルフとのそれら一連の流れを、ただ見ていたセドリックは、

「これじゃぁ、どちらがウルフの主か解らないな。」

頭をかきながら、ぽつりと呟く。

 セドリックのその呟きにアシアは、何を言っているのか解らない、といったような表情で、

「ウルフが忠誠を誓っているのは、セドリックにですよ。」

僕にではありません、と否定する。

 アシアはそうは言うがこの状況を見た者は誰もが、アシアがウルフの主だと思うだろう。

「いや、ウルフは概ね俺の命令を聞いてはくれるが、何でもかんでもではないからな。アシアに対してのようにすべてに素直に従わない。」

 軽くため息をつく。

 ウルフは3年前の森の中、親とはぐれてしまったのか、見捨てられてしまったのかわからないが、衰弱しきっているところをセドリックが見つけて連れて帰ってきた狼犬の子どもだった。なのでウルフが生まれたてに近い子犬のときからセドリックは彼の面倒を見てきており、母親代わりのところもあった。

 そもそも番犬として飼うつもりで、拾ってきた訳でも育ててきた訳でもない。衰弱しきっていたから拾って育てただけだ。彼が森に居るのであろう仲間のところへ帰りたければ帰れば良いとセドリックは思っており、ゆえに彼に首輪をつけることも鎖につなぐことも、小屋に閉じ込めることもせず、自由にさせていたし、今も自由にさせている。時々森に帰ってはいるようだが、それでもセドリックのもとに戻ってきているし、今も一緒の生活を続けている。また、ウルフが担っているセドリックの家や村の番犬としての仕事は、いつの間にか彼なしでは成り立たなくなってきていた。

 ため息をつき自己への評価を低く言うセドリックへ、

「彼が僕に従うのは、僕が『人』ではなく『導師』だからです。『畏れ』によるものであって彼の『忠誠心』からではない。」

最初に威圧しましたから、とアシアは苦笑いを浮かべた。

 威圧した、というのはウルフがディフに対して威嚇したあのときの出来事のことを指すのだろう。やはり、アシアはあのときに、ウルフに対して導師としての何らかの力を使っていたのだ。

「ウルフはとても優秀な番犬です。ことさら、セドリックへの忠誠心も厚い。だからセドリックたちに害を加えない人物である、と彼自身が確証しない限り彼はテリトリーに入ってきた者を排除しようと働いていますよね。それが、大人であれ子どもであれ、彼は関係なく。」

 アシアが言うように、セドリックが外出先から客人を連れ帰ると必ず、その客人はウルフの洗礼を受ける。何を基準にして彼が人を見極めているのかは解らないが、彼の基準に達した者だけがセドリックの家の敷居を跨ぐことができた。そして、彼のその慧眼は確かなものだった。

 ウルフは男性であろうが女性であろうが、また大人であろうが子どもであろうが容赦なく、洗礼を浴びせる。だから、ディフが御者台から降りようとしたときに、セドリックはディフがウルフの洗礼を浴びるであろう、そしてウルフに対して恐怖心を抱くであろうと危惧してディフを抱き上げたのだ。

 しかし、思い返してみるとあの時、ウルフはディフに対してだけ威嚇しており、最初はアシアには見向きもしなかった。それは、何故か。

「僕は、最初はウルフにとって、その辺りに落ちている石ころと同じだったんです。」

だから、威嚇する対象にはならなかったんです、とアシアは答える。

 そもそも『導師』は『人』とは違う世界にその命を置いている。『人』と言うより『箱庭』に住むあらゆる生き物たちと『導師』とでは魂の形が違う。だからウルフは最初、アシアを認識しなかったのだ。そして彼が認識し得た、彼の守る場所に入ってきた唯一の他者、つまりディフにだけ威嚇した。

「あの時、ウルフの威嚇にディフは怯えを見せました。彼の本能は鋭いです。弱者だと解ると、さらに徹底的に追い込もうと畳み掛けます。セドリックたちを守るために。」

本当に優秀です、とアシアは微笑うが、その笑顔には怒りが混じっているようにセドリックには見える。

「優秀すぎたんです、ウルフは。だから僕はほんの少しだけ、威圧しました。」

 その結果が、ウルフがアシアに対してひれ伏した、あの儀式のような場面になった。

 アシアは本当に、ほんの少しだけアシアが持つ気をウルフにぶつけただけだ。いや、ぶつけたとも言わない。放り投げ軽く当てた、といった表現が近い。それだけだったのに、ウルフは直ちにアシアに『畏れ』と『恐れ』を持って、アシアの前にひれ伏したのだ。

「・・・普段から、」

 セドリックはそこまで言って、口をつぐむ。つい、口をついて出てしまった言葉だった。その先を続けることで、アシアの何かに触れはしないかと一瞬、怯んだ。

 セドリックのその態度にアシアは瞬時に淋しげな表情を浮かべると、

「しませんよ。」

セドリックが訊きたがった答えを口にする。

 あのような、この『箱庭』のモノに『導師』の気をぶつけるなど、普段なら、しない行為だ。自分の身が危険にさらされない限り、絶対に行わない。

「・・・すまなかった。」

 一拍の間を置き、セドリックの口から次いで出たのは謝罪の言葉だった。セドリックは何に対して謝っているのだろうか、とアシアは思う。アシアにとって不快だと思えるような問いを口にしたことか、それともアシアに対して怯えを見せたことか。はたまた、その両方か。アシアへの呼称や話し方を制限したところで、彼との距離が縮まったようにはアシアはちっとも感じない。いつまで、どれだけ、どこまで、どのようにセドリックと向き合えば、彼との距離が、自分が望むところまで縮まるのだろうか。

 セドリックの謝罪の言葉に軽く首を傾げたアシアにセドリックは反応できず、黙す。自分は何に対して謝罪の言葉を口にしたのだろうか、と。

 先ほど、セドリックが次の言葉を発することなく口をつぐんだとたん、アシアは傷ついた表情を見せた。そして彼は、自分がそのような表情をしていることに気が付いてはいないのだろう。

 彼は『導師』だ。『人』ではない。心が動く場面が自分たち『人』とは違うかもしれない。自分たち『人』とは常識も価値観も違う。だから昨夜、セドリックがエイダに弱音を吐いたように、何が彼の心に触れるのか、セドリックには判断が付かない。ゆえにどのように『導師 アシア』と接すればよいのか解らず、彼への一挙一動に躊躇いがでてしまう。

 しかし、セドリックの態度に反応した彼のそのような表情を見ると、どうしても普通の青年にしかセドリックには見えなかった。


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