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 アシアは導師としての務めを果たしてきた中で、『人』から期待を寄せられることは、これが初めてではない。『人』は『導師』に対しては、何かしらの期待を寄せるのが常で、アシアは『人』から期待を受けるその真ん中で、導師としての教えを説いてきた。その中で、アシアはソレを今までいちども、重い、と感じたことはなかった。どちらかといえば年齢を経ることに、疎ましい、がいつしか増していった。それは『人』たちから受ける期待の中に、自分にだけの益を、権力を授かりたいという思いが見え隠れしていたのが見えたからだ。

 ただ、今なら、疎ましいといったその感覚は、そう感じてしまったことは、たんにアシアの思い違いもその中にはあったのかもしれないとも思っている。セドリックやエイダ、ジョイなどこの村人の彼らのように、自分だけに何かしらの恩恵を授かることを期待して、ではなく、畏敬の念による期待を向けた『人』も存在していたに違いない、と考えるようになった。

 彼らに出逢うまでのアシアは、アシアにとってイヤな存在の『人』にばかり意識が集中し、自分が抱いた『人』への偏見に近い感情を持った色で、今までアシアが出逢い、教えを説いていたその『人』たちをすべてそのような者だとしてひと括りにしていた。

 今なら、わかる。ソレはとても乱暴な思考だった。

 よくよく考えてみれば、アシアが知る数少ない導師たちでも、様々な考えを持っている。

 実際にアシアは育ての親で、導師としての師でもあるノアと同じ導師としての務めをアシアは果たしているのに、ノアとは『人』に対しての考え方も接し方もかなり違っている。

 ノアは『人』にとても愛情を抱いており、彼らをとても大切にしている。

 それは大切、といった言葉では表現しきれないくらいに、彼女はこの箱庭の住人を何よりも一番に思っている。彼女は常に彼らの近くに立っている。

 それはたぶん、ノアが拾い育てたアシア、よりも。

 いや、そう言い切るには少し語弊があるかもしれない。

 アシアはノアから過分なほどの愛情を受けて育てられたときちんと感じているし、アシアはノアを育ての親として、また導師の師として感謝も尊敬もしている。

 ノアはアシアのことを自分の息子、として接してくれているし、アシアはずっとノアの家族としての立ち位置だ。ノアがアシアへ向ける愛情は、家族に対してのものだとアシアは受け取っている。ただ日々アシアがノアと接する中から、ノアのこのアシアへ向ける愛情と、彼女が『箱庭に住まう人』へ向ける愛情は質が違うように、アシアは感じている。

 それはどちらが、彼女の向ける愛情が深いか浅いか、といった単純なものではない。例えるなら、やはり質が違うとしか、表現方法はない。

 ノアを母として、また導師の師として仰ぎ、彼女を導師のロールモデルとして育ってきたアシアは、彼女が『人』に接するその様のように、彼女が『人』へ思いを馳せるその様のように、アシアも『人』に接しなければならない、『人』へはノアのような深い愛情を持たなければならないと思い込み、彼女に倣って導師としての振る舞いをしてきた。そのおかげか、現在アシアもオウカ国の政の中枢に出入りでき、また彼らから意見を求められ、それを口にすることの許しと、アシアが述べる意見が採用されることも多い。しかも『導師 アシア』の意見を求められる場面は、たいてい国の今後の行く末が決まってしまうような場面だ。

 しかしアシアは、それでもそのことに今まで重みを感じたことはなかった。

 とはいえ、軽い気持ちでオウカ国の行く末を決めるような教えを口にしてはいない。『導師』としての責任で以って、アシアは『導師 アシア』の考えるそれらを口にしている。それらアシアが口にする意見は、教えは、今までアシアが『導師 ノア』から学んできた膨大な知識と、たかだか200年弱ではあるが、アシアがこの地に降り立ち見聞で得たものとの中からであり、それでも『人』からすればその内容はとても意味深いもののようだった。

『導師 アシア』の意見をどのような場でもありがたく聴き入れてくれる、オウカ国の政治の中心にいる者たちへ教えを説くことは、この箱庭の中で1、2位を争う大国の行く末を決めることであり、それはすなわちこの箱庭の行く末を示すことと同意語に近く、良く考えてみればとても重要な場だ。オウカ国やライカ国がこの先、どのように進んで行くのか、それ如何によってはこの箱庭が創造主の望む箱庭を維持できるかどうかがかかってくるかもしれないのだから。

 けれどもアシアは、それでもその政の中心に居る者たちへ教えを説くこと、『導師 アシア』の意見を述べることに、今のこの場のような重責を感じることはなかった。

 それは、アシアの傍に常に『導師 ノア』が控えていたからかもしれない。彼らは『導師 アシア』のみではなく『導師 ノア』からも教えを請うていたし、請うている。彼らは『導師 アシア』の教えのみを鵜呑みにすることはない。しかしそのことはオウカ国の政の中心に居る者たちから『導師 アシア』が軽んじられているわけではない。それは『導師 ノア』が、『導師 アシア』の責の一端を担ってくれているということだった。また、今のオウカ国の礎を『導師 ノア』がとうに築いていた現状もある。それに『導師 ノア』はオウカ国建国時からの導師だ。オウカ国の重鎮たちが『導師 アシア』の説く教えのみを闇雲に信じて即座に実行に移さず、アシアの師である『導師 ノア』の意見をも聞くことについて、アシアは失礼なことだとは思ってはいない。その彼らの行動は、至極当然のことだと思っている。

 この村は、遥か昔、導師がこの村の先人を導き、彼らが豊かに暮らせるよう手ほどきをしたという逸話が残り続けている村だ。

 導師への感謝を、先人から途切れさせることなく伝え続けている、村だ。

 導師が『箱庭に住まう者』を導き、彼らが生きていく術を教えた、という出来事は、たぶん、この村だけの特殊な出来事ではないはずだ、とアシアはそう認識している。創世記頃なら、この箱庭の『人』たちを、この箱庭で生きていけるよう導くことが創造主の命でこの地に降り立った導師の、最初の役目だったのではないだろうか。なぜなら、『人』たちがこの箱庭で生活できなければ、この箱庭は創造主の望む箱庭に、なりはしない。そうであれば、そもそもこの箱庭に創造主は『人』を創ったりしないだろう。この箱庭には『人』が必要だといった、創造主の意向が窺える。

 けれども、アシアがノアの遣いなどで、この箱庭のさまざまな場所へ出かけてはいるが、アシアは出かけた先で『導師』の逸話を今まで耳にしたことがなかった。『導師』の逸話はこの村の、この村人であるセドリックからの話が初めてだった。

 アシアが出かけ、訪れた先で、導師への感謝の言葉は折に触れて耳にする。しかしそれは、現状での事柄への感謝であり、この村のように遥か昔から村人から村人へ、伝話として紡いできている村や町とは出逢わなかった。

 そうはいえ、この箱庭の全ての村や町にアシアは足を運んだわけではないから、もしかすればこのとてつもなく広い箱庭の隅々まで訪ね歩けば、この村のような場所を見つけることができるかもしれない。けれどもそれは、この村の導師への感謝の伝話が残っているということが、稀有なものだといった証だ。

 導師の逸話を途切れさせることなく伝話し続けてきている彼らの、卑しさの混ざった期待ではなく、政治的な絡みやそれを役割とした責の期待といったものではなく、ただ純粋に感謝と畏敬の念といった期待を受けることが、受けるということが、アシアはとても重く感じてしまった。

 初めて『導師』の役割をきちんと、己が満足し得る働きができるのかと、また純粋に気持ちを寄せてくれるこの村の人たちの期待に応えられるのかといった不安とが、アシアに初めて『導師』としての責を重く感じさせた。

 それゆえに、彼らからの視線をアシアは堪らず外してしまった。

「アシア?」

 そのアシアへ、不思議そうな気遣っているような声音で、セドリックがアシアの名を呼ぶ。

 ノアも、『導師 ノア』も、そうなのだろうか。

 アシアよりも『人』に寄り添い、『人』の近くに立っているノアだからこそ、アシアが今感じているこの責を、何百年も、もしかしたら千年以上もその背に負ってきているのだろうか。

 人とはそんなものさ、と、アシアが『人』により傷つきオウカ国の森に居を構えている近くの池のほとりへ引きこもる度に、そう達観めいた口調でアシアに諭していた彼女が、彼女が長く背負ってきたその責から導き出した彼女なりの答えが、ソレだったのだろうか。

 もしかしたら、この、アシアが今感じているこの責の重さが、『人』への愛着、なのだろうか。

「なんでもありません。セドリック。」

 アシアは堪らずいったん彼らから逸らしてしまった視線を、柔らかな微笑と共に再び彼らへと戻す。

 それでも。

 彼らにアシアがこの地に居を構えたい、と。『導師 アシア』の教えを説きたい、とアシアが願ったのは、アシアの導師としての役目だと強く感じたからだ。セドリックとの縁を繋ぎ止めたいといった『アシア』としての願いがあるとは言え、それでも『導師 アシア』としての務めをこの村で、この地で成したい、とアシアの持って生まれた導師としての根っこの部分が、何故か強く望んだからだ。


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