アヤメさんが、少しおかしい理由。
「天使の姿形に惑わされるだけの、愚かなサルめ!。ならば天使の力!天使の怒りを見せてやる!」
ガギヱルの身体が震えて膨張を始めた。
身体は太く膨らみ、肉の皮が勇者達の与えた傷から引き裂かれ、内側の赤い皮膚が空気に触れる。
「[硬化]そして[硬化]」連続する二つの魔法は内側から膨れ、むき出しになった赤い皮膚を黒く染め、そしてエナメル質の堅殻に変化させる。
ムカデの頭に張り付いた蛇ノ目、口は真横に開きハサミの様な牙が伸びる。
「鎧ムカデがお前の本性か!やはり天使などと嘯く[うそぶく]者に相応しい姿じゃないか!」
アヤメは変態を終えたガギヱルに挑発する言葉を吐くと拳を構え、先制攻撃のための前傾姿勢をとる。
「馬鹿メ!」
ガギエルはムカデの口を開き、口から炎の光り灯すと火の塊を吐き飛ばす。
「ただの炎などが、私に効くか!」
「アヤメ、避けろ!」
拳の甲を構え、炎の塊を打ち払う姿を見せたアヤメを止めた。
勇者は回転させ勢いをつけた鎖分銅で炎を打ち落とし、散らばった炎が周囲を焼く。
「油だと!キサマどこから?」散らばり、足元を焼く炎に驚くような声を上げる。
「異端者は焼かれて死ぬのが定め、オレの炎で焼かれて死ね」
会話の通じないガキエルは、のどに炎を溜めては吐き出し炎に染まる。
「勇者様!その天使の吐く炎からは人間の脂肪の臭いがします。この人間の血液から油を手に入れて吐いてるようなので、要注意を!」
(魔法の炎じゃなく、火の着いた油かよ!)
手で払えば手に炎が移り、身体に掛れば油が燃え尽きるまで消火するのは難しい。
「面倒な事を!」
心臓の表面にいくつもの炎が灯り、その熱で心臓が振るえ振動細動を起こし始めていた。
「コイツ!心臓が焼けるだろ!」
離れた場所で炎を避けているだけじゃ駄目だ、そう判断したアヤメは前傾の姿から拳を固め跳ぶ。
ムカデのヤツ何かを狙っているのか?!(ヤバイ!)
鎖鎌を掴むと、分銅を回して投げ付けた。
チン!掻き消える様に分銅が吹き飛び、反射的に避けた勇者の身体の上にムカデの身体が通り抜けた。
ムカデの鞭、その先端は音速を超え擦るだけでも肉を削っただろう。
「さっきより動きが速くなっている?ムカデのくせに!」
アヤメの言葉は正解であり、間違いでもある。本来の蜈蚣[ムカデ]はそれ程早い蟲では無い。が、足の長いゲジゲジやゴキブリなど、人間の大きさにすると馬などより遥かに早い虫も多い。
「オレの役目は命令に従って心臓を動かす事、ソレを邪魔すると言うのなら。たとえ神殿の人間だろうと排除する、死ネェェ!」
遠距離は油の炎、そして毒牙の届く距離は音速まで加速させた体当たり。ムカデのくせに殺意が高すぎるだろ!
身体をS字に曲げ、弾くように身体を跳ばす。瞬きほどの時間でムカデの牙がアヤメに迫る。
「させるかよ!」今度は鎌の方を投げつけガギヱルの身体に引っ掛け、鎖を引いた。止まれぇぇぇ!
(くっ!くっそ重い!、それに)鎌の刃が引っかかるだけで、身体が切れない。なんて堅さだ。
間接の隙間に入れば切れそうだけど・・動きが速い!
「助かったぞ勇、そして『バカ者め、私の前で[硬化]を使う愚かさを知れ』」
アヤメを挟むように牙を向けるガギヱルの頭を左手で押え、その手にゆっくりと・だが力を込めた右手の平が重ねられた。
[フッ!]一瞬だがアヤメの身体がブレ、振動がガギヱルの頭に伝わった。
「[浸透勁]力を一瞬で爆発的に高め、衝撃と震動を敵の体内に伝えた。
身体の内部と外殻内側で衝撃を反射させた、肉体の内側からの打撃・・・つまり、体内が完全な結晶でも無いかぎり」
密度や硬度の違いで衝撃が乱反射し、中身がクズクズに掻き混ぜられるのか?
・・・ガキヱルの目玉が飛び出し、口からは赤い泡と黄色い体液が噴き出した。
(トンネルで爆発の魔法を使うような物だろうか?)衝撃と爆発の圧力が中にいる人間を圧殺し即死させるような・・
「ぎざ・・ぎぎ・・」必殺の浸透勁を食らってもまだ息のあるガギエルが、最後の力を振り絞り毒の牙を開く。
全身の筋肉を[浸透勁]に込めたアヤメは動けない、コイツを殺すには首を落としてとどめを刺すしか。
「勇!バケ百足[ムカデ]の弱点は唾だ、お前のハサミに唾を着けて頭を突き通せ」
(確かに、蛇の生命力は強いって聞くし・百足も生命力が強い。首を刎ねても死なない可能生もあるのか・・)
「じゃあな」オオバサミを握り唾を吐きかけ、鈍く動きオレを睨むガキヱルの額に押し刺した。
「ギッ・・ぎざま、オレを・・おれは、ムカデの化物では・・」
(もういいよ。お前は確かに強かった、でもな恐くは無かったんだ。だから、もう安休め)
ヒトに作られた天使だからだろうか、それとも命令を聞くだけで人間・・オレに怒りも嫌悪も無かったからか、向けられた感情に敵意が無かったから・・
可哀想にな、そんな姿・そんな命令を与えられなければ。少しだけ、そんなふうに思った。
「そんな顔をするな、勇!お前は正しい事をしたのだ。
ガギヱルはヒトを・・ヨシュアを苦しめ、間違った事をした。だから私達が懲らしめた、アレが仮に本物の天使だとしても、[間違った者には殴ってでも更正させる]それが正しい神官の姿だ」
・・・?
「それは、ちょっと聞いた事が無いんだけど」どこの神殿の教義だ?
「知らないのか?!右の頬を差し出す者には拳を、左の頬を差し出す者にも拳を!
殴られたい者は平等に神の前に並べ!慈悲の心と熱き魂の拳を与えよう!」
平等とか慈悲の後に、拳をつけるとオレには違和感しかないんですが。熱い瞳でアヤメさんは説法を続ける。
「言葉より拳を!拳には嘘は無く、拳の会話は魂の会話!正しい拳に神の精神が宿り、悪しき拳には邪心が宿る。『よく解らない時は、取り合えず殴っとけ』
そう司祭様に教わったぞ?」
とんだ暴力教会だ、・・・全てが間違っているとは思わないけどさぁ。
「聖神光明教会のヒトだよね?その司祭様って」
フッ「聖神光明教会・[裁神会]司祭ザピエル様だ!聞いた事くらいはあるだろう?」
・・・異端教会・追放司祭・鉄拳司祭・・・坊主頭の筋肉神官・・涙の拳・・
神の教義を口に、泣きながらヒトを殴る変態僧侶だとか!
ああっ!そんな噂を聞いたような気がするんですが!
「・・有名だよね?」色々な意味で。
「ああ、素晴らしい御方だ!その姿は尊敬するしか無い!」
「筋肉は嘘を付かない。鍛えた拳には、その人の人生と精神が詰っている。どうだ名言だろ?勇、お前が勇者の道を間違えたなら、いつでも私の拳で正してやる!だから安心しろ!」
自分の言葉に感動すら覚えているように、アヤメさんは目を輝かせてオレを見てくる。
・・・ちっとも安心できない、なんてゴリラな教義を広めようとしているんだよ!
筋肉信仰者と昔のお母ちゃんが混ざってるよ!
取りあえず殴って教える姿勢には、愛情はあるのだろうけどさぁ!
子供はブラウン管TVじゃないんだからさぁ!叩けば直るって物じゃないんだよ?
一神教でも色々な宗派があってもいいよね、神様だって許してくれるさ。