体内、そこは未知の世界。
・・・無数の岩が空を飛び、俺たちは落下を続けていた。
暗いのは夜だから、だろうがここは一体・・どこなんだ?
「・・・き!キサマ!いきなり何をする!放せ!」
思わず計画的に掴んだ手首を振り回わされ、身体が引き剥がされそうになった。
離すものか!オレと悪魔を二人っきりにするつもりですか、あなたは!
「ああ!動かないで下さい、飛行魔法を使ってますので足元は不安定なのです。あと邪魔なので、そこの女は魔法の外に落として下さい」
「・・落としたら死ぬ高さじゃないのか?」
魔法で作られた足場の下は、遙か遠くに砂灰色の大地が見える。オレがここから見て解るのは、今オレたちは山とか城の頂上より高い位置にいると言う事だけ。
「本人が放して欲しいと言っているようなので、その女は魔法の足場から離れたい・私は消えて欲しい。つまりお互いの願いが叶うwin=winでは無いですか?」
そこに、おれはお前[悪魔]が恐いから、彼女にそばにいて欲しいって願いは入って無いんですがそれは?
「冗談はここまでにして、これからオレは何をすればいいんだ?」説明を求む。
あと、アヤメの手は離さないよ?
「・・では・・妥協案として、私も手を繋いでもらう事で良しとしましょう。本当はその女の手を離して欲しいのですが、その後でなら説明をば」
・・・右手に機嫌の悪い武闘僧アヤメ、左手に何故か嬉しそうな悪魔ヤール・・・なんだコレは?
ヤールと勇者とアヤメは球状の光りに包まれ、ゆっくりと下に落ち続けていた。
ンンンン『聞こえますか?ピョートルさん?聞こえていたなら打ち合わせ通りにお願いします・・出来る限り静かにゆっくりとお願いします』
音・・声が頭に響き、巨大な壁が空を覆う。
「伝心、[テレパス]ですよ。さすがにこのサイズの喉では、あちらに聞こえるくらいの空気を振るわせる事は出来ませんからね」
多芸というか、本当になんでもできるのか?悪魔・・魔族ってヤツは。まあいい、けどさ。
(と、なると・・あの空にみえる動く壁は・・ピョートルの手か?)
一体自分達はどうなったんだ?体内に入るって・・まさかなぁ?
「血管に入れるくらいまで身体を小さくしました、今はピョートルさんがアレの腕をキズ着けて穴を開けてくれますので、少しお待ち下さい」
説明を受けている間に空の壁が遠ざかり、飛行魔法は壁が進んでいた方向に飛ぶ。
血の池・血の川。だくだくと広がる暖かい赤の向こうに見えるのは、[肉の壁]
飛行魔法は3人を包んだまま赤の川を逆登り、壁に開いた穴に入って行った。
「・・大丈夫なのか?あんなに・・」1人分の出血だとすれば、完全に致死量を超えている。ピョートルのやつ、切りすぎたんじゃないだろうか?
「フフッ、アレでもただのかすり傷程度でしょうね。私達の身体がそれだけ小さくなっているのですよ。それに私達が体内に入った時点で合図をしますので、『よろしくお願いします』」
[伝心]が頭に響く。
「回復の魔法で傷を塞いでしまえば、あとも残らない程度の傷をお願いしましたから」
悪魔の魔法が足場を中心に広がり壁を作り出した。
壁は丸く球体を作って勇者たちを包み込み、血の滝を・・血管の中に潜り込んだ。
『では、回復を開始してください』
今の合図で傷を回復しているのだろう。全く新しい仲間は色々考えているんだなぁ。
人間の身体の中は、魔法の光り無しには暗くて見えない。[照明]・・勇者が体内に明かりを灯すと・・赤くうごめく壁と、赤い世界が広がっていた。
「こちらは静脈と言いまして、この様に色の濁った血液の道になっております。そして腕から太い静脈を進みました所に・・心臓がございます」
それは時間にして数秒だった。
おれ達は空気の膜に包まれたままで体内の様子に驚くヒマも無く、巨大で脈拍つ肉の塊に到着した。「ハイ、ここでいったん停止しますよ」
悪魔の合図で空気の玉は血管内で停止し、肉の壁に接触させる。
「オラ、女!そこの壁を抜けっから退け!私の勇者様が壁を切ったら直ぐ外だ!」
アヤメに対しては口の悪いヤールはオレに壁を指さし、縦に線を引く。
「コレ・・切って良いのか?」血管だろ?それも心臓近くの、大丈夫なのか?
「私は勇者様を小さくする事と、空気の結界で守る事で手一杯なのです。なので道を切り開くのは、勇者様にお願いしてもいいでしょうか?」
「・・・と言う事は、傷の回復は・・アヤメさんにお願いしても・・いい?」かな?
「ふん!悪魔なんぞの命令を素直に聞き入れるな!そんなことだから偽勇者などと言われるのだ!」
怒りながらもアヤメの手に魔力の高まりを感じる。そういえば彼女、レベルは倍になってたら・・どうしよう。
「・・あれから傷の治療と回復で時間が掛ったんだ、そんなに直ぐにレベルが上がるか!」
考えが顔に出ていたのだろう、拳をバシバシして怒る。
「勇者様?心臓の他に頭にも核があるのですから、出来るだけお早くお願いしますね。・・・間に合わなくても[悪魔との契約は絶対]ですからね?」
(そうだったな、オレ達が体内に入った時点で時計は動き出しているんだ。[間に合わな]いで外に出てたらオレ達に反応した[呪]がヨシュアの精神を壊すかも知れないんだった)
無駄な迷いは、無駄な時間を産む。時間は有限で、失敗は出来ない。
大きく振りかぶったハサミの片翼を肉の壁に突き刺し、一気に足元まで切り裂いた。
(やべぇ!思った以上に切れた、ど・・どうしよう!)
滝のように血液が流れ出して止まる様子がないんだけど、本当に大丈夫なのか?
「丁度3人が通れるくらいに開いて戴きありがとうございますね、勇者様」
誉めてるのか、馬鹿にしているのか解らない悪魔のよいしょに驚きながら切れた壁を押し開き、勇者たちは血液と共に血管の外に流れ出る。
[大回復]アヤメの力有る言葉と共に、彼女が手を当てた壁の傷に回復の光りが包む。
「こんな物一瞬だ、ふふふ、少しは見直したか!」
「うん、すごいな」あれからたった数日だと言うのに、[大回復]の奇跡まで使えるようになっているなんて、本気で尊敬する。
(才能ってヤツか・・)おれが必死に鋼を振り回している間に、他の勇者候補達は何歩も先を歩いている。・・・少しだけ、嫌な感じだ。
「・・そんなに素直に尊敬するなよ・・私だって、数日見ないうちに格好いいとか・・」
自己嫌悪していたオレにはよく聞こえ無かった、けれど多分慰めてくれいる事は解る、ありがとうな。
ハイハイそこまでですよ!「私の勇者様に色目を使わないで下さいよ、雌猫。勇者様もこんな女の言葉を一々聞いてやる必要は有りませんからね。頼れる仲間である私を信じて下さいね?」
・・・人間ってのは、誰かの言葉に否応なく感が、心が動くものなんだ。それが罵倒[ばとう]でも賞賛[しょうさん]でもな。
「・・ああ、ヒトはヒトだって事は良く知っているさ。ただ」
自分の才能の無さを卑下する事と、他人の能力を認める事は別だろ?
他人の実力を認め、それに追い付こうとする事は間違って無いはずだ。
(嘆きながら・愚痴だけを口にして、下だけを見るよりは、な?)