今できる事をするしかない、それくらいは解っているさ。
勇者への憎しみ・恨み・怒りを増幅させ、思考を神殿にいる自分達に都合よく操るため。
そして裏切らせないようにする為に、肉体全身の限界を超えさせて強化するには、肉体の二つの箇所を凶化・洗脳する必要がある。
「つまり、脳と心臓。この二つに[呪]術の核を植え込み、狂犬に首輪を付けているのでしょう。さもなくば、狂犬のように誰彼構わずに襲い掛かっているでしょうからね」
「それを・・その二つの核を壊せば、少なくとも暴走は止るんだな?」
・・勇者は胴の剣を取りだし、胸に・心臓に中てた。
(少しだけ我慢しろよ)力を込める。場所さえ解れば、壊せるんだろ?
「駄目ですよ、私の勇者様。多分この呪いの核はとても小さく、下手に砕けば全身に散ってしまいます。そうなれば全身に呪いが周り・・」
死ぬか・化物になるか。
少なくとも呪いを無効化して砕かないと、この人間は元には戻らない。そして二度と人には戻れなくなる。
(腐った呪いだ、部下に・・仲間にかける術じゃないだろ!)
一時的な肉体強化のために本人が望んだとしてもだ。
「呪いを掛けた教会に戻れば、その手段もあるかも知れませんが?」
それはイコールでオレの首を持ち帰るって事になる。。。
「さて!私の勇者さま。ここでもっとも頼りになる従僕に願ってはくれませんか?
『なんとかしてくれと』『全てを任せるから、なんとか出来ないか』とね」
・・・悪魔は希望を見せてから、ヒトを絶望に叩き落とすらしい。
最も自分を高く売れる時に手を差し伸べ、心を奪うのが悪魔だろう・・が今は悪魔の手を掴むしかないんだよなぁ。
「・・なんとか、出来るのか?」
多分、なんとか出来るのだろう。十全に計画と準備をして、自分の有能さを見せ付ける為に、自分を高く売るために作ったのが、今のこの場なんだろう?
「問題は三つ、一つ目は時間が少ないかも・・足りないかも知れません。
それと、アレを直しても勇者様を感謝して襲わなくなるとは思えません。敵は敵のまま、また命を狙って現れるかも・・・つまり危険を犯しても利益が見込めない事。
最後に勇者様が命の危険をおかして、失敗しても勇者様は怨まれますよ。アレと・アレに」
押えられもがくヨシュアとライヤーに指をさし、仲間が死んだ時にライヤーはオレを仇として狙うだろうと示唆した。
「夜が明けたら、私は何としてでも勇者様を祭壇に連れて行きますよ?例え狂った犬がどうなろうと」それが私との契約ですからね。
一度呪いの核に手を出せば、悪魔の気配に神殿の呪いが過敏に反応して解呪出来なくなるかもしれない。そうなればヨシュアは元に戻る事なく狂犬のまま、教会の闇部として処分されるかも知れない。
「利益が全く無く、危険しかない。そして何より私に取ってもアレもコレにも興味が無い、私にあるのは勇者様への忠誠のみ」
悪魔は笑い、おれの答えを待っている。当然、勇者の答えはわかっているのに。
「頼む、全てを任せるからコイツを助ける方法を教えてくれ。時間が無いなら、それこそ出来るだけ簡潔に、オレの危険は考え無くていい」
勇者候補が狂ったまま殺されるなんて・・少し前までオレと同じ境遇だったヤツを見捨てるなんてのは・・イヤだ。
コイツの頭が正常でオレに怨みや怒りがあるなら、信念とかほかに選択肢が無いなら、殺し合いも仕方ない・・仕方ない戦いもあるのはわかってる。
(でもな!狂わされ・猟犬にされるなんてのは、違う!絶対間違っている!)
「おい!待てよ!解ってんのか?コイツを助けても意味が無いんだぞ!コイツを連れ戻れば解呪出来るかも知れないんだぞ、お前が危険を冒す意味なんて無いんだ!」
「手足を折られ、無様に逃げ帰った狂犬に、優しく頭を撫でる飼い主が入ればいいんですがねぇ・・」
悪魔の微笑みは、人を世・人間の組織を嘲笑う。
本人の知らぬ間に呪い施すような人間が、要件も果さずに戻って帰ったヤツをどう扱うか、少し考えればわかる事。
用済みとして処分するか、『偽物の勇者と戦い、呪われて狂った』と壊れたままで利用するか。どう考えても『良く出来ました』と頭をなでて解呪するとは思えない。
「当然、勇者様の首は渡しませんよ?勇者様の全ては私の物です!髪の毛・使ったハンカチ1枚渡すものですか!」
・・・オレはいつお前の物になったんだ?
「時間が無いんだろ!必要な事の説明とやるべき事をしてくれ!なんでも言う事を聞くから!」
「では・・・先ず勇者様は、はだか・・と!それは後回しで・・唇を・・いえ、それより・・」
何か不穏な言葉を呟き、オレの頭から爪先までじ~~~と見られている感じがするんだが・・
「言い間違えた、『呪いを解く事で、必要な事なら』なんでもする」
なんだよその『ハッ!・・はぁ・・』見たいな、驚いてから落胆する顔は。
時間が無いんだろ?早くしろよ!
「期待させてから訂正するなんて、なんて悪魔的な。悪魔を翻弄[ほんろう]して楽しむなんて・・私の勇者様は解っていらっしゃる。
先ずはコイツが動けないように縛って押えて下さい。ゴーレムさんの力をお借りしますよ?」
さぁさぁ急ぎましょう、と言いながらテキパキと指示を出す。
ホフメンとピョートルが馬車から馬を繋ぐロープを運び、ヨシュアを縛る。
「手足を折ってから縛ればもっと確実なんですが」チラッと勇者を見ながら軽く言う。「・・必要なら、すればいい。不要なら、しなくていい」
返事は「なら止めておきましょう」だった。
両手を後に親指どうしを縛ってから身体を縛る、足も靴を脱がせて同様に指を縛る。
「こうすれば縄抜けし難いんですよ。ふふふ、悪魔の知識は役に立つでしょう?」
悪魔は自慢気だった。
「オイ!そこのお前、槍を寄こせ!」今度はライヤーから槍を奪い、ヨシュアの口に噛ませて縛る。「舌を噛まれると厄介なのですよ、あと神官戦士でしょう?詠唱も封じておきませんと」
何故か勇者にウインクする。
・・(なんだろうか?人間に対する反応がおかしい)
目を剥いて暴れるヨシュアの身体に重力が掛り、悪魔は片手でヤツの頭を砂に押し込むと「ガタガタ騒ぐな、殺すぞ?」と簡単に黙らせる。
「では勇者様、私の魔法で身体を小さくしてコレの体内に入り、体内の核を砕きます。
一度体内に入れば、神聖の呪いは悪魔に反応し抵抗するでしょう、その後で身体から抜け出したとしても、コレは反応した[呪]によって今以上の狂人になる可能生は高いです。
つまりチャンスは一度、時間は朝日が昇りきり、私との契約が行われるその時まで。心の準備はよろしいですか?」
「構わない、兎に角・急げばいいんだろ?」とっくに覚悟は出来ている、狂人となったコイツと戦う事も・ライヤーに仇として狙われる事も、覚悟の上だ。
今できる事をするしかない、それくらいは解っているさ。




