ヨシュアとライヤー。
「動けない?!」ピョートルの驚きと同時に飛びだした男にゴラムが殴り飛ばされた。
[不動封印縛]?まさか?
「仲間が世話になってるみたいですまんな、邪魔するぜ」
白髪の痩せた大男・ライヤーが背を丸め、槍を肩に面倒くさそうな顔を作って立っていた。
「・・・だれだ」勇者は男の顔を見て、そう言う。
「へへっ・・そう言ってくれると助かる、勇者さんよ[始めまして]勇者候補の1人ライヤーだ。
でそっちはヨシュア、同じ勇者候補なんだが・・ちょっとおかしくなっちまってな。追い掛けて来たんだが、[一応]お前さん等の敵って事になるんだよ」
([おかしくなった]か、元から狂ってないってのは信じられないが、クソッ)
敵は2人、しかも1人1人が個別に戦っても勝てない相手。
「一応って事は・・コイツ・・ヨシュアを止めるのに、手を貸す気は無いんだよな?」
「まぁ無理だな、オレ達は敵で、お前さんを助ける義理は無い」諦めろ、
ライヤーが最後の言葉を口にすると走り出し、鉄板を持つ勇者の背後に回る。
「そっちの兄ちゃんは下がってな、邪魔すると怪我じゃ済まねぇぞ」
ホフメンに槍を向け、そのまま弧を描くように振り上げた槍は、勇者の背中を叩き付ける。
くっそ! 素早く鉄板を手放した勇者は横に飛び退く事で槍を回避したが、目の前には高速でせまる槍。
(コノッ!)
飛び退いた勢いのまま転がり、槍を躱す。執拗に槍が追い掛け、ようやく砂に足を立てた瞬間には身体中が砂を被り、目が回った。
「ヨシュア、魔物は任せろ。そっちは頼む」
散々槍を突いたくせに、仲間とオレを分断するだけが目的か!
ヨシュアと交代するようにゴラム達の方に跳んで行き、オレの方を向いて頭を掻くと、やる気の無い声でライヤーが槍を担ぎ、オレの方に向かって手を振った。
(・・仲間が手を出さなければ、手を出さないって事か)
「ピョートル!ゴラム!下手に動くな、自分の身を守れ!」
(これでいい、後はコイツをどうにかすれば)
勝ち目はまだある、無理な攻撃をし続けたヤツの身体はガタが来ている。
腕をみれば内出血して紫に変色してる、見えないが足の間接も痛めている筈だ。
(いくら強くてもな、ただ攻撃するだけのヤツに負けるかよ!)
狙いは持久戦と攻撃のカウンター。
早く鋭い槍を叩き返し、ヤツの握力と膂力にコツコツダメージを与え続けていけば。
(勝てる)
一合一合に手が痺れる、ぶつかり合う度にハサミを持つ手に衝撃が走り手の平が痛い。
(チィィ!)
(コイツの槍は!)
溜めも構えも無い槍が瞬時に分かれ、3つの槍撃が同時に飛ぶ。
打ち返そうにも残像相手には空振りして手応えが無い!
反撃不可って事か!
男の手の平が裂け槍に血滲む、限界を超えてるはずなのに、なんでまだ戦えるんだ。
槍に対しては横に円を描く、持ち手の背中に移動し続ける事で攻撃の面積を減らすしかない。
(それでも、同じ動きをしてたら)勇者の1歩に合わせて高速の槍が飛ぶ!
ガキンッ!
半歩だけの移動をフェイントに代え、槍の穂先を叩き返す。
(動く瞬間が解れば、打ち返せるんだよ!)
いくら早くても同じ軌道と同じ呼吸、来る事が解れば反応出来る。
男が正気だったら結果は違っただろうが、狂った機械は同じ攻撃を繰り返すだけだ。
・・・・そろそろ限界か、こっちの手の感覚が無くなってきた!
[回復]痺れは痛みに、痛みは熱に、徐々に手の感覚が戻って来る。
[中回復]勇者の回復を真似たのか、それともヤツの身体に痛みが戻っているのか。
回復の光りが身体を被う。
(させるかよ!)
回復の光りが全身を包む前に、飛び掛かる。手の感覚だけを回復させたオレと、全身の筋断裂を回復するヤツの魔法が、同じ時間で使えると思うなよ。
右は槍を掴む腕に切りつけ、左剣は足の腿。
深く切りつける必要は無い、当てて振り抜き、身体を回転させ跳び退くまぎわに腕に切りつけてやった。
(ダメージが目的じゃないんだよ!)
魔法の中断、怪我を与える事で集中と魔力の流れを乱すのが目的だ。
「ぐがぁ!」
苛立ちと怒り。行動を邪魔された事に対する憤りが、飛び退いた勇者を追うように牙を剥き空中を噛み付かせた。
「腕が限界か?それとも腹が減っているのかよ」
挑発するように笑い、ハサミの先を鳴らす。
キンキン、キンキン!近づいては離れ、ハサミの音で馬鹿にする。
「おっと!がんばれ、がんばれ!」
明らかに速度の落ちた槍を避け・叩き・からかう。
(まだ駄目だ、油断なんかするか)ジワジワと・ジワジワと慎重に槍を打ち返し、素早くチクチクと槍を持つ手に切りつける。
男の腕は幾度かの切り傷で赤く染まり、槍の穂先は振るえて揺れる。
「シュッ!」男が息を吐き、槍を放つ。三つに分かれるはずの残像は遅く、ただ真っ直ぐ突かれただけだった。
(今だ!)棒突きの力の抜けた槍に合わせ突っ込み、クロスしたハサミを突き出す! ハサミを閉じれば男の身体は二つに分かれる、骨も肉も切り裂きコイツは死ぬ。
(コイツは敵、オレを殺す為に凶気に命を売り渡した敵だ・・)
「殺らせねぇよ!」
ハサミが男の腕を切り落とす瞬間、後頭部を殴られ視覚が飛ぶ。
「・・まあ、悪いな。一応コイツは仲間なんだよ」
お前の境遇は同情するが、そう言ってライヤーが狂った男に[大回復]をかけた。