彼女が勇者になる理由。
「訓練用の剣だと、馬鹿にしているのか!」
「いいから、もういいから、その可愛いい口を閉じろよ」
何を言っても通じ無いなら、殴ってでも押し通るだけだろう?
「一対一だ、負けたら大人しく教会に帰れ」
それだけ言うと銅の剣を強く握り、意識を切る。
目の前のヤツは敵だ・倒すべき敵。ただそれだけ、解っていればいい。
早さは向こう、素の耐久力ならこっち。
今まで重いハサミを使っていたお陰で今は、剣が軽い。
目の前の敵を打ち、拳を受け流し、剣を叩き付け、身体を蹴って顔を殴る。
町の外でスライム・バッタ・コウモリ芋虫相手にやってきた、感情の必要のない反射運動のような攻撃、目に写った殴れる物をただ殴るだけでいい。
顔を殴られても剣を振り抜く、胴を蹴られても服を掴んで殴り飛ばす。防御無視で攻撃は筋肉で耐えて殴る。
[[中回復]]二人の回復が同時に起こり、また殴り合う。
足を止め、踏ん張り、攻撃の来た方に向かって最適な攻撃方を打つ。
跳び蹴り!ヤツの顔面を狙った蹴りを両手持ちの剣で殴り返し、倒れたヤツの体に馬乗りになって腹を柄で殴った。
ガフッ!息を吐いたヤツの目はまだ死んでいない、まだ続けるのか?
ヤツはオレの体の下でにらみ、柄を上げた瞬間!下から殴って来やがった。
油断したところに、下からの拳を顔に受け頭が揺れ、その隙にヤツはオレを押し倒して立ち上がり。
[中回復]・・[中回復]
「ハァハァハァ、無茶苦茶だ、なんだよ。可愛いいとか何とか言いながら、殴るとか。お前は一体なんなんだよ!」
ハァハァハァ「知るか、そんなの自分で確かめろ・・」
オレがなんなのか?勇者とか言われた事のある、ただのオレだ。それ以外は知らない。
・・・・・
お互い限界が近い、魔力も体力も、怪我も打撲も、胴の剣を握る握力も、手の平に感じるマメが潰れた痛みも限界だ。
「死ねぇ偽勇者!」ヤツは最後の力を振り絞り、必中の拳が勇者の胸を打ち貫いた。
ゴホッ!・・・「負けて・・たまるか・!」まだオレは立っている、次はオレの攻撃の番だ・・
ただ思いっ切り、目の前の頭に・・頭に・・くっ、畜生!
振り下ろした剣は一瞬遅れ、肩を打ち、そのまま砂に突き刺さった。
(死んでたまるか、捕まってたまるか。武器の落ちた手で膝を支え、歯を食いしばれ。
次ぎの攻撃が最後だ、前を向き、ただ耐えろ!耐えるんだオレ!)
・・・グラリ、お互いもう魔力は残って無かった。
先に頭突きのようにして倒れた武闘僧の頭を、おれは何とか動く手で押し退けて限界だった。
次ぎの瞬間にはオレも砂を噛む事になる。
「ぐっ・・重い」
オレの下敷きになったヤツが声を上げた。通りで柔らかいと思ったよ。
・・・そのままでは何なので、限界の体を動かし、何とかひっくり変えるように位置を変えた。すると、向こうも砂に漬けた顔を何とかひっくり返って空を向く。
「なんなんだよ・・お前、ホントに偽勇者なのか?なんでそんなに耐えられるんだよ。
なんで逃げ出さないんだ、私は弱いか?お前が雑魚だと思うほど・・・逃げ出す必要も感じ無いほど弱いのか?」
そんな訳あるか。
「・・じゃあなんでオレはボコボコにされて、倒れているんだよ」
十分強い、ただオレはお前に捕まるわけにはいかないんだ。殺されるから、死にたく無いから。
「・・私は勇者にならないと駄目なんだ、それなのに、なんで選ばれたのがお前なんだ。
私の何が足らないんだ?どうして神は私じゃなくお前を選んだんだ」
くやしさなのか、それとも痛みか、少し声が揺れて聞こえた。泣いているのか?
「おい、偽勇者、私の髪をどう思う?黒いだろ」
「・・ああ、黒いな、それに目も黒い。そうだな、砂漠の夜空のように綺麗な黒だ」
砂漠の夜空は、町の明かりを反射する事も無い。ひとの往来も夜には消えて、巻き上がる砂埃も無いから空気が澄んでいる。空気も冷たく空と星が高く深く透明な黒だ。
「・・バカ者、そんな事を・・聞いているのではない。ふざけるのはやめろ。
・・ゴホンッ、話を続けるぞ、この黒髪も目も、拳聖椰子与様から受け継いだ物だ」
子孫だから、その声には少し寂しそうでもあり、感情が読めない。
「そうか、拳聖は美人だったんだな」椰子与って言うくらいだから、女の人なんだろ?
てっきりゴリラとか大ザルみたいなヤツだと思ってた。
「ッ!・・何度も話の腰を折るな!バカ者・・いいか、この目この髪は、元々砂漠の民には無い物だ、そして名も。
元々は船でこの地に流れ着いたと、私は母に聞かされている」
異邦人ってやつか、確かに見ない感じだけどな。
確か何かの理由で住む土地を離れ、渡り歩く人々と聞いた。
その中には渡り歩いたその土地に定住し、その土地の血と混わり、そこを新たな住処として生きる人々もいるらしいって聞いた事がある。
「椰子与様は船でこの砂漠の地に流れ着き、自ら産まれた土地に伝わる拳術で魔物と戦い。
魔物の支配するこの砂漠を、ヒトの住む土地に変え、海との交易・砂漠のオアシスとの交易が出来る地に変えた。だからこそ、拳聖と呼ばれているのだ。」
ただ強いだけでは、長く人々には語り継がれる事は無い。強いだけでは体力が衰え弱り・敗北者となった時、その名前は消えて忘れ去られる、偉業をなしてこそ名は残るのだ。
「尊敬すべき先祖、敬うべき拳聖・・だが私が世界の為に、勇者の候補として集められたその場所で、聞いた事は違ったのだ。
この黒髪は東の果てにある島国の物、椰子与様は奴隷として砂漠のこの地まで連れてこられ、戦いそして、生き残っただけの拳奴。私が勇者の候補などおこがましいと、周りのヤツらは言う」
・・・・・
「いくら私が努力し、力を付け、強力な魔物を倒し滅ぼしても。
ヤツ等より強く早くなっても、この髪や目を見るヤツ等の目は変わらない。変わらなかったのだ。
だから、私は、先祖の為、拳聖の名誉のために勇者にならなければ成らなかったのだ。
ヤツらを黙らせ、偽りの歴史を語るヤツ等に拳聖の技と力を示し、魔王を倒し、私の家族が・血族が、奴隷などでは無いと証明するために!」
異端、
人間は自分と違う者を恐れ卑下し、排除しようとする生き物だ。特に勇者なんて者になろうってヤツ等なら、(コイツは違うだろうけど)
『オレ様が勇者だ、世界を救ってやる』そんな自尊心とプライドの塊だろう。
そんな中で、黒髪・黒い瞳、そしてあやふやな口伝による経歴、周りのヤツ等から見たら格好の餌食だろう。踏みつけ・追い出し、排除する為の口実には十分だからな。
「それなのに・・神が選んだのは、お前みたいなヤツだ・・私では無く」
泣いている、くやしさで女の子が泣いている。
『すまなかったな』でもなく『おれのせいじゃ無ぇだろ』でもない。
なんて答えたらいいんだろう、解らない。
「偽勇者を倒し、もう一度、新たな神託が降りた時こそ・・そう、私は選ばれたかったんだ。でも、まだ未熟だった。お前なんかと、偽者のお前と引き分けているぐらいの実力では・・まだまだだな、私は」
悔しそうに拳を握り、顔に当てて泣いている・・ダメだな、子供が泣くのは、良くない事だ。
「・・pー!」
おれは最後の決め手である、カードを切った。
「あ!ハイ、[中回復]」
ピョートルが倒れた俺に[中回復]を使う、体の痛みは熱となり・やがて立上がれるようになるまで回復した。
・・・なぁ相棒?いつから[中回復]出来るようになったんだ?
「引き分け?なにを言っているんだ?どう見てもオレの勝ち・誰が見ても勝者はオレだろ?」
・・・?・・!「キサマ!汚いぞ!」
そうだよ、怒っている方が、よっぽど良い。
勇者になりたかった彼女、勇者をやめたかった彼。神様は本当に勇者にふさわしい人間を選んでいるのだろうか?




