勇者と武闘家。
完全な不意伐ち、腹を打って悶絶している間に逃げ出させてもらう。そう考えてみね打ちではあるが結構本気で振りぬいた。
(軽い?なんだ布?)
手に残る布を殴り付けたようなバフッとした感覚、まるで中身の無い風船をなぐったような手応え。
「・・・なんのつもりだ?」
オオバサミにフードが絡まり、中にいた人影はハサミの攻撃範囲の外にいつの間にか立っていた。
(早い、いつの間に・・それにあの構えは、武闘家か?)
正面に拳を揃え、今にも飛び掛かる獣のような構えでそいつは睨んでいた。
「そいつは訳ありでな、スライムマニア・・スライム愛好家なんだよ。
寝るときもスライムを抱いて寝るような変わったやつでな、それにオレの仲間だ。そんな風に好戦的に近寄られたら、戦うだろ?仲間としては」
嘘は何一つ言ってないよな?
だからそんな変な顔・・は見えないが、するなよ。
縛が融けたスラヲが緊張気味に少し跳ね、ピョートルが警戒気味に近づいてくる。
「・・スラヲは家族ですが・・マニア?・・不穏な言葉の響ですね」
「気にするな、今はこの人に誤解を説くのが先だ」
まだ怪しむ武闘家は構えを解かず、▽の目で睨む。
「だからと言って、教会関係者に不意伐ちするのか?お前は神と神の信徒を何だと思っている。この不信心者め」
ああ、うん。神様とか・信者とか面倒くさい。
「でもそっちから仕掛けてきたんだ、お相子って事でいいだろ」じゃあそう言う事で。
宗教論争とか面倒なので、ここは迅速にオサラバするよ。神とか正義とか、価値観が違う人間と話しても、平行線になるだけだし。
(・・あの神官女も神の布教に熱心・・狂信的だったな)正直恐かった思い出が・・。
「待て、そっちのヤツたがただの変人だとして。お前はなんだ?その目、それに何かぼやけるような輪郭・・何を隠している!」
素早く高めた気合いと指で組み上げた[印]そして
正しき浄眼は神性を持って怪を看破せしめる![解!]強く意味のある言葉を発し、その目が瞬間青く光る。
「お前は・・姿を変えただけか・・?[魔物!]」
身を固めた獣が飛び掛かる、真っ直ぐ・早く、無駄の無い動きと加速。
反射的に構えたピョートルの盾に拳が突き刺さる、その横っ腹を勇者が蹴り飛ばす。
(なんて早さだ、それにヤールの魔法を看破した?武闘家の[気]ってやつか?)
今度は完全に入った感触、足に魔物を蹴った時のような重みがある。
「だから止めろって、町に入られたく無いならオレ達は外で野宿するから攻撃は止めろ」
この戦いに意味は無い、オレ達は攻撃されなきゃ反撃もしない。
ゲホッ!「きっ貴様、まさか魔物とわかって連れているのか!」
黒髪の武闘家は蹴られた腹を押さえ、四つ足の獣が吠えるように怒る。
「人間とか魔物とか関係ないだろ?そっちに迷惑をかけたかよ、どこの誰が困ったとか言ってるんだよ、無害なヤツを攻撃するとか滅するとか、おかしいだろ!」
多分オレは間違って無いはずだ、そっちの宗教上の理由だとしても他人を巻き込むなよ。
「・・勇さん・・・そちらの方、私達は町には入りません。だから争わないで下さい」
ピョートルは盾を構えたまま、武闘家に話し説得を試みた。
「・・?オイ、魔物。お前今なんて言った?」
顔の表情は怒りから驚き、そして困惑に変わり、その目は勇者に向く。
「ええ、ですから。町には入らないので、戦闘は止めていただきたいと」
「そっちじゃない、お前の前に立つ、私の腹を蹴った男の・・そいつの名を言ったな?」
ヤバイ、真っ直ぐにオレの顔を刺す二つの目が徐々に怒りの色に染まり、口元は獣が牙を剥くように開いていく。
「お前、名前を言って見ろ」
「ジョンです」間髪入れず答えた、馬鹿正直に言う必要はないし、コイツはヤバイ。
「・・じゃあ、登録証を見せてみろ。戦士なら戦神殿に登録してあるはずだろ?」
武闘家は自分の金属板を見せ、お前も見せろと。
「見せないと攻撃する」とまで言って来た。
金属板には必ず本人の名が刻まれ、偽証封じの道具を使い『お前の名前は?』と聞くだけで簡単に本人の物かどうかを確認出来る。
(ましてコイツは[看破]の力を使っている、見せたらオレの正体がばれるな)
「個人情報が詰まっているんでね、見せたく無い。戦ってでも拒否する。Pー構えろ!」
犯罪者・賞金首・山賊でも一応金属板は持てる、裏社会ではカネの引き出しすら出来ると聞いた事がある。ここで勇者だとバレるより、犯罪者として抵抗して逃げた方が多分、マシだ。
「なら打ちのめしてから確認する、骨の5~6本は折られる覚悟をしろ!」
低く構えたままの高速移動、猫科魔物のような俊敏な動きで左右にフェイントを入れ一瞬姿が掻き消え次ぎの瞬間、拳が右のアゴ下に現れた。
「勇さん!」ピョートルの盾が武闘家を押し叩き、何とか拳をかわす。
「・・・やはりお前、勇」「違う!」
何かを言おうとしたが即座に否定、まったく相棒め、いくら慌てていたってこんな時に。
「・・そこまで否定するなら、勇者じゃないんだろうな。臆病者の[偽]勇者」
完全に正体を見切った上で、ヤツは挑発するように言う。
「だがお前が偽勇者だとしても、私はお前を倒し、教会に連れて行くよう命じられている。
ついでに私の恨みも込めて、これからは殺す気で行くからな。お前の所行、今から死ぬ程痛め付けられて後悔しろ!」
加速、単純に前に走るだけの加速が、目で追えても体が反応出来ない。
(くる)と解っていても防御の体勢がとれない程の早さだった。
ゴスッ!腹に鈍器のような拳が突き刺さり、背骨にビリッと痛みが走る。
・・・・ゲホッ、ごほっ、(なんだ今の拳は、信じられないほど痛いし重い!)
「どうだ?拳聖直伝の拳は、お前程度のレベルで躱[かわ]せるものか!」
外道照身霊破光線とか、わかります?




