商人、それは業の深い職業。
時間稼ぎとしんがりを終え、勇者は最後に馬車に跳び乗った。
(オオバサミ台風はやり過ぎたか?・・・)
魔物が飛び散って、最後の方は楽しくなってしまった。少しテンションが上がってしまったな。
(・・体が限界か)肉体の強制強化効果は切れ、上がったテンションが落ち着くと身体がきしむ。
節々の痛みは回復で誤魔化しているが、無理矢理限界を超えさせた肉体が悲鳴を上げていた。
「すごいですな戦士様!あの無双っぷり、是非お名前を・・」
商人が近づきオレの手を取ろうとした。あ゛?なんだてめぇ?
・・ガチッ、
「なんで子供を連れてこんな所に出て来た?お前が死ぬのは商売の勝手だが、子供を巻き込むな」
片刃の刃を商人の首に押し当て睨みつける。
(体は痛い、勝負は流された。本当になんなんだお前は?死にたがりか?)
ヒッ、砂を掻き分けて走る馬車の中、多分そんな悲鳴が聞こえた。
「答えろよ、死にたいのか?」
オレが少し刃を引けば、その首は裂ける。即死じゃなくても馬車から放り出せば魔物が喰ってくれるだろ?
目を白黒された商人は、オレの怒りの理由がわからないのかプルプル震えていた。
お!「お父さんを放せ!」
他のヤツらが動きを止める馬車の中、子供が一人声を上げた。
「・・コイツはさっき、お前を巻き込んで死ぬ所だったんだぞ?何故かばう?ここは・・この砂漠は、子供を連れて観光に来るような場所じゃない。
それはこの場にいる全員が解っているはずだ」・・・この商人は解っていなかったと思うが。
子供の目はオレを捉え瞬きもせずに睨んでくる、面倒くさい。オレが悪いのか?
・・・チッ、「二度目だ、お前がこの子供に命を助けられたのはな。自分の子供に感謝しろよ!」
商人を子供の方に突き飛ばし、オレは腰を下ろした。まったく子供は面倒だ。
「・・もうしわけ、ありませんでした。戦士様、それでも言い訳させて下さい。この子も商人の子、いずれは砂漠越えを経験させなければなりませんでした」
しばらくして状況が理解し始めた商人が頭を下げ、話を始めた。
「今回はたまたま、偶然強い魔物に襲われたのです。いつもは護衛の冒険者が対応出来る程度の数だったのですが・・・今夜の魔物は数も多く、強かったんです」
・・・いくつもの偶然と事故のような事が重なり、子供を危険に巻き込んだ。
そう商人は言った。
「砂漠の町でバサーがあるのです、年に数回。そこには海外からの珍しい物も多く、商人としては、どうしても間に合わせる必要があったのですよ・・」
「それで自分も、そして子供まで死んでいたら、商売所じゃ無いだろ」
旅の翼を使った場合、運べる荷物の量は限られる。だから子供に商隊を経験させて置く事も必要なんだろうが・・
(はぁ・・商人の教育方針か・・オレが口出しするところじゃない・・か)
「生きていて良かったな、子供。これが砂漠越えの危険だ、生きてこそ経験を次ぎに生かす事ができるんだ・・そっちの商人も悪かった。
こっちも体力の限界でピリピリしてたんだ、できれは放っておいてくれ」
(ヒトの事は言えないな、自分も同じか・・お互い生きていて良かった・・って事でいいか、今は)
まぶたを閉じて回復に集中しないと、体のギチギチとした痛みと熱が収まる気配がしない。
「pー少し頼む」
ピョートルも疲れているだろうか、意識を切断している間、任せられるヤツが他にいないんだ。
荷台の横板に背中を預け、手元にハサミの片刃、肩を仲間に預け目を閉じた。
・・・
(?・・湿っぽい?)
気が付けば馬車の中は霧のような空気で被われ、素早くハサミを手に取って周囲の様子に目を動かす。
・・・なんだ?敵の罠か?霧?それに・・・寒い。
「ああ、心配しなくても大丈夫ですよ」
馬を歩かせていた商人の男がオレの動く音に気が付き、前を向いたまま言った。
「ラクダに無理をさせましたし、護衛の方にも被害が出ましたから、今はランガの方に帰っている所なんです・・この霧は、砂漠の早朝に良くある現象でして・・」
星の出ている間の方向は星を見て進む、今は霧でラクダの体を冷やさない程度の歩みで進ませていた。
「あれからラクダを引いてくれていたんだな、お陰でよく眠れたよ」
ありがとう。
「イエイエ、戦士様に助けられ、怒られたお陰でイシスに強行せずにすみました。私と子供だけなら商売を理由に強行していましたよ」
どうしても目の前のカネを追ってしまう、それが商人のサガってやつですよ。
男は笑ってそう言った。
「・・イシスまで行くつもりだったのか・・」
護衛も減り、子供も連れて。なんて業の深い職業だよ。
「戦士様は、狩りですか?それとも賞金稼ぎを?」
狩りはそのまま、魔物を狩って部位を剥ぎ、神からは入金を受け取りカネを稼ぐ事。
「賞金稼ぎ?・・この辺に夜盗の巣でもあるのか?」
賞金とかは町とか国が犯罪者にかける物、魔物に一々かけたりはしない。
「・・あのゴーレムですよ、ピラミットの守護神とか言うやからもいますがね」
レンガ像・・ゴーレムと言うらしい。
ヤツは砂漠に入った商隊や旅人を襲うように徘徊し、戦いを挑んで来るらしい。
「数年前にも、ゴーレムは倒されちゃぁいるんですよ。でもね、月が廻って満月になるくらいになっては復活する。厄介なヤツですよ・・はは、足が遅いんで走って逃げりゃ良いんですが・・迂回すると流砂とか魔物とか・・」
倒しても復活する、が倒さないと砂漠の行き来が面倒になる、だから賞金をかけて腕自慢を集めて倒してもらう。
「ゴーレムが倒された月なんかは、商人の往来が活発になりましてね」
・・(ふ~~~ん、良いなぁアレ)
?ん?おかしい・・なんだ?どう考えてもおかしい、ラクダの足後の上をラクダが進んでいる。
それはまるで・・・
「オヤジ、ラクダの足元を見ろ。同じ所を歩いているんじゃ無いか?」
同じ所・同じ場所をグルグルと回っている。
商人がそんな無駄な事・無駄な時間を使う事は無いはずだ。
「?え?・・確かに・・おかしい、私は真っ直ぐ歩かせているはずなんですが」
商人の返事と声色に嘘は無さそうだ、と・なると。
「pー起きろ、スラヲも」
二人を揺り起こし、オレ達は馬車を飛び出した。
魔物なら狙いはオレだろう、自分が助けた連中を今度は自分が巻き込む事は出来ない。
戦士は戦いに命を賭け、商人はカネに命を賭ける。