勇者はあまり言葉をしらなかった。
朝からキツイ食事を終え、部屋で荷物を整理し呼び出しを待つ。
「って事だ、[旅の翼]はそのメイドが持っている。おれ達は町でメイドを護衛しながら自分の身も守る。
悪魔の[認識阻害]が、どの程度の物か解らないから回りの目線・表情・動きを見逃すなよ。囲まれたら即離脱だ」
(あとメイドが騒いだり声を上げたら当て身、襲って来ても当て身する、殺すと面倒だからな。
食べ物を出して来たら・・)ズボンのポケットに入れた毒消しを確認・・よし!
「オレの顔色が急変したら[解毒]と[麻痺回復]を頼む、一応な」
ピョートルの頷きを確認し、スラヲの顔も[キリッ]とした表情・・うん、大丈夫だな。
コン!コン!扉を叩く音で3者に緊張が走る。
「準備出来ましたか」声はダイニングの時に聞いた無表情なメイドの声だ。
「・・よし、準備は出来ている。町までお送りしますよ、お嬢・・・」
扉を開いたソレは、メイド姿に顔を隠すような黒いベールとしゃれっ気の無い帽子、肘まで隠すような黒いレースの手袋と長い黒皮のブーツ。
・・だれ?
「申しわけありません・・この肌はひとの目を引きますので・・」
・・白い肌もそうだろうけど、普段からこんなので買い物してるのか?
屋敷から出て直ぐに黒い指先が差し出された。「どうぞ」
仲間認識していないから、体が接触している必要があるのだろうが・・
「・・カゴとバックはオレが持つよ、一応護衛だからな」
一瞬止ったメイドから、腕に下げたカゴを受け取りバックを背負う。
「よし、ピョートル。手を繋ぐ、放すなよ」右手は相棒を掴み、左手にメイドの手を掴む。
びくっ、反射的に細柔らかい指に力がこもり、ゆっくりと左手が掴まれた。
そしてメイドは左手に持った[旅の翼]を放り投げ、効果が発動した。
・・・・・・・・・・・
日光の傾きから見て・・(そんなに飛んでない・・か?)
「あの・・手を」
勇者はしっかり握っていた手を緩め、指を放す。・・(?なにを見ているんだ?)
「強く握り過ぎたか?」
すいませんね、異性の手を握るのに慣れて無くて。力加減が解らないんだよ!
「いえ・・その・・ジョンさん・・でよろしいのですよね?」
じ~~~と見られている感じでそう言われても・・アレか?
「ああ、ちょっと魔法でな、雰囲気を変えてある。この辺じゃ珍しい職業らしいんで変装代わりにな?」
どんな風に見えているんだ?なぁピョートル?
「ちなみに、Pーはどう見えてるんだ?そのままか?」
悪魔が[認識阻害]をかけたのがオレだけなら、魔物のままかも知れないし、もしそうなら町には入れなくなる。
「・・戦士様?・・?小さい、ホビットさんのようにも・・?」
(姿を変えるのでは無く、認識阻害か。見る人間によって違うように見えるとか?)
「・・なら大丈夫だな、荷物は心配するな。いくらでも持ってやるから遠慮せずに買い物をしてくれ」
そこまでが仕事だ、帰りは荷物が体に触れていたらいいのだから、持ち歩きの間だけこっちでやるさ。(それ以上でも、こっちには仲間がいる。スラヲにもいい鍛錬になるよな?どんと来いよ!)
・・・そう、荷物の重さだけなら、どんと来いだ。
(忘れてたな・・女性ってのは買い物が長いんだった)
石鹸・砂糖、そこまではよかった。メモを片手にドライフラワーのリース、青紫の香油、柔らかいブラシ、桃色とか黄色とかの色の付いたインク、花を押した紙・・・
「どうでしょうか?」
「・・ああ、良い匂いだと思う」
正直解らん、となりでピョートルもウンザリ気味で、あ!スラヲが飛んでる虫を捕食した!
「すみません、すこしはしゃいでしまって。買い物・急ぎますので」
「いや、いい。いくらでも付き合うよ」
買い物はストレス解消になるらしいし、それにアノ屋敷で仕事をしているなら・・この程度の気晴らしは必要。それに付き合うくらい、大した事は無い・・・・はず。
「・・・その、もう少しかかっても・・」
「いいよ」今そう決めた。
・・・・・
昼も過ぎ、どれだけ歩いたのか・・多分町中を歩いた気がする。
変わったメイドに荷物持ちが二人もいるんだ、絡んで来る面倒なヤツが出る訳も無く、
三人は一息入れる事にした。
屋台のパンをかじり、果実水で喉を潤す。
(・・なにか持ってきたっぽいが・・)
先に買って喰えば遠慮する演技をしなくてもいいだろ?
メイドもカゴから取り出したサンドイッチを食べている、毒とかは無さそうだが。
「Pーちょっと頼む、変なのが来たら多少怪我させても構わないぞ」
少し買い物だ、町中を歩いたからな。買う店も値段も解っている。それに・・認識阻害がどの程度の物かを見ておく必要もあるからな。
「トイレですか?」
・・・「ああ、そんな所だ」ピョートル、お前の前にいるお嬢さんがソワソワしてるじゃないか、デリカシーだぞ・デリカシー。
少し離れた場所に目的の店を発見、さあて・・認識阻害はしてくれるだろうか?
「・・こんなもんか?」
道具屋のオヤジに金貨を渡し、釣り銭を受け取った。う~~~んなんの問題もなくスムーズな買い物、指名手配なんて嘘のようだ。(・・悪魔に感謝する日が来るとはな・・変な話だ)
認識阻害術だけ教えてくれたら、すぐに地獄に帰ってくれないだろうかなぁ。
そうしたら、本気で感謝するのに・・・
「なぁあんた、そいつは女用だがプレゼントか?」
そんな事を真面目に考えていると、オレの買った物を指さしニヤりと笑った。
そうなんだが何がおかしいんだ?
「・・アンタも好きだね~~、っていうか、止めときな。アイツは屋敷のメイドだろ?白女はガキも白いのが産まれるって噂だ、本気ならそいつの面倒も見なきゃならねぇ。
そんで・・遊びなら女を苦しめるだけだからよ」
アンタみたいな旅の男が時々きてプレゼントを買っていく、そして二度と帰ってこない、そうオヤジは言った。
(悩んでいたのは、そんなんじゃないんだけどな)
「警告か・・ありがとう」
勇者は釣り銭の中から1枚の銀貨を渡す。
「・・ありがとな、でも・もし本気ならカネは惜しめよ。目玉が飛び出るくらいの身請け金を求められるって話だからな。・・連れて逃げるなんて考えるなよ、必ず追っ手がかかるって話だ。
あの女達は目立つからな、どこに行っても絶対に見付かるぞ。子爵だか伯爵だかのプライドとか権威とか威厳にかけて、絶対に捕まえられる・・そんで拷問されたような死体が領地の村に晒されるって話だからよ」
忠告・・助言を耳に止め置いて店を出る。
(身請け金・・か、あの領主がカネにこだわるとは思えないが・・大金は何でも使える価値があるから必要な物でもあるが・・違うか?
それだけのカネを用意出来ない者には彼女達を守れないって事か)
今となっては、あの男の考えていたことは解らない。それでも一応は彼女達を保護してきた事は事実だろう。
(善人では無い事は確実だとは思うけど・・・考えるだけでも面倒くさいな)
「いら・・なんだい、あの女に花を贈っても意味ないよ。領主の庭にいくらでも咲いているんだからね」
次に向かった花屋の女将は、オレを見た瞬間に嫌な顔をして忙しそうに背中を向けた。オレと同じように花を買った男が何人もいたのだろう。
「花屋の仕事は花を売る事だろ・・それに、その花は彼女にやる物じゃない・・手向けだ」
・・・「派手じゃ無いヤツがいいかね」そう言うと白と緑の小さい花のリースに紫の花を混ぜたリースを作り手渡してきた。
「ありがとう」銅貨を数枚手渡し、袋に入れた。
「・・・アンタみたいなのは早く領地から離れた方がいいよ、ここの領主は見た目はまともに見えるかも知れないけどさ・・」
「住んでる人間には言いにくい事だろ、解ってる」
次ぎの領主が領民を考えるような人間とは思えないが・・
買い物を終えて勇者が戻った時、スラヲをつつくメイドと、形を変えて避けるスライム。微妙に困った感じのピョートルがいた。
「待たせたな」
「いえ」
顔は見えないが、少し楽しそうな雰囲気を邪魔した感じで、変な空気を作ってしまったか?。
・・・「土産だ」そう言って買ってきた羽帽子を彼女に渡す。
「昨日肩を貸してくれた礼だ」それに毒消しの助言もある。
枕の下の銀貨は他のメイドに渡っただろうし・・
・・・
「それと・・これを」花のリースを渡す。
誰に・・とか何のためにとかは言わなかった、昨夜は死体が出過ぎた。あの庭の花があの硫黄とアンモニアの臭いを誤魔化すため以外にも使われていると思いたいが、あの領主が死者に花を手向けるような事を許すとは思えない。
昼からの買い物は静かに終った、町外れまで彼女を送っていた時に彼女は片腕の手袋を外してその白い肌を見せた。
「・・ジョンさんは、この肌をどう思います・・」
「白いな・・一角ウサギの見たいだ・・と思う」
白くて細い、弓の腕を知らなければただのか弱い女にしか見えないだろうな。
「!・・うっ・・うくっ・・フフフフフ・・」
何が受けたのか振るえるくらい笑ってしゃがんでしまった。
「あ~~ごめん、なにか間違えたか?」
「・・・っ・・イエ・・フフッ・・スイマセン、はじめてですよそんな風に言われたのは・・ふふっ」
「一角ウサギもアルミラージュもたいした違いは無くてだな、『どうだ』と言われたら『白いな』と言うしかなくてだな・・」
それ以外にどう言えというのだろうか?
「・・いえ、聞けてよかったです」そんな人ばかりでは無いんですよ。
多分そんな言葉を言ったと思う。
「・・・では、お別れですね」少しだけ元気になった彼女は、最後に勇者が渡した羽帽子を付けて微笑んだ。
白い腕と白い顔、赤く潤んだ瞳。
(・・・美人とか色白で綺麗だ、とか言うべきだったか・・)
「ああ、最後に一言だけ言わせてくれ」
デートぽくなってしまった。そんな感じにするつもりはなかったんだけど。