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最後の別れ、少年は旅立つ。

 勇者が派手に出ていた事で、侵入する為の方法は簡単だった。

(3つ目を使うまでもなかったな)


 本来外敵を防ぐ為の壁も、中の者からすれば邪魔になることがある。だから子供や馬鹿が抜け道を作ってしまうのだ。


 その一つ、子供達しか知らない通称(ウサギ穴)子供がギリギリ通れる程度の細低い穴、

鎧を着けた兵士は絶対通る事の出来ない小さい穴がある。


 革鎧は脱いで畳み、麻紐で括る。体を捻るように穴に体を刺しこみ、出口に置かれた岩をどかす。子供達のルール、出る時は外の穴を木と小枝で塞ぎ見えない様にして、帰る時には穴を岩で塞ぐ。


(子供の力なら、穴の中から押しても動かないだろうが・・!)

大人になった勇者なら、難しい体勢からでも動かせる。


(はぁ・・こんなに簡単に侵入させるなよ・・王様、敵が入って来たらどうするんだ)

 土で隠されたにやけた顔がゆっくりと無表情を作る。


死ぬか・殺すか・逃げ延びるか・・やってみないと解らない、だが勇者にはもう選択肢は残っていなかった。




・・・・

 道具屋のオヤジが町の騒動に扉を閉じ、今日の売り上げを数え終えた後だった。

ゆっくりと重い腰を上げ、金は金庫と隠し場所へ。

 税金対策ではあるが、老後の蓄えは多いに越したことは無いからだ。


「さて・・飯にするか、きょうは・・ジャガイモのスープだったか?たまには贅沢したいものだが・・」

 オヤジが奥の扉を開け、自宅となったダイニングに足を置いた。


「・・一体どうなって入るんだ?」本来は暖炉の明かりと、頼りないランプの明かりで薄暗い部屋にはランプは消され、暖炉も消えそうに赤い熱を灯していた。


「・・おまえさん」その部屋の隅で妻のか細い声がした。そして、

「・・なにをしているんだ?」その背後の黒い影に目が写る。


「悪いな、頼みがあって。どうしても聞いてもらわないと駄目な頼みなんだ」

 その声は老眼と暗闇の中でも、影の正体を浮き上がらせる。


「なんてザマだ、一体どうした」

 妻の首に銅の剣を押し付け、腕を後手に掴んでいる影の正体は勇者だった。

暗闇に潜む獣のような眼光、表情の無い顔に無理矢理付けたような笑い顔。


「・・ちょっと営業時間の延長を頼みに来たんだよ、買いたい商品は[旅人の翼]だ」

 ああ、そう言う事か。ならあの噂も本当だったのだろう。


「うちの店には[旅人の翼]は置いてないのは知っているだろう?それに・・・」

「なら、買ってこい。道具屋仲間なら時間外でも売ってくれるだろ?無理ならこの女は死ぬ。

オレも死ぬが、お前の伴侶も死ぬ」


(ああ、やっぱりな)そうなったか、悪い噂・嫌な予想は当たるものだ。

あの時の集会で笑い話と、笑い飛ばした下らない話が現実になったか・・・


(なんて目をしてやがる・・)

「買ってくる必要は無いな、そっちの引き出しの下だ」

オレ達商人は、戦争が起こった時、魔物に襲われた時の為に、旅人の翼を常に用意している。

武器屋も酒屋も同じだ。


「いくらだ?」勇者がポケットに手を入れた時、妻が逃げだそうと暴れ出す。

「待て!動くな!」私は妻の口を押さえ、勇者の腕を掴んだ。


「いいな、セチール。動くな・・」妻の名前をひさしぶりに呼んだ気がする。

私はゆっくりを勇者の腕を放し、私は1歩下がった。


「どう言う事だ?」勇者は驚きながらも金を出し、オレは首を振った。

「後・・そっちのたんすの奥に500ほど金がある、それも持っていけ」


・・「おまえさん、どうして・・なんで?」

 妻も不思議な顔をしていることだろう、もしかして私のことも疑って・・は無いか。


「商人は誰よりも情報に聡く[さとく]無ければならない、どんな職業よりもな。

だから大体の事は理解している・・つもりだ」


「なら、なんで金の在処まで言うんだ?なんのつもりだ?」


「・・勇者はたんすや引き出しを開けて中の物を持って行くのだろ?ならそうすれ」ば良い、と言う前に銅の剣が私の足元に突き刺さった。


「・・冗談も聞けないか、少しは笑えよ・・ああ、すまない。ソレを持ったら私を殴って欲しい、

無理矢理盗られたようにしなければ、この町では商売出来なくなるからな」

多分私は笑っていたのだろう、驚いた顔が闇の中から浮かぶようだ。


「なんで、そこまで、してやる必要があるの、おまえさん」

 開放された妻が私の腕を掴んで来た。


「すまないな、老後の蓄えだったか。でもまぁ明日から貯めればいいはなしだろ?・・・なぁ、聞いてくれお前」抱き寄せた妻がまだ振るえてた。


「勇者は・・お前はこの国の王に追われているんだ、そうだろ?」

「ああそうだ」勇者の声が氷りのように突き刺さる。


「それも、勇者だからだな?」うなずきを確認しないまま、私は話しを続ける。


「良いかセチール。この子は、勇者は私がまだ・・と言ってもジジイだが、若い頃から知っている。勇ちゃんなんだよ、皆の期待を背負い、一所懸命訓練して、魔法なんかも頑張って、いつもニコニコしながら、走り回っていた勇ちゃんなんだ」


・・「勇者に選ばれたから、ただそれだけで、他の子供とは違う人生を歩まされ、必死になって戦って、それでも足りなくて・・泣いて帰って来た子供なんだ・・」


「うるせぇよ」勇者の声がするが、私は止めなかった。多分この子と会えるのは最後だから。


「最初の一年は、気の毒だと思ったさ、そして・・いつだったか?薬草を買いに来たのは?オレは、また勇者が立上がったって嬉しかったさ。

・・そして、毒消し草だ。瀕死の勇者を・・この子を見て、なんで一人にさせている、って町のヤツがなんて言おうと、たった一人で戦っている姿をオレは馬鹿になんか出来るものか!」


「その子が!昔っから隣に住んでいた勇ちゃんが、なんで大人の都合で殺されなきゃならないんだ!違うか?セチール?この子は勇ちゃんなんだ、腰を痛めたお前の体を支えて歩いた、勇ちゃんだ!」


「子供が独立した今、ワシらの孫みたいな子供が困っているのに、年寄りのワシが何もせず、

王の命令で差し出すのか?そんなに商人ってのは醜い職業なのか?」


 わかってくれ、そう言うとワシは目をつぶる、殴られるのは・痛いのは恐いからな。

「まって・・そう言う事なら、勇ちゃん。ご飯も食べていきなさい。

ソレとアンタは私を縛る、口の方も。そうしないと、おかしいじゃない」


・・妻は鍋を火にくべ、自ら後手になった。


・・・馬鹿が!勇者は勢いよく立ち上がり、引き出しから翼を盗ると大声を上げた。

「下らない抵抗をするなと言っただろ!」


 大声で叫び、窓を蹴破り、飛び出した。

「クソッ、面倒な抵抗を!クソ商人のくせに!潰れちまえ!」


 勇者の大声で真夜中と言うのに住人が窓を開ける、兵隊達も走って来るのが見える。

「バーカ!ばーか!阿呆ーあほー、精々余生を長く生きるんだな!もう二度と顔も見ないがな!」

バイバイ、子供の時にしていたような顔が月明かりに浮かぶ。


 兵士達に囲まれた勇者が旅の翼で天に消えた、(ああ、元気でな・・勇者)

 引き出しの中にはきっちりと金が入っていた、私を殴る事の出来ない優しい少年は

、私の気付かない内に勇者になっていたのだろう、そう心にしまいこんだ。



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