勇者が「死にたく無いと言って何が悪い!恐いと言って何が悪い!」
「寂しいなら・・そっちで勝手にやっていてくれ」
化物同士上手くやってろ、人間の世界に係わるな。
「??ん?ん?ん?おかしいですね?貴方が主賓ではないのですか?
メインディッシュでは無い?ワタシ達は貴方に引き寄せられたのでは?」
ウフフ「私も、枕を抱いている時間を割いてここにいるのは貴方のせい?運命なのかしら?」
二匹の怪物は見下ろす様にオレを観察し、祭壇の下で怯えるエモノをどう弄[もてあそ]ぼうか、そんな蟻の手足をちぎって遊ぶ童子のような,無邪気な残酷性をチラチラと垣間見[かいまみ]せている。
「何度も言うが、悪魔を喚んだのはそこの男だ。おれはそれを邪魔しに来て失敗したマヌケ野郎だ。そっちのお嬢様の方は、下賎[げせん]な人間が珍しいだけだろ?」
とにかくオレは関係無い、隙を見て邪神像さえ破壊できたら、もうこんな地獄には用はない。
「・・・?下賎?・・おかしいですわ?貴方は世界中の女性や子供達の憧れではないのでは?ジョンさま?いいえ【勇者】様?」
!?「な!?何を・言っているんだ?オレが・・勇者だとか・・そんなわけが」
オレは言ってない、顔も名前も武器だって勇者らしくない物を使ってる!どう見たって誰に聞いても、[物語]や教会の言うような勇者の姿はしていない。
「おお!勇者!魔王の主敵!魔物の全てが畏怖する神の先兵!皆殺しの凶兵!
マサカ・まさか!いやいや、なるほど!では私は勇者様の奴隷兵として魔王様と戦い!滅びる運命なのですね!
ああ!邪神様!邪悪な神は何と言う・・ナントイウよこしまな運命を私に!ああ・・ああ・・世界最強の魔王に焼かれ・魔物達から裏切り者と蔑まれ・勇者様にボロ雑巾のように使われる!・・ああ、なんというモラトリアム!」
ス・テ・キ・
悪魔が恍惚とした目で月を見上げ、両腕で自分を抱き絞めるように悶えた。
「あちらは運命にたどり着けたようですわね・・・では、私はどうなのでしょう?貴方の妻になる?恋人?」
「やめろ、どうせそんな感情は無いくせに」蜘蛛を前に発情するのは雄蜘蛛だけだ、おれは違う。
まだ・・女を・・好きになるとか・・
「フフッ、確かにそうですね。私にはそのような運命は感じませんもの。それに、この子も愛や恋には関心が薄いようです」
・・・『勇者だと?』
地の底から響くような低く鈍い声がした、這い上がる獣のような怒り・憤怒・嫌悪。オレは知っていた、聞いていた。その声の色を、いくつも何度も聞かされてきた。
「勇者だと?・・お前が【勇者】なのか?世界も救わず・民も救わず・魔王を魔物を野放しにして・こんな所でなにをしている!
なぜ魔王を滅ぼそうとする私の邪魔をする?お前が魔王を倒さないから!オレが手を汚したんだ!」
「おや?お父様、お聞きになられたのですね?」
女は自らの父親の体に触り、悪魔の呪縛を解くと胴を抱くようにして肩を貸し、「大丈夫ですか」と立たせた。
「ああ、ありがとう娘よ・・
「勇者よ、この地獄を見ろ!お前が魔王を倒さないでいる間に積み上がった死体を見ろ!悲しみを!恐怖を!怨念を見ろ!
全てお前が魔王を倒すのに時間をかけたせいだ!世界中でこの場以上の地獄が作られているぞ!お前が魔物を滅ぼさないからだ!今も続いている世界中の人間の苦しみは、全てお前のせいだ!」
死体達の目がオレを向く、狂った男女がオレを見ている、親を殺され焼かれた子供がオレを見ている。
(ち・・違う、オレじゃない、おれは・・勇者じゃない・・しらない・オレじゃない)
「目を背けるな!お前が20年もの間、安穏と寝ぼけていた間、どれだけの人間が死んだ!飢え・魔物との戦争・魔物の毒・魔物が広めた病・土地を失った農民の貧困、全てお前のせいだ!」
「ち・・違う・・そんなの知らない・・知らない・・違う!ただ・・違うんだ!おれはただ、恐くて・・魔物が恐くて・・」
戦いは痛い・傷付くのは恐い・死ぬのは嫌だ、臆病なオレは魔王なんて倒せない、魔物がこんなに恐いのに・・こんなに強いのに・・魔王なんて無理に決っている。
だから逃げたんだ、強い魔物が出る前に、恐い敵が前に立つ前に。
「魔物が恐いだと!?、それでも勇者か!人類全ての希望か!神が定めた死兵か!死ね!死に続けて戦い続けろ!それが勇者だろ!」
そうだ、ヤツ等は言った。同じ事を。町中のヤツ等が、全員がオレに死ねと言う。戦って死ねと言う。
町中の全員がだ、怯えて隠れるオレは卑怯者で、そんなオレに石を投げ馬鹿にする子供は勇気があると言う。
『勇者に立場を教えてやった』『勇者の意味を思い出させる為にやった』・・・
「死にたく無いと言って何が悪い!恐いと言って何が悪い!」
「悪いに決っている!お前は[勇者]なんだぞ!」
何を言ってもこうだ、誰に言ってもこうだ、何人に聞いてもこうだ、もう嫌だ!
カカカ!「勇者!勇者!今夜の晩餐はどうだった?良い肉だったか?ヤツ等も苦しみ死んで悪魔を喚ぶ贄となり、その余った肉も余すとこ無く使用される。本望だろう!」
・・うっ!・・ウェ・・オェェェェェェ・・・
「お前、まさか」
「吐くとはな・・お前の為に死んだ人間の肉を食ってでも、力を手にしにて魔王を倒す。その程度の覚悟もないのか!」
イカレテやがる、人間を殺して喰うだと?それはもう人間の発想じゃない、魔物だ。
ウッ・・ウェェェ・・胃袋が、頭が思考の拒否反応を起こし内臓をひっくり変えそうと吐き気を呼んだ。
(頭が痛い・・もう嫌だ、なにも考えたくない・・おれが何をしたって言うんだ、なんでこんな目に遭わされ無きゃならないんだ・・・)
ウフフフッ「私は、今、この場の、コレが見たくてこの場を用意したのかも知れませんね、フフッ」 オレの頭が泥沼に落ちる瞬間、女は嬉しそうに微笑み笑った。
「娘よ、それはどう言う事だ?お前は魔王を倒す為、魔物共の上位の存在を喚ぶように勧[すす]めたのではないのか?」
「はい、もちろんそうですわ。全ては民の為・世界の為、勇者も教会も王家も、今の現状を見ていません。彼等に忘れられ、放置され魔物に怯え苦しむ民を救う為に、[少ない犠牲]をもって多くの人間を救う、その方法を私が見つけて伝えたのですわ」 女性愛を司る悪魔ですのに。
お父様は結果こそ全てですから、もっとも結果の出やすい方法を私がご用意したのです。
「お前が用意した?なんでだ?どうしてそんな事が出来る??・・お前は誰だ?ナニモノだ?本当にワシの娘なのか?だれなのだ?」
この話が私が勇者の物語を書き始めた一つの理由です、勇者だって一人の人間、殺戮者ではない普通の少年が勇者にされた時、どうなるのか?
その答えは私自身、まだ見つかっていませんが、彼の叫びは間違っているでしょうか?