自分達が不幸だからって!他人を不幸にしていい理由にはならないだろ!
領主のもてなしを受けた勇者は酒の酔いを抜き、怪しいのは中庭だろうと目星をつけ、夜の庭園に忍び込んだ。香の高い花と肥料に隠された階段を下り、忍びこんだ勇者はそこに地獄を見た。
地獄を作っていたのは領主の男、そいつは世界のため・正義のために地獄を作ったと言う。
「わかった、オーケーだ。オレは命がおしいし、カネも欲しい。そっちの手腕・用意周到な罠も見事としか言いようがない、負けた・負けを認める」
鎌を落とし、両手を挙げて降参・降参。
「・・と言う事は、私の下に付く、そう言っているのだな?」
オレが武器を手放した事で、領主の男はいぶかしそうに見下ろしながらも左右の男達に合図を送り、弓を下ろさせた。
「ああ、おれは命が助かって新しく、賢明で偉大な雇い主も見付かるんだ。こっちとしては良い事尽くめじゃない・・じゃないですか?」
手を上げたまま、足元の鎖を爪先でチャラリと鳴らしおどけるようにクルリと回って見せた。
「暗殺者などそんな物か・・もう少し粘って信念を見せるか、などと思ったのだが・・しょせん大義も無い下郎だったか・・まあいい。
お前、先ずその顔を見せろ。新たな主人に顔も見せんのではな、忠誠を示すためにも顔を見せんか!」
「ハイ、では!」
オレは顔の布に手を当て、素早くしゃがむ。狙いは。
(馬鹿が、デブが完全に死ぬまで待ってたんだよ!)
床に転がる中年の男の死体は、時間稼ぎをしたお陰で完全に動かない。
万一生きて抵抗されたら・・・「盾に使い難いだろ!」
回転して足に絡めた鎖鎌を回収、中年の体を盾に掴み右手の壁に向かう。
(弓ってのはたしか、左で照準を付ける場合が多いからな)多分、弦を引く右手は狙い難いはず。
一番面倒で威力と精度の高いヤツは、領主の脇に置くだろう?アレに背を向けるのは愚策として。弓か・・
バスッ!右手に潜んでいたヤツが矢を放つ!
(その為の[中年男の盾]だ、こいつの脂肪と鎧は貫通出来ないだろ?)
痛!後からも撃って来やがった!
盾[肉]を押し付けるように弓兵を押し倒し・・?なんで?
(白い腕・白い首・コイツ・・まさかコイツ)
顔を隠す布がめくれ、色の薄い緑の目がオレを写す。
(間に合え!)拳に込めた魔法を手の平に変え、押し当てる様にして炎が上がった。
くっそ重い中年を運ぶため、利き腕の右手で持っていたから爆発するのは左手だ。
苦痛に顔を歪めた白い女はオレを睨む、反射的に飛び退いて、男の下敷きになってのぞくヤツの手足・・細く白い女の足と腕・・
(『悩むな、ソレは敵だ』違う、何か理由が、『敵だ』違う!)
敵意を持った目が光る。
男から這い出ようとする白い女の額を重りの無くなった右拳で殴り、昏倒している間に後手に縛り、ついでに手の平を軽く切っておく。
[弓兵の無力化]手の平に僅[わずか]な、トゲ程度の傷があるだけで命中精度が大きく落ちる。
その為の措置をしておけば・・
「オイ!、これはどう言う事だ!ここの領主さまってのは、子爵様ってのは女を盾に敵を脅すのか?玉ぁー付いてんのか?」
「失礼な事を言う。言っただろ『私は能力の有る人間を必要としている』と、そして『結果を重視する』とも。
彼女達は、その能力で私の庇護下に入っている、ならその力を私が使う事になんの問題がある。その為の技術だろう?」
・・・この白い女は、この土地の風土病だと言う、そして領主が庇護しているとも。
「彼女達は生きる地を与えられる代わりに、私の命令を忠実に遂行する。普段はあと3人ほどが護衛にまわるのだが、今日は冒険者達がいるのでな」
・・・・その3人は今頃女の武器を使ってヤツ等を垂らし込み、領地以外の情報や他のヤツ等の弱点・出身・家族情報を聞き出しているのだろう。
「女としてその肌を使う、護衛として弓を鍛えさせ身を守らせる。自分達の生きる場所を手にするとは、代わりに何を差し出すか。そう言う物だろう?」
「お前らもお前らだ!こんな物を見て、領主の命を守るのか!この死体の山を見ろ!この地獄を見ても、まだ領主がそれ程大事か!」
転がる首は全てまともな表情をしていない、生きているヤツもまともな姿の者は無い。
狂っているか壊れているか、酷い拷問を与えぐちゃぎちゃに治療して
[生かしてある]ような元人間たち。
「お前に何が解る?彼女達は産まれた瞬間から地獄を与えられ、[人間]達に玩具にされ、犯され、剥製にされ殺されてきた。
そんな彼女達が、同情だと?[人間]を哀れに?憐憫を?」
ハハハハハ、きみはどうやら、幸せの国から来たピーターのようだな?絵本のような平和で皆が幸せな世界など、どこにも無いのだよ?」
お前ら!これが正しい事だと思っているのか!
「自分が・・自分達が不幸だからって!他人を不幸にしていい理由にはならないだろ!」
・・・
「それに、この犠牲者達もまた、世界の犠牲として人々の役に立つのだ。この叫びも苦痛も・全て正義の為だ」
領主は赤紫の酒をあおり、ギラギラと目を光らせる。その表情はもう人間じゃない、怪物・人間の苦痛も犠牲も[正義]の為に犠牲にする、人間を・命を自分の正義の為に使う、人間とは別物のナニモノかに見えた。
「ただの殺戮者が、正義を語るのか?ただのサディストが、正義だと?頭は大丈夫か?・・お前の正義が、この地獄のどこにあるって言うんだ?目玉まで麻の煙で曇ったか?」
こんな物が正義なら、正義はいらない。オレを選び、苦しめる神もいらない。コイツが世界を思う善人なら、善だとか、そんな物、おれはいらない。
「世界に必要な犠牲を作る私が、世界のために手を汚している私が、殺戮者だと?
サディストだと?だから無知な人間は愚かで醜いというのだ!自分の知る善だけが全てだと考えている、全く愚かしい!
世界は常に!毎日!小さな犠牲を払い続けている!魔物に襲われ!人々は飢え!治安は乱れ、野盗も山賊に怯えて人間同士で殺し合いなども毎日だ!」
「その人間を襲っている一人はお前だがな!」
「うるさい!最後まで聞け!」
「なぜ魔物に人間が襲われるのか、畑を奪われるのか、それは魔王がいるからだ」
・・・・・
「なら魔王を早く、一日でも早く殺し、世界から魔物を一掃する必要がある。その為に勇者を信じろか?あの20年近く経っても魔王を殺せぬ勇者を信じろと?
いつまで信じていればいい?あと20年か?30年か?」
・・・
「待てぬ!人はそれ程の時を、20年はそれほど短くはない、それほどの長い月日を、苦しみの中を人間は耐える事はできないのだ!」
しばらく同じような問が勇者にされる事になります、その答えは今のところは考えていません。
話の流れから答えが出せるといいのですが。




