国王様がお呼びだ!出頭しろ!
(なにかおかしい・・)静か過ぎる気配と朝日で目が覚めた。
「・・ババァの足音も、近所のガキの声も聞こえねぇ」
久し振りに夜熟睡したお陰か、感覚が澄んで・・これはまるで・・
飛び起きたオレは木窓の隙間から外を覗く、(なんだ?兵隊?衛兵か?)
鉄槍を構えた鎧姿の男達が数人、二人は入り口に・二人は裏口に。
(一番遠い所にいるヤツは・・多分現場指揮か?)
合計で5人、兵隊共の顔はまるで実戦のような真剣な表情・・
ドン!ドン!「早朝に失礼する!勇者殿が在宅なのは存知上げている。国王様がお呼びだ!
出頭願う!」
背筋に乗っかる重い石のような感覚、暗闇で魔物に襲われるような、敵意だけが体に覆い被さるような・・・
オレはババァの部屋に飛び込み、そのまま窓を蹴破って飛び出した。
兵隊共はオレの部屋を知っていたのか、部屋の真下で待ち構えていた。
だから1階にあるババアの部屋が意識の外にあった。
「お!おま!」一人が声を上げようとした瞬間、銅の剣で顔面をぶん殴る。
「な・・に!」二人目の男の槍を掴み、引く。そのついでに脚は無防備な股間を蹴り上げる。
「おれは勇者だ、お前らの些事になんかかまってられるか!忙しいんだよ!」
大声で叫び、隊長らしい男をにらみ付け、走り逃げ出した。
背後で警笛のような高い音が響く、兵隊が集まって来るのも時間の内だろう。
(ひとまず町を抜け、身を隠すしかない)・・・一体何があったんだ?
ソレを知る為には夜を待つしか無いだろう。
数々の蝋燭[ろうそく]に照らされた男がいた。男は憤り[いきどおり]息を整えるように
琥珀の酒を流し込み、顔を歪めてグラスを机に叩き付けた。
「クソッ!あのガキ、まだ見付からんのか!」
国民には見せた事の無い、怒りで歪んだ顔。高価で分厚いコートと指を飾る黄金の指環、
頭に乗せているのは、彼が王である証である冠。
「ハッ!なにぶん、兵に詳しい事情を話す事も出来ず、信用出来る少数の者に行わせるしか・・」
老いた男が王の怒りに震え、その表情を言葉を選びながら見上げている。
「ガキの・・・勇者のくせに、逃げ足だけは一人前か!こんな事ならもっと早くに捕らえておくべきだった!」
「しかし・・そうなると・・万が一にも彼等の耳に入ると・・その・・」
「助けに来るのか?1度追放した子供を?馬鹿をいうな!ヤツらもヤツらだ!使えないとは言え勇者を連れていれば、パーティなら全滅などしなかったというのに!」
ふぅ・・「悪かったな、全ては事情を話さなかったワシにも落ち度がある・・許せ」
王は疲れたように椅子に座り、肩を落とす。
この男も6年前には温和な顔をたたえ、たとえ魔族や魔物が国内で暴れようと、国民の上に立ち、兵を動かし・彼等を救ってきた、間違い無く善の男であった。
「最初は喜び・・次ぎに驚き・・そして、苦悩・落胆・・神と精霊はどれだけ私を苦しめればいいんだ・・」
魔王が世界に宣戦布告し、世界中で戦火が上がり始めた頃、彼の治める国に神託が下りた。
『勇者の誕生』それは誇らしく、神に選ばれたような心地だった。
勇者が1人前になるまで守り通す、それは王の使命であり、誇りとも思えた。
神託を受けた子供達を城下で守り、彼らを助け導く為の戦士達の育成にも力を入れた。
そう、全ては勇者の為に。
そして、その少年が王の前に立ったのは、少年が15の時だ。線の細く怯えたような目の子供。(こんな、子供が・・)自分の娘より幼く、小さい子供。だが神に仕える巫女は、
その子供が勇者だと言った、なら、この子は私が支えてやらないと、
と・・その時は思った。
彼が旅立つ時、もっと良い武器を・もっと丈夫な武具を与えれば良かったと思った。
しかし、それも神託と神官の持つ伝承の書がさせなかった。
結果、子供は戦士達に無用とされ、泣き・怯えて帰って来たと聞いた。
(あの時、王の力で戦士達の頭を殴り付ける事も出来たのだ)
だがそうしなかった、少年が自ら鍛え、彼等に追い付く事を願ったからだ。
そして1年が経ち、町から・他国から・勇者の事を聞かれる度に、冷たい汗をかいた。
そして2年目になると、[臆病な勇者]・[臆病者の国]と揶揄[やゆ]されるようになっていた。
王が無脳なら、王を蔑めばいい。だが勇者はどうだ、
なにも知らない他国の人間は引き籠もっている子供を、国の代表と見るのだろう。
戦士の質・兵の質が、その国の内情を現わすと言う。兵に規律を求めるのは、なにも集団戦闘の為だけではない。敵も見ているのだ、やる気の無い兵の姿を。
「それも、耐えた。我が国民は、すべて我が子だ・・」そう先王に教えられ、
自身もそう考えていたからだ。
それから5年、勇者はひとけの無い夜中に町を出て、近くの魔物を狩っていると聞く。
「そんな物は、兵士にやらせればいい!勇者の使命じゃ無いだろ!」
他国から見下げられ、時折聞く戦士達の活躍を他国の使者から聞く。
戦士達はしょせん国で雇った者だ、神官も教会から派遣された者、我が国の人間では無い。
(魔王の手下を追い払った話を、何故、他国の人間が笑顔で話しているんだ?)
その怒りは当然、元勇者に向かった。『なぜお前は、まだここにいるんだ?』と。
その時、早馬の一報が城に届いた。[戦士・神官・魔法使い、消息不明]と。
「勇者の仲間なら、たとえ深い傷を負っても死ぬ事は無い。そしてそれが、
魔物に負わされた傷なら、死んでも生き返る事ができる。それが神と精霊の加護だったはず、
死体になっても司祭の祈りで、魂は蘇生され傷は癒える。そのはずだろ!」
「ハイ、それゆえの勇者です。たとえ数回・数十回殺されても生き返り、魔王を殺す。
何十も死の経験を重ね、魔王を殺すまで止らぬ[放たれた矢]、それが勇者であります」
そう古い老神官は言った。
「なら、ヤツらは何故死んだ?元勇者を追放したからか?ならなぜアイツがここでのうのうと生きている?」
おかしいだろ?仲間が死んで、自分は部屋で高いびきをしている男が勇者などと。
「・・戦士達は、死んでいないのでは?」
集められた重鎮の一人、老将軍が口にする。この男が選び、鍛えた戦士だ。
死を否定するのも解る、だが。
「死んでない・・と言うのも、問題なのですよ、将軍」
そうだ、この男はよく解っている。
「何故だ?」深く重い老将軍の声が周囲を黙らせる。
「構わん、話せ」王が声をかける事で、男がようやく口を開いた。
では「・・もし戦士達が生きていたなら、なぜ報告が上がらないのでしょう?なぜ生存を知らせないのでしょう?・・たとえ深い傷を負って立てない、動けな状態だとしてもです」
「・・なにが言いたいのだ」
「つまり、『戦士達も逃げた』『勇者のように』と他国の者も、当然世界中の人間も
思うでしょうね・・生きていた、と言うなら」
将軍の言葉にそのまま男が言葉を返す、
(ああ・・そうだ。これで、我が国の人間は、敵が強いと・魔物が恐いと逃げ出す人間ばかりだと、蔑まれるのだ・・)
初回のみ、二話連続投稿です。




