勇者が化粧をする理由。
勇者が受けた毒は、結構ヤバイ毒であった事は目覚めた時に聞かされた。血液が透明な赤を作り、顔は紫に染まっていたらしい。
血の赤を変質させ、溶かすような毒。呼吸が苦しくなり陸上で溺れるような状態と昏睡。神経を狂わせる即効性の毒も混ざっていたらしい。
「・・キミ・・普通は死んでたよ?」
口に含んだ毒消しとピョートルの[解毒]、オアシスの医者が行なった体内の毒を血液ごと取り除く[除毒]、
それらが一つでも欠けていたら、少なくとも身体の一部か内臓のいくつかは溶け腐っていたらしい。
(あの時・・・マンティコアを追わず、オレ達がオアシスに帰る決断をしたのが正解だった・・か)
「毒針を三つも受けて、即死しなかっただけで化物級の生命力だ。根性でそこまで耐えられるならそれは・・・まぁいいか。
今後は毒針を受けないように気をつけなよ。幸運はそう何度も続かないから」
(最近誰かに言ったような言葉を・・)
肉と野菜を山積みにした皿をテーブルに置き、竹竿使いの男は背を向けた。
「・・ああ、助かった。料理・・ありがとう」
っ「ああ、冷めないうちに食べてくれると助かる。それと族長も戻って来ているから、そのうち顔を出すかな?・・忙しい見たいだから無理かもしれないけど。それまでには顔色を戻しておいてくれると助かる・・・今の君はひどい顔だよ」
背中を向けたまま部屋を出て行く、ひどい顔って、どんなだよ。そう言えば・・今は・・・
意識が薄い、朦朧[もうろう]とする・・多分血が足らない。こんな時は水を飲んで自然回復するまで寝ているべきなんだろうが・・
(緊急時だからな)手を伸ばし肉を噛む、何の肉かは相変わらす不明だ。
それでも今、砂漠の端で仲魔が働いている。それもオレが押し付けたような仕事をしているんだ。休むのは後でいい。
今はとにかく食う事、自分の身体を回復させる事も仕事だと思って肉を食う。
(柔らかいな?・・食いやすいように叩いてあるのか、それとも元から柔らかい肉なのか?・・)
塩と果物の酸味、多分ナツメの酒漬けを潰して・・塗ったのでは無く、肉を漬けたのか?丁寧な仕事を・・
甘塩っぽい甘さの柔らかい肉をひたすら口に放り込み、サボテンの薄切りで舌をリセットする、そしてタマネギのスープで胃に流し込む。
皿の上が空になるまで繰り返し、そのままぶっ倒れるように横になった。
・・・・?意識が一度切れ、何かの足音で目が覚めた。
・・・手は動く・足の腿にも筋肉の動く気配がちゃんとある。
(完全まで・・六割・・くらいか?血が足らなくて少しフラフラするが、この程度なら気合いでカバー出来る!根性だオレ!)
「倒れているって聞きましたけど、大丈夫ですか!」
「猛毒を使う魔物にちょっとやられた程度だ、心配ない。次ぎは勝つ」
心配して駆けつけたホフメンに見えるよう、腕の筋肉を固めて見せる。
見ろよ、カッチカチだからな?筋肉カッチカチだ。
「・・・次ぎとか言わず、今後は最初っから気を付けて下さいよ?損失を織り込んで商売する商人と命賭けで戦う勇さんは違うんですから」
カッチカチの筋肉を軽くスルーしたホフメンの注意が刺さる、確かに油断してた部分もあるから反省します。ごめんなさい。
(次ぎはあの化物から先に殺してやる、こんなヘマはもうしない)
一時の油断・一瞬の油断でヒトは死ぬ。
それを知ってるはずだったのに・・・注意しているつもりだったのになぁ・・
人生に次ぎは無い生きてるから次ぎが、明日がある。その気持ちを忘れていた、
(死ねば次ぎは無いことを忘れるなオレ、戦場で油断して死ぬとかしたくないだろ!)
「そうだな、次ぎが有ると思う油断があったからこんな無様をさらした。
殺し合いだ、最初から油断なく殺すつもりの心構えが足らなかった・・」
お陰で初心を思い出した、ありがとうホフメン。催眠術を使って欺して連れてきてゴメン。
(・・・怒られない時にきちんと謝るから、その時はあまり怒らないでくれたらいいなぁ・・)
「ピョートルさんは他の方々を治療中『勇さんが起きてたら、自分を看病するよりそうしろって言うはずですから』って。
勇さんが助けた人達も今は休んでいるはずです・・・
あとこちらの方の説得は一応は終了しました・・勇者の名声も使わせてもらいましたが」
ホフメンはオレが勇者を名乗るのを嫌がる事を知っているからか、すまなそうに頭を下げる。
「問題無しだな、後は1日持ちこたえる事が出来れば・・と」ふらつく頭を支えつつ、約束までの時間を逆算する。
「その事なんですが・・・少しマズイ事に・・」
「なにがあった」
「波の町、そして旅団の方々から出た情報で集めた部族の方々が」
逃げようとか兵士達の配置で揉めている、そう言う事だった。
そもそも魔物と戦っても得る物は少ない、それにあの数と様子を耳で聞いたら逃げ出したくなるのも解る。
人間は想像で欲を膨らませて期待する、その反対で想像した恐怖で怯える生き物だからな。
「じゃあ、今サフィールはそいつらの説得中か・・・すまん、ちょっと手を貸してくれ、頬紅とか用意してくれ、顔に塗る。族長とかの連中に、疲れた顔の勇者なんか見せられないだろ?」
やつれた顔で人前に出たら不安を煽るからな。
「・・・すいません・・そこまで勇さんを・・」
「謝るなよ、お互いあやまってばかりじゃ笑い話にもならないぞ、ここは笑う所だ、オレは生まれて始めて化粧するんだ、楽しみじゃないかハハハハ」
化粧した勇者が並居る族長達の前で説得工作だぞ?そんな話どこの歴史書にも乗ってないんだ、その時歴史は動いた・・なんてな。
・・・「そうですね、笑う所でした。では用意があるので行きます、直ぐに戻ってくるので寝ないで下さいね?寝ていたらそのまま化粧してしまいますから」
まだ複雑な顔ではあるが、口元を上げて笑うホフメン。
(無理する時・無理出来る時は何度でも無理するさ、気にするなよ)巻き込んだヤツの責任ってのは果すよ、だから心配なんかするな。
・・・・・・
勇者の寝かされていた部屋から出たホフメンは自分を落ち着かせる為に息を吸う。扉を開けた時に見た青白く背を丸めた男、毒と戦い弱り切った男がふらつきながら笑う顔。
その男をそこまで追い込んでいるのは、多分勇者の使命・・だろう。
いつも無理して笑う、遠い目で『大丈夫だ、なんとかする』そう傷付き疲れきった勇者は立ち上がり、そして敵に向かって歩いて行く。
仲間に裏切られ瀕死になった事のある自分だから解る、信じたい・信じて貰いたいから必死に笑顔を作っている男の心情を。
(勇者の使命じゃない・・彼を追い込んでいるのは私達だ)
それは身近で見ている者しか解らない、その目その表情を見ていないと解らない。
誰かを助ける事で自分を追い込んで行く、それがホフメンの知る勇者と言う男だった。
良くも悪くも普通の人、目の前で助けを求められたら手を差し伸べ、ムカついたら殴る。ただその相手が世界中の人間であったり、世界中の魔物であるだけで普通の人間が普通にするだろう事だ。
(でもそれは、普通の人間・1人の男に出来る筈が無いんですよ勇さん)
だから無理する、だから折れそうになってしまう・・
今自分が出来る事は・・自分を外に連れ出してくれた男に・・友人に出来る事は・・・・無力だ。だからせめて彼が笑って欲しいと言うなら・・
そう信じ笑顔を作りホフメンは通路を歩きだす、急ぎ化粧を用意する為に。




