教会の信じる正義は、誰のために。
暴走する契約者を止める為に自らの足を踏むという荒技をやってのけた女公爵は、少し疲れたような顔で微笑んでいた。
「えーとアルケニーですか・・確かに人間の戦力よりは役に立つと考えられますね。それにウェンディの印象も良いでしょう、ですが・・
人間を捕食する魔物を雇うと言うのは領地を預かる者としては、リスクが高いと判断します・・教会の人間に見付かれば、私は貴方の紹介だとしてもアルケニーを差し出します、それでも?」
「それこそ今更でしょ?ここの前領主が何をしてきたか、木を隠すなら森の中っていうからさ。
悪い領主の地に魔物がいた、そしてどこかへ逃げて行ったって、さ」
差し出す必要は無い、逃がせばいいだろ?
勇者の答えにゴモリーさんは微笑む、そしてあらためて自分の腕が捕まえているアルケニーの体を下げさせ、真面目な顔で見つめて聞いた。
「・・ではアルケニー、お前は人間をどのくらい必要としますか?それは罪人でも?」
「一年で・・10くらい・・無理なら他の動物でも・・」
餌は人間が良いんだろうけど、腹を満たすだけなら動物でも良いらしい。
「いや?ゴモリーさん、こっちを見てもな。特にオレは気にしないぞ?」
目の前で人間が喰われていたら考えるが、今の所は、赤の他人よりアルケニーの方を優先するよ?
「・・あとは、住処ですか・・お屋敷の娘達を怯えさせてしまうので・・ひとまずは地下の祭壇を住処にして戴いて・・
最後に質問しますがアルケニー、貴女は・・この娘・・ウェンディのセクハラについて、どこまで許せますか?一応は私の契約者なので、傷付けられると対処しなければなりませんから」
そうだな、さっきの感じ的に・・混浴からの同衾まで行く感じだったから、そのラインは重要だ。
アルケニーがゴモリーに近づき、何かを[首・・血を・・]とか呟くと、少し考えた様にゴモリーが目を瞑り「・・興奮してやりすぎた場合、それなりの怪我は覚悟して下さい」
と言う事で、アルケニーは引き取られる事になった。めでたしめでたしである。
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時間は少し戻り、勇者が砂漠の空に消えたあと、朝焼けを見上げ佇[たたず]んでいた二人は言葉も無く空を見上げていた。
「・・さてと、おれはヨシュアを連れて教会に戻るわ。偽勇者の報告もしなきゃだしな」
熱はあるが[回復]の効果が現れ始めたヨシュアの様子を確かめ、ライヤーは[旅の翼]を摘まみ出す。
「・・いつまで見上げてるんだよ、お前はどうするんだ?・・一応ヤツを追うって報告しておけばいいのか?」
悲しみ切なさをたたえ、アヤメの瞳は勇者の消えた空を見つめていた。
「お前も、アイツを偽勇者って呼ぶんだな・・なにも知らないくせに・・アイツは、勇は・・ちょっとだけ頼りないが・・皆が言うほど悪い奴でも臆病者でも・・無いんだ。それは少しでも共に戦えば」
「まった!それ以上は無しだ!そんなのは、アイツの目をみりゃわかる。アイツは・・悪い奴じゃないのはわかってる。こうやってダチも助けられたんだ、それでもな
『教会の人間は、ヤツを偽勇者として処分しきゃ駄目なんだよ』神官長の言葉には疑問は持たず、言われた事だけを守るのがオレ達の役目なんだよ、わかるだろ?」
教会側の人間がお前が疑問を持っていると思われたら、アイツが逃げた意味が無くなっちまうんだ。
「・・お前は、なにも知らないんだ。あの化物を前に勇がどれ程の無茶をしたか、私はヤツの前に立っただけで足が動かなくなっていたんだ。そんな化物を前にして振るえながら笑っていたんだ。
自分を襲ってきたヤツを助ける為に、私の回復時間を稼いでいたんだ。そんなこと、お前に出来るか?自分では絶対勝てない相手だと、向かい合った瞬間にわかる敵相手に、そんな理由で立ち向かえるのか」
馬の怪物を前に、自分の死を理解した。自分が1枚の盾にもなれず両断される、そんな怪物を相手に戦った男の背中を、私は見たんだ。
「あの背中は本物の」
「だから、わかってるって!でもな、それ以上は駄目だ。アイツは偽者で、教会は死を望んでいる。それが[事実]だ、教会の人間がソレを疑ったら[異端]になってまう。
だからアイツは自分を『偽勇者』と言ったんだ。・・諦めろ、アイツはオレ達とは別の道を歩いているヤツで、オレ達は教会に拾われた勇者候補だ。その時点でアイツとは敵同士なんだ」
殺すヤツが良いヤツか・悪いヤツかなんて関係ない。組織に属するって事は上の命令は絶対なんだ。
「オレはコイツの治療とか報告で、しばらくどこかの教会に世話になる。そのあとは命令待ちだ。
ま・一応ふらふらと適当に仕事をこなすさ、アヤメはしばらく教会には戻らない方がいいぜ、その顔を他のヤツ等に見られたら[嫌な言い訳]をしなきゃならなくなる」
アヤメは腹芸や誤魔化しが得意なヤツじゃないからな。
(その恋する乙女の顔なんか見られた時に、アイツを罵るなんてできないだろうからなぁ・・それに、身内に呪いを掛ける神官長の動きも気になるし・・
ハァ、面倒くさい)
多分、アヤメが教会に逆らい囚われる事になれば、アイツは動く。そうなれば教会とアイツは完全に敵対する事になる。
上の人間がソレを解った上で利用するか、それとも別の手段を使うか・・今は解らないからな。
(教会が正義の集団なんて、こいつら本気で信じているからなぁ・・)
そもそも、教会は魔王討伐・魔物の消滅を望んでいないような所がある。
魔物・魔王がいれば、それを恐れ・助けを乞う人間を[救済]し[救う]事ができる。
だが魔王がいなくなれば、民衆が恐れる強大な敵がいなくなれば、教会の力は大きく削がれるだろう。
時に民衆を喜ばせる成果として、たまには魔王の手先は倒すが・・・
(魔王がいなくなれば、次ぎは人間同士の殺し合いだ。上の人間は[まだ]ソレを望んでいない筈・・)
そう、世界中に根を下ろし、勝者も敗者もその影から操り、仲裁者として世界の全てを従えるまでは本気で動く気は無いだろう。
(そのくらい考えているだろうし・・勇のヤツはその為の犠牲になる・・か)
「ああクソッ!面倒くせぇ!」そんな事を考えるのはオレのガラじゃねぇ!
「アヤメ!アイツに惚れてるなら結婚とかは無理だが、ガキくらいは作っとけ!それくらいは見て見ぬ・・」
(ヤベ!)
一瞬で真っ赤になったアヤメは下を向き、拳を振るわせて顔を上げた。赤く染まった顔に羞恥の涙、そして堅く握られた振るえる拳。
『[旅の翼]』!
獰猛[どうもう]な獣が立上がる瞬間、ライヤーは旅の翼を放り上げた。
(まぁあれだ、オレは間違って無いだろ?。あとはあいつらがなんとかするだろ)
勇、スマン。空に浮かび上がるライヤーとヨシュアの下で「降りて来い!コラァ!」叫ぶアヤメ。
勇者の知らない所で追跡者達は動き出す、しかしその事を勇者は知らない。
二つの場面を繋げてみました。




