脱皮して若返る魔物がいた。
「ええ、まあわかっていましたけど」
今の人格はお嬢様の方が表に出ているのか、大蜘蛛に乗ったおれを見ても驚かない女領主が中庭の人口池から飛びだしたオレ達を呆れるように見上げていた。
「少し、待っていて下さい。この・・アルケニーの食事を・・」
高速で森に走り出した蜘蛛の背中にしがみつき、勇者は全てを言う前に連れて行かれた。
・・・・・
目の前に転がる猪と鹿と雉の死体、獲物の鹿が2頭目に入りようやく頭がまともになったアルケニーは鹿の首に牙を入れ、血を吸いながら顔を上げた。
「・・よう、落ち着いたか?」
ちゅーちゅー・・していた。
「ああ・・ええ、失礼しました。身体を再生させるのに栄養が必要だったもので」
「別にいいさ、腹が減れば気が高ぶる。怒りぽくなるし、荒ぶることもわかる」
それにお屋敷へのお土産も出来た、[血抜きの終わった獣肉]という土産が。
(・・思ったより、この魔物、アルケニーだっけ?かなり強い、それに糸も面倒だ)
遠くまで届く糸を獣が跳ぶより早く飛ばす能力、音も立てず素早く森の走り、立体移動する足。一瞬で猪を包み込む糸の量、おれがコイツを倒すとしたら、森を燃やして動きを制限するくらいしか今の所は思い付かない。
「じゃあ、新しい雇い主の紹介に行くか・・・憶えてるか?あのお嬢様なんだが?」
「・・・すいません、[人間を喰わない]事だけを注意していたもので・・」
その時は背中のオレが止めただろう、が空腹でギリギリの状態でも判断出来る知性ってのも敵に回すと厄介でしかないだろう。
(ぎりぎりでも理性を保てるってところは、アピールポイントだけれど)
糸で縛った鹿を一頭と雉を引き摺り、猪と鹿一頭はアルケニーが引っ張って運ぶ。
そしてオレ達は重さが加わりトストス歩くアルケニーと共に、森の出口を目指した。
「・・・肉のお土産より、森の動物が怯えてないか心配ですわ」
当然のように怒っている女領主が中庭でお茶をかたむけ、引き痙った笑顔で迎えてくれる事になってしまった。難しいなぁ。
「それで、新しいお友達を御紹介して戴けますか?」
糸で引き上げたゴラムとピョートル、軽く浮いて飛び上がったヤール、そして蜘蛛部分の甲殻が堅く、脱皮を終えたカニの殻が固くなったような感じだろうか?
「で、こっ・・こちらの御方がルベリア・ウェンディ子爵・・当主さまだ」
勇者が紹介するとアルケニーの足を曲げ、少ししゃがみ片手を胸に当て頭を下げる。
・・・・
「見ての通り、女性型の魔物だ。戦力も申しわけ無いし、頭もいい。普通の諜報員や暗殺者程度なら簡単に処理できるだろう。彼女?をこっちで雇ってくれたら、と思って連れて来た」
お嬢様の方は難しいと思うが、ゴモリーさんなら戦力として雇ってくれると思ったんだけど・・
「・・勇者さまは、私が女性ならどんな方でも受け入れると思っていらっしゃるのでしょうか?」
ハハハ・・少しだけ
「少なくとも毛深いおっさんよりは、紹介しやすいかな・・って。ハハハハ・・・」
「そんな方をお連れになった時には、生涯出入りをお断りいたしますわ。フフフフ」
女領主はアルケニーの身体を頭の先から足の先まで確認し、少し鼻を動かすと
「臭いです」一言で雇用を否定した。
「いや待て、待ってくれ!彼女は色々有って身体を洗って無いんだ、元々蜘蛛は綺麗好きな生き物だ!匂いなら洗えばいいだけの事だろ?それで解決するはずだ!」
そうだよな?
振り向くと、臭いと言われたアルケニーが落ち込んでいる。確かに隠密行動で動く蜘蛛なら、無意味に香水とかは使わないだろうけど。逆に悪臭のキツい生態でも無いはずなんだ。
「川・・井戸でもいい、少し時間をくれ!」
「勇者さま?そんなに厄介払いをしたい御方なのですか?私に押し付けるような」
明らかに訝[いぶか]しむ女領主はオレの顔をにらみつけ、今にも屋敷に戻る準備を始める。
「そうじゃ無い!アルケニーがいれば・・この屋敷の女達が危険を犯す理由が減る、少なくともアルケニーは強い魔物だ、召使いの女が弓を取るより・・安全が保証される・・あと、魔物は必ず契約を守る種族だ、。危険はそこいらの男の傭兵よりは・・無い」と思う、人肉食だけど。
人間は裏切る、カネ・地位・家族を人質に取られたりしたら、簡単に雇い主を売る。口は軽いし、毒を盛る、屋敷に雇われていても、体内の病魔のように仲間を増やして牙を剥く事だってある。
それよりは、契約で縛った魔物の方が安全だ・・と思うんだ。
「・・井戸は、あちらに」女領主は庭の片隅に手を向け、テーブルに置いたお茶を口に・・「お茶がぬるくなってしまいましたわ、新しいお茶を」
テーブルにカップを戻し、メイドの一人に新しいお茶を用意させた。
「熱くて香りよくお願いしますね・・少し時間が掛かっていいですから、丁寧に」
「かしこまりました」主人の言葉に深く頭を下げ、白いメイドさんはカップとポットを下げ、勇者にも頭を下げた。
・・・水を掛けると水滴をはじく蜘蛛の身体、足の先も水を掛けると驚いて尖った足を上げる・・
「少しだけ、ジッとしてくれ。ピョートル、そっちはどうだ?」
「ええ、こちらも・・こらスラヲ!」スラヲが水を避け、動き難そうだった。
「・・なんだか不快なんですが・・なので後で私も洗って下さいね」
頭から水を被せたヤールが無茶を言う、背中でも流せっていうのか。
井戸では休み無くゴラムが水を汲んでいる、・・・パーティー最初の全員での仕事がアルケニー洗いとは、オレ達らしいのだろうか?
・・・クシを通すとアルケニーの黒髪から汚れが取れ艶が出る、汚れた背中を水で拭くとシミの無い白い肌が水をはじく。
・・?少しだけ振り向いたアルケニーは・・なんか若返っていた。
「少し待て!」
ヤール!ヤールさん!「聞きたいんだが・・アレはなんだ?若返ってない?」
「そうですね・・・魔物の姿に興味が無いので解りませが・・弱体化が解け、脱皮した事で本来の姿になった・・とかでしょうか?ハッ!もしや私の勇者様は!あの様な」
「違う!」ああそうか、脱皮して肌艶が戻ったか・・
「少し離れる、綺麗に洗ってくれ」
(さすがに、あのままじゃぁなあ・・)
上半身が裸、黒髪が長いお陰で・・ぎゃくに性的に感じる所もあるが、とにかく上着、胸とか腹を隠すような布・・そうだ「布!が必要だ!」




