アルケニーの転職先。
「勇者を辞める?そんな事」
明らかに、困惑と不思議を掻き混ぜたような顔を作って悪魔の目がオレを覗いてきた。
「ああ、失格勇者とか・偽勇者だからな。目的地は海の向こう!転職神殿だ!」
たしかレベルが20になれば、色々な職業に転職出来るって聞いた事がある。
船を借り・海を渡り、転職神殿で勇者を辞める。やめて・・戦士は自信が無いし・魔法使いもちょっとだし・・神官は嫌い。
なんで、「商人か盗賊だな、旅商人がベストだ」少しだけ戦えて・魔法も出来る。商売がどれ程難しいのかは、わからないけど。最初は皆、新人なんだ弟子入りして1から教えを請うつもりさ。
[20を過ぎての転職]かワクワクするよな?
城から逃げ出した時はさ、あのクソ砂漠を越えたら自分が少しはまともになって、勇者としてやっていけるかな・とか、自分のペースで魔王の手先とか倒してさ、そのうち認めてもらってさ、魔王とか・・少しはなんとかできるんじゃないかって期待は・・少し・・・いや大分あった。
でも追っ手まで掛けられて、十司祭だっけ?そんな世界中のヤツを敵にして、とどめはあの怪物だ。メズヱル?[牛刺し]?アレは駄目だ、なにやっても勝てる気がしない。
もう無理・限界、だから辞める。勇者やめて別の仕事に付くんだ。
「正直、仲間には悪いと思う。でも、あいつらも自分の命が、人生・・魔物生?がある。その命は自分の為に使うべきだろ?」
盗賊か商人に転職して・・ピョートルに渡す[雷帝の剣]を探す旅、それが良いんじゃ無いか?ゴラムは・・強い敵を求めているっぽいし、戦士か武闘家に転職してもらって。
『自分より強い敵に、会いに行く』感じで道が分かれると思うけど。
「・・確かに・・転職はできるのでしょうが・・」
「スマンな、勇者の冒険は取りあえず転職神殿までだ。それからは、つまらない普通の男の人生、付き合うか・契約を解消するかはそっちの自由ってことで」
・・・・
ヤールの反応が微妙だ、まぁわかるけど。
「勇者様?その、もし転職したとしても・・」
「ああ、最初は神殿とか王族の手下共に追われるだろうけどな、そのうち新しい勇者が出て来てオレの存在は忘れられるさ」
人類がいつから魔王達と戦っていると思っている?数百年だぞ、いつまでも1人の勇者が戦い続けたわけじゃない。勇者は旅立ち・勇者は冒険を終え・勇者は時の向こうに帰って行くって・・そうだろ?。
ならオレが転職して辞めても、新しい勇者が選ばれて現れるってのが現実的だ。
(意外と転職した瞬間に、新しい勇者が誕生したりしてな)
「今後オレはその為に動く・・取りあえず取り急ぎは・・アレだな」
悪魔の祭壇から少し離れた場所に転がる・・アルケニー、の上半分。
「大丈夫か?介錯がいるなら頷[うなず]け、首を切り落としてやる」
それが苦しみを終える最後の手段だとすれば、正しく・優しさとか慈悲って事だ。
「イエイエ!Noーです!蜘蛛の魔物は身体を無くしてもしばらく・数日は生きられるので、ご心配及ばず!仲間にして戴けないのであれば『寂しそうに去って』行きますので」
うなずきでは無く、首を横にふる。なるほど・・しばらくは生きているのか。
「仲間にするかどうか・・は別にして、お前・人間を喰う魔物か?食うとして、どのくらいのペースで食うんだ?」
仲間に人間の肉を寄こせと言われても困るし。
「ソレを聞いて・・・勇者さまは、ワタシを嫌悪で殺すのかい?・・魔物としては当然の終り方だけどさ」半眼・恐怖・疑いの目を浮かべ、オレを見上げていた。
「オレは基本、他人なんかどうでもいい。知らない土地・知らない過去・知らない未来で見知らぬ女子供が魔物に食われていても、基本何とも思わない」
そりゃぁ、頼まれたら退治するかもしれないけど。ソレだって報酬しだいだろ?
「でもな、正直に話せよ?今はいるここは、交渉のテーブルだ。
席を立つのは自由だが、嘘と誤魔化しと勘違いで相手を騙せると思っているなら、その答えはお前の首だけが聞く事になるぞ?」
イヤなら席を立って去って行っても、今は手を出さない。それが交渉とか商売のルールだ。
「・・・年に十人、そのくらいくれたら、必要以上には襲わないよ・・」
目には嘘は無い、真っ直ぐオレの目を見て、多分本当の事を言っている感じだ。
「それは・・男でもいいのか?女子供じゃないと駄目とかは?」
「・・男の方が食いでは有るよ、若い男の・・子供の肉も捨てがたいけどさ・・」
ヨシ、答えは聞いた。まあガキの肉はさておき、十分期待出来る。
「それなら、二つ目の質問だ。仲間になるのは、オレじゃなくても良いんじゃないか?例えば・・魔界の公爵的な相手でも」
「あ!」背後でヤールの声がした、駄目だよ?今は大事な交渉中なんだから。
「・・アタシは、アンタ・・勇者さまが良いんだけど・・勇者さまの紹介って事なら我慢して・・まぁその公爵様が恐くて悪道い、悪魔使いの悪い方ならお断りなんだけど・・」
恐くて悪童い・・てのは否定出来ないが、少なくとも頭は切れる。そんな人間を知っている。しかも、悪魔に寛容な。
「良し!じゃあ面会と紹介、それに勧めるまでは約束する。あとは自己アピールでなんとかしてくれ。アルケニーの糸、役に立つんだろ?」
そして[中回復]
「ピョートル、お前の[中回復]も掛けてくれ。さすがに上半身だけのヤツを他人には勧められん」
二人の[中回復]を受け、アルケニーがワシワシと動く。
(痒いのか?)
手を床に腕立てのような上下運動を繰り返し・・・停止した。
・・ボコッ!・・ボコッ・ボコッ!
上半身から下、輪切りにされた箇所から質量と体積に合わない巨大な・・カニ?生えてくるのか・・
「蜘蛛ですよ・蜘蛛」
焦げ茶色の丸い腹と長い手足を伸ばす短い胴?と蜘蛛の顔。その上に半裸の女が繋がっている姿の魔物だった。
「はぁはぁはぁ・・お腹・・空いた」
キョロキョロとアルケニーの顔が動き、地下空間の天井に止るコウモリを糸が捕らえた。
外の方が獲物は多い・・と思う、それにあの領主ならいらない人間くらい捕らえているだろ。
「コウモリはそのままでいい、外に出るぞ・・天井から」
多分アルケニーの巨体は、階段を通らないから仕方ない。
「ゴラムを糸で・・は、今は無理か。ピョートルと二人で待っていていてくれ、行くぞ!」
勇者の指した天井に向け、糸を飛ばす。素早く背中に乗った勇者を気にせず軽々と飛び上がると、勇者が天窓を叩き割り中庭に飛び出した。




