失格勇者
「それでは、お前を勇者と信じた仲間は死ぬ」
メズヱルは肩に刺股を抱え、有る方向を指さした。
白い繭に抱きつくように笑う歪んだ顔の蜘蛛、それは片腕を繭に突き刺し、赤く染めた腕を舐めていた。
「あれは、あの蜘蛛の狩り方だ。絡み取られた獲物をジワジワと嬲[なぶり]血を啜[すす]り、殺す。力の無い蜘蛛は頭と糸を使う、弱者のお前は・・」
血が白い繭に染まる、オレの頭が白く染まり、ジワジワと心臓から黒い何かが沸き上がり、舌を苦みが包み、耳から音が消える。
「ヤール!どうなっている!」熱い、身体が熱い、怒り?それとも他のなにかが身体の中心から胸の辺りに渦巻いて捩れている。
「あの雌猫がドジを踏んだのです、ワタシは見ての通り結界を維持」
「ウルサイ、アヤメの結界を外せば戦えるんだろ・ヤレ・」
『目の前のお前、ジャマだ』
【多分】ハサミの片方を振ったのだと思う、そして僅かに切れた胸下に片刃を突き刺し[雷撃]を使ったのだと思う。
ゆっくりと見せられた映像は白黒で、ハサミを振り抜いたオレは背後に着地したヤールを目に映した瞬間に「5つ」そう言って走り出していた。
そして何かを言って、蜘蛛の女を両断していた。
真っ赤な繭と、額に汗するアヤメの顔。ジャマな糸を切り、彼女の赤く染まった身体を両手で抱え魔法を使った。
[ような記憶がある]
「・・待っててくれてありがとう」
白黒の記録が白昼夢を見ただけのように、目が覚まされ。目の前の敵に感謝すべきと判断し礼を言った。
「気にするな。オレの役目は、アラウネェルの護衛だが、それ以上にお前を倒す事を優先されている。それに実力を測る事もな、だから先程のように、本気で来い」
・・・先ほどって言われてもな、『カッとなってやった、今は反省している』って言えばいいのか?
(身体中の痛みは消えたけど・・・どうやったんだ?)
「・・お前の本気を出させる為には、お前のオンナを痛め付ければいいのか?」
「それは・・やめてくれ。あとアヤメさんは、オレのオンナとかじゃ無いから」
それは多分、自分の骨が砕かれるより痛い。腕が折れても、歯を折られても、自分の為に仲間が傷付くのは、泣きたくなるほど苦しいんだ。
「だから、本当に全力でやる。出し惜しみもしない、だから仲間に手を出さないでくれよ」頼むから。
元々最初っから全力だった、それでもまだ切ってない切り札は残している。切って無意味だったら本当に後が無いから、恐くて出せないだけの臆病な切り札だ。
(腕は折れてもいい、足は砕けてもいい、指が全て千切れても、肺が潰れても、今は痛みを耐え我慢しろ。)
「最初に[回復]・そして[回復]」限界を超えろ、自分の肉を砕いても[回復]後から必ず傷を癒す。
脳のリミッターを外し、低く・低く身体を沈め、肉体を一つのバネに変えていく。
「ふっ!」完全に三つ足にまで落とした重心で足下の肉を蹴り、左腕ごと鋼刃を叩き付ける。
(速度×重量=攻撃力!)
メズヱルの堅さに耐えられなかった反動で腕が折れ、即時に[回復]の光りが灯る。
右足首にも光りが灯り、再生させながらオレは体に、次々に肉の限界を超えた動きを強制させる。
激痛だけが痛めた場所を教えてくれる、左足首を重心に咥えたハサミで斬りかかり、右腕と折れた左腕で刃を押し込む。
奥歯が折れ口の中に鉄の味が広がる、それでも身体を捻るように刃を押し切り、折れた両足首が完治する前に地面に着地した。
「それでも、まだ足りぬな」
バキバキと折れ砕けながら回復する勇者を見下ろし、メズヱルは刺股を構える。
「『そう』だな!」
勇者の合図にヤールは応え、[伝心]を伝える。その伝えた先は、外で待つライヤー。
ライヤーは顔を振り上げると、ヨシュアの頭に振り下ろす!
ガッ!ドスン!頭突きの衝撃は頭の中にいる勇者達に爆雷の衝撃となって降り注ぐ!
耳が・目が・内蔵が悲鳴を上げる、真っ赤に染まった視界の中[回復]を唱え、目の前でひるんだメズヱルに最後の切り札を切る。
敵が停止した時にだけ使える技、残り全ての魔力を[雷撃]に込め、拳を握る。
「あたれぇぇぇぇ!!!」
閃光と衝撃、拳で魔法を押し込み爆発させる事で、魔法の威力を数倍に高める拳打だが、不完全な魔法拳は、当然その反動も拳に返ってくる。
残してあった右の拳は、炸裂した雷撃の衝撃で焦げ炭化し、肘・肩の関節が外れ腕が膝下まで伸びている。
「・・どうだ、なんて言う必要ないよな」
全ての切り札は切った、こちらは満身創痍で回復すら始まる気配は無い。
それでも届かないのが・・現実だろ。
「まあまあだったな、少しだけ・・だ」
不意をつき、オレの最高の技・最大の攻撃を受けても膝をつかないメズヱルは、拳を受けた場所を片手で払い、少し焦げた場所を擦るだけで皮膚が再生させた。
「・・こんなものか・・わかった、それではこちらも」
メズヱルはトゲ刺股を投げ捨て、空間から巨大な金属の板を取り出した。
人間の成人ほどもある鉄の板、強引に削り柄を付けたような鉄の化物。
[鬼切り包丁]そう言うと両手でそれを掴み、ゆっくりと構えた。
【死ぬ】
メズヱルの前に立つオレは、自分の死を直感で理解した。
防ぐ・躱す・両腕を盾にする、それら全てを無意味にする剣の圧力。
瞬きの後、両断された自分が解る。胃液が上がり、奥歯は鳴き、心臓も肺の真ん中も痛いほど肉を締め付ける。
「そこまでだ、馬野郎!そいつは殺させない」回復を終えたアヤメさんが拳を握り、勇者の前に立とうとして、恐怖で足が止る。
「勇、ワタシが盾になる。お前は逃げろ、死ぬな!」
勇者の腕を掴み、[大回復]の光りが勇者を包む「これが・・・いや、いい、大丈夫だ。後は任せろ!いけ!」
勇者を突き飛ばし、腕をクロスさせ身体を守る。
「まぁ、雌猫が無理をして。だめですよ?そういう格好いいのは悪魔の仕事ですから。
勇者様、契約時に言いましたよね?全身全霊と。ワタシ・できるんですよ?[自爆魔法]お願いです、命令して戴けませんか?」自爆しろと。
・・・・多分、ヤールの[自爆]が効けば勝てる。
(でもそれは、勝利じゃない)
・・・「だめだ、降参だ。オレの負けだ、『勇者はいなかった』それで勘弁してくれ。これ以上は・・許してくれ、お願いします」
額を擦り付け、四つん這いになって頭を下げる。
「・・・下らん、『それでも勇者か?おまえは』」
「スマン、『これでも、勇者なんだ』・・」誰かが勝手に決めた・・な。
・・・「勇者とは、自分の命を賭け魔王を倒す者。当然、付き従う者も命を賭けている。
従者の命も勇者の武器だ、そして武器は折れたら変えればいい。だからお前は
『勇者失格だ』それでも、
オレの前に立つなら、今度は本当に[全て]を賭けろ。失格勇者、オレの本当の名を憶えておけ、主人に戴いた本物の名[馬刺]、そして[鬼切り包丁]の名を」
ああ、下らん。主人の命で無ければ、こんな茶番を・・『イエ、主人様に文句があるわけでは無く、教会とかですね、ヘンテコな名前とかですね・・』
こめかみを押え、馬顔の天使?[馬刺]は消える程の早さで跳び上がり、消えていった。
(偽勇者に失格勇者か、ハハッ)十分過ぎるよ、ああ助かった・・
気が抜けたと同時に腰が抜けた、顔は肉にうまり、柔らかくて楽だ。
「ごめん、もう・・無理・・」限界を超えた身体と魔法力は、意識のブレカーを落とし意識が飛んで行った。
一応の決着です、ようやく体の外へ。




