蜘蛛と武闘家。
「勇者のヤツはアレであまいからな、お前みたいなヤツを相手するのは私の役目だ」
拳を握り、気合いを入れたアヤメはアラウネェルを前に戦いの構えをとる。
「へぇ・・アンタは教会の・・武闘僧って感じだね、そんな人間が私達の相手を?
どちらかと言えばワタシの味方じゃないかい?それとも男女の・・は無いねぇ、そんな感じにも見えないし・・あの勇者には惹かれる所はワタシにもわかるんだけどねぇ」
糸を繰りながらアラウネェルは足場を巣の中心に動かし、敵の動きを観察しながら、張り巡らせたい糸を操る。
「小賢しい!」アヤメは唇を薄く開き、細く・鋭く息を吐く。
[大真空]唱え終えた魔法が気圧の歪みを作り出し、捻れるように空気が渦巻くと蜘蛛の巣を引き千切り吹き飛ばす。
(道は開いた、後は殴るだけだ!)
アラウネェルは自分の糸に絡み取られ、四つの前足を振り回し糸を解こうとして動く。
その無防備な横っ腹を抉るように殴り、追撃の左で腹を打つ。
アラウネェルの口から緑の液体が飛ぶが、追撃は止らない。
左の拳を振り抜くとその反動を足が受け止め、右の拳が腹を抉る。
同じ場所を打ち削るような渾身の右!
そして打ち抜いた体重の移動を足で受け止め、左の拳が腹を抉る。
嵐のような連打、左右に跳ぶように何度も何度も抉り込むように拳を打ち抜いていく!
『やるときは、徹底的にやれ』隙を見せた相手に同情はしない、全力で伐ち倒す。
そこに男女・年齢・種族の違いが有ってはならない、
なぜなら拳で殴る事もまた神の正しい教えなのだから。
・・・・・
ハァハァハァ・・前のめりに倒れたアラウネェルから飛び退き、油断無く構えて息を整えていく。
『やったか?』などとは思わない。敵が降参するか、息が止るか、それまでは殴り続けるだけだ。
・・・ピクピクと足が動いた瞬間、アラウネェルは飛び上がり空中に張った糸に跳び乗った。
口から液体を足らした顔は歪み、ガードして折られた腕はダラリと垂れ下がって折れていた。
「お゛、お゛まえ・は、コロス・・こんな・・ワタシの身体を、こんなにしやがって!」
折れた腕を糸で巻いて繋ぎ、身体をゆらしながら糸を張り巡らせていく。
「お前の糸は、私には効かないって事が理解出来ないのか?・・[大真空]!」
周囲を包む糸を吹き飛ばし、空中のアラウネェルを風が襲う。
その瞬間、アヤメの足元が持ち上がった。いつの間にか張り巡らせた糸は彼女の足元まで広がり、空中に集中していた身体は蜘蛛の糸に絡め取られていた!
「ワタシがどれだけ口から吐いたと思う?お前はどれだけ私の体液を撒き散らしたと思ってたんだ?その身体についた唾液は、私の糸を粘質に変えるんだよ。
たとえ細く見えない程の糸くずでも・・数を重ねれば」
ねばねばの糸と風に千切られた糸のカス、それらがアヤメの身体に寄り集まり身体を包んでいった。
「ワタシの身体を、ここまでボロボロにしてくれたんだ。教会の人間だから、殺さないとか、そんな事はあまい事は考えるなよ」
念入りに糸を集め、手でアミを作り何度もアヤメの身体に重ねていく。
「・・もう、身動きも出来ないだろ?あっちの援護も来ないぞ?ワタシは殴ったりしない、ジワジワ苦しめて殺してやるからな」
細い腕を繭[まゆ]のように包まれたアヤメの身体に刺していく。そして
肉に触れた瞬間、捻るようにして押し込んだ。
グムゥ!白い繭から声が吐き出され、腕を差し込んだ部分から赤く染まっていく。
「ああ、痛いねぇ。痛いよねぇ?・・もがいても糸はとれないよ、大丈夫さ。その痛みは、お前が死ぬまで続くんだ。
フフッ身体中を穴だらけになって死ぬんだよ?可哀想だよねぇ?男も知らないのに穴だらけにされちゃって死ぬんだから」
引き抜いた腕に着く血を舐めとり、別の場所から腕を突き刺す。
ゆっくり・ゆっくり、刺しては抉り、白い繭は徐々に赤く染まっていった。
嬲る[なぶる]ように、慎重に。
「無駄だよ、無駄。身体に力を入れて固めても」
アラウネェルの腕先に力を込めるだけで、アヤメの筋肉を押し刺す事が出来たのは糸で呼吸を奪っているからだ。
徐々に酸素と血液を奪い、弱らせ続けるだけで人間は死ぬ。
「ワタシを怒らせた時点で、アンタは死ぬ事が確定したんだよ。どれ、少しだけ顔を見せてもらおうか」
泣き顔・絶望・忘我・恐怖、それとも意識を失っているかも知れない。
ゆっくりと顔の辺りの糸を解き、拘束された哀れな獲物の表情を覗き込む。
「ああ、まだ元気なんだね?じゃあ、もう一刺しだ。今・命乞いするなら許してあげるよ?」
当然嘘だが、アラウネェルはアヤメが懇願して泣き叫ぶ顔を見ながら、なぶり殺しにしたかったのだ。
糸に包まれたまま目を開き、光る目には諦めも絶望も無く睨むアヤメにゆっくりと腕を突き刺していく。
「堅いねぇ・・だから、無駄なんだって。諦めなよ、ほら、『たすけてー』って言ってごらん?泣いて『許して下さい』って言ってみなよ?」
グリッと腕を押し込んだ瞬間、アラウネェルはそれが何かを悟ったように腕を引こうとした。
「このガキ!たった1本の手を掴んだくらいで、調子に乗るなよ。他にも腕はあるんだ!」
繭の中で右腕を掴まれたアラウネェルは左腕を差し込み、苦痛でアヤメが手を離すだろうと押し込んだ。
「テメェ!シツコイんだよ!」左腕を押し込み、体内を捻る。だが右腕は離れず、その目には光りが輝く。
「シツコイのは、お前だ」
その冷たく感情の無い冷酷な声に振り向いた時、アラウネェルは声も上げず両断された。
そして、その男は繭を切り裂き、赤く染まった少女を抱き上げ回復の魔法を使う。
「・・・よかった」その男の横顔は自分を切り裂いた男の顔とは思えない程幼く、抱き締められている少女を羨ましいと、そう思った。