暗き夜に潜む者
ーーある街の付近…。
そこでは夜になると二メートル程の化け猫が現れ、通行人や冒険者を襲っていると聞く。
暗き夜に光る邪悪な赤い瞳にベージュ色の毛並み…。
その両手には鋭利な爪が生え、目の前の者を狩り尽くすまで動きを止めないという噂があった。
何故噂にしかならないのか…。
その化け猫は決められた時間には出現せずの神出鬼没…故に討伐依頼を出そうとも出現する位置、時間を把握できない事にはクエストには出来ないからだ。
さらに、この化け猫に遭遇した者は必ず生命を落とすか、行方不明となり、化け猫の姿を見ている生存者は未だ存在していない。
先程、上げた姿も噂にしか過ぎないモノだ。
だが…。この化け猫は予期せぬ動きを見せる様になった。
そう、化け猫は出現していたある街付近だけでなく、様々な場所に現れる様になったらしい。被害者の数も相当なモノで、騎士団も本格的に動き出している。
当然、各街の冒険者にも化け猫の討伐クエストが受理される様になったが、やはり出現場所や弱点も素性も分からず、生存者がいないとされる化け猫相手のクエストを受けるモノは誰も居なかった。
だが…それでも尚、被害者が続出している状態な為、市民からも不安の声が上げられつつある。
ただでさえ、騎士団は魔虎牙軍に対しても目を光らせているこの状況では手が回らず、騎士団でも未だ化け猫の正体は掴めていなかった…。
だが、一人の騎士隊長率いる隊がその化け猫と遭遇した。これが騎士団と化け猫の初の遭遇な為、兵士達も戸惑っている。
そんな彼等を率いている騎士隊長こそ、第四騎士隊隊長、ウィーズ・ニカイアだ。
「怯えず立ち向かえ! 我々で奴を倒し、市民の方々の不安を掻き消すぞ!」
ウィーズの言葉に兵士達は声を上げ、化け猫を包囲する。包囲された化け猫はグルルル、と唸り声を上げながら、周りの兵士達を睨んでいる。
『ウガアアアアアッ‼︎』
包囲されたのにも関わらず、化け猫は雄叫びを上げ、戦闘態勢を取り、爪をギラつかせ、動き出した。
奴を包囲していた兵士達も立ち向かう為に剣を振るうが…。
「なっ…⁉︎」
一人の兵士の背後に一瞬…ほんの一瞬で回り込み、その兵士の背を斬り裂いた。
「グアァァァッ⁉︎」
悲鳴を上げながら、その場に倒れる兵士の一人。それを見ながらも、他の兵士達も化け猫に挑む。
だが、ウィーズの見た光景は戦いというよりも虐殺に近いモノだった。
肉体を斬り裂かれる音、兵士達の悲鳴、飛び散る血、倒れていく兵士達…。
それを間近で見たウィーズは唇を力強く噛み、化け猫を睨みつけた。
近くに転がって来た兵士に駆け寄り、声をかけるも返答は返ってこず、脈を確認するが、脈は既に止まっていた…。
ウィーズを残して、部下である兵士達は既に全滅…。それを目の当たりにした彼は鞘から剣を引き抜き、化け猫に向けて、構えた。
「よくも…よくも私の部下達を!」
次の狙いをウィーズに定めた化け猫は雄叫びを上げ、彼を睨みつける。
暫くの沈黙が辺りを包むが、先に動き出したウィーズによって掻き消された。彼は化け猫に勢い良く斬りかかる。
だがそれは最も簡単に化け猫に受け止められ、カウンター攻撃を放たれるが、後方へ飛び、攻撃を回避する。
すぐさま次の動きへ移行しようとしたウィーズだったが、そんな彼の目の前に既に化け猫が詰め寄り、爪による突きをウィーズに放つ。
「ッ…⁉︎ グッ…⁉︎」
防御が何とか間に合い、剣で突き攻撃を防ぐが、あまりの衝撃に後方へ吹き飛ばされた。だが、すぐさま着地し、剣身にドリル状のエネルギーを蓄積させる。
エネルギーが溜まったのを確認したウィーズは地面を勢い良く蹴り、化け猫に接近した。
「《スパイラルストラッシュ》!」
ウィーズ最大の技能《スパイラルストラッシュ》が放たれ、化け猫に直撃するかに見えた…。だが…。
ガキィン!、と金属音が鳴り響き、《スパイラルストラッシュ》を発動していたウィーズの剣が遠くへ弾き飛んだ。
何と、技能中の剣を化け猫は最も簡単に爪で弾き飛ばしたのだ。
「バ、バカな…⁉︎」
自身最大の技能が通用せず、驚愕の表情を浮かべる。そんな彼に化け猫はゆっくりと腕を振り上げ…鋭利な爪をウィーズ目掛けて振り下ろした…。
辺りに肉体を斬り裂く音が鳴り響き、それ以上声どころか、音も聞こえなくなった。
しかし、数秒後、聞こえてきたのは化け猫の高らかな雄叫びだけだった…。
ーー化け猫が初めて出現した付近の街…。
街のある施設の中では沢山の檻に複数の亜人が囚われていた。その中の一人に猫の耳が生えた女性の亜人がいた。
年齢は見ため的に16歳程度の亜人は檻の中で鎖に縛られ、その場に蹲っていた。着ている衣服もボロボロで、身体の至る所に打ち身による傷や火傷の跡があった。
そして、何より彼女の表情は暗く、絶望している様だった。
すると、彼女が囚われていた檻の鍵がガチャリ、と開き扉が開く音が聞こえた為、彼女はゆっくりと表情を変えず、顔を上げる。
「おい、やってくれたな。クソ猫」
もみあげに繋がるほどのヒゲを生やした厳格な男が彼女を憎らしそうに睨んでいる。その手には鞭が握られている。
それを見た彼女は表情を恐怖に変える。
「…お前の前の飼い主から苦情があってな…。お前の所為で商売に傷がついちまったじゃねえか!」
怒り任せに怒鳴り、持っていた鞭で彼女に打ち付けた。バチン、という音が施設内に鳴り響き、彼女も小さい悲鳴を上げる。
周りに囚われている他種族の亜人達もその光景を見て、あまりの痛々しさに目を背けてしまう。
「お前等亜人は奴隷としての商売道具でしか、存在価値はないんだよ! それすら出来ないお前に存在価値はねえぞ!」
鞭を振る手を止めない男は何度も彼女に鞭を打ち付けていく。十数回打ち付けた後、男は手を止める。
「おい、何か言ってみろ!」
彼女に何かを言わせようとするが、彼女は何も言えず、目元に涙を浮かばせながら、嗚咽混じりに震えるだけだった。
しかし、次に聞こえてきた音が男を更にイラつかせた。
ギュルルル…、という腹から聞こえる音。それは腹が空いている者ならば、鳴って当たり前の音だった。ましては、彼女は檻に囚われている為、満足とした食事も与えられていないのだろう。
「亜人風情が…腹を鳴らしてんじゃねえ!」
そんな事を知った事か、と言わんばかりに男はイラつき、再び鞭で彼女を打ち付けた。先程とは力が違うのか、激しくなっている。
「や、やめ…!」
これには流石の彼女も細々しい声を上げる。しかし、聞き入ってもらえる筈もなく、何度も鞭を打ち付けられる。
「しっかりと奴隷としての商売道具になってから腹を空かしやがれ! お前にやる飯はねえんだよ!」
数十回鞭を打ち付けた後、気が晴れたのか男は檻から出て、扉を閉じ、鍵を閉めた。
「次ふざけた事をしやがったら、こんなもんじゃ済まさねえからな。覚えとけよ!」
そう言い残し、男は立ち去った。
鞭による連撃が止み、彼女はその場に倒れ込んだ…。その彼女に声をかける者や手を差し伸べる者もおらず、彼女は声を押し殺し、小さく泣き出す。
大きく泣いてしまえば、また男をイラつかせる羽目になってしまうからだ。
「(誰か…助けて…!)」
助けるを求める彼女の心の声は誰かに届く事もなく、彼女は苦しみつつ、泣き続けた…。




