スカウト
ーー薄らと意識が蘇る。
俺は確か…セイラ・グルントとの戦いの後、意識を失った筈だ…。
そして、意識を完全に取り戻し、勢い良く起き上が…ってしまったのが失敗だった。
何故なら、俺を心配していたのか、メリルが顔を覗かせていた為、彼女の額と俺の額がゴン!、とぶつかってしまう。
あまりの痛みに俺は再び、ベッドに倒れ込み、悶絶する。メリルも同様に涙目になりながら、額を抑える。
痛さがひいてきた…。まずやる事は…。
「何しやがるんだ、このダメガミがァァァッ‼︎」
「イギャアァァァッ‼︎」
俺はメリルの頭にアイアンクローをかませ、彼女はあまりの痛みに女とは思えない悲鳴を上げる。
暫く、アインクローを浴びせ、俺は彼女の頭から手を離すと、彼女に相当なダメージが入ったのか、頭をグラつかせていた。
「ったく…目覚めた矢先に何やってくれてんだよ」
呆れ顔で息を吐いた俺。そこへ扉がガチャリ、と開いてガルナが入って来た。
「何の叫び声⁉︎ …って、アルト君⁉︎ 起きてたの⁉︎」
「おう、おはようさん!」
俺が起きていた事に気づいたガルナは目に涙を浮かべ、俺の肩を力強く掴みに来た。
「大丈夫⁉︎ 身体…何ともない⁉︎」
「あ、ああ! 何ともないよ! だから、落ち着けって!」
「良かった…」
焦るガルナを落ち着かせる。そして、ガルナは冷静にメリルを見て、首を傾げる。
「所で…どうして、メリルちゃんの目は焦点があっていないの?」
「少しお仕置きしてやったんだよ」
何したのよ貴方…、とジト目で見てくるが、俺は顔を逸らし、今俺達がいる部屋を見る。
「それよりもここは何処なんだ?」
「冒険者支援施設の医務室です!」
俺の問いに部屋へ入って来たルルさんが答えた。
彼女にも心配させてしまったか…。
だが、俺の視線はルルさんの背後の人間にへと向く。緑髪の男…確か、意識を失う前に俺達を助けた騎士か…。
「その様子だと、身体は何ともない様だね。勇敢なる無職冒険者の麻生 アルト君」
「アンタは?」
「これは失礼。私は聖凰騎士団、第三騎士騎士隊隊長のヴェイグ・クルスだ。よろしく」
ヴェイグが笑顔で手を差し伸べて来たので、俺も手を伸ばし、握手をする。
「聖凰騎士団の第三騎士隊隊長さんが冒険者支援施設に何の用だったんだ?」
「ちょっと、アルト君! この人は騎士なのよ⁉︎」
普通にいけば、ヴェイグのほうが位が高い。そんな相手に俺は易々と話しかけたので、ガルナが焦った様に注意をする。
それにヴェイグは構わない、と答えた。
ほう、心が広い奴だな。
「実は君が討伐したセイラ・グルントを追って、私はこの街にへと来たんだ。そして、情報が得られ易い冒険支援施設を見ていた。すると、中では無職の男が冒険者になろうとしていたからね。興味が出て、思わず、任務を忘れてしまっていたよ」
ははは! 笑うヴェイグに俺は呆れる。
それで大丈夫なのかよ、騎士隊長さんよ。
「そして、セイラ・グルントがフィーリン森林に入っていくのを見た人の情報で私はフィーリン森林へと足を運んでみると、君達が彼女を討伐していたんだ」
「それでも、トドメを刺したのはアンタだろ?」
「いやいや。君が彼女を瀕死の状態にまで弱めてくれたから、スムーズに捕らえる事が出来たよ。勿論、彼女の手下も捕獲済みさ」
それを聞いて安心した。あんだけ痛い思いをして、逃げられたんじゃ笑話どころじゃないからな。
安心した所でギュルルルル、と情けない腹の音が鳴り響く。
「…おい、メリル」
俺のメリルを呼ぶ言葉に復活したメリルがアタフタ、とした。
「わ、私ではないですよ!」
「…悪い、やっぱ俺だ」
ちっ、誤魔化しは効かなかったか。
「もう、私の所為にしようとしないでくださいよ!」
「悪い悪い!」
頬を膨らませ、怒るメリルに俺は謝る。その俺達のやり取りを見て、クスリ、と笑ったヴェイグはある提案をする。
「それでは、食事にしないかい? 勿論、私の奢りで」
「え⁉︎ そ、そんな…聖凰騎士団の人に奢って貰うだなんて…!」
「ガルナさん、気を使わなくていいよ。これは私が奢りたいと言っているだけなのだから」
でも…、とメリルとガルナは申し訳なさそうな顔をする。いつまでも話が終わらないので、俺も申し訳なさそうな顔をして、答えた。
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」
「それでは、行こうか」
俺達は冒険者支援施設から出て、レストランに入った。ルルさんも昼食の時間だと、同行している。
席に座った俺達はヴェイグが頼んだ食事を食べ始めた。
ここのレストランはこの街に来た時、メリルと2人で来たが、どの料理も本当に美味しいんだよなぁ。
「そう言えば、一つ聞いてもいいかい?」
食べてるを止め、気になった事をヴェイグは聞いてきた。
「何だ?」
それに俺も食べる手を止める。
「セイラ・グルントはレベル30…。君とのレベル差は歴然だったはずだ。それなのに、どうして君はあそこまで彼女と渡り合う事が出来たんだ?」
「あぁ、その事か。確かにレベル差では俺は完全に劣っている。でもよ、俺は身体能力だけは恵まれていてな」
まあ、何処かの女神様のおかげでな。
「それを活かして、後は相手の動きを読める事が出来れば、少しずつでも戦う事が出来るさ」
「そ、それよりも…あの時の行動にはビックリしましたよ!」
「あの時の行動?」
メリルの言っている事は恐らく、ワザとセイラ・グルントの薙刀を腹に受けた事だろう。
そこへいなかったヴェイグとルルさんは何の事かわからず、首を傾げる。
「アルト君…実はセイラ・グルントを倒す為に彼女の武器をワザと受けて、隙をついた所で奪ったのよ」
「ええっ⁉︎」
「…君は何という危険な行為を」
ガルナの説明にルルさんは驚き、ヴェイグは呆れる様に息を吐いた。
「アイツに勝つ為にはアレしか方法がなかったんだから、仕方ないだろ」
「でも、結果的に彼女に一撃を与えたのは、ガルナさんでしたが…」
メリルの野郎、余計な事を…!
「いいえ、アルト君が隙を作ってくれたから、私も一撃を与える事が出来たのよ」
「つまり、皆さんのチームプレイという事ですね!」
ルルさんの言葉に俺達は頷く。
確かに俺だけでなく、メリルがいなければ、ガルナの麻痺は治っておらず、ガルナがいなければ、俺は確実に殺されていたからな。
「チームプレイ…。私が一番好きな言葉だな。さて、アルト君…一つ提案があるのだが」
「提案?」
「騎士団に入ってみる気はないか?」
まさかの騎士団のスカウトにヴェイグ以外の者は驚く。
聞いた所、騎士団に入団するには、せめてもの冒険者ランクをAにまで上げる必要がある。それなのに俺はまだ冒険者にもなっておらず、レベルも高くはない。
「本気で言ってるのか? 俺はまだ冒険者ランクもないんだぞ?」
「いいや、君程の実力ならば、騎士団でもやっていける」
随分と過大評価してくれるんだな。
「そうか…」
騎士隊長のお墨付きをもらっちまったな。
「す、凄い事ですよ、アルトさん!」
「そうよ! 冒険者にもなれてないのに騎士隊長にスカウトされるなんて!」
ルルさんとガルナが興奮した様にこちらを見てくる。
…でも、答えは決まっているんだ。
「折角の申し入れだけど…遠慮させてもらうよ」
俺の回答にメリル、ガルナ、ルルさんは驚き、ヴェイグは驚ききつも冷静に問う。
「ア、アルトさん⁉︎」
「理由を聞いてもいいかな?」
「確かに騎士隊長直々にスカウトしてくれた事は嬉しいよ。でも、俺って騎士団の様な堅い仕事は向いてないんだよ」
俺のありきたりな答えに俺以外の者は言葉を失ってしまい、数秒後、ヴェイグは大いに笑い出した。
「そうか、そうか! 君は本当に面白い!」
いや、何が面白いかわからないんだが…。
「すまなかったな、ヴェイグさん。折角誘ってくれたのに…」
「いいさ。それが君の意志ならば尚更な。それと、私の事はヴェイグと呼んでくれて構わない」
「じゃあ、俺もアルトでいいぜ、ヴェイグ」
俺とヴェイグは笑い合い、暫くすると、ヴェイグは立ち上がる。
「では、私はそろそろ失礼するよ」
「何から何までありがとうな! それからご馳走様」
「ああ。それと後日、君達にはセイラ・グルントの討伐賞金が渡されるから、待っていてくれ」
それは嬉しい事だな。
「では、また会おう」
そう言い残し、ヴェイグは店から出るとルルさんも立ち上がる。
「それでは私も仕事に戻ります!」
それに続き、俺とメリルも立ち上がる。
「私達も宿へ戻りましょうか」
「そうだな。…ガルナはどうするんだ?」
未だ席についていたガルナに視線を移すと、ガルナはこちらを向く。
「まだもう少しだけ、珈琲を飲んでから出るわ」
「わかった。そんじゃあ、またな!」
俺達はレストランから出た…。
その後、宿に戻って、夜…。
メリルは自室でシャワーを浴びると言っていたので、俺はベッドで横になっていた。
「ふぅ、にしても…我が身を犠牲にするのも久しぶりだな…」
薙刀で貫かれた所を摩り、俺の脳裏には過去に起こった忌まわしい記憶が蘇る。
俺の…自身の犠牲により、失った生命を…。
その忌まわしき記憶を忘れる為に首を横に振ったその時、ドアをノックする音が聞こえる。
「はい?」
「アルト君、ガルナよ」
ガルナ…? どうしてこんな時間に…。
俺はドアを開くとガルナが俺を見上げてきた。
「こんな時間にどうしたんだ?」
「あの…そういえば、お礼を言うのを忘れてしまっていて…ありがとう、アルト君。貴方がいてくれたから私…」
頬を赤く染めながら、感謝の言葉を述べるガルナに俺はクスリ、と笑い答える。
「言っただろ? 結果は俺達全員のチームプレイだってな。ガルナ、お前がいてくれたから、今もこうやって俺は生きてるんだ。俺の方こそ、ありがとう」
俺の方からも感謝の言葉を述べる。
それを聞いたガルナは笑顔になり…。
「こちらこそ…勇敢な無職君♪」
おいおい…。
「お前…貶すのか褒めるのかどっちかに…」
俺の言葉は最後までは言えず、ガルナのある行動によって遮られたのだ…。
そのある行動とは…ガルナは俺の右頬にキスをした。
その行動に俺は理解が追いつかなかった。
「お、お前何を…⁉︎」
「そ、それじゃあ、おやすみなさい! アルト君!」
顔を真っ赤にして、逃げ去る様にガルナは走り去った…。
それを見送った俺は軽く息を吐く。
ったく、まあ、悪い世界じゃないな。
…しかし、今後、俺自身に最もな厄災が降りかかる事を…この時の俺はまだ知る由もなかった…。