怒り
ーリングベルトを救い、気を失った俺は目を覚まし、辺りを見渡す。
「…此処は…保健室か…?」
リングベルトはどうなったんだ…?
ふらつく身体を起こし、外に出ようとしたその時、嫌な予感を感じ、窓の外を見る。
「何だ…この嫌な感じ…⁉︎ まさか…!」
痛む身体に鞭を刺し、俺は近くにかけてあった、コートを着て、保健室を後にした…。
そして、間に合った…。
学園の外でリングベルトは二人の男に襲われそうになっていた。彼女は立ち向かおうと出来ず、ガタガタと震えているのがわかった。
それは俺に対し、辛辣な態度を持っていた彼女ではなく、一人の恐怖に囚われている女性の一人だった。
彼女を助けるべく、走り寄っていくと彼女から叫びに近い声が発せられた。
「助けて…麻生君‼︎」
始めて誰かに助けを求める彼女の声…それを聞いただけで、俺は走る足を早め、跳躍し、リングベルトを襲おうとしていた男二人を蹴り飛ばした…。
俺に蹴り飛ばされ、地面を転がった男二人を見つつ、恐怖に震えていたリングベルトの方へ振り返った。
「あ、麻生…君…!」
「お待たせ…助けに来たぜ、リングベルト!」
俺が来た事にリングベルトは目を見開き、俺を見続けた。
「麻生君…どうして…⁉︎」
「何か嫌な予感がしてな。急いできて、正解だったぜ」
どうやら緊張の糸が途切れたのか、彼女はその場に座り込んだ。
「無事…だった様だな」
「…うん」
「それで…アイツ等は?」
頭を軽く打ったのか、男達二人は頭を何度か振っていた。
男達二人について、彼女に尋ねると彼女を目元に涙を浮かべながら、口を開く。
「ママを追い詰めて、私の人生を滅茶苦茶にした人達…」
「じゃあ、コイツ等は借金取りの…!」
借金取りという言葉を聞いたリングベルトを知っていたのか、という様に俺を凝視してくる。
「…どうして知っているの?」
「悪い。決闘前に学園長から聞かせてもらった。…だから、お前の過去についても知っている」
「…そう、なんだ…」
知られてしまったかの様に俯くリングベルト…。
俯いた顔から覗かせる悲しみと苦しみの表情を見てしまう。
「…過去が消える事はない。お前が生きてる限り、お前の中で存在し続ける」
過去を消す…そんな事が出来れば、どれだけ楽か…。でも、それは出来ない。過去の出来事には手は触れられないのだから…。
「そして、人には二つの道がある。…過去から逃げるか、過去を乗り越えるか…。存在し続ける過去にどう対処するか、それにより人の道は変わってくる」
道の選択など、選ぶのは簡単だ。…だが、選んだ後に本当にその選択の行動が出来るか…それが出来なければ、そこで終わりだ。
そして、過去から逃げれば、人は自ずと腐敗していき、心が壊れ、命の灯火が消えてしまう…。未来へ進めない人間は…過去に囚われ、生涯を終えてしまう事もある。
だからこそ、俺はリングベルトに乗り越えて欲しかった…。彼女自身が腐敗する前に…人として、未来へ進める為に…。
「お前はどっちだ? 過去から逃げるのか? 過去を乗り越えるのか?」
「私、は…!」
「目を背けるな! 今此処で選べ! 時間の無い選択…今のお前にはそれが迫ってるんだよ! そして、その選択による行動を見せてみろ! お前自身で未来を選べ!」
「麻生君…!」
彼女に訴えかけた俺はいつの間にか彼女の肩に手を置いていた。
…彼女だけには道を間違えて欲しくない。彼女にだって、未来へ進む権利があるのだから…きっと、彼女の母親もそれを望んでいる。だったら、俺が叶えるしかないだろ…!
「リングベルト、お前が選べ! どうしたいかを!」
「私は…私は…!」
震える足で彼女は立ち上がり、その手に鎌を取り出した。
「未来へ進みたい…! 私を見守ってくれているママの為にも! そして、もう負けたくない! 男にも…過去にも!」
彼女の決意を聞いて、俺はクスリ、と笑った。
これでもう…大丈夫だな。
「何をガタガタ言ってやがる⁉︎」
「アレイナちゃん…俺達に歯向かうって言うのかよ?」
小型ナイフを取り出した男二人はジリジリ、とリングベルトとの間合いを詰めていく。
だが、リングベルトはもう恐れず、鎌をギュッと握り続けていた。
「少し痛い目を見せて、遊んでやるよぉ!」
男達二人はリングベルトに向けて、一斉に襲いかかった。何の変哲もない真っ直ぐな攻撃…。簡単に避けられるはずだったが、リングベルトは避けずに迎え撃ち…鎌を大きく振るった。
鎌から発せられる衝撃波が襲いかかった男二人に直撃し、吹き飛び、ボトボト、と地面に叩きつけられた。
「グッ…! 何だと…⁉︎」
「調子に乗りやがって…ガキがッ…!」
血を拭いながら、立ち上がろうとしていた男達二人…。だが、その二人の目の前にリングベルトは鎌を置いた。いつでも斬り裂けると言わんばかりに…。
「私は確かにあなたに比べれば、子供よ…。でもね、もう昔の私じゃない! 過去を乗り越える為に…あなた達を越える!」
鎌を向けられ、恐怖を覚えた男達二人をリングベルトは殴り飛ばした…。それはもう凄い音が鳴り響き、男達二人は気を失った…。
「ハァ…ハァ…!」
荒ぶる息を整えながら、勢い良く俺の方へ振り向いたリングベルトは涙を流しながら、俺に笑いかけた。
「私…越えられたよ! アルト君!」
「…ああ!」
夕陽を背に笑う彼女は輝きに満ちていた。もうかつての彼女は消え、新たな…嫌、小さい頃のアレイナ・リングベルトが戻ってきたと言ってもおかしくなかった…。
気を失った男二人を縄で縛った後、数十分すると、ヴェイグが駆けつけた。
「アルト!」
「よう、ヴェイグ。遅かったな」
「部屋にいないと思えば、君は…」
安静に出来ない俺に呆れ、溜息を吐いたヴェイグはリングベルトも無事だと理解し、微笑みかけた。
「でも、無事で良かったよ。二人とも…」
「私は…麻生君のおかげで助かりましたから!」
ヴェイグにも笑いかけたリングベルトを見て、ヴェイグはクスリと笑った。
「さてと、ヴェイグも来た事だし…次は俺の番だな」
縄で縛った男達二人をヴェイグに引き渡した俺はブレッターを握り締めた。
ヴェイグが来るまでの間に一度意識を取り戻した男達二人から奴等の組織について詳しい話を聞いた。
リングベルトは覚悟を見せた…次は俺が見せる番だ。
「麻生君…何をする気なの⁉︎」
心配する様に俺を見たリングベルト…。そんな彼女に感謝し、ヴェイグを見た。
「アイツ等の組織をぶっ潰す…。二度と、リングベルトを過去に引き戻せない様にな」
「だ、ダメよ! アイツ等の後ろには殺人ギルドもいるって話なのよ! いくら、あなたが強くても…アイツ等には…!」
必死で俺を引き止めようとしてくれるリングベルトの頭に俺は手を置いた。
「大丈夫だ。さっきは俺はお前を信じたんだぜ? 今度はお前が俺を信じてくれ」
「麻生君…」
なんとか言い聞かせようとするが、リングベルトそれでも納得がいかない顔をする。
すると、黙って話を聞いていたヴェイグが溜息を吐いた。
「ハァ…。本来、教師の身としては止める所なんだけど…仕方ない。だけど、やり過ぎないにね」
「…了解!」
ヴェイグの許可を受けた俺は《ウイング》を発動し、飛び去った…。
アルトが飛び去る姿を見送るしかなかったアレイナはヴェイグに問い詰める。
「クルス先生! どうして麻生君を行かせたんですか!」
教師としてあるまじき行為だと言い放つ彼女にもう潮時か、とヴェイグは彼女を落ち着かせる。
「…本当は生徒にこの話をするつもりはなかったんだが…」
ハァ…、と息を吐いた後、真剣な眼差しでリングベルトに告げた。
「リングベルトさん…君はコルドブームで起こった事件を知っているかい?」
「あるギルドの人達がガランって人を倒して、ガイールとコルドブームを和解の道へ導いたという事は…」
「それなら話が早いね。そのギルドの名前は可能の星…そしてそこのギルドリーダーこそが…君を助けようとしている麻生 アルトなんだ」
告げられる衝撃的な事実にアレイナは思わず、絶句してしまう。
彼は生徒ではなく、既に冒険者…それもギルドリーダーだったと知らず…。
驚愕で声も出ない彼女にヴェイグは更に続ける。
「そして、私は聖凰騎士団の騎士隊長、ヴェイグ・クルスだ。私達はある目的でこの学園に来ている…これが私達の正体だ」
彼等の本当の姿を知ったアレイナは不思議と安心感が生まれた。その後、アレイナはヴェイグに連れられ、寮へと戻った…。
リングベルトを襲った借金取りのアジトに辿り着いた俺は扉を勢い良く蹴り飛ばす。
扉の先には複数の男達とテーブルには大量のゴールドが並べられていた。
「な、何だお前は⁉︎」
「…此処のリーダーのデラゴス・ムストってのはどいつだ?」
「俺だ」
奴等の問いには答えず、こちらから質問を投げかけると、中心にいた丸刈りの男…デラゴス・ムストがニヤついた顔で手を上げた。
それだけを聞いた俺は何も言わず、奴の下へ歩み寄り始めるが、下っ端である男達に肩を掴まれる。
「おい、何勝手に動こうとしてんだ?」
「…触るな」
「あ?」
「触るなって…言ったんだよ!」
俺の肩を掴んでいた男達を背負い投げで投げ飛ばした。
投げ飛ばされた男達は音を立てながら、倒れていく。
「お前…!」
部下達が沈んでいく姿を見て、デラゴスは俺を睨みつける。
「…腹が立つか? だがな、それは俺も同じだ!」
俺を取り押さえようと向かってくる男達を素手でなぎ倒していく。それを見たデラゴスは怒りの表情で俺に問いかける。
「お前、一体何者なんだよ⁉︎」
…やれやれ、そこから説明が必要か。
俺は名乗り出そうとしたが、デラゴスの部下の男の一人が叫んだ。
「コイツの顔見た事が…そうだ! 兄貴! 無職冒険者ッスよ!」
「何⁉︎ テメェがコルドブームを救った可能の星の麻生 アルトだと⁉︎」
情報収集が行きわたってない様だな。
「正解だ。…まあ、俺が何者だろうと関係ないがな」
ブレッターを取り出し、周りの部下達を撃ち抜いていく。ボトボト、倒れていく部下達を見て、デラゴスはヒィッ…⁉︎、と情けない声を上げる。
「テ、テメェ…正気か⁉︎ 迷いなく人を撃ち殺すなんて…!」
気づかないなんて、まだまだ詰めが甘い様だな。
「撃たれた奴をよく見てみろよ」
俺に言われ、デラゴスは怯えながら、部下達を見ると…。
「すぅー…すぅー…」
部下達は静かな寝息を立てていた。
「寝てる…⁉︎ じゃあ、今のは…⁉︎」
「そう。麻酔弾だ」
そもそもコイツ等を殺すつもりもないからな。
状況がわからないのか、部下達は俺に向かってくるが、放たれる麻酔弾によって、地に伏せていく。
徐々にデラゴスに迫る中、奴は恐怖のあまり、座っていた椅子から転げ落ちる。
「な、何故だ⁉︎ 俺はテメェ等に目をつけられる様な事してねえ!」
…ハァ? 何言っているんだ、コイツは…。コイツ等の罪なんて数え切れないほどあるだろうに…。
まあ、多く纏めて、三つの罪を教えてやろうか。
「お前は三つの大罪を犯した」
「み、三つ…⁉︎」
「一つ目は何の罪もない女性達を騙し、陥れた事…」
ヴェイグに調べて貰った情報で、借金とは関係のない女性達にも言いより、精神的に陥れていた様だ。
「二つ、一人の母親を子供の目の前で襲い、精神的に追い詰め、自殺させた事…」
コレはリングベルトの母親の事だ。俺の許せない事の一つであり、リングベルトを歪んだ過去に引き摺り込んでいたモノ。
奴の罪を告げながら、俺はブレッターの銃口を奴に向ける。
「そして、三つ…。コレが最も俺が許せない罪だ」
「な、何だというんだ⁉︎」
「俺のクラスメイトの人生を狂わせ…涙を流させた事だ‼︎」
言い放った俺はブレッターを発砲し、抵抗もしなかったデラゴスに直撃し、麻酔弾の効果で奴は眠ってしまった。
俺以外全員が眠ってしまった中、ブレッターを戻した俺は眠っているデラゴスに告げる。
「聞こえないと思うが、言っておいてやる。…二度とリングベルトに近づいてみろ。…俺がお前を地の果てまで追いかけて、後悔させてやる」
そう言い残した俺は騎士団に連絡するのであった…。




