予測を越える速さ
アレイナは一足先にスタジアムに立っていた。聞こえてくる歓声…本来ならば、笑顔で他の生徒達に返すが、今の彼女にはその歓声に腹ただしく思っていた。
決闘するとクラス内で言い放った事でこうなる事は想定出来ていたが、恐らくここに集まった生徒達は麻生 アルトに興味を持った者か、彼を応援する為に見に来た者ばかりだろう。
彼女達からすれば遊びの様な感覚でも、彼女自身は違う…。この決闘には彼女の全てが篭っている。
これに負けてしまえば、自分はアルトの言いなりとなってしまい、更には憎き男に敗北したという汚点も残してしまうからだ。
昨晩、今は亡き愛する母親に誓った決意…それを無駄にしない為にも彼女は周りの声を遮断しようとする。
すると、彼女の反対側の扉が勢い良く開き、アルトが出てくる…。
スタジアムへ足を踏み込んだ俺は階段を上がり、リングベルトの前に立つ。
「遅かったじゃない。待っていたのよ?」
「それは悪かったな。…色々、話があって少し遅れたぜ」
そう話し合った俺はふと、気になった事があったので尋ねる事にした。
「そう言えば、武器は生身で受けるのか? だとすれば、結構な痛みがくるが…」
「あら、痛みの心配? …安心して、この決闘では〈エネルギーコーティング〉を覆って、勝負をする事になっているから」
「〈エネルギーコーティング〉…?」
聞き慣れない言葉に首を傾げると彼女は小馬鹿にする様な笑みを浮かべる。
「そんな事も知らないの? 〈エネルギーコーティング〉というのはエネルギーで身体を覆う膜の様なモノよ」
ほうほう、それなら身体が傷つく心配はないという事だ。
「そして、〈エネルギーコーティング〉には決められた量が存在して、攻撃を受ける事で残量が減っていくの。エネルギーがゼロになった人が負けって事」
簡単に言うとヒットポイントみたいなもんか。
「つまり、いかに相手の〈エネルギーコーティング〉を減らしていくかの勝負になるって事か」
それにしても…。
見るとリングベルトの手には彼女と同等の大きさの鎌を持っていた。
「それがお前の武器か」
「ええ、そうよ。この鎌を持つ事から私は死神と呼ばれているわ」
死神ねぇ…。まあ、肩書きなんてどうでもいい…俺なんて無職だからな。
「じゃあ、俺はコレで迎え撃ってやるよ」
エンゼッターを見せると彼女はクスリ、と笑う。
「そんな何の変哲もない剣で私に勝つつもり?」
「能書きは戦いが終わってからにしようぜ。…そろそろ始まるからよ」
俺の言葉通り、戦いの始まる合図が聞こえてきた。
『それでは只今より、麻生 アルトVSアレイナ・リングベルトの試合を始めます! 両者、構え!』
構えの合図で俺はエンゼッターを、リングベルトは鎌を構える。
『試合…開始!』
ビーッ、という音が鳴り響き、俺とリングベルトの決闘が始まった。
だが、俺も彼女もその場を動かなかった。
彼女の動きを見ようと思ったが、まさか彼女も俺の動きを見ようとするとは…。
頭に血が上っていたと思っていたが、そうでもない様だな。
だが、遂に痺れを切らしたのか、彼女が動き出し、その大きな鎌で俺を叩き斬ろうと振るった。
その攻撃をバックステップで避けた俺は着地と同時に地面を蹴り、彼女に斬りかかる。
エンゼッターの剣身は彼女の〈エネルギーコーティング〉を斬り裂き、ダメージを与えた。
「ッ…!」
攻撃を受けた事で彼女は後方へ飛び、俺から距離を取った。
「へえ…やるじゃない」
「お褒めに預かり、光栄だ」
短い会話の後、俺達はエンゼッターと鎌を何度もぶつけ合った。スタジアム中に響く金属音に生徒達は思わず、息を飲んでいる。
その戦いを客席で見ていたスズカも目を細めている。
彼女は《意識共有》の技能でスタジアム外にいたノエルにもこの試合を見せていた。
『(アルト様と互角の様ですね)』
『(ええ。…でも、彼女がこのまま引き下がるとは思えないわ)』
《意識共有》の中で会話するスズカとノエルは戦いの現状を考えていた。
「(アルト君…頑張って)」
心の中でエールの言葉を送ったスズカは再び、試合に集中し始めた…。
何度も武器をぶつけ合った俺達は一度距離を取る。
「男のクセに私にここまで食らいついて来るなんてね」
「生憎と負けられない理由があるんでな」
「…勝負を断っていた人とは思えない台詞ね」
そりゃ、断った後に負けられない理由を見つけたからな…。
「まあいいわ。そろそろ私も全力を出すつもりでいたから」
不敵な笑みを浮かべた彼女を見た瞬間、俺の〈エネルギーコーティング〉にダメージが入った。
「何っ…⁉︎」
何が起きた…?
困惑する俺と同等に何が起こったのかわからず、試合を見ていた生徒達もザワついていた。
「…まだまだ行くわよ!」
攻撃が見えない中、ドンドンとエネルギーが削られていく。衝撃がある為、攻撃されているのだけは理解した。
このままでは削られる一方だと思い、俺は距離を取った。
…高速系統の技能か…? だとしても動きが速過ぎるが…。兎に角、仕掛けてみるか…!
「《俊足》!」
《俊足》の技能を発動し、リングベルトの動きに追いつこうと攻撃を仕掛けたが、突然足を掴まれ、足払いされた。
体勢を崩した俺はそのまま地面を転がった。
すぐさま立ち上がろうとした俺だったが、リングベルトに蹴り飛ばされる。
またもや宙を舞った俺だったが、すぐさま受け身を取り、体勢を整えた。
チッ…! このままじゃ、攻略法がわからないままだ…!
「随分と焦っている様ね」
今の俺を嘲笑うかの様な笑みを覗かせてくるリングベルト…。
だが、俺は構わず、彼女の技能の正体を思考し続けていた。
《俊足》で追いつけない程の速さという事は高速系統の技能ではないという事か…? だが、それ以外の技能にそんなモノがあったか…?
時間を止める…嫌、恐らくコレは違う。…では、何だと言うんだ…?
「考え事をしている場合?」
リングベルトが接近してきたのを見て、俺も動き出そうとするが、その前に鎌で斬り裂かれた。
体勢を整えつつ、コンディションブレスでエネルギーの残り残量を見ると、元々、千あったモノが三百程まで減っていた。
そこそこ余裕も無くなってきた…。クソッ…! 相手の動きを読む事が出来れば…読む…? まさか…!
何かに気づいた俺は再び、エンゼッターで彼女に斬りかかった。すると、彼女が薄らと笑みを浮かべる…。
今だ…!
攻撃をキャンセルし、《俊足》を発動、そしてエンゼッターで再び斬りかかる。
その行動に驚きながら、リングベルトは攻撃を受けた…。
「な…っ⁉︎」
攻撃を受けた事に驚きを隠せない彼女は驚愕の表情で俺に視線を向ける。
「あなた…何をしたの⁉︎」
「何って…お前の予測を越えた動きをしただけだぜ?」
さて、此処で彼女の速さについてネタバレをするとするか。
「今までお前は俺の動きを軽やかに避け、カウンターを浴びせてきた。…俺は初め、高速系統の技能だと思っていたが、それは全く違うモノだった…」
リングベルトの技能を推理するかの様に口走る俺…。そして、更に言い放つ。
「お前の技能の正体…それは《未来予測》だ。俺の動きを見たと同時に技能を発動し、数秒の未来を先読みしと計算を繰り返し、俺の攻撃を全ていなしてきたってワケだ」
図星だったのか、彼女は一歩下がった。
「…それなら、お前の予測を上回る動きをして、計算し終わる前に攻撃を与えてしまえば、良いだけだ。つまり…これで死神を完全に攻略出来るって事だ」
「…だから何?」
技能を勘破され、焦るかと思ったが、彼女は冷静にニタリ、と笑った。
「私の技能がわかった所であなたに何ができるって言うのよ!」
「手の内がわかってしまえば…こっちのモンだ!」
話を終え、エンゼッターで斬りかかる。リングベルトは同じく《未来予測》を発動するが、またもや同じ方法で彼女の予測を突破…彼女に〈エネルギーコーティング〉にダメージを与えていく。
繰り返される攻防…しかし、先程とは打って変わり、形勢が完全に俺寄りになっていたのだ。
徐々に減っていく彼女のエネルギー残量…。それを減る毎に確認していたリングベルトの表情にも焦りが見え始めた。
攻撃を受け続ける彼女は眉を動かした…。
攻撃を受け続けているアレイナの心は今、ぐちゃぐちゃにかき乱されていた。
自身が最も憎んでいた男に技能を見破られ、挙げ句の果てには敗北寸前にまで追い込まれている…。
ーーこのままでは負ける…! 負けたくない…男なんかに…!
負けたくない…。ただこの一言が彼女の心を満たしていた。
だが、思い込みだけで、戦況が変わる程世の中は甘くなく、彼女は追い詰められていく。
ーー私は…負けるの…? 憎い男に…? そんなの嫌だ…ママを…私を傷つけた男になんて、絶対に…!
ぐちゃぐちゃにかき乱されつつあった彼女の心は少しずつ暗闇に呑まれつつあった…そして、聞こえるはずのない声まで頭に響く。
『(力が欲しいか? 憎き男を倒す事のできる力が…)』
謎の声が頭に響く中、彼女は少し驚きつつも真剣にその言葉を聞き受ける。男が女かもわからないその声に彼女は聞き入ってしまったのだ。
『(答えろ、アレイナ・リングベルト…お前の成し遂げたいモノはなんだ?)』
ーー成し遂げたい事…そんなモノは決まっている…! 彼に…麻生 アルトに勝つ! 例え、この身がどうなろうとしても!
彼女の返答を聞いた謎の声は不敵な笑い声を漏らした。
『(ならば、求めよ! 全てを蹂躙する力を…!)』
ーーええ、全てを私に寄越しなさい!
謎の声の提案に乗った事でアレイナの心は完全に暗闇に包まれてしまった。
リングベルトに攻撃を与え続けていた俺だったが、彼女に突然、違和感を覚える。
そして、次の瞬間…。
「あ゛あぁぁぁぁぁっ‼︎」
彼女のはち切れる程の悲鳴と共に謎のエネルギーが収束し、膨大なエネルギーが放出された。
エネルギーの放出により、生み出された衝撃波に俺は吹き飛ばされる。
だが、何とか受け身をとり、リングベルトの方へ視線を向けると今起こっている光景に思わず、目を見開いてしまった。
何故なら、紫色のスライムの様なモノが彼女を呑み込みつつあったからだ。
足からゆっくりと呑みこまれ始めた彼女の顔を見ると、苦しみを出していた。
そして、彼女と目線が合い…彼女は顔までスライムに呑み込まれてしまった…。
視線を合わせた時、彼女からは憎しみを感じず、助けを求める様な視線を向けられた…。
「リングベルト!」
手を伸ばした時には既に遅く…彼女はモンスター…《スライムソルジャー》にへとなってしまった…。




