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符術師はお金が無い ~  作者: ペペロン
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森のその先で

【社】で巧が働いて初めて知った事だが、【社】は、特別な指名依頼がない限り、何処にどんな退魔師を巡回させるかなどは、すべて【社】が決めている。



その為、管理しやすいように【社】で働く退魔師には階級と言うものが存在し、それが【社】で働く退魔師を、より円滑に仕事場へ派遣するシステムになっていた。



つまり、階級によって、悪霊や妖魔の強さに見合った地区に、【社】の退魔師は派遣されるのだ。



悪霊や妖魔が落とす魔結晶を、回収し売っている、退魔師にとって収入に直接繋がる事柄であるので、階級制度を望まない退魔師もいるが、死亡リスクを減らし、効率的に妖魔や悪霊を祓うのに、この階級システムはどうしても【社】に必要なものであった。



巧は、幸いにも、玄武家の血が流れているので、生まれながら霊力も高く、そこに幼い頃からの修行も相俟(あいま)って、それなりの実力があった。



そこに、四ヶ月に一度ある【社】が定める階級試験が千弦の計算か、運が良いのか分からないが、働き初めて一週間程であったので、それに見事合格し、現在は初級、中級、上級、特級の中で、現在巧は、中級地区の祓いをまかされていた。



しかし、中級に上がったところで、符術の道具代金や、呪符を作る制作時間を考えると、下級の地区を担当している者より、総合的な収入は少いのであった。



働き初めて1ヶ月目に、独身寮の家賃を払った時、もし今だに、下級のままだったら、二日に一度ご飯を食べれる状態だったのかも知れないと、背筋が凍る思いをしたのは巧の記憶に新しい。



働き初めて、下級地区で働いていたのは1週間程だったが、下級の中でも、買い取り金額が非常に安い悪霊が頻繁に出てきた時、魔結晶の値段から、護符の製作費と製作時間を日当に換算し引き算すると、何も残らなかったと言う事が多々あった。



中級地区で派遣される場所ですら、中級退魔師達が『魔の地区』と言っているような、買い取り金額の安い下級の悪霊が多く、中級の悪霊が少ないなど、ギリギリ中級に区分されてる地区があるのだ。



(ただ)でさえ収入の少なくい『魔の地区』の祓いに、【社】から行かされると巧はその日、呪符の製作費が捻出できずに補充ができないで終わる事が多い。



【社】で働く退魔師が、できるだけ不満のでない様に【社】もある程度調整はしてくれているのだろうが、そんな地区が二日も続けば、明日の生活すらままならない巧には、もはや地獄以外のなにものでもない。



【社】に対する不満の末に、『どうせただ働きに近いのなら、生活に余裕が出るまで、近隣に村が無い魔の地区に当たれば、中級以外倒さなければいい』と巧も思った事もある。



それで実行に移そうと、巧が念の為に調べてみたところ、巧は【社】には討伐指数と言う制度がある事を知った。



これは、その地区で普通に巡回の仕事をしてれば達成できる、いわばノルマの様なものだった。



その討伐指数が足りない日が続けば、【社】の評価を下げる事になり、上級への試験が受けられなくなったり、最悪、下級に落とされてしまう危険があるという事が分かった。



つまり、巧は結局、巡回の仕事は魔結晶の買い取り金額が少ない妖魔でも、倒さなければならないと言う結論になったのだ。



この【社】の小賢しいシステムに気づいてから巧は、頭の中で【社】を何度も爆破する事で耐えていた。



巧は、まだ多少の余裕はあるが、少しずつ減ってきている、玄武家でコツコツ貯めていた、呪符の減少に歯止めをかける為、早急に式の存在が必要不可欠な状態なのである。



ここ二ヶ月程、何度考えても同じ答えに行き着く事に、嫌気がさしながら、さらに奥に向かって歩いていると、森の向こうから凛とした女性の声が聞こえてきた。



「そこの者、助けてくれぬか」



巧は近くに村があるといえ、こんなに暗い森で聞こえてくる女性の声に、違和感を覚えた。



「こんな場所で人が居るわけないだろうが…」



緊張感を高める様に一人言を呟き、巧はいらぬ事を思い出し、少し気が抜けていた自分に叱咤した。



気を引き締め、もう一度腰にぶら下げている、呪符を確認する。腰にはまだ百枚近い呪符があった。



「例え上級でも、手持ちの呪符で…つか最悪…この一枚で、なんとかなりそうだよな…つか、なんつーもん持たせるんだよ」



霊力の譲渡(じょうと)、これはあまり知られていない、符術師の利点の一つだ。



違う符術師が霊力を込め作った呪符でも、符術師ならば誰でも使える。



霊力の似ている者ならば呪符に込めた霊力を引き出しやすく、逆に似てないものは引き出すのに難易度は上がるという欠点はあるが、それでもその欠点すら気にならないくらいの、他の術式では使えない符術師だけの利点であった。



なぜ他の術式が出来ない霊力の譲渡が、符術師に出来るかと言うと、符術師のもう一つの利点が関わっている。



それは、符術師の作る呪符に秘密がある。



符術師の術式は、呪符に霊力を込めて作成された時点で、八割は術式として完成されている。




呪符とはつまり、前もって特別な紙に特別な墨と模様で術式を留めている状態になり、他の術式のように、術式を使う度に霊力を一から練って放つ必要がないのだ。



巧の片寄った才能と言うのは、一気に霊力を放出する事はできないが、符術師が呪符を作る時と使う際に必要になる、じわじわとかなり長い時間をかけて、紙が燃えない用に霊気を送り鍛え、今度は霊力を墨に移し術式を書くと言う、非常に細かい霊力の使いかたができる、地味な才能の事である。



これが出来ないと、符術師は呪符を作る時も操る時も、呪符に霊力を込めた瞬間に紙が焼けてしまい、今まで込めてた力で自分を焼いてしまう事になるのだ。



つまり巧は、神木から作った紙を限界まで鍛え、焼けるギリギリ一歩手前まで術式が書かれた、もの凄い霊力の入った呪符を父から貰ったのである。



少し情けない話だが、巧は最悪この保険があると、声の聞こえる方へ向かう事にした。




森を少し歩くと、何かが引っ掻いた後の様な、傷ついた木や、半分倒れてる様な木が目に入ってきた。



さらに、その場所から声がする方へと巧が進むと、まず目に入ってきたのは、大きな獣が暴れてできたような開けた場所だった。



まわりには幾つもの木々が倒れ、無理矢理開拓した様な、いびつな円形の開けた土地で、丁度その中心地点に、助けを求めてきた(くだん)の女性はいた。



この開拓地の原因と思われる、その女性は、ウェーブのかかった長い金髪に、大きな目に、筋の通った鼻に、少し薄めの唇と、非常に綺麗な顔立ちをしていた。



しかし、そこから下は、あまりにも悲惨な物だった。



上半身からは、肋骨が突き出し、お腹あたりからは、背骨が剥き出しになっていて、下半身は何処にも見当たらない。



それは、これ以上の無惨な殺されかたは、そうそうないだろうと思えるような光景だった。



しかし、今の女性の状態より、巧がなにより目を惹いたのは、綺麗な金髪と対なす様に、心臓の位置に深々と刺さっている、銀の大剣だった。



そして、その大剣と女性を囲むように、鮮やかな赤の鮮血と倒れた木々は現実感が無く、巧は油絵でも見てる様な気持ちになった。



あまりの悲惨な状態に、逆に冷静になれた巧は思考を巡らせる。



まずこの状態で話せる事と、女性から絶え間なく吹く、風の様な霊気に、現在あてられている時点で、人間ではない事はほぼ確定している。



しかし、この距離に入るまで、巧がこの大きな霊力に、まったく気づかなかったのは、多分あの銀の大剣に、封印の様な力があるのだろうと巧は思った。



そもそも悪霊の低級や中級は、もやの様な形をしている事が多い。



悪霊は上級になると、人型、あるいは動物型に変わり自我を持ち、そこからは【社】の定めた妖魔と同じ部類になる。



逆に妖魔はその姿のまま子供として産まれてくるが、全て上級指定を受けている。



つまり、人型或いは動物型の中級は存在しないのだ。



人型とあれば、少なくとも上級、最悪、特級か、それ以上の妖魔だと、巧は自分の知識を頭の中で整理しつつ、初めて死への恐怖を感じていた。



同時に巧の中の冷静な巧が、素早く、父が懐に忍ばせてくれていた、本当に使うと思ってなかった呪符を手に取ると、両方の親指で挟み、残りの指で器用に印を描きながら、呪符が今の巧の技術で引き出せる、最大限の力を発揮す為に、呪詛を唱え始めた。



「待て若いの、こちらに戦う意思はない。そんなに祓うのを焦んでも妾は動けん。その前に話を聞いてくれ」



そんな事を言われても、巧からすれば、例え現状動けないとしても、どんな攻撃方法があるかも分からないし、危険な妖魔である事に変わらなかった。



巧は今逃げようとすれば無防備になってしまう。



今以上の危険を伴う可能性があるこの状況下では、巧が今やってる事は最善の策だろう。



巧は、中級地区に出てきてはいけない、完全に母や父の案件になるであろうこんな化物相手に、命の保証がないこの世界で、悠長にお喋りなんてしてられないのだ。



逆に女の妖魔は思った。



(わらわ)の想像とまったく違う、このままではやばいのではないか』と。



この土地には遠くから逃げて来たばかりで、土地勘もなかったが、女の妖魔の事を執拗に追いかけて来る相手から、逃げてる時に近くに村がある事は確認していた。



1日たっても女を追いかけてた者が現れなかった事、向こうから歩いてくる人間の匂いに、男の匂いがしなかった事で、女は日が昇る前に田んぼ道具の用意でも手伝わされている童子(わらし)か村の女だと思って声を掛けていたのだ。



声を掛けて、運良くこちらに来て貰っても、この現状を見れば腰を抜かすか、逃げられるかの可能性が高い事は分かっていた。



それでも、村人の女か、村の童子ならば逃げようとする前に霊力を当てて、操れるくらいの力は残っているだろうと声を掛けたつもりだった。



女の妖魔がとりあえず呼んでみた女みたいな匂いのする奴が、まさか昨日ボコボコにされた奴と同じ、魔を祓う者だったとは思っていなかったのだ。



祓いの呪いが大剣に掛かっているので、霊力が分からない事もあり、女の妖魔は匂いに頼るしかなかった。



予想外の事が起こり、女の妖魔は昨日のこの現状を生んだ魔を祓う者に対するトラウマも相俟ってかなり焦っていた。



女の妖魔がこの距離まで来て初めて感じる、目の前の巧の霊気は少ないが、紙切れから感じた霊気は、巧が霊気を隠しているのではないかと女の妖魔が思うくらいに強力だった。



巧が霊気を抑えているのではないかと、符術師の事を知らない女の妖魔は、返り討ちの危険の方が今は高いので、攻撃を仕掛けるのを止めた。



そして女の妖魔が出した結論は、どうせ返答は無いだろうが、問いかけ続けて、微かに巧が返す反応で、ギリギリまでどんな人物か見極め、恩赦(おんしゃ)を貰えるならそれでよし。



貰えないなら相討ち覚悟の攻撃で少しでも長く生きようというものだった。



「だからお願いじゃ、話を聞いて欲しい。話を聞いてくれるのなら、えっちぃ事でもなんでもするぞ?なぁに言わなくても分かるぞ。その年なら興味津々じゃろう?」



そんな女の思惑を知らないで焦ってる巧からすれば、その女の妖魔の発した言葉は、紛れもない挑発であった。



巧は冷静に女の妖魔を見下ろした。



確かに綺麗な顔は残っているが、この女の妖魔それだけである。



本当にそれだけなのである。



それなのに女の妖魔は下唇を軽く舐め、まるで自分が今、最高にセクシーだと、情欲しない人間などいない、みたいな顔をしてきたのだ。



巧は、その女の妖魔の顔を見れば見る程、やはりこの女の妖魔は自分の事をなめくさって(あお)っているのだと思った。



巧はあきらかに馬鹿にされてる事に、退魔師としてのプライドが、冷静な判断を初めて狂わせた。



巧は呪詛を唱えるのを一度止めてまで、思わず言い返してしまった。



「ああ? その顔はなんだ?お前下半身すらないその体で本気で色気があるとでも思ってやってるのか?」



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