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符術師はお金が無い ~  作者: ペペロン
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プロローグ

一つの影が森の木々を避けながら飛び回る。



それを追いかけるように三つの青白い光が、影に目掛けて飛んでいく。



そのさらに後ろ、木々を避けながら、森を器用に走る、少年の姿が見えた。



その少年の腕から発する青白い光は、影を確実に追い込んでいく。



影は『ギィッギィッ』と鳴き声のようなものをあげながら、月明かりしかない木々の間を、糸を通すように、するすると逃げていく。



(あら)ず。



影が大きな木を横に避けた時、死角から青白い光が飛んできて影に張り付いた。



少年が走るのを止め、歩いて黒い影に近づいている間に、黒い影に張り付いた青白い光は、複雑に模様の書かれた紙に徐々に変わり、黒い影を燃やすように青く燃え始めた。



影を追っていた青白い光の正体は、少年が投擲(とうてき)した呪符(じゅふ)であった。



「くそ、やっぱり低級だったか…」



少年は燃えつきた呪符の場所に落ちていた、先程の黒い影が落としたであろう、小さな魔結晶(まけっしょう)と呼ばれる物を忌々(いまいま)しそうに見つめる。



少年はその魔結晶を拾い上げ、ポケットに入れながら、腰に下げている呪符の枚数を確認し、消費した呪符の枚数に合ってない魔結晶に、かなりのしかめっ面をしていた。



「あのくそ野郎、低級のくせに、ちょこまかと逃げやがって。俺が呪符一枚書くのに、どれだけ苦労しているのか分かってるのか?今の(はら)(かん)っっ(ぺき)にただ働きじゃねーか」



人々は、悪霊(あくりょう)妖魔(ようま)を祓う事を生業(なりわい)としている者を、退魔師(たいまし)と呼んでいた。



その退魔師がいる事で、人々はある程度、平穏な生活ができているのだった。



「あぁぁ…俺も、もう少し違う才能に恵まれてたら、こんな苦労もしなかったのに…」



一口に退魔師と言っても、(あつか)術式(じゅつしき)多岐(たぎ)にわたった。



管理が難しい為、退魔師の中では、符術(ふじゅつ)を扱う者は符術師など、術式に師をつけて呼ぶ事にしている。



妖魔など強い霊を祓う場合、複数人で祓いに行く事も多々ある為、術の相性などを考慮(こうりょ)しやすい様に、自然とそうなったのである。



少年が先程使った術式は、符術師のものであった。



符術師とは呪符を投擲したり、自分の意思で操ったりして祓う、護符のエキスパートである。



しかし、符術師はかなり不遇されていて、あまり人気のない術式であった。



なぜなら、例え低級の妖魔と闘っても、呪符と呼ばれる護符が必要になり、それが無くなったら、補充しなければ闘う事もできない。



さらに、かなり片寄った才能がないと、習得しずらい術式であった為に、符術を勉強する者も少ない。



それ(ゆえ)、デメリットばかり目立ってしまっているのだった。



少年は符術師の勉強だけは、父からきっちりとさせられていたので、メリットも把握しているが、総合的に大器晩成型の術なので、現状は不満しかなかった。



故に、父譲りの符術師の才能に、少年はぶつぶつと文句を呟きながら、森の中を歩いて行くのだった。



その少年の名前は、玄武 巧(げんぶ たくみ)



巧は、四ヶ月前に十八歳を迎えたばかりの、退魔師の名門と言われている玄武家の長男である。



父譲りの優しい中性的な顔立ちに、十八歳とまだ、少し幼さが残っているせいで、男か女か分からいような顔立ちをしていた。



背中まであろう黒髪を束ね、乱雑に結っている巧のその姿は、帽子を被らずに狩衣(かりぎぬ)だけを纏っている服装と相俟(あいま)って少しだけ、ずぼらな性格を表している様に見えた。



巧がなぜ現在、こんな月明かりしかない、暗く薄気味悪い森にいるのかと言うと、様々な修行を終えて、三ヶ月前に退魔師になったからである。



退魔師になってからの巧の生活は、まったく余裕がなく、毎日家賃と食事などを、稼がないと生きていけない、その日暮らしを()いられていた。



「一応これで明日の飯にはありつける。くそ…せめて後一ヶ月欲しかったな…」



巧が思い返すのは、事の発端(ほったん)である十八歳の誕生日を迎え、一ヶ月たった頃に起こった出来事だった。



その出来事とは、真っ白い長い髪に、狩衣の上からでも分かる絶対的なプロポーションと、年齢不詳の狐顔を持つ美人の母、千弦(ちづる)から言われた言葉から始まった。



「貴方も16歳。修行も十分でしょう。貴方もいつかは、玄武家を支える柱の一つになってもらわなければなりません。だから後は実戦で経験を積みなさい。いつまでも家にこもって呪符ばかり書いてるのではありません。紙も墨も(ただ)では無いのですよ」



巧には、物心つく頃には既に玄武家当主であった千弦を、幼い頃から見てきて、ずっと思っている事があった。



それは千弦が決断した言葉は絶対で、家族すら誰も逆らえない雰囲気があると言う事だった。



実際、千弦の玄武家を纏めるその手腕は、かなりのものだった。



先読みの巫女と呼ばれる程で、千弦が玄武家の当主になってから、玄武家は大きく発展していった。



それゆえに、玄武家の本家の家族も、一癖も二癖もある玄武家の一族に連なる分家の退魔師も、みな素直に従っていた。



そんな千弦の言葉はやはり絶対だった。



巧が人生で初めて抵抗したところで、なんの意味を持たなかったのだ。



「ちょっと待ってくっ…」



までは言えたが、気がつけば腹の衝撃と共に、巧はそこから先の全ての記憶が消しとんでいた。



巧が次に目を覚ましたのは、全ての荷物が運び込まれた、【(やしろ)】と呼ばれる所の、独身寮のベッドだった。



巧が目を覚ました時、巧は、『家族との別れの挨拶も言わしてくれないのかよっっ』とか『しかも言う事聞かなきゃ物理なのかよっっ』とかを考え、腹を立てていたが、胸元に入っていた父の渾身の作品であろう、美しいとすら思う完璧な呪符と、妹の可愛い便箋(びんせん)に包まれた手紙を目にし、ああ別れの挨拶は気絶してる間に行われたのかと、先程までの疑問の答えが分かり、妙に納得して怒りも落ち着いてしまったのである。



【社】とは、国が定める機関のひとつである。



主に、退魔師を派遣し、妖魔を祓い、住民達の暮らしを安定させる役割を持つ。



また、家流は持たないが、その道に才能がある一般人や、家流と才能はあるが、その家でその子に合った術式を教えられる者がいないなど、様々な事情で、退魔師としての教育を受けれない者に、修行を受けさせ、育てたりする、教育機関にもなっている。



巧も十八歳、そろそろ働かなければいけないと、思うところがなかった訳ではないが、退魔師のほんとんどの人間に、無くてはならない物が欠けていた為、あまり気が進まなかった。



それは、式、正式名称は式鬼神と呼ばれるものであった。



種類は様々で、神、妖精、鬼、他にも沢山の種類がいる。



式に関して種類は関係ない。



式に関して共通するのは、契約し呪印(じゅいん)を結んでくれた者を、退魔師は総じて式と呼んでいるのだ。



呪印は退魔師と式が契約内容を決め、双方が納得するとお互いに刻まれる、破棄できない契約書のようなものである。



式にしなくてはならない事は、契約内容によって違うが、式の望む事をする変わりに、自らの意思で動き、一緒に戦ってくれる式は、退魔師にとって強力なパートナーになる。



式の手に入れる方法は二種類ある。



道中で見つけて交渉し、気に入られる方法と、召喚の儀式で交渉し、式となって貰う方法である。



道中で見つける方は、かなり危険が伴い、下手をすると殺される事もある為、余程の物好きな退魔師か、己の力に自信のある者位しか選ばない。



式が既に一体いる退魔師なら、道中で見つけたらいいじゃないか、と思うかもしれないが、あまり二体持っている退魔師はいないのが現実である。



式を二体も持っていると、二体分の霊界への繋がりを持ってしまうので、あの世に非常に引っ張られやすくなり、風邪などにかかった場合に、症状が悪化したり、突然死などをしやすくなるからである。



故に、ほとんどの退魔師は、式として呼ばれる者が、式を呼んだ退魔師に攻撃を加えられない結界が張っていて、安全が約束されている場所で、ゆっくり吟味ができ、交渉ができる、儀式を選ぶのであった。



巧ももちろん儀式の方を選んだ、しかし、巧の場合、片寄った霊力を気に入る者が見つからなかった為か、何度儀式をやっても、式鬼神は現れる気配すら見せず、交渉すらできなかったのである。



ただですら、符術師と言うのは、呪符を書くのに、湯あみ着を着用し、身体を冷たい井戸水で何度も濡らし清め、寒さに絶えながら筆を取り、震えたままで呪符を何枚も書かなくてはならない。



冬場になると、井戸水の冷たさが体が(こた)え、まともに筆すら持てない状態になる為、字や図柄を書くのは、もはや自然との戦いの様な状態なとなる。



挙げ句の果てに、常にそんな過酷な事をしなければならないのにも関わらず、需要の少ない符術師の道具を作る職人もまた一握りな為、符術に使う紙や墨の道具は値段がかなり高価になっていた。



しかも巧に関しては、同じ符術師の中でも、式がいないので当然枚数は、うなぎ登りに跳ね上がる。



符術師にとって、式は呪符の節約の為、それこそ無くてはならない存在だった。



そういう理由で、巧は働かなければと言う気持ちと、葛藤(かっとう)しながら、ずるずると、いつか来る式を夢見つつ、玄武家の経費でしこたま呪符を書いて過ごしていたのであった。



巧は、千弦に【社】に行かされたあの日から、三ヶ月が経っているのに、日々に追われながらも、まだ式への諦めきれない未練があった。

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