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想い出チョコ

作者: 又八郎

半世紀も前のバレンタインが巷に流行りだしたころの思い出を、短い物語にしてみました。






ブランド 《 エリー・ザ・ベース 》





いまや…世界のトレンディ アイコンになっていますが…





今年の…新作バレンタイン…は…見ましたか…?






そんな世界のマルチ ブランド…


その誕生にまつわる…誰も知らない秘話…


いまから…お話します…















☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆
















バレンタインデーにチョコレートを贈るなんてつまらないことを…いったい…誰が考えたんだろう…




えり子は…大きく…ため息をついた…




クラスメイトの話だと…テレビのコマーシャルでもやっているらしいが…えり子のうちにはテレビはなかった…



幼馴染みのシンジがくれた…何かの付録だった鉱石ラジオは毎日聴いていたが…


そのコマーシャルは…ラジオではやっていないようだった…



一年生最後の家庭科実習が…バレンタインのチョコレート作りで…


それは別に嫌でもなかったが…


材料が自分持ちというのには…困った…



えり子のうちには…チョコレートの材料を買うお金の余裕などまったくなかったのだ…





病弱な母との二人暮らし…



その母も…今は…ずっと臥せていて…


唯一の収入である内職は…えり子が母の代わりに…こなしていた…



しかし…それだけでは…家賃さえも払えない有り様で…



月に一度やってくる…内職の社長さんというおじさんに…用足しをしてもらって…助けられていた…


社長さんが来る日は…いつも夜の9時までは…えり子は家に帰ってきてはいけないことになっていたが…


それがどうしてかというわけは…なぜか…母には聞けないえり子だった…





バレンタインデーが近づいてくると…

教室での…女子の話題は…そのことで持ちきりだった…




好きな男の子に…愛の告白の代わりにチョコレートを贈る…


それが…バレンタインデー…だった…





誰が考えたか知らないが…


ロマンチックなことを考えるものだな…



と…えり子は思っていた…




チョコレートというのが…とても大人っぽく思え…想像をするだけで…えり子の小さな胸は…ドキドキと…ときめいた…




クラスメイトの順子なんかは…作ったチョコレートをクラスの誰々に贈るなんて…堂々と宣告しているし…


先生や…好きな先輩に贈る子も…けっこう…いた…



美佐子は…えり子とシンジが幼馴染みで…仲がいいことを承知の上で…


シンジにチョコレートを贈ることを…クラス仲間に…公表していた…




その図々しさには…えり子もちょっと…ムッときたが…どうしようもないことだった…




私は…チョコレートを贈るどころか…


チョコレートさえ買えない…惨めな女…



















いちいち…気にするんじゃねえぞ…




学校の帰り道…シンジが…えり子にいった…




その…気にするな…は…美佐子のこと…?


それとも…私がチョコレートの材料を買えない…こと…?


えり子は…そう思ったけど…口には出さなかった…




シンジのうちは…えり子とは逆に…父子家庭で…本屋をやっていた…


貧乏長屋で…裕福ではなかったが…



シンジは何かとえり子に気を使ってくれて…


本屋のおまけとか…雑誌の付録なんかを…親にこっそり…えり子に流してくれた…



シンジのくれた鉱石ラジオの…イヤホーンから流れてくる歌には…


どれだけ励まされ…癒されたことか…


それは…何もない貧しいえり子の…たったひとつの贅沢といってもよかった…








チョコレートの材料代…俺が工面してやろうか…




シンジはそう言ってくれた…






ううん…いいの…


えり子は…首を横に振った…



そんなお金があれば…きっと…自分の空腹を満たしてしまうだろうし…


お母さんにも美味しいものが買ってあげられる…





その…シンジの気持ちだけで…えり子は嬉しかった…








恋…とかじゃなくて…




なんだろう…この安らぎは…





えり子は…少し先を歩く…シンジの背中を見て…そう思った…








そばにいて欲しい…お兄さんのような…




えり子は…そう思ってから…


そんな大胆なことを考えた自分が恥ずかしくなって…ひとり…赤くなった…











結局…家庭科の実習がある日は…学校を休んだっけ…



エリコは…思い出すと…小さくクスリと笑った…






ねえ…おばあちゃんもだれかにチョコレートをあげたことあるの…?






孫のカエラが…近づいてきて…言った…



5つになって…最近おませなことをしゃべるようになってきた…








誰かに…ねえ……?







その年…チョコレートは作れなかったけど…


シンジには…何かを渡したような覚えがある…




エリコは…記憶を…たどった…










そうよ…


母が病気で亡くなった年だわ…








みなし児になったえり子は…内職の社長に引き取られた…


悲しいも…辛いも…


何も覚えてはいなかった…





きっと…生きるのに無我夢中だったんだわ…


エリコは…昔を振り返って…そう思った…





あのあと…内職の社長が不慮の事故で死に…残された養女のえり子に…莫大な保険金と財産が…舞い込んできた…






えり子の人生は…一変した…







世界に通用する…ブランド…


《エリー・ザ・ベース》




その誕生と…躍進の原動力は…


あの頃の…えり子の存在だった…




そして…



シンジ…






熱いものが…エリコの目から溢れ…


少し皺を刻んだ頬を…伝って…落ちた…








お母さん…




シンジ…






















何だよ…あいつ…




シンジは…走り去っていく…えり子の後ろ姿を見ながら…ぼやいた…




帰り道…待っていたかのように…いきなり…やってきて…


シンジに…小さな紙の箱を渡すと…黙って…走り去っていったのだ…




バレンタインの贈り物のつもりらしいが…


あまりにも…稚拙で…




あいつらしい…




シンジは思わず…頬を緩めた…





チョコレート…


作らなかったんだろう…?




シンジは…公園のベンチに腰をおろすと…


最初に…えり子からもらった箱を手にとった…



手のひらに納まるような…小さなボール紙の箱…




紐をほどいて…箱を開けると…



中には…チョコレート色の…小さな石が数個…入っていた…




なんだよ…これ…





そう言いながら…箱の石を手のひらに出すと…箱の底に…





シンジは…思わず…目を細めた…








ごめんなさい…








目に飛び込んできた…箱の底の文字が…照れくさそう…だった…












*  *  *  *  *  *








涙を拭うと…



エリコは別荘の窓から…



青い空を見やった…









箱を渡したときの…シンジの大きな手が…




ありありと…目に浮かぶ…








バレンタインに…チョコレート…




天才ね…考えた人は…









エリコは…そう思いながら…




コーヒーカップを…持ち上げ…



少し…口に…含んだ…








ふう…











そして…





あの頃と変わらない…同じ青空を…




いつまでも…飽きずに…




エリコは…眺め続けていた…






同じような年代で昭和のころのバレンタインを思い出していただければ、幸いであります

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