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その2

『ハルト、ご飯は自分でなんとかして。後これ以上お父さんを刺激させないで』

 疲れたように言う母。

『あいつはマジキモいから近づくのやめとこーぜ』

 遠くで僕を詆る同級生。

『知らん、それくらいお前が解決しろ』

 突き放すように言う教師。


 俺は、俺は……。






 目が覚めると目の前には大きく張り出したおっぱい。

 残念ながら白いタオルに包まれている。


「あ、気がついた……?」


 ここは、さっきの露天風呂。今はヒノキの板の上に仰向けに寝転んでいる。浴槽はすぐ隣。

 どうやら、ミクリお姉さんの膝の上に頭を載せているようだ。


「どれくらい気失ってた?」


「10分くらいかな」


「そっか……」


 10分もお姉さんに膝枕されていたようだ。俺は上半身だけ起き上がる……ってあれ? 俺の体にもバスタオルがかかっている……。


「ミクリお姉さんがこうしてくれたの?」


「私は無断で入って来てるから誰かを呼ぶわけにもいかないしね」


「え? ってことは……」


「あ、え、えっと、その、そ、そんなに見てないから」


 彼女は顔を真っ赤に染めてかぶりを振った。


「……」


 どうやらこの綺麗なお姉さんに二回もハルト君を見られてしまったらしい。

 つーか、そろそろ準備しないとあのおっさんとの約束に遅れてしまう。


「えっと、ごめん、俺この後用事あるんだけど」


「あ、そうなんだ。じゃあ連絡先だけ交換してもいいかな?」


「うん」


 俺はバスタオル一枚、彼女もバスタオル一枚。お互いの体を見つめ合う。


「とりあえず、服着よ」





 こうしてお姉さんと別れて俺は高級そうな料亭の個室でワタナベと食事をしている。

 浴衣を少し着崩して、白い肌を露出させた綺麗な芸妓さんが俺の両脇に控えている。お茶を注いでくれたり、あーんしてもらったりした。悪い気はしない。


「それでですねハルトさん、我が社といたしましてもただのエージェントとしてだけではなく、戦力としても迎え入れたいと考えております」


「戦力なんて必要なんですか? 会社が」


「確かに、危険な場所にある素材や貴重な材料の採取などは今まで通りハント協会や各ギルドに外注すれば足ります。材料や製品の運搬・流通の護衛もまた同じです」


 このクーリ帝国では、都市や村の面積はその国土の20パーセントにも満たない。森や湖など、未開の地が多く存在する。そしてそこには山賊や闇ギルドだけでなく、凶悪な魔物や迷宮ダンジョンが広がっている。

 工業原料となる鉱石や燃料、化学原料となる素材の多くはそういった未開の地で採取される。よって、この異世界での製造業はそういった材料をいかに採取し、運ぶかが重要であるのだ。

 ハンターやギルド会員はそういった危険なミッションを受注する下部組織エージェントである。てっきり俺もそういう仕事を専属でやらされるのかと思っていた。それが戦力だなんて仰々しい言葉が出てきて俺は少し面食らう。


「戦争でもするってことですか?」


 俺は冗談めかして彼に尋ねる。すると彼は突然に神妙な面持ちになった。


「そこから先は私ではない方からお話させていただきます」


「?」


 個室の襖がガラガラと開く。そこにはこれまた綺麗な黒髪のお姉さんがサングラスをかけて立っていた。




「あなたがハルトなのね」


 彼女は開口一番、ぽかんとしている俺を見下して言う。

 長い黒髪は肩の下までかかっている。装いはシンプルで、Tシャツの上に黒のライダースジャケット。さっきの風呂場のお姉さんほどではないけど、程よく胸のあたりが盛り上がっている。下はベリーショートのデニムのホットパンツ。すらっと細い太ももが華麗に露出されている。というか、めっちゃ足長いな。


「えっと……」


「私はルクレーヌ。ルクレーヌ・アンダーパイル。ただの社長令嬢よ」


 そう言ってサングラスをとって髪をやや大げさに振るう。思ったより若そうだ。20歳くらいかな? やや切れ長の目と高い鼻はいかにも社長令嬢という感じだ。しかし、顔の全てのパーツ、骨格が均整になっていてまるで一流雑誌のモデルのような美しさだ。


「お待ちしておりました、ルクレーヌ様」


 ワタナベが立ち上がって仰々しく迎える。


「お疲れ様、ワタナベ。よくやったわ。外しなさい」


「かしこまりました。それでは、ハルト様私はこれで失礼いたします。のちにルクレーヌ様の護衛がどら焼きを持って参りますので」


「あ、は、はい……」


 盤面が目まぐるしく展開していく。ワタナベと芸妓さんがうやうやしく部屋を後にする。やや大きめの部屋には俺と美人なお姉さんだけが残された。彼女はそれまでワタナベが座っていたところに腰掛けて、俺と向かい合う形になる。どうやらアンダーパイルグループの総代表の娘と話すことになりそうだ。


「こんばんは、ハルト。食事の方はどうかしら」


「とても美味しいです」


「そう? それは良かった」


 彼女は手元のお猪口にお酒を注いで、自分の口元に持っていく。ぷくりと色っぽい唇。その所作の一つ一つが華麗で美しく、育ちの良さを示している。


「それで、どこまで話は進んだのかしら?」


「まだ何も……。アンダーパイルが戦争をするっていうことしか」 


「ふむん、そうね。戦争はしないわ。これは、統治よ。あなた、アンダーパイルがどういう会社か知っているかしら?」


「いえ全く」


「表向きは製造から物流、販売、金融、軍事、そして貿易に至るまでこの帝国のあらゆる産業に息がかかっている会社。しかし、実際のところは一つの統治機構なのよ、それも国家を上回るほどのね」


「どういうことですか?」


「これ以上はシークレットよ、だってあなたはまだ部外者じゃない」


 彼女は再び酒を口に運ぶ。


「ふむん、違いない。でも何も知らなければ契約のしようが……!!!」


 ッ!?

 俺は慌てて横に跳びのき、ごろりと畳の上を転がる。すぐさま起き上がって跳ぶ直前に握った銃剣を構える。

 先ほどまで俺が座っていた場所には忍者が使うクナイのようなものが数本刺さっている。

 一応、周囲に警戒魔法を張っておいて良かった……。どうやら背後の襖から狙われていたようだ。


「ほう、さすがだな」


 ルクレーヌはニヤリと笑う。


「俺を試してるのか?」


「まだ終わってないぞ」


 人影が部屋の中をよぎる。あれは、浴衣? 

 さっきの芸妓さんか!

 俺は部屋の隅に立ち、警戒を続ける。部屋の中をしっかりと見渡すことができる。部屋の中央におかれたテーブル、そこには社長令嬢がさっきと変わらず酒を飲んでいる。俺の座っていたところの後ろの襖はビリビリに裂けている。

 俺は曲者の気配を慎重にたどる。あまりこういう対人は得意ではないのだが……今だ!


 俺はくるりと反転して銃剣の先に着いた刃を振る。壁に向かって。

 案の定ここの襖はあっさりと破れる。俺に背後から襲いかかろうとしていた曲者の正体が露わになる。ちょうど首筋に刃を添える。彼女は振り上げた右手を固めたまま、動けない状態になった。


 第1手が背後から、そして部屋の中には身分の高い令嬢。攻撃してくるとしたら、彼女を巻き込まないように接近戦、それも急襲型の。俺はわざと部屋の中のみを警戒しているポーズを見せて背後に隙を作った。こんな簡単な作戦でもうまくハマってくれたようだった。


「お姉さん、芸妓さんなのに強いんだね」


「ふふ、芸妓さんのフリをしていただけですよ」


 ……待てよ、これで終わりじゃない。だって、そうだろう?

 俺は銃剣を動かすことなく、もう片方の左手でそうっとナイフを取り出す。ジャックナイフ。これに魔力を注いで……。


「そこだ!」


 またしても背後、今は令嬢と芸妓の二人を見れるように半身の体制になっている。そして、このまま銃剣を固定していると、()()()()()()()()()()()()。俺はその背後に向かって、電気の魔法を発動させる。


「くっ……」


 唸り声をあげて()()()()()芸妓が膝を着く。

 さっきまで、俺の両脇に()()()()()()()。二人がかりの急襲。


「ククク、噂通りに強いな、ハルト」


 そう言ってルクレーヌが手を叩く。すると、二人目の芸妓さんが跡形もなく消滅した。俺がはじめに動きを抑えていた芸妓さんからも殺気が消えたため、俺は銃剣を下ろしてナイフをしまう。


「お見事でした、ハルト様」


 芸妓さんはにっこりと好意的な笑顔を向けてくる。白塗りでよくわからないが、よく見ると端正な顔立ちをしている。とても可愛い。歳はもしかしたらそんなに離れていないのかもしれない。


「あれ、もう一人は……?」


「あれは私の分身にございます」


「分身……」


「私はくノ一であり、ルクレーヌ様の護衛をいたしております、ツユと申します」


「あ、これはどうも……」


 再びにこりと笑う。可愛い。


「ハルト、いきなり失礼した。本当に噂に違わぬ強さのようだな、部屋を変えよう」


「は、はい……」


 なんだかルクレーヌのペースにはまったようで、俺は彼女の言うことに従った。





「ほら、飲め飲め」


 なぜか顔を真っ赤にして出来上がってしまっているルクレーヌとツユに挟まれて俺は酒を煽られていた。いや、未成年だし飲まないよ……。


「ルクレーヌ様、その辺した方がよろしいかと……」


「ふふん、大丈夫だ、私は強い。そうだろ、ハルト?」


 そう言って彼女は俺にしな垂れかかってくる。いつの間にか腕が絡められていて、肩に彼女の頬が乗る。俺の顔の前には綺麗な黒髪。甘いシャンプーの香り。


「ど、どうなんですかね……」


「ハルト様、こちらが月見亭のどら焼きでございます。はい、あーん」


「あ、あーん……」


 もう片方ではさっきからツユがどら焼きを食べさせてくれる。この人は護衛か芸妓かどっちなんだ……。


 というかなんだこの状況は。両手に花じゃないか。

 ビジネスの話は全く進んでいないが、まあ悪くない。


「ルクレーヌ様の代わりに私から話させていただきますね」


 ツユが居直って言う。


「アンダーパイルは現在あらゆる産業を牛耳っており、クーリ帝国の手足として動いています。当然、政治を執り行う王族や貴族たちとは密接に繋がっております。しかし、クーリ帝国の頭もまた我々アンダーパイルなのです。ここまで経済的力を持ったのですから当然ですよね、王族も貴族も誰もアンダーパイルには逆らえません。彼らはただの外見、皮膚にすぎないのです。実質的にこの国を支配しているのは、アンダーパイル社なのです」


「そうなんすね」


 興味ねえ。


「もちろん、王族たちは彼ら直下の軍隊と警察部隊を持っています。すなわち武力ですね。権力を正当づけるもの、それは武力なのです。アンダーパイルがクーデターを起こそうとしてもすぐに失敗するでしょう。私たちは確かにお金の面では戦えるかもしれない、しかし、戦闘に関するノウハウが全くないのです。ハント協会やギルドのような民間武力組織も所詮は軍隊が元締めですから、我々は武力を得ることができないようにされているのです」


「……」


 この人は何が言いたいんだろう。


「アンダーパイルとしても、現状の体制になんら不満を持ってはおりません。王族たちは金さえ与えていれば操り人形になってくれます。しかし、常にこめかみに銃をつけられているこの状況は打破したいのです。したがって、我々も武力部隊を持つことになりました」


「あれ、でも、この国の軍事産業は独占してるんですよね? 武器の製造取りやめるとかじゃダメなんですか?」


「近隣諸国から輸入されるだけでしょう。それに、私たちの経済的パワーもそこまで強い訳ではありません」


「あー、王族たちと均衡状態ってことですか?」


「そうなりますね」


 アンダーパイルは金を持っている。クーリ帝国は武力を持っている。お互い均衡。


「それで」


 彼女は続ける。


「私たちは古竜その他の魔物に目をつけました」


「まさかっ!」


「はい、未開の地を開拓し魔物たちを使役してソルジャーを作ります」


「ば、馬鹿げてる……」


「そのためにはどうしてもハルト様のお力が必要なのです」


「無理ですよ。魔物ってのは独自の思想で生きる社会生物なんです」


「先日、ハルト様が古竜ヌルビオラを討伐した時、我々は一つの卵を持ち帰りました。古竜の卵です」


「古竜の卵!?」


「はい、そして神話によると……」


「古竜は孵化した社会に根付く……」


「その通りです。もう賽は投げられているのです」


「……」


「あなたに求められていることは、ヌルビオラの雛の飼育および魔物との交渉です」


「お断りします」


 これは風呂場であった革命家のお姉ちゃんの話とは全く規模が違う話だ。俺にはあまりにスケールが大きすぎる。


「俺は一人でひっそりと木陰で生きていたいんです。あなたたちがどうしようと勝手だが、俺には関わらないでもらいたい」


「……国王になってみたくはありませんか?」


「国王?」


「アンダーパイルは本プロジェクトをロス作戦と名付けました。このロス作戦に参加していただければ、どれほど贅沢を尽くしても孫の代ですら使いきれない財産、そして輝かしいいくつもの名誉は約束されます。もちろん、フッセンチョコレートも」


 彼女はやはりにこりと笑う。笑顔は可愛いんだけどなあ。


「一つ聞きたい」


「なんでしょうか」


「俺はクーリ帝国に来てからまだ3年くらいだ。それでも、日をおうごとに民は困窮に喘ぎ、植民地奴隷はやせ細っているのをこの目で見て来た。それについてはどう考えていますか?」


「私が答えるわ」


 それまでずっと俺にもたれかかっていたルクレーヌが起き上がって言う。


「もちろん痛ましいことだとは思う。でも、生まれが違うのよ。人間は生まれながらに差異を持って生まれてくる。顔が整った人もいれば運動に優れた人もいる。それと同じこと。身分も経済も、格差は生まれながらに作られているもので、私たちが是正するものではないわ」


「……わかりました、やはりお断りする」


 俺はそのまま立ち上がると、テーブルに置かれたどら焼きの入った箱を持てるだけ抱えて部屋を後にした。

 彼女たちは追っては来なかった。


 自分が正義とは思わない。もともと俺はただのいじめられっ子のぼっちなのだから。それがなんだか、革命だとかクーデターだとか、スケールのでかい話をされてもピンと来ない。俺は組織に属するつもりがないだけだ。誰かと関わりたくないだけだ。

 水面に浮かぶ葉っぱのように、流れに身を任せて静かに揺れる。俺は、それでいいのだ。




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