その1
「鷹の目ギルドからAランクミッションの依頼です」
「ハント協会から魔物退治の依頼です」
「魔術と武術に関するシンポジウムの講演依頼です」
「ハドソン大学から伝説の古竜撃墜に関する講義依頼です」
……。
手元のスマホに似た端末に絶えず表示されている依頼の通知。
俺はいわばフリーランスの何でも屋で、適当に仕事を選んでは報酬をもらって生計を立てている。住むところも家族もなく、ただ空に舞う羽根のようにフラフラと流れ生きている。
面倒だな、すべて断ろう。
そう思った俺はその端末を無造作にポケットにしまい込み、近くの温泉施設を目指してのんびりと歩き出した。
実際のところ、先日伝説の古竜を一人で討伐した俺には褒賞金がたんまりと入って来ており、無理に仕事をする必要もないのだ。
20人がかりの編成部隊でも不可能だった古竜討伐。それを俺はたった一人で達成してしまった。もちろん、それなりに大変な仕事だった。部位ごとに異なる弱点を持っているやつに合わせて、剣戟、魔法、狙撃、打撃、爆撃、その他あらゆる攻撃方法を駆使した。三日三晩の死闘の末、やつの心臓を止めることに成功したのだった。
「もしかしてあなたはあのハルト様ですか?」
「……そうですが?」
髪をキッチリと整えた役人みたいなおじさんが話しかけてくる。ぱっと見50歳くらいかな。それでも軽めのシャツとパンツでラフな格好をしており、なんともアンバランスだ。
「おお! また随分とお若いんですね! まさかこの街にいらっしゃるとは存じておりませんでした!」
「誰にも言ってないのでそりゃあね」
俺は乱雑に対応する。古竜討伐以降、このように話しかけられることが多い。
「はは、違いありませんな。突然失礼いたします、私はこういうものでして……」
俺は名刺のようなものをおじさんからもらう。なになに、アンダーパイルホールディングス株式会社戦略開発室室長、ワタナベ……。
「アンダーパイルホールディングスって……」
「はい、グループ内でインフラや金融、通信、重化学工業、さらに軍事産業でもこの国では独占的な地位を占めております。ハルト様がお使いになったライフルや銃剣もウチの製品と聞いております」
「そういえばそうっすね」
いわゆる財閥か。
「私はただいま休暇中なのですが、ここでハルト様にお会いできるとはまさしく僥倖でした。何しろ、我が社としてもずっとハルト様にラブコールを送っていたのですが、ご返事がいただけてなく……」
そういえば、なんか来てたな。確か、俺をこの会社専門の広告塔兼役員として迎え入れたいみたいな感じだったか。縛られるのは嫌だし、そういうビジネスも興味ないから無視していた。
「すみません、あんま興味ないんで……」
「はい、ハルト様のご性格も重々承知しております。どこにも属さず群れずの一騎当千、戦闘の天才、生ける伝説、様々な呼び名がございます」
「そう言われると照れるっすね」
なんかお偉いさんのようなので、俺は適当に対応する。あくまで失礼のないように、しかし相手に興味もないように振る舞うこと。これはぼっち道、第3条。ちなみに1条は人を信じないこと、2条は一人で生きていく強さを身につけること、4条は……まぁこの辺でいいだろう。
「それでも、ぜひ今からでもお話をさせていただくことはできないでしょうか。こちらとしても様々な条件を揃えておりますので、よろしくお願いいたします」
そう言っておじさんは頭を下げる。こういうの困るんだよな……。
「えっと……、申し訳ございません。今はそんな気分じゃないので……」
「今からというのは確かに失礼な申し出でございました。では今夜、お食事を一緒にどうでしょうか」
何が悲しくて温泉街で、こんなおじさんと飯を食わねばならんのだ。いい加減はっきりと断ろう。
「申し訳ありませんが……」
「あの、噂に聞くところによると、ハルト様は甘いものに目がないだとか……」
ここで俺の言葉が止まる。ふむ、続きを聞こうじゃないか。
「実はこの温泉街ができた当初からある老舗の菓子屋さんがありまして……」
「月見亭ですね」
俺は間髪入れずに答える。そもそも俺がここにやって来たのもその月見亭のどら焼きを食べるためなのだ。
「はい、しかし月見亭の亭主がなかなか古い人でして今はこの街のよく見知った住人にしか振る舞いません」
「ふむん」
そうなのだ、俺もこの街に来たはいいものの、そもそもよそ者には菓子を売らないと聞いて困っていたのだ。
「しかし私はこの亭主と古い友人でして……」
「今夜ですねわかりました」
俺は勢いよく遮る。先の展開は読めた。要はどら焼きで俺を釣ろうって話だな。甘いよ、菓子だけに。俺をそんなドラえもんと一緒にするなんて。
「はい、よろしくお願いいたします。最高の食事と綺麗な娘たちもご用意いたしますので」
……あれ? どうやら思考と発した言葉が矛盾していたようだ。まあ正直、どら焼き食べたい。
このおじさんとの会食までの間は適当に温泉に入って時間を潰そう。
「ふいーーーー」
やはり温泉は良い。体に暖かいエネルギーがみなぎるね。
今は露天風呂を金に物言わせて貸し切っている。あとで請求書あのおじさんに回せないかな。
「それにしても……」
この「異世界」に来てからそろそろ三年が経つだろうか。中学2年生のあの日、街が歴史的な豪雨と台風に見舞われたあの日。いじめと虐待の鬱憤を晴らすため嵐に向かって行った俺は気がついたらこの異世界へと漂着していた。
体一つでここに来てしまった俺は、生きていくために必死だった。修道院のようなところに拾われて、しばらくはそこで過ごさせてもらった。それでも、こっちの生活は日本よりは随分マシだった。遠くから俺をコソコソと笑い罵り、嫌がらせをする同年代や、俺を叩き、無視し、邪魔者扱いする大人がいなかったからだ。
俺はどうやらあらゆる戦闘スキルに天賦の才があるらしく、おかげで狩を通じて修道院には貢献できていた。しばらくすると、軍隊やらギルドやらが噂を聞きつけて俺をスカウトしに来た。そしてそれは修道院への間接的な圧力となった。迷惑をかけたくもないので、俺は夜中に一人で脱走した。修道院には半年ほどお世話になった。
そんな俺を捕まえたのが師匠だった。この師匠はかなりデタラメだったが、必要以上に俺に干渉することもなく、戦い方を教えてくれた。修道士さんがこの世界での母だとすれば、この師匠が父だった。今の俺があるのもこの二人のおかげなのだ。しかし、ある日突然師匠は姿を消した。結局師匠といたのも半年ほどだった。
そこから今に至るまで、俺はずっと一人で生きている。師匠と別れた時にはもうそれなりの戦闘力になっていたので、魔物の退治、貴重な素材の採集、ダンジョンの攻略などの公募に申し込んではクリアしていった。魔法しか効かない敵に対峙した時、魔法使いの仲間を作るのではなく、俺自身が魔法を覚えた。ダンジョン攻略に必要なスキルがあれば、その都度俺自身が取得した。元々ぼっちだった俺は、誰かに頼るのではなく、一人でなんとかして来たのだ。こっちの世界ではなぜか剣士は剣士、魔法使いは魔法使いと分業が当たり前になっていたため、ジェネラリストの俺は特別扱いされた。そして今ではなんか偉い人みたいな扱いを受けるようにまでなった。
俺は自分を19世紀のイギリスになぞらえる。「splendid isolation」、いわゆる「光栄ある孤立」だ。圧倒的な力さえあれば、群れる必要などない。「光栄あるぼっち」。確かに、今も昔も友達はいない、仲間もいない。それでも俺は困らない。
そろそろのぼせて来たし上がろうかな。そう思ったその時、建物の木扉がカラカラを音を立てて開く。
俺は慌てて振り返る。そこには、バスタオルを体に巻いた女の人が立っていた。
「……え?」
あれ、俺は大金積んで貸切にしたはずだぞ。時間制限も言われていない。
「あの、貸切なんですけど」
「うん、知ってる」
お姉さんはこっちをじっと見つめながら近づいて来る。というか、かなり若いな、俺より2、3歳上くらいか?
そしてバスタオルでも隠しきれない巨乳。すらっとした長身に健康そうな太もも。目はキリッとしているが、くっきり二重にぷっくりと涙袋があってかっこいい系のアイドルみたいな感じだ。茶髪を頭の上で結んでお団子にしている。
「え? え?」
俺は慌てて体育座りにする。こうすりゃ最低限は見えないだろう。
お姉さんは俺に背を向けるとはらりとバスタオルを取り手に持つ。きめ細かい白い肌の背中、くびれ、そしてやや大きなお尻。え、エロい……。
そしてこちらを振り向くと、バスタオルを縦に持って前を隠す。
口をクッと結んでおり、頬は赤らんでいる。
「あ、あっち向いてて……」
「う、うん……」
俺はなぜか彼女の言うことを聞いて彼女に背中を向けるように回転する。後ろではぽちゃんと、お湯に入る音が聞こえる。
とりあえず、綺麗な女の人が裸で貸し切り露天風呂に入って来たという状況を理解する。それなんてエロゲ?
「も、もういいよ……」
彼女がそう言ったため、俺は振り向く。彼女も前かがみで体育座りをしている。顔は真っ赤だ。
「あの、お姉さんは誰?」
俺は恐る恐る尋ねる。
「ハ、ハルトくんだよね?」
「はい、そうです」
「私はミクリ……。えっと、ハルト君にお願いがあって来たの」
「は、はい……」
「話を聞いてもらえるかな……」
「ここで……?」
「うん、ここなら誰にも聞かれないし、それに……」
「ウッ!」
俺は体が固まるのを感じる。このお姉さん、魔法で俺をロックしたのか。全く気づかなかった。どうやらかなりの手練れのようだ。
「ごめんね、どうしても話を聞いて欲しいの」
「なに……?」
「どうか、私たちに力を貸して欲しい。私たちは革命軍なの」
「ああ、そういう政治的なことに興味ないんだ、ごめんねお姉さん」
俺は空を漂い続ける羽根。どこかに落ちることもないし、場所が定まることもない。
「ランセ修道院……」
彼女が口にしたその修道院の名は、俺が半年間お世話になったあの修道院だ。
「革命軍は今ではかなりの規模を持ってるの、修道院ひとつ壊すことくらい簡単で……」
「汚えぞ!!!」
俺は思わず叫ぶ。このお姉さん、美人だし巨乳だから目をつむっていたけどもう許せない。俺は拘束魔法を解こうとするが、体が動かない。大きな魔法を発動させるには、その魔力を媒介させる道具が必要なのだ。それはステッキだったり杖だったりする。俺の場合は小さなナイフなのだが、それは脱衣所にある。
「ごめんなさい、でもどうしてもハルト君の力が必要なの」
「……」
俺は黙って彼女を睨む。
「私の故郷、フッセン国は数年前からこの帝国の植民地になっていて、人も資源も絞り尽くされている。小さいときはあんなに笑顔の多かった村人たちも今はみんな痩せ細ってるの。ずっとこの帝国を憎んでいたわ。それでもこの帝国に来た時は驚いたの。だって、都市に住む人々も私の故郷の人たちと同じように困窮して疲れ果てていたから。私たちや帝国市民から吸い取られた富はどこにあるのか。 一部の特権階級と金持ち達に独占されているのよ。こんな不平等はあってはならないんだよ」
彼女は説明する。
「……」
正直、俺には全く関係ないし興味もない。革命ってあれか、フランス革命みたいな感じか?
そんなことより、俺には気にかかっていることがある。
「フッセンって……確か、カカオの名産地じゃなかった?」
この地で採れるカカオから作られるチョコレートは超高級品なのだ。俺も食べたことすらない。
「うん、そのチョコレートがまさに象徴ね。帝国の貴族や資本家に独占されてるわ」
「許せねえ!」
俺は立ち上がる。結構時間をかけて拘束魔法を解くことに成功したのだ。
「きゃっ!!」
お姉さんは可愛らしい声をあげて顔を手で覆う。……。俺は下を見る。ハルトのハルトがこんにちはしている。
「うおお!」
慌ててしゃがむ。お、お恥ずかしい……。
「わ、わかった! 詳しい話は後でまた聞く。だからもう二度とあの修道院には関わらないで。俺にも少しは協力する動機ができた」
「う、うん、ありがとう! ハルト君、伝説の傭兵、聞いていた以上に甘党なんだね」
そう言って彼女はにこりと笑う。そして四つん這いをしてお湯の中俺に近づいてくる。
む、胸が見えそうで見えない!
てかなんで近づいて来て……うおっ。
彼女は俺を抱き寄せた。俺の顔は彼女の豊満な双丘に挟まれることになる。
お、大きい……柔らかい……もちもち……。
「本当にあなたの力が必要なの、お願いね……」
そう言って彼女はさらにきつく俺を抱きしめる。
「ミ、ミクリさん……」
俺はさっき、彼女が入ってくる前どうしようとしていたか。のぼせそうだからもう出ようとしていた。それがなんやかんやあってずっと湯に浸かることになって、今は彼女の柔らかい圧に顔を包まれていて……。
俺は気を失ってしまった。全裸で。