第9話「死者が蘇る森5」
第9話目になります。サブタイトルと関係ない話が続いている気がしないでもないですが、楽しんで頂ければ幸いです。
第9話「死者が蘇る森5」
ルナ、君は一体どこにいるんだ?
あれから、俺は街中を走り回りルナを探しているが、一向に金髪の少女の姿は見つけられなかった。
俺の中に焦りだけが積もっていく。
さっきのは完全に俺の責任だった。どうして、ルナがそろそろ帰ってくることを考えていなかった。それに、セリアさんが来ればああなるってことも分かっていたのに、どうして警戒していなかったのか。
くそッ! くそッ!
後悔先に立たずとは、まさにこのことじゃないか。
俺は街歩く人たちにぶつかりそうになりながらも、走っていく。
どこだ、どこにいるんだルナ!
アトリエを出て行くとき、ルナはアトリエに来て初めてあんな悲しそうで寂しそうな顔をしていた。
あんな顔をさせてしまったのは、間違いなく俺なんだ。
ルナを探していると、目の前から見知った顔が歩いてくるのが見えた。
「ルルネ!」
俺が呼びかけると、茶色い髪をサイドテールにまとめた少女は、俺のことを見るな否や駆け出してきた。
俺が何だと思いながらも、ルルネにルナのことを聞こうと思っていると、駆け寄って来たルルネから、全力のボディーブローを受けて地面に倒れてしまう。そんな俺に容赦なくルルネは罵声を浴びせてくる。
「あんたバカじゃないの!」
「だから、バカはどっちだっての。いきなり、人のことを殴りつけてくる奴がいるか!」
「あんたがバカだから、あたしがな殴らなきゃいけないんでしょうが。この大バカ錬金術師!」
ルルネはバカが口癖なんじゃないかと思えるぐらいに、人のことをバカって言ってくるな。
「本当にあんたはバカ。自分のお嫁さんを泣かせてどうするのよ!」
「っ⁉ ルナがどこにいるのか知ってるのか?」
俺の言葉を聞き、深い深いため息をルルネは吐いてくる。
「さっき、泣きながら街を歩いてるのを見かけて声をかけたのよ。そしたら、わたしが悪いんです、わたしがが悪いんです。としか言わないのよ。それで、一人で放っておくのは危険だと思ったから、今はあたしの家の部屋で休ませてるわ」
ルルネの言葉を聞いて、俺はとりあえず安堵の息を吐いた。どうやら、変な奴に連れ去られたとか、何かルナの身に危険が起きているわけではないようなので、一安心だった。
「それで、何があったのか説明してくれるのよね?」
ルルネの有無を言わせない態度に、俺は若干ビビりながらも事の顛末を説明した。ルルネは最後まで黙って聞いていたが、話を最後まで聞いた後はただ呆れていた。
「セリアって、あんたの所によく依頼に来る女よね?」
「あっああ、その認識で合ってる。それでいつものセリアさんの悪ふざけの所を、ルナに見られちゃって、それでルナは泣きながらアトリエを飛び出してしまったんだ」
「やっぱり、あんたバカでしょ?」
何を今更疑問形で言ってくるんだこいつは。
「あのね、ルナちゃんは確かにしっかりしているわ。もしかしたら、あんたよりもしっかりしてるんじゃないの?」
ルルネの容赦ない言葉に俺は「うぐっ……」となってしまう。そんな俺を無視して、ルルネは「でもね」と言葉を続けた。
「でもね、いくらしっかりしているとは言え、ルナちゃんはまだ十四歳の女の子なの。それに加えて、今では見ないぐらいに素直な子なんだから、あんたらがそんなことでふざけていたら、ルナちゃんがそうなるのは分かり切っていたことでしょ」
ルルネの正論に俺は何も言えなくなってしまう。確かに、ルルネの言う通りだ。
「まったくもう、今は死者が蘇るかもしれないって話で大変になってるのに、厄介な問題を起こさないでよね」
「悪い。俺も考えが甘かったって反省してるところだよ。それでルナは大丈夫なのか?」
「一応はね。今はあたしの部屋で眠っているわ。だけど、ルナちゃんかなり傷付いていたんじゃない」
改めてそう言葉にされると、自分がどれだけ愚かなことをしたのかが痛いほど分かってくる。いや、今一番痛いのはルナだな。
「ルナに会うことは出来るか?」
俺の問いかけに、ルルネは「止めておきなさい」と口にする。
「今会っても冷静に話せない可能性だってある。今日一日、あんたとルナちゃんは頭を冷やした方が良いと思うわ」
「そう……だよな」
「そんな落ち込まないの。きっと、ルナちゃんはあんたのこと嫌いになったりしないわよ」
ルルネが珍しく励ましてくれている。ルルネって意外と優しいところがあるんだな。
「あんた、今かなり失礼なことを考えなかった?」
「考えてない、考えてない!」
エスパーか!
「まあ良いわ。とにかく、今日一日ルナちゃんはあたしの家で預かるから、あんたはどうやってルナちゃんに謝るか考えておきなさい」
指をビシッと差して来るルルネに、俺は素直に頷いておく。
「分かってる。ルナのことよろしくな」
「任せなさい。それと、一つだけあたしからアドバイスをあんたにあげるわ」
「アドバイス?」
「そ、アドバイス。有り難く受け取りなさい」
まあ、くれると言うならもらっておこう。
「あのね、いくらあんたがルナちゃんのことを好きだって、大切だって思っていても伝わらないことだってあるのよ。だから、ちゃんと言葉にしないと。後は行動で示さなきゃ。いくら言葉で伝えたって、あんたがあんな行動をしてしまったら、その言葉の信憑性は薄れてしまうのよ。だから、今後は軽はずみの行動は控えることね」
「ああ、肝に銘じておくよ。それとありがとな、ルルネ」
「別に良いわよ。あたしたちは友達なんだから」
俺の言葉に、ルルネは満足そう言葉を返してくると「それじゃあ、ルナちゃんが起きてるとまずいから」と言って足早にその場を去っていった。
俺はルルネは去っていった方に頭を下げると、自分もアトリエに戻るために歩き出した。
行動で示せか。
俺はさっき言われた言葉を思い出しながら歩いて行く。
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アトリエの前にいたセリアさんに、ルナは大丈夫だということを告げて俺はアトリエの中に入った。
中に入るとルナが買って来ていた荷物が床に散乱していた。そう言えば、ルナが出て行ってからそのまんまだったな。
俺は床に散らばっていた食料品などを拾っていく。すると、その中には何冊か本が紛れ込んでいた。
ん? これは?
本は全てで三冊あったのだ、どれも古い本のようだった。パラパラとページをめくり読んでみると、俺はそこでハッとする。
これらの本は賢者の石や死者の蘇生に関する本だった。どれも俺が図書館に行って読んでみようと思っていた本だった。
まさか、ルナはそれを分かっていて借りてきてくれたのか?
外に出ると言った時、彼女は俺の問いには答えず、ただ大丈夫と答えただけだった。きっと、それは俺に気を使っていたんだと今では思う。図書館に行って探してくるなんて言ったら、俺が付いてくることが分かっていたから。きっと、俺には仕事に集中してほしいかったから。
彼女の気遣いに心が温まってくる感じがする。そんな彼女のことを心の底から愛おしいと思う。
「だったら、俺のやることは一つだよな」
ルナ、ありがとう。それとごめん。
俺は心の中でお礼と謝罪を繰り返すと、仕事に取り掛かる。彼女の気遣いを無駄にはしてはいけないと思ったのだ。
それと絶対に明日ルナに謝ろう。そして、改めて自分の気持ちを伝えよう。
「ありがとうございました。またよろしくお願いします」
俺はアトリエから出て行く依頼人に一礼した。これで今日の納品分は終わりであるため、俺はすぐさま今度は自分の作業に取り掛かる。
これから行う作業はものすごく時間のかかる上、集中力もかなり使うので大変な作業であるのは間違いなかった。
でも、これもすべて愛する嫁のためなら辛くない。
徹夜は確定だなっと感じながらも、俺は作業に取り掛かっていく。
ルナ、待っててくれよ。俺の気持ちは本当だって証明するから。
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結局、俺がその作業を終えたのは完全に空が明るくなってからだった。
時計を見ると既に朝の七時を回っていた。俺は一気に気が抜けたため大あくびをしてしまうが、本番はここからだと考え直して気を引き締める。だって、今までやっていたのは前準備みたいなものなのだから。
俺は軽く湯浴みをしてから、アトリエを飛び出した。今は一刻でも早くルナに会いたかった。
昨日一晩で分かったことがある。どれだけ、ルナの存在が俺にとって支えになっていたか、癒しになっていたに気が付いたんだ。
不思議な話だよな。彼女と一緒に暮らしてまだ間もないと言うのに、彼女の存在がここまで俺の中で大きくなっているなんて。どれだけ、俺は彼女に惚れているのだろうか。
彼女のことを考えながら走っていると、ルルネの両親が経営している薬屋が見えてくる。ルナはあそこにいるんだよな。
俺はそのルルネの実家の裏口に回ると扉をノックする。すると、そこからルルネが顔を出した。
「やっぱり、あんただったのね。来ると思ったわ」
「ルナは?」
俺は呼吸を整えながらルルネに聞き返す。日頃の運動不足が祟り、体力が回復するまで少しの間を要してしまう。
「二階にいるわよ。『あんたに悪いことをしてしまったって』後悔してベッドの中に潜っているわよ」
そのルナの姿を想像してしまい、俺はクスリと笑みをこぼしてしまう。
ルナがかわい過ぎる!
「会っても良いか?」
「覚悟は出来たみたいね」
ルルネは片目を閉じて笑うと、俺をルナがいる部屋に案内してくれる。
「この部屋の中にルナちゃんがいるわ。しっかりやるのよ」
「ああ」
俺は頷くと扉に向き直った。だが、いざ扉を前にすると緊張してしまって、扉をノック出来そうになかった。
そんな俺のことを隣で見ていたルルネは、ものすごく睨んでいる。
俺は数回深呼吸をして落ち着かせると、今度こそ扉をノックした。
「ルナ、俺だ。入るぞ」
俺が声をかけると、中から「あっあなた!」と驚いたルナの声が聞こえてくる。
俺が中に入ると、ルナがベッドの上で驚いたように両目を見開いていた。
「ルナ」
ベッドの上にいるルナは、弱々しくずっと泣いていたのかと思わせる儚さを持っていた。
「ごめんなさい、あなた!」
俺が謝ろうと思っていたところに、ルナから先に謝られてしまう。
「あなたにはすでに心に決めた人がいるんだって思い込んでいました。あの人が心に決めた人なんだって思ってました。だったら、わたしはあなたのために身を引こうと思いました。ですか、ルルネさんから話を聞いて、わたしの勘違いだってことが分かったんです。だから、ごめんなさい! わたしはあなたを疑ってしまったんです! わたしはダメな奥さんです」
土下座して頭を下げ、泣きそうになっているルナの姿を見ていて、俺は怒りを湧くのを感じた。
この感情は確かに怒りだ。ルナにこんなことを言わせてしまったという自分自身に対する怒りだ。
俺はそんなルナのことをただただ抱きしめていた。
「あなた?」
ルナは突然の俺の行動に驚いて固まっている。
「ごめんなルナ。俺は勘違いしていたんだ。君はまだ十四歳の女の子なんだ。だから、ちょっとのことでも揺れてしまうそんな女の子なんだよ。しっかりし過ぎていて、俺はそこを勘違いしていたんだ。だからごめん。ルナに悲しい思いをさせてしまって、勘違いさせるようなことをしてしまって。君がダメな奥さん何て思う必要はないんだよ。とても良い奥さんだと俺は思う。それに俺こそダメな夫だよ」
俺の言葉を即座に否定しようとする、ルナを手で制すと俺は続きを口にする。
「だから、俺はとっても良い奥さんである君の夫であり続けたいと思ってるし、俺は君に俺の隣に居てほしいと思ってる」
俺はそこまで伝えると、懐から一つの指輪を取り出した。実はこの指輪は俺の手作りだった。これを作るために徹夜をしていたのだ。
「これを君に受け取ってもらいたいんだ。だって、これが俺の気持ちだから。もちろん、君が嫌だって言うなら受け取らなくても良い」
ルナは首を大きく横に振った。
「嫌じゃありません! 受け取ります! 受け取らせてください! わたしをあなたの奥さんでいさせてください!」
ルナは俺の手から指輪を受け取ると、そのままそれを自身の左手薬指にはめた。
「どうですか? 似合っていますか?」
「ああ、とっても似合っているよ」
俺は心からの本心を口にする。ルナは嬉しそうに、また恥ずかしそうにはにかむと、「ありがとうございます」と呟いた。
ああ、彼女の笑顔を見て頑張った甲斐があったなっと思う。
俺が安堵の息をこっそりと吐いていると、俺の腹の虫が鳴る音が聞こえてくる。
ああ、そう言えば昨日の昼から何も食べてないんだっけ?
それをルナに伝えたら怒られた。
「そんなことをしていたら、体を壊してしまいます! それに目の下にも隈が出来ているじゃないですか!」
「あっああ、ルナの指輪を作るのに必死だったから、ご飯を食べるのも寝ることさえも忘れてたよ」
俺が笑って誤魔化すと、ルナは困ったように眦を下げて笑っている。
「もう、そんなことを言われたら怒るに怒れないじゃないですか。でも、これでよく分かりました。あなたはわたしがいないとかなり無理をしてしまいます。やっぱり、わたしがそばに居て支えないといけませんね」
「俺も一つ分かったことがあるんだ。俺はどうにも君がいないと落ち着かないんだ。だから、そばに居てくれ」
「はい! あなた!」
ああ、君のその笑顔を見れば、俺はもっと錬金術師として頑張れる気がした。
「帰ろう、俺たちのアトリエに」
俺が立ち上がり手を伸ばすと、ルナは笑顔でその手を取るのだった。
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