第66話「リアムの奇策」
第66話「リアムの奇策」
「ええ、ええ。分かったわ。取り合えず、そっちは調査を進めてくれる。ええ、お願いね」
セシルは水晶体の通信をオフにすると、「はぁ~」とため息をこぼした。
「どうしたんだよ? セシル」
俺がそう問いかければ、セシルは神妙そうな顔で告げたのだった。
「リアム、大変なことになったわ。王都に新たな薬がばら撒かれたわ」
「っ⁉ 新たな薬だと⁉」
「ええ、しかも今回の薬の成分は、【新・万能霊薬】じゃなくて、【世界樹の雫】が使われているそうよ」
セシルのその言葉に、今度はルルネが驚く番だった。
「【世界樹の雫】ですって⁉ そんなのありえないわ!」
ルルネが驚くのも無理はなかった。何故なら、この【世界樹の雫】はこの世界では、三人しか作れないからだった。
ルルネにその友人であるアーリ。そして、俺の三人だった。
「【世界樹の雫】はとっても繊細な魔力制御が必要で、調整するのがとっても難しい薬よ。それにそのレシピだって公表していないはずよ! それなのに何故?」
「確かにルルネが言いたいことも分かるけど、それを言ったら【新・万能霊薬】のレシピだって公表はしていないさ。なのに【新・万能霊薬】は作られて、麻薬の原料にされているんだぞ」
俺の言葉にルルネは歯噛みしてしまう。
「それはそうだけど……」
ルルネは釈然としない表情を浮かべている。
「それに一つ分かることもある」
「? 分かること……」
「ああ。明らかに分かることがある。それはな、誰かが確実に俺たちを嵌めようとしていると言うことだ。【新・万能霊薬】を原料に薬を作りだすのは分かるけど、【世界樹の雫】を原料にした理由はなんだ? そもそも【世界樹の雫】の効果は何だったよ?」
俺の問いかけに、ルルネは即答した。
「そんなの決まっているわ。『ミアズマ』を消滅させるための薬よ」
「そう。ルルネの言う通りで『ミアズマ』を消滅させるためだけの薬。つまり、【世界樹の雫】は『ミアズマ』に対しての特効薬なはずだろ? それじゃあ、なんで麻薬を作ってる奴はわざわざ【世界樹の雫】なんか、作るのも大変な物を使ったんだ? もっと麻薬に使える物はいくらでもあったはずだろ。それなのにそいつは【世界樹の雫】を使ったんだ。俺たちを嵌めようとしているとしか思えないさ」
「確かにリアムの言う通りね」
「だけど、これは結構厄介な話になったぞ。これで俺とルルネは確実に容疑者と言うことになって、王都から追われる身となったわけだ。早いとこ何とかしないと完全に牢屋行きだろうな」
「じょっ冗談じゃないわよ! どうして身に覚えのない罪で投獄されないといけないのよ!」
全くもってルルネの言う通りではあるのだが、現状の状況では完全に俺たちが悪者なんだよなぁ~。さて、どうしたものか。
「あなた、何か解決策はないんですか?」
ルナのその問いかけに、俺はしばらくの間思考に入るが、やがて首を横に振った。
「ダメだな。今の所は妙案は浮かばない。どんな薬を作れば良いのかが見当もつかない。【新・万能霊薬】で強化されているってことは生半可な薬を作ったとしても、完全にはその麻薬の効果を消すことは出来ないだろうし」
「難しい問題ですね」
ルナの言う通り、今回の一件はかなりの難題だった。今回、王都の街で出回ってしまった麻薬を上回る効果のある薬を作りださなければいけないと言うことだ。それに、今までやっていた通り【新・万能霊薬】を使った薬では、同等のものでは後遺症が残る可能性が考えられたのだ。そんでもって【世界樹の雫】までも使った麻薬が出回り始めたのだ。なおさら、この問題を難しくしていた。
「リアム、どうにかならないかしら」
「取り合えず、今、やらなきゃいけないことを纏めてみるか」
俺の言葉にここにいた全員が頷いた。
「まずやらなきゃいけないのが、麻薬の効果を打ち消すための薬の開発。これがなかなかの難題なんだが、とにかくやるしかないか。それに麻薬を飲んでしまった人のケアと麻薬を売っている売人の取り押さえ。そして、そこから麻薬を作っている奴の糸を辿る。とまあ、こんな感じだと思うだけど、何か異論がある人はいるか?」
俺の問いかけに全員が首を横に振った。取り合えずの方針は今のであっているようだ。
「それじゃあ、方針はこの方針で。んで、まず最初にやろうとしているのが、麻薬の効果を打ち消す薬を開発することなんだが……」
「完全に詰んでるじゃない」
「詰んでますね」
「詰んでるわね」
「詰んでるな」
「詰んでるよ、お兄ちゃん」
うん、知ってた! だから、全員で憐れむような視線は止めてください!
確かに最初から躓いているんだけど……、何か方法はないか、方法は!
俺は必死に頭を回転させて、その方法を考えていく。そして、ある一つの方法。いや賭けを思いついたのだった。
「みんな、俺のことを信じてくれるか?」
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フードを被った男は慣れたように、スラム街にある路地裏に入って行くと、そこでひっそりと開店している地下にあるバーへと入って行った。
男がバーに入ると、男の目的である人物はすでに来ていて、店の端っこにある席で酒を傾けていた。
「悪い、遅くなった」
「いや、気にしなくて大丈夫だ。俺も俺で楽しくやっていたところだ」
フードの男を待っていた男は、そう答えると見せつけるようにグラスを掲げた。
「なるほど。確かにそれは楽しいだろうな」
フードの男は一つ頷くと、自身も酒を一杯頼んだ。
「それで今回はどんなブツなんだ?」
「ああ、今回も上玉のドラックだよ」
フードの男はそう話すと、アタッシュケースをテーブルに置くと、その中身を目の前の男に見せた。
「ほう。確かに今回もかなりの上玉なブツだな。これならかなりの買い手がつくだろう」
「当たり前だ。ここ最近のドラックの中では、最高品質のドラックだよ」
「なるほどな。しっかし、最初の取引の時から思っていたんだが、こんな上玉のドラックをどうやって仕入れてくるのやら。これほどのブツは、一流の売人にも入手するの困難を極める物なんだがな」
「ああ、簡単な話だよ。これは俺が作ったドラックだからな」
「はぁっ⁉ お前さんが作っただと? お前さんはただのドラックの売人だろ?」
「いいや、俺は錬金術師だよ」
「はは、なるほど。錬金術師がドラックを作っているね。確かにそれは上玉なドラックを入手出来るってわけか」
「そう言うことさ」
フードの男はにやりと笑うと、運ばれてきていた酒を口に運んだ。
「でもまあ、こちらとしては有り難い話だがな。これほどのブツならば、買い手も多い上に値段もそれなりに高く売れる。売人としては願ったり叶ったりのドラックだよ」
「まあ、それを分かってるからこそ、このドラックを作ったんだからな」
「ふ~ん、それより気になるんだが、錬金術師のお前さんがどうしてドラックなんか作ってるんだ? 錬金術師なら、ドラックなんか作らずとも、金を儲ける手段はあっただろうに」
「別に金のためにドラックを作っているわけじゃないさ」
フードの男はバッサリと言い放つと、グラスに残っていた酒を一気に飲み干した。
「それじゃあ、何故?」
売人の男はドラックの代金を支払いながら、そう問い返した。
フードの男はその代金を受け取りながら、短く答えたのだった。
「一言で言うなら、『復讐』だよ」
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「あなたを信じる? それは一体どういう事ですか?」
ルナは常に俺のことを信じてくれているからこそ、俺の言葉の真意が分からなかったのだろう。
「リアム、君は一体、何を考えているんだ?」
グレンの瞳が細められた。グレンは何かを察しているって感じか。
「お兄ちゃん、なんだか嫌な予感がするんだけど」
さすが妹だな。俺のことをよく理解している。
「それで、あんたは何を考えてるの?」
ルルネの瞳が言い逃れは許さないと、雄弁に語っていた。
「簡単な話だよ。俺が麻薬を飲むって話さ」
俺の言葉に、その場にいた全員の息を呑む音が重なった。そして、少しの静寂の後、ルルネの怒声がこの部屋に響いた。
「あんたバカじゃないの⁉ 自分が言っていることが分かってるの⁉」
「ああ、分かってるさ」
「分かってない⁉ あんたはこう言っているのよ! 自分から犯罪者になるって! あんたはそう言ってるのよ! 本当にその意味が分かってるの⁉」
麻薬を摂取することは、この国では禁止されていた。なので、摂取した者は問答無用で犯罪者となり、投獄されることになるのだ。
「リアム、あなたの考えを教えてくれますか」
セシルが怒り狂うルルネをなだめながら、説明を促してきた。
「今回の麻薬は、人間を強制的に『ゾーン』の状態に持って行くものだ。そして、その後に麻薬特有の症状が出るというもの。そして、その麻薬で得られる『ゾーン』状態の時間は一時間。つまり、この一時間で薬を完成させることが出来れば、俺の勝ちで、もし完成できなければ俺の負けです。今回は、俺は俺の壁を越えなければいけません。ですが、今のままでは無駄に時間を消費するだけです。なので、無理矢理でも『ゾーン』状態に入って、その壁を飛び越えようと思ったんです」
「なるほど、確かにそれは一理ある意見ですね」
「セシル!」
セシルの言葉にルルネは本気で驚いている。
「それとグレン。一つ頼みがある」
「何だい? リアム」
「万が一が起きたとき、ルナとお腹の子を頼む。それと俺を殺してくれ」
俺のその提案に、再びこの場に沈黙が降りてしまうが、やがてグレンが「分かった」と答えたのだった。
「グレンさん!」
ルルネはそのグレンの返事に本気で驚いた表情を浮かべている。
「悪いなグレン。嫌な役を頼んで」
「リアム、君は失敗する気はないんだろ?」
「当然だ。ルナとお腹の子を残して死ねるかって」
「なら、大丈夫だね」
俺たちは笑い合うと拳を打ち合わせた。
「セシル、構わないか?」
俺の問いかけに、少し考える素振りを見せたセシルはやがて頷いた。
「はぁ~、今回だけ王女の特権であなたに薬の摂取を許可します。ただし、今回限りですからね」
「ああ、恩に着るよ」
俺はセシルに礼を言うと、ニアに視線を向けた。
「ニア、俺に何かあったら父さんと母さんによろしくな」
「バカ、絶対に成功させてよお兄ちゃん!」
「ああ、もちろん」
そして、最後にルナに視線を向けた。
「ルナ、信じて待っててくれるか?」
「ええ、もちろんです。妻は夫を信じるものですよ」
「はは、そうだったな。うん、ルナがいれば大丈夫な気がするよ」
「そこは絶対に大丈夫だって言ってくれないんですか?」
そう言ったルナは悲しそうな、寂しそうなそんなそんな表情を浮かべている。そんなルナの表情を見て、俺は慌てて言葉を紡いだ。
「絶対に大丈夫だよ。だって、俺にはルナがいるんだからさ!」
俺の言葉にルナはとっびきりの笑顔を見せたのだ。
「ふふ、冗談です。だけど、頑張ってくださいね、あなた。わたしが絶対にあなたを一人にしませんから。それにお腹の子も」
ルナはそこまで言うと、俺にキスをしたのだった。
「おまじないですよ、あなた」
「ああ、ありがとう、ルナ」
俺はルナに笑いかけた。そして、その麻薬を飲んだのだった。
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