第62話「変わった日常と変わらない日常」
第62話「変わった日常と変わらない日常」
ルルネがこの南区画【スーザック】に帰ってきて一年と言う月日が流れようとしていた。
この一年で様々な変化が訪れていた。
まずは俺のアトリエ【クレアスィオン】が大きく改装された事だろう。
何が変わったのかと言うと、アトリエ内にある受付スペースを大きく改装し、そこにカフェスペースを作ったことだった。
このカフェスペースを作ったのはルナの発案があったからだった。ここ最近、セシルのお抱え錬金術師となった俺は、普段の自分のアトリエでの仕事から、セシルに依頼された仕事もこなさなければいけないので、なかなか依頼の品が溜まり、依頼人を待たせることが多くなってしまっていたのだ。
そのことに頭を悩ませている時、ルナがカフェスペースを作ったらと意見をくれたのだ。
カフェスペースを作り、そこでお茶と軽食を提供すれば、依頼人たちが退屈せずに待てるのではないかと考えたのだ。それにルナが作る料理、淹れるお茶はどれも絶品なので人気が出ることも間違いないだろう。
俺もそのルナの提案を快く受け入れて、急ピッチで改装を進めていきアトリエ内にちょっとしたカフェスペースが出来たのだ。
そして、そのカフェスペースは瞬く間に人気カフェとなった。そもそもルナは商店通りでも人気者だったので、ルナがカフェを始めたと知るや否や、商店街通りの人々が長蛇の列を作ったのだ。そして、材料なども商店街通りが総出で協力しているので、材料の面で困ることはない。
今ではアトリエよりもカフェの方がメインともいえるぐらいに、ルナが始めたカフェは繁盛していた。
この結果には俺もルナも二人して顔を見合わせて、驚いたものだった。しかし、楽しそうにカフェの仕事をこなしているルナの姿を見て、本当に始めてよかったなっと俺は改めて感じていた。
そして、変化が訪れたのは何もアトリエの事だけではなかった。俺の友人であるグレンとルルネが正式に結婚したのだ。
二人揃って神妙な面持ちでアトリエに来たときは何事かと思っていたのだが、グレンから『僕たち結婚することになったんだ』と聞いた時は、やっと収まるところに収まったなっと感じたものだった。
この二人はくっつく以前にもひと悶着あった二人なので、本当に収まるところに収まってくれて良かったものだ。
その報告を聞いたルナは、自分の事のように嬉しがり、ルルネと抱き合って二人して涙を流していたことを今でも覚えている。そんな二人を俺とグレンは微笑ましい気持ちで眺めていた。
『グレン、取り合えず結婚おめでとう。それと改めて言うのもあれだけど、俺はグレンならルルネのこと幸せるにできると確信してるよ』
『そこまで自信満々に言われると困るけど、リアムありがとう。ああ、絶対にルルネのことを幸せにしてみせるさ』
そう笑うグレンの姿は、以前ルルネをフッた理由を聞いた時は、悲しそうに笑って全てを諦めた表情を浮かべていたグレンだったが、目の前で笑うグレンの姿は、本当に幸せそうな表情を浮かべていた。
俺はそんなグレンの姿を見て、もう一度『おめでとう』と伝えるのだった。
そんな俺のお礼にグレンは『ありがとう』と言葉を返したのだった。
そして、俺たちの間で起きた変化はそれだけじゃなかった。
ルナが妊娠したのだ。いずれ子どもが出来ればいいと、ルナとは前から機会がある度に話していたが、ついにルナのお腹の中に新たな生命が宿ったのだ。
そのことを知った俺とルナは、二人して手放しで喜んだ。俺も子どもが出来たことは嬉しかったが、特にルナの喜びようはすごかった。ずっと子どもが欲しいですって言っていたので、その喜びは俺の嬉しさの何倍もあったのだろう。
妊娠したと分かった後のルナの表情には、母親の顔が出始めていた。
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そんなこんなあって、この一年間で忙しなくもとても賑やかな時が流れていた。
俺は今は王都【キーリン】に向かうための準備をしていた。本当は妊娠中のルナと離れたくはないところなのだが、セシルに王都にいる錬金術師たちに講義を開いて欲しいと頼まれてしまっているため断れなかったのだ。
実は前々から講義を開いて欲しいと頼まれていたのだ。しかし、忙しさのあまりその要請には答えられず、今の今まで後回しにしてしまっていたので、この時期になってしまったのだ。何ともタイミングの悪いことである。
「あなた、荷造りはどうですか?」
「ああ、おおむね順調かな。ルナは体調の方はどうだ?」
「今日はすこぶる大丈夫ですよ」
ルナはそれを証明するかのように、両手で拳を作りふんすとしている。そんなルナの姿を見て、微笑ましい気持ちになりながら俺はルナの頭を撫でていた。
ルナは今月で妊娠三ヶ月目に入ろうとしていた。今はまだお腹がそこまで出ていないので、ルナが妊娠しているようには見えないが、三ヶ月目はつわりがピークになる時期だと言われているのだ。
そんなときに家を空ける夫でダメ夫じゃないか?
俺が若干の自己嫌悪に陥っていると、ルナがすかさずフォローを入れてくれる。
「あなたが気にすることじゃありませんよ。あなたは頑張ってお仕事してくれていますし、それにあなたはわたしのことを考えてくれて、薬だって作ってくれたじゃないですか」
確かにルナの言う通り、俺は少しでもルナが楽になればいいと思い、つわりの痛みが和らぐ薬を開発していた。そのため、ルナがつわりで苦しそうにしているところを見ていないので、おおむねその薬は成功だったと言えるだろう。
だけど、だけどなのだ。薬に頼って本人がいないのってどうなのよと俺は思ってしまうのだ。
俺が何とも言えない表情を浮かべていると、そんな俺の顔を見たルナがふわりと微笑んだ。その微笑みを見て、自然と俺の表情は緩んでしまう。
「それにこのお仕事が終われば、あなたは少しお仕事をセーブするつもりなんですよね? だったら、わたしはあなたのその気持ちだけで十分ですよ。わたしのことを一番に考えてくれてるんだって、嬉しいです」
「バレてたのか?」
確かにルナの言う通り、俺は今回の王城での講義が終わったら少し仕事セーブして、ルナのサポートに徹するつもりでいた。それをまさかルナにバレているとは思わなかったが。
「分かりますよ、あなたのことなら」
そう言ってルナは再びふんわりと笑うのだった。
俺はそんなルナのことを思わず抱き寄せてしまう。
「あなた? いきなりどうしました?」
「えっ、いや、何ていうかさ。ルナはやっぱり可愛いなっと思ってさ」
「ふっふぇ! あっあなたいきなりにゃにを言ってるんですか⁉」
「何って俺の素直な気持ちかな」
俺がそう答えると、ルナは先ほどから赤かった頬をさらに赤く染めあげている。そんなルナの姿も可愛いと俺は思えて仕方がなく。だから、こそ俺の口からは自然と言葉がこぼれていた。
「ルナ、愛してるよ」
「っ⁉」
俺の言葉にルナが小さく息を呑む音が聞こえたが、すぐさまルナも言葉を返してくれる。
「わたしも愛してます」
俺とルナは途端に恥ずかしくなりぎこちなく笑い合うと、お互い惹かれ合うようにして唇を重ね合わせたのだった。
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「よし、それじゃあルナ行ってくるな」
「はい! あなた頑張ってくださいね」
「ああ、ありがとうルナ」
「それとお弁当入れておきましたから、馬車の中で食べてくださいね」
「ああ、ありがとうルナ。助かるよ」
「いえいえ、妻として当然の役目ですよ」
そう言って微笑んでくれるルナのことを、俺は優しく抱きしめた。
「ああ、本当に最高の嫁だよルナは。ルナが俺の嫁になってくれて本当に良かった」
「あなた! わたしもあなたのお嫁さんになれて、本当に嬉しいんです」
「ルナ!」
「あなた!」
俺とルナが完全に二人の世界に入っていると、横からごほんと咳ばらいをする音が聞こえてくる。
俺とルナが慌てて視線を音がした方に視線を向けると、そこには呆れた顔を隠さないルルネが立っていた。
「だから、ナチュラルにいちゃつくのは止めなさいよ」
「いや~、ルナの可愛い姿を見たら理性が吹っ飛んだ」
俺の物言いに、ルルネはさらに呆れた表情を浮かべている。
「あんた、ここ最近完全に節操がないわよね」
「それはさすがにひどくないか?」
俺の言葉にルルネは「ひどくない!」と即答で返してくるので、俺はそれ以上は何も言い返せなかった。
「あなた、そろそろ時間ではありませんか?」
ルナの言葉で時間を確認すると、確かにそろそろ出ないと馬車が出てしまう時間だった。
「ああ、そうだな。それじゃあ行ってくるよ。ルルネ、ルナのことよろしくな」
「ええ任せなさい。一応、無事に行ってきなさいとだけ言ってあげるわ」
「ああ、サンキュー」
俺もそれに軽く答えると、荷物を持ってアトリエの玄関へと向かっていく。
「あなた、一つ忘れ物ですよ」
俺が外に出ようとすると、ルナがそう声をかけてきたので、俺は首を傾げてしまう。
全部用意したはずだけどなぁ~。
俺はそう思い出しながら、必死にルナが言った忘れ物やらを思い出そうとするが、一向にその答えは出てこなかった。
俺がそうやっていると、俺の唇にルナが背伸びして唇を重ねてきた。
「無事に帰れるおまじないです。いってらっしゃいあなた!」
そう言って笑顔で送り出してくれる嫁の姿を見て、俺はルナには敵わないと強く思ってしまう。
「ああ、行ってきますルナ!」
俺はもう一度そう伝えると、今度こそ王都に行くために自分のアトリエを後にした。
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「種は捲かれた。後は芽吹くのを待つだけ」
その男の呟きは闇の中に溶けて消えていった。
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