第8話「死者が蘇る森4」
第8話目になります。よろしくお願いいたします。
第8話「死者が蘇る森4」
あれから一夜明け、俺たち四人は再び俺のアトリエに集まっていた。
「結局、あれは何だったんでしょうか?」
ルナの作った朝食を食べながら、ルルネが誰に問うわけでもなくそう呟いた。
ルルネの言いたいことはものすごく分かる。あの現象を見たら、誰もがルルネと同じ言葉を呟くだろう。
「リアムの意見を聞かせてもらえるかな?」
グレンの言葉に俺は首を横に振った。
「まだ何とも言えないな。賢者の石にしろ、ルルネが言っていた世界樹の雫にしろ、俺たちはそれを使って死者が蘇るところを見たことがないからな。だから、あの現象が賢者の石とも世界樹の雫のせいとも言えないところだ」
「でも、あの現象は何だったのでしょうか? あの時、わたしたちは確かに女性の姿を見ました。ですが、その女性はすぐに霧になって消えてしまいました。仮にもそれらの力で蘇っているとしたら、そんな不完全なものになるのでしょうか?」
ルナの言いたいことは分かる。賢者の石も世界樹の雫も、今や伝説の中にしかない幻の石と薬と言っていい。それに、そんな石や薬があれば誰もが喉から手が出るほど欲しいと思うほどのモノだ。それなのに、それがそんなしょぼい感じでしたなんて誰が納得するだろう? 否、誰も納得しないだろう。
「もしかしたら、不完全な完成形で死者を蘇らせようとしたから、あんな怪現象が起きたのか?」
「つまり、リアムは賢者の石も世界樹の雫も未完成だと言いたいんだね?」
グレンの問いかけに俺は頷く。未完成なモノを使って死者を蘇らせようとすれば、どうしたってあんな形になるのではないかと俺は思ったのだ。
「あくまでも可能性の話だけどな。いかんせん、情報が少なすぎる。それに近衛団で広がっている幻って言うのもあながち間違いじゃない可能性だってあるし」
あの場所、あの時刻で何かしらの条件が重なって、幻を見せてしまったって言うことの方が一番しっくりくるし。
「とにかく、今考えられるのはここまでってことだね」
「ああ、これ以上はどうやって話し合っても何も出てきそうにないな。ルルネも大丈夫か?」
「ええ、あたしもあんたに同意見よ。一番可能性が高いのはやっぱり、幻を見たってことじゃないかしら。賢者の石を創り出すのも、世界樹の雫を創り出すことも絶対に無理よ。だって、あんなモノ超一流の錬金術師や魔法薬師にしか創り出せないでしょ」
確かにルルネの言う通り、賢者の石も世界樹の雫も、おいそれと創り出せるモノではなかった。と言うよりも、この世の誰にも創り出せないと言うのが事実だ。
「とりあえず、今日はここまでにしておこう。僕も色々と調べてみるけど期待はしないでもらえると助かるかな」
そう言ったグレンは、少し困ったように笑った。
「こっちも調べられることは、調べてみるけどグレンと同じだな」
「右に同じく」
俺もルルネも期待はしないでくれと告げておく。
「また何か分かったら、集まって情報交換をしよう」
俺たち四人は頷き合うと、食事を再開することにする。
こんな時でもルナが作ったご飯はとても美味しかった。
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俺はルナのが作ってくれたご飯を食べ終えると、すぐに自分の仕事に取り掛かった。ちょうど今日の依頼数はそこまで多くないので、早めに切り上げて図書館に行こうと思っているのだ。
グレンは昨日と同じように、近衛団の仕事があると言うことで足早にアトリエを出て行き、ルルネも調べ物をしてくると言って飛び出して行った。
俺も早く終わらせて調べないとな。
俺は棒で釜をかき混ぜながらそう考えていると、いつの間にか隣にはルナが立っていた。
「あなた、少しの間外に出ていても良いですか?」
「買い出しか? なら手伝うけど」
俺の申し出に、ルナは首を横に振る。
「わたし一人で大丈夫ですよ。あなたはお仕事に集中していてください」
ルナはにっこりと微笑むと、行ってきますねと言って、手提げバックを持ってアトリエから出て行った。
そんなルナの後ろ姿を見送りながら、あんな良い子が俺の妻で良いのだろうかと今でも思ってしまう。
俺はそんなことを感じながら、ルナが帰ってくるのを待っていた。
それからしばらくして、アトリエの扉が開いた。
ルナが帰って来たのかと思い迎えに行くと、そこには思いもよらぬ人物が立っていた。
綺麗な銀髪を服の上からでも分かるぐらいの大きさの双丘の所まで伸ばし、少し派手目な服装に身を包んだ美人が目の前に立っていた。
「セリアさん」
セリア・ノルゼ。このアトリエの常連客の一人だった。お得意様な彼女ではあるのだが、俺はこの人が苦手だった。何故なら……
「リアムく~ん、会いに来たよ~!」
セリアさんは俺の姿を見るや否や、俺に駆け寄りそのまま抱きしめてくる。
そうなのだ。セリアさんは毎回俺のことを見ると、こうしてハグをしてくるのだ。その際に、セリアさんは俺を抱き込むように抱きしめてくるので、俺の顔はその豊満な胸にダイブすることになってしまうのだ。
バタバタともがいてみるものの、セリアさんはまったく放してくれる気はないらしく、ぎゅーとさらに力を込めてくる。
「う~ん、やっぱりリアムくんは可愛い! 私の夫になってくれれば良いのに!」
「勘弁してください!」
俺は何とか胸の海から脱出すると、そう叫んだ。
セリアさんが来るといつもこうなるので、精神的にかなり疲れるのだ。
「それで、今日は何の依頼なんですか?」
俺はセリアさんから抜けだし、適切な距離を取りながら依頼内容を確認するためにセリアさんに問いかけたのだが、セリアさんは悪戯そうな笑顔を見せてくると、片目を閉じてウィンクしてくる。
「依頼内容は、リアムくんが私の夫になっててことかな」
「どうぞお帰り下さい」
俺がセリアさんの冗談を聞き流すと、そのままアトリエの扉を指さした。そんな俺の態度に、セリアさんは不満そうに頬を膨らませている。
「こんな美女の誘いに乗らないなんて、君は本当に男なのかな?」
「心配しなくても、ちゃんと男ですよ」
「だったら、どうして私の誘いに乗ってくれないのかな? 私のどこが不満なの?」
不満があるかないかと言われたらないだろう。確かにセリアさんは美人で、スタイルも良くて、性格も明るくて接しやすく一緒にいて楽しい。男なら誘われたら一瞬で惚れてしまうぐらいに、綺麗な人だと思う。だけど、俺にはもう心に決めた人がいる。
「不満はありませんよ。けど、俺、もう結婚してるんで」
俺は素直に言うことにする。隠していてもいずれはバレることになるのだから。
「はいっ⁉ いつ結婚したの!」
それを聞いたセリアさんは、身を乗り出すように聞き返してくる。
「えっと、三日前ぐらい?」
疑問形になってしまったのは、この数日間があまりに濃すぎてもっと一緒に過ごしている感覚になってしまっているからだ。
「誰と! 誰となのよ! 私のリアムくんを奪ったのはどこの女狐よ!」
あれ? 何だか銀髪っがうねうねとと動き不気味な感じになっているんですけど。
「いやいや、奪ったって俺たちは別に付き合ってたわけでもないですし」
俺は荒れ狂うセリアさんを見て恐ろしくなってしまい弱々しく呟くのだが、それが逆に火に油を注ぐ形になってしまった。
「ひどい! リアムくん私にあんなことやこんなことをさせておきながら、私のことを捨てて他の女とくっつくなんて人でなしにもほどがあるわ!」
「人聞きの悪い事を言わないでください! あれは錬金術で使う素材とかを手に入れるために協力してもらっただけですから! それにその依頼をしたのはセリアさんですから!」
何だろう、ものすごく頭が痛くなってきた。それと本当にルナがいなくて良かったと思っていたのだが、セリアさんの後ろからどさっと何かが落ちる音が聞こえてきた。
何だと思ってそちらを見てみると、そこにはルナが立っていたのだ。そのルナの両目は大きく見開き、綺麗な翠色の瞳は涙で潤んでいた。
まずいと感じてはいたのだが、それよりも先にセリアさんが動いてしまう。
セリアさんもルナの存在に気が付いたのか、振り返ってルナに話しかけている。
「私はセリア・ノルゼ。あなたはリアムくんのメイドか何かかしら?」
我に返ったルナは、慌ててセリアさんに頭を下げた。
「わたしはルナ・ラザールです。リアムさんの妻です」
ルナは涙目ながらも、きりっとそう言い切った。改めてそう断言されると何だか恥ずかしいな。
それを聞いたセリアさんは、一瞬驚いた表情を見せるがすぐにそれを不敵な笑みへと変えた。
「へぇ~、結婚したとは聞いていましたが、まさかあなたのような人がリアムくんの奥さんだとは。失礼ですけど、あなた年はおいくつなのかしら?」
「十四歳です!」
「じゅ……十四ッ⁉」
まあ、ルナの年齢を最初聞いた時は誰だってそんな反応になるわな。
「何というか、あなたがリアムくんの奥さんだなんて片腹痛いですわね。それに残念ながら、私とリアムくんは幼少期の頃から婚約を約束していましたの。なので、いきなり横から出てきて人の未来の旦那様を奪わないでもらえるかしら」
「ちょっと待て! そんな話初めて聞いたぞ! それに俺とセリアさんが出会ったのは一年前だろ!」
勝手に話を捏造しやがったな!
俺は慌ててルナに取り繕うとしたが、時はすでに遅しの状態でルナは瞳から一筋の涙を零していた。
「あなた、言ってくれればわたしは……わたしは……」
ルナはそれだけ言い残すと、荷物を置いてアトリエを飛び出して行ってしまう。
「ルナッ!」
俺は慌ててルナを追いかけようとするが、俺の前にセリアさんが立ちはだかり邪魔されてしまう。
「どういうつもりですか?」
自分でも驚くぐらいの低い声が出た。セリアさんはそれに一瞬、驚いていたが少し吊り目がちの目をさらに吊り上げて、こちらを睨んでくる。
「あんな子のどこが良いの? 私の方が断然良いじゃない! まっまさか、あなたアレなんじゃ?」
「ふざけるのもいい加減にしてください。俺はルナのことが好きなんです。彼女は俺に錬金術師はこうあるものだと教えてくれました。だからこそ、あんな子がそばにいてくれれば、俺はこれから先も錬金術師として迷わずにやっていけると思っているし、何よりもルナにそばに居てほしいと思っています。これ以上、ルナのことを言うのであれば俺も黙ってはいませんよ」
俺の迫力に押されたのか、セリアさんは最初は黙っていたが、やがて諦めたかのようにため息を吐いた。
「はぁ~、ごめん。私も少しからかい過ぎたわ。あなたの奥さんを探しに行きましょ」
俺は頷くとすぐさまアトリエを飛び出した。
ルナは今もどこかで泣いているのだろうか?
そう考えるだけで心が痛んだ。
俺はルナを見つけ出すために、街の中をひたすらに走って行った。
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