番外編「それはいつか訪れる未来」
番外編「それはいつか訪れる未来」
えっと、これは本当にどういう状況なんだ?
俺は目の前の状況にただただ困惑することしか出来ないでいた。
それはと言うのも、俺が足りない材料の調達に行ってアトリエに戻ってくると、妻であるルナが見慣れない赤ちゃんを抱っこしていたのだ。
その時に俺の中にはものすごい衝撃が駆け巡っていた。
赤ちゃんを抱っこしているルナの姿は、それはもう天使としか言いようがなかった。ルナと出会って二年ほどが経つが、その間にルナは少女から段々と大人の女性へと成長し始めているので、最近では可愛さの中に綺麗さも兼ね備え始めたので、ますますドキドキとさせられることが増えていたのに、今は今まで見たことがなかった母親としての顔を覗かせていた。
慈愛のこもった瞳で赤ちゃんを見るルナの姿は、天使としか形容できなかった。
俺がそんなルナの姿に固まっていると、俺の帰りに気が付いたルナがこちらに振り返った。そして、にっこりと微笑んだのだ。
「おかえりなさい、あなた」
そう言って微笑んだルナの姿に、俺は可愛いと思ってしまうが、今更ながら問題が発生していることに気が付いた。
それはルナが抱っこしている赤ちゃんって誰の子だ? 問題である。
当然のことながら、俺とルナの間には子どもなんていなかった。だから、ルナが抱っこしている赤ちゃんは俺の子ではないことは確かだった。
まっまさか、ルナの隠し子⁉
その考えに至った時、俺は思わず膝から崩れ落ちてしまう。
「あなた⁉」
俺の行動に驚いたルナがすぐさま駆け寄ってきてはくれるが、今はその優しさが痛かった。
最近、また仕事仕事で忙しくて、ろくにルナのこと構ってやれなかったもんな。こんなくそ野郎なんて愛想つかされても仕方がないよな。こんなんじゃ他の男のこと好きになっても仕方がないよな。何その事実、悲しすぎるんだけど⁉
俺がとことん卑屈になっていると、「あなた」とどこか呆れを含んだ声音でルナに呼ばれた。
「あなた、まさかとは思いますけど、また勘違いしていませんか?」
「えっ? 勘違い?」
「はい、勘違いです。この子はわたしの子どもではありませんよ。先ほど商店街通りにある精肉店のマルシャさんが来て、二時間だけ預かって欲しいとお願いされたんです。だから、あなたが心配しているようなことは起きていませんよ。それに、わたしはあなた以外の子どもだったらいりませんから!」
ルナの真っすぐすぎる言葉に、俺は思わず面食らってしまう。
「そうだよな。俺の勘違いだったよな」
「はい、あなたの勘違いですよ」
あはは、そうだよな。ルナと俺ってどっからどう見ても相思相愛で、夫婦仲だって別に悪くないわけだし、そんな間違い起きるわけないよな。
「そっかそっか。俺の勘違いか。なら安心したよ」
俺はルナに笑いかけながら起き上がった。
ふぅ~、マジでルナの隠し子かと思って一瞬焦ったぜ。
冷静に考えればそんなことがない事は考えるまでもないのだが、ルナが赤ちゃんを抱っこしている状況がイレギュラーすぎて、マジでそうなのかと考えちまった。
俺はバカなことを考えたなと自身でも反省して、取り合えず荷物を片すべく作業場の方に向かおうとすると、ちょこんとローブの裾が掴まれていた。
俺が裾を掴んでいるあろう人物、ルナの方に視線を向けると、ルナは明らかにわたし不機嫌ですという雰囲気を醸し出していた。
「えっと、ルナさん。俺なにか地雷を踏みましたかね」
俺は自然と自身の口調が敬語になってしまうことを自覚していた。なんだかんだ言って、ルナには頭が上がらないのである。よくルルネには年下相手に男として情けないと笑われるが、そんなこと知った事ではない。上がらないものは上がらないのである。
対してルナは、俺の言葉が不服だったのかぷくーと可愛らしく頬を膨らませている。
「えっと、ルナさん?」
「あなた、わたし怒っています」
ですよね。態度が怒ってる感じですものね。
「心外です。あなたに浮気を疑われるなんて。わたしはあなたしか愛してないのに」
本当に悲しそうに言うルナの姿に、俺は慌てて弁解もとい言い訳を口にした。
「いっいや違うんだよルナ! 何が違うのかは説明できないけどとにかく違うんだ!」
ダメだこりゃあ!
自分でも自覚できる程のダメな言い訳だと思ってしまう。実際誰が聞いたとしても落第点を付けられるぐらいひどい言い訳だった。
俺があわあわどうしようと慌てていると、いきなり目の前に立つルナが吹き出したかと思うと、そのまま笑い出した。
「えっ? るっルナ」
俺はルナの変わりように驚いて呆けた声を上げてしまう。
「ごっごめんなさい、あなた。あなたが慌てる様子が可愛かったので、ついからかってしまいました」
えっ? 俺、ルナにからかわれてたの⁉
「ってことはルナは怒ってないの?」
「怒ってはないですけど、悲しかったのは事実ですよ」
「それは本当にごめんなさい!」
「なので、あなたには誠意を見せてもらいたいです」
「誠意?」
俺が首を傾げていると、ルナは少し顔を赤く染めながら頷くと両目を閉じて唇を少し突き出している。そのルナの行動で、俺はルナが何を求めているのかを悟り、キスをするために屈むと、俺はそんなルナに顔を近づけた。
俺とルナの唇は重なる瞬間、「おぎゃぁぁ!」とルナの腕に抱かれていた赤ちゃんの泣き声が室内に響き渡った。
「あ~、この泣き声はオムツとごはんですね」
ルナは手慣れたように泣き始めてしまった赤ちゃんをあやしている。
「は~い、今用意しますからちょっと待っててくださいね」
テキパキと赤ちゃんのオムツを交換し、ミルクを与えていく。
ルナってやっぱりすごいのな。
俺が改めてルナのスペックの高さに感心していると、ミルクをあげながらルナがこちらを見ていた。
「ん? ルナどうかしたか?」
俺がルナに問いかけると、ルナは先ほどとは比べものにならないぐらい顔を真っ赤に染めながら、口を開いた。
「あなたお願いがあるんです」
「お願い? 俺で出来ることならなんでもやるよ」
「あなたにしか出来ないことです」
ルナはそこで一度言葉を切ると、深呼吸をしてから続きの言葉を口にした。
「今日の夜はいっぱい可愛がってください。じゃないと実家に帰っちゃいます」
まさかのルナの発言に俺は面を食らってしまう。まさか、ルナの口からそんな言葉が飛び出るとは思わなかったのだ。しかし、ルナの瞳を見る限りーー羞恥心からなのか、瞳には涙が溜まっているがーー、これは変な誤魔化しはダメだなと俺は思っていた。
それにルナを最初に不安にさせたのは、俺の不毛な勘違いが原因なのだ。だったら、妻が不安になっているのだ、その妻の不安を取り除くのは夫の役目だろう。
だからこそ、今日はルナと一緒に過ごそう、う~んとルナのことを甘やかそうと俺は思い、ルナに「分かった」と答えたのだった。
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それから赤ちゃんを寝かしつけたルナと俺は、二人でお茶を飲んでいた。
ゆりかごでぐっすりと眠っている赤ちゃんを見ながら、俺はルナが作ってくれたクッキーと淹れてくれたお茶を口にした。
「ふふ、マヤルちゃん。ぐっすり眠ってますね」
赤ちゃんーーマヤルの姿を見て、優しく微笑んでいる。
「しっかし、ルナがこんなに赤ちゃんの面倒見ることに手慣れているとは思わなかったな」
俺が素直な感想を述べると、ルナはくすくすと笑いながら説明してくれる。
「実はですね、あなたが王都に出張している間とか、よく商店街の子どもたちの相手をすることがあるのですよ。それでいつの間にか子どもたちの面倒を見ることに慣れちゃいました。でも、子どもたちの面倒を見るのは好きなので嬉しいことですけどね」
そう話すルナの姿は本当に嬉しそうなものだった。
そうだよな。ルナって本当に子どもが好きだもんな。たまに会いに行くルナの妹であるシャーナのことだって溺愛しているし。
「ごめんな、寂しい想いばかりさせて」
「いっいえ! あなたはお仕事頑張っているんですから寂しなんてことはあり……ますけど、あなたは今のままお仕事頑張ってください」
ルナのその言葉に、俺は頭が上がらない思いだった。
本当に俺にはもったいないぐらいの出来た嫁だよ。
「ありがとな、ルナ」
「はい!」
俺のお礼にルナは嬉しそうに笑うのだった。
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マルシャがマヤルのことを迎えに来て、ルナと離れたくなくてぐずるマヤルを何とかマルシャに渡し、マルシャたちは帰って行ったが、しばらくの間アトリエの中にまで、泣いてぐずるマルシャの声が聞こえてきていた。
「何というか、子どもってすごいな。パワフルと言うか何というかさ」
俺がマルシャの元気の良さと言うか、子どものすごさに何とも言えない気持ちになっていると、くすくすと幸せそうに微笑んでいた。
「確かにそうですね。でも、赤ちゃんとかと一緒にいるととっても元気がもらえますよ」
「それはまあ、確かにそうなのかもな」
俺もさっきマルシャのことをおっかなびっくりな感じで抱っこしたが、確かにルナの言う通り元気がもらえるような気がしたし、子どもの笑顔は癒されるものだと思った。
「子育ては大変だとは思いますけど、それでも子どもの存在は良いものだとわたしは思いました」
「ルナならきっと上手くできるさ。もちろん、その時は俺も全力でサポートするよ」
「あなた!」
「ああ、いずれ俺たちも子どもを作ろう」
俺がそう言うと、ルナは泣きそうになるのを堪えながら、顔を真っ赤に染めながら俺の胸に飛び込んできた。
「あなた、絶対に絶対の約束ですよ」
「ああ、約束だ」
俺とルナは笑い合うと、そのまま唇を重ね合わせるのだった。
そして、この一ヶ月後にルナが妊娠していることが発覚するのだった。
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また次回の投稿をお休みさせて頂きます。そして、十月三十一日に一つお話を投稿できればと考えておりますので、よろしくお願いいたします。




