外伝第4話「シエルの過去」
外伝第4話「シエルの過去」
シエルはルルネの監視を『人工生命体』に任せると、自身は自室に戻っていた。
机に椅子、本棚に簡易ベッド。本当にこの部屋には必要最低限の物しか置かれていなかった。
あともう少しだ。あともう少しで悲願が達成される。
「あなた、もう少し、もう少しだから。だから、どうか私のことを見守っててね」
シエルは飾ってあった夫の写真を愛おしそうに撫でると、うっとりとした微笑をその顔に浮かべていた。その微笑はひどく歪んでいた。
そして、シエルはあの幸せだった日々を思い出すのだった。
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シエル・アーリントは一年前までは、錬金術研究機構の凄腕錬金術師として働いていた。
シエルはそこで生物の命に関する研究チームに所属して、日々研究に励んでいた。
そして、仕事が終われば一人の主婦として、王城で勤めている夫のグリム・アーリントの帰りを待つ、普通の女性だった。
このシエルとグリムはおしどり夫婦としても有名で、誰が見ても幸せで溢れたそんな家庭だった。
だかしかし、そんな平穏な家庭は突然崩れ去ることとなったのだ。
その日もシエルは、錬金術研究機構での仕事を終え、商店通りで夕飯の買い出しを終えたシエルは、そのまま真っすぐ家に帰ると、いつものように夕飯を作り、夫であるグリムの帰りを待っていた。何でもグリムは一週間ほどの遠征の任務に行っていたので、シエルとグリムが会うのは実に一週間ぶりなのだ。なので、夕食にもついつい気合いが入ってしまう。
しかし、待てど暮らせどもグリムが帰ってくることはなかった。
心配になって家を飛び出そうとすると、シエルのもとにグリムの同僚であるラザム・ロースルが家の前で悲痛そうな表情を浮かべて立っていたのだ。
「らっラザムさん……どうかしたんですか?」
シエルはいきなりのラザムの訪問に動揺してしまう。それはラザムが纏う雰囲気も原因の一つではあった。
「シエルさん、落ち着いて聞いてほしいことがあるんだ」
重苦しい空気の中、シエルは何も言えないで押し黙っていた。そして、ラザムはその空気の中で衝撃の事実を口にした。
「実はな、グリムが任務中に命を落としてしまったんだ」
「えっ?」
ラザムの言った言葉が理解できず、シエルは思わず聞き返してしまう。
「だから、グリムが……死んだんだ」
「嘘……ですよね?」
ラザムの言葉があまりにも現実離れしすぎていて、シエルはそう聞き返してしまう。
「嘘じゃない。グリムは魔獣に襲われそうになっている子どもを助けようとして、そのまま命を落としてしまったんだ」
どさっとシエルが崩れ落ちる音が静かすぎる室内に響いた。
「どうして……?」
それはグリムがどうして命を落とさなければいけなかったのか、どうしてグリムが魔獣にやられてしまったのか、どうして魔獣は子どもを襲ったのか、などなど色々な意味が含まれたどうしてだった。
「本当に申し訳なかった。私たちがもっと早く駆け付けていれば助けられたかもしれないのに……」
ラザム曰く、いつものグリムだったら魔獣に遅れを取ることはなかった。しかし、今日相対した魔獣はいつもの魔獣とは毛色が違っていた。
魔獣は普通本能のまま行動し、本能のまま人を襲ったりするのだが、今日相対した魔獣は理性を持っていた。理性を持ち、冷静に状況を判断して近衛団達を攪乱して、近衛団を襲ったのだ。その一連の行動は今までの魔獣には備わっていないものだった。その隙をつかれ、一気にグリムは魔獣に襲われそのまま命を落とすこととなってしまったのだ。
そして、近衛団が調べたところその魔獣は作為的に品種改良された魔獣であることが判明したのだ。
近衛団はすぐさま作為的に魔獣の品種改良を行ったものを探した。そして、一人の魔法薬師の男性を捕まえたのだ。
なんでもその男性は新薬の開発をしていて、その薬の動物実験を魔獣に対して行ったところ、理性を持った魔獣が生まれてしまったらしいのだ。理性を持つ魔獣が生まれたのはまったくの予想外とのことだった。
もちろん、すぐさまその魔獣のことを自身の手で処理するつもりだったのだが、危機を察した魔獣はそこから逃げ出して、そのまま姿をくらませてしまったとのことだった。
そして、子どもが襲われそうになった所に繋がるのである。グリムが通りかかったのはまったくの偶然だったのだ。
全ての事の顛末を話し終えたラザムは、再び泣き崩れるシエルに向かって謝罪の言葉を口にした。
すべては隊長である自分の責任だと。
そんなラザムに、シエルは弱々しく首を横に振り「ありがとうございました」とだけ言葉を告げると、部屋の中へと戻っていった。
部屋の中に戻ると、シエルは力なくベッドに倒れこんだ。
どうして夫が死ななければならなかったのか。
シエルの頭の中には、先ほどからその問いばかりが駆け巡っていた。
どうして夫だったのか。どうしてどうしてどうしてどうしてどうして……
シエルの喉からは、声にならない嗚咽がこぼれていた。
夫が何をしたというのか? 至極まっとうに生きていたのに! 一体、夫が何をしたのよ! 私の夫を返してよ!
シエルの心の中はもうごちゃごちゃだった。
これからもずっと夫と二人で幸せな家庭を築いていけると思っていたのに、突然、その幸せを奪われたのだ。シエルがそう思うのも無理がないことだろう。
どれぐらいそうしていただろう?
悔しさを噛みしめ、涙を流し、気が付いた時には部屋の窓から眩しい太陽の光が差し込んでいた。
グリムのために作った料理は手つかずで乾いてしまっていた。
これからどうすればいいのだろうか? 夫がいない世界なんて生きている価値なんてない。
シエルは虚ろな瞳で自殺しようかと考えてしまうが、そこで本棚にある一つの本が目に入った。
それは古代の失われた技術を纏められた本だった。
シエルはおもむろにその本を取ると、ページをめくっていく。そして、とあるページでその手が止まった。
そこには『人工生命体』のことが記述されたページだった。
「『人工生命体』」
『人工生命体』の知識は、シエルの中にもあった。研究の過程で『人工生命体』の要素を有用出来ないかと考えたためだった。そもそも『人工生命体』を造りだせば良いと考える人はいると思うが、今の時代、『人工生命体』を造りだすことは『賢者の石』を作り出すことと共に禁忌とされていた。
なので、『人工生命体』を造ることは出来なかったのだ。しかし、しかし、
「『人工生命体』を造り出せれば、もしかしたら夫を生き返らせることが出来るかもしれない」
それは擬似的な生命なのかもしれない。だけど、だけど、それが唯一シエルの中に残っている希望だった。
やるしかない。
そこまで考えたシエルの行動は早かった。
シエルは錬金術研究機構を退職して、その後はずっと『人工生命体』造りの研究に取り組んだ。
しかし、出来上がるのは人の形をした化け物ばかりだった。
「どうして? どうして上手く出来ないの! 基礎理論は完成してるのに! どうして⁉」
シエルはイラつきで机を思いっきり叩いてしまう。
「何が、何が足りないの」
完全に手詰まりだった。
ダメよ、こんなところで終われないのに。夫を助けるためにここで止まるわけにはいかないのに⁉
「行き詰っているようだな」
シエルが思案していると、いきなりそんな声が響いた。
驚きで勢いよく振り返ると、そこには一人のフードを被った人が立っていた。
「っ⁉ あなたは誰? どうやって入ったの?」
警戒心丸出しのシエルに、そのフードの人物は丸腰だと言うように両手を上にあげた。
「不法侵入したのは謝ろう。だた君が『人工生命体』を造っていると言う噂を耳にしてね」
「何? 止めにきたの?」
「いやいや、まさか。むしろ、その逆さ。君の活動を応援しに来たのさ」
フードの人物はそう告げると、一つの本を取り出した。
「それは?」
「完全な『人工生命体』を造るためのレシピさ。君がやっているレシピではいくらやっても完全な『人工生命体』を造ることは出来ない」
「それを素直に信じろと?」
シエルの言葉に、フードの人物は「ふふ」と笑みをこぼした。
「信じるも信じないも君の自由さ。このレシピはここに置いておく。やるもやらないも君の自由さ」
フードの人物は言葉通りレシピを置くと、そのままその場を後にした。
「ああ、最後に君の研究が実ることを祈っているよ」
との言葉を残して。
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そのレシピが、今回シエルが事を起こした発端だった。そこには既存のレシピに加え、プラスの材料が書かれていたのだ。それが『子どもの心臓』と『超安定の秘薬』だったのだ。
「ふふ、もう少しで悲願が達成される」
その室内にシエルの呟きはやけに大きく響いたのだった。
そして、約束の三日が過ぎた。
シエルがルルネを監禁した部屋を訪れた。
「それで期限だけど、『超安定の秘薬』は出来たのかしら?」
シエルが顔を出すと、ルルネは突っ伏していた顔を上げると真っすぐにシエルことを見た。
「ええ、一応完成はしているわ」
ルルネは静かにそう言葉を返すと、白色の液体が入ったフラスコをシエルに渡した。
「あなたの腕は本当に一流だったのね。確かに完成されてるわね」
シエルは満足そうに頷くと、そのまま部屋を後にしようとしてしまう。
そんなシエルをルルネは慌てて引き留めた。
「何? 私はこれから忙しいのだけど」
シエルの瞳にはもうお前は用なしだと浮かんでいた。が、ルルネはここで引き下がれないと思い言葉を発した。
「どうして、あなたが『人工生命体』にこだわっているのかは分からないわ。だけど、やっぱりそんな事のために子どもたちの命が奪われることは、到底許されることじゃないわ。あの子たちの未来はまだこれからなのよ。なのに、それを奪おうとしているあなたをあたしは許せない」
決意のこもったルルネの言葉だったが、シエルはそんなルルネの言葉を鼻で笑い飛ばした。
「あなたが許さないからどうなるの? 何も出来ない小娘がずいぶんと生意気を言うじゃないの」
シエルは「話にならないわ」と吐き捨てると、そばに控えていた『人工生命体』に告げた。
「あの小娘を殺しなさい」
『人工生命体』は静かに立ち上がると、ルルネのことを掴み上げた。遠慮なく掴み上げられて、ルルネの骨はギシギシと悲鳴を上げている。
「……ぐっ」
軋む骨の痛みに、ルルネは声にならない悲鳴を上げた。ルルネは抵抗できなかった。何故なら、もし実験が開始されてしまえば、それは子ども一人の命が失われたことを意味する。
それは間接的にではあるが、ルルネも子ども殺してしまったとルルネ自身は考えていた。だから、そんな自分が許せなくて、抵抗する気がなかったのだ。
そんな哀れなルルネの姿を一瞥すると、今度こそ部屋を後にしようとする。
シエルが立ち去るのと、掴み上げる力が強まったのは同時だった。
刻一刻と死の足音が近づいてきていた。
ごめんなさい、グレンさん。あたし、最低な魔法薬師です。
死が近づく瞬間、ルルネは大切な恋人に謝罪の言葉を心の中で呟いていた。自分に泣く権利はないと分かっていても、ルルネの瞳からは自然と涙がこぼれてきてしまう。
たわいもないわ。
シエルはそう感じ、今度こそ歩き出そうとしたがその瞬間、シエルの横を疾風が駆け抜けた。
そして、ルルネの今まさに殺そうとしていた『人工生命体』は細切れに切り刻まれた。
何事とシエルは思い振り返ると、そこには爆発で吹き飛ばしたはずのグレン・アルタが、ルルネのことをお姫様抱っこして立っていた。
「ぐっグレンさん⁉」
「遅くなってすまなかった、ルルネ」
グレンはルルネに優しく微笑むと、すぐさま笑みを消してシエルに向き直った。
「僕のお姫様を傷つけた罪はしっかりと償ってもらうよ」
グレンの瞳には静かな怒りが浮かんでいた。
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