外伝第3話「『人工生命体』」
外伝第3話「『人工生命体』」
ルルネはシエルに牢屋から出されると、別の部屋へと連れて行かれていた。
その部屋は培養器がたくさん置かれ、その中には孤児院を襲撃した異形の化け物たちが入っていた。
ルルネはそれを見て、自身の恋人であるグレンのことを思い出していた。
グレンさん、大丈夫ですよね。
グレンはルルネを逃がすために、迫りくる化け物の群れに一人で相対していた。グレンの実力なら大丈夫だとルルネは信じてはいるのだが、それでも不安を拭うことは出来なかった。
「この培養器に入っているのは一体何なんですか?」
まさか、化け物を造っているの?
「ああ、それは失敗作よ」
シエルは培養器に入っている化け物たちに目もくれずに、すたすたと部屋を歩いて行ってしまう。
「失敗作?」
ルルネはシエルのその言葉の意味が分からず、そう呟いてしまう。
確かに姿だけを見れば失敗なのかもしれないが、ここまで『人工生命体』を形作れれば、失敗とは言い切れないのではないだろうかとルルネは感じてしまうのだが、シエルの瞳はひどく冷めていた。
「とにかくあなたは黙って私についてきなさい」
シエルはそれだけ言うと、先に進んでしまうのでルルネも黙ってついて行くことしか出来なかった。
そうして、ルルネが連れてこられたのは小さな部屋だった。
「ここは?」
「あなたにはここでとある薬を作ってもらうわ」
「薬?」
「ええ、あなた魔法薬師よね」
「そっそうですけど」
「ならちょうどいいわ。『人工生命体』を造るうえでどうしても欠かせない薬があるのよ。その薬は錬金術師である私には作り出せないの。だから、あなたに作ってもらいたいのよ」
シエルは淡々とルルネがすることを告げながら、ルルネに一つのレシピを渡した。
そのレシピには『超安定の秘薬』と書かれていた。
「これって初めて見るレシピですね。それに調整難易度もかなり高い」
こんな薬作ったことないわよ。
ルルネは思わず内心で毒吐いてしまう。
単純の難易度だけを見れば、以前作った『世界樹の雫』に匹敵するほどの難しさがあった。それにこの薬を作る為に使われている素材はどれも一級品で、なおかつ扱いが難しいと言われている素材ばかりだった。
「あなたなら作れるでしょ。あのラール・レーメルが認めた魔法薬師であるあなたなら」
「っ⁉ どうしてそのことを知ってるの?」
「有名な話じゃない。あのまったく弟子を取らなかった天才魔法薬師が唯一、弟子に取った魔法薬師があなただって。そんな天才に認められたあなたなら、そんな薬も簡単に作れるでしょ」
シエルの言葉にルルネは驚いてしまう。まさか、その話を知られているとは思わなかったのだ。
「言っておくけど、あなたに拒否権はないからね」
確かにシエルの言う通り、子どもたちの命がかかっているいる以上、ルルネが薬を作らないという選択肢は最初からなかった。
「一つ聞かせて。どうして子どもたちを攫ったの? 『人工生命体』を造るのが目的なら、子どもたちを攫う必要はないはずです」
ルルネの指摘はもっともだった。
「そもそも『人工生命体』を造るのに、必要なものは人間の精液と血液。後は場合によっては数種類のハーブだったはずよ。どこにも子どもたちを攫う理由なんてないわ」
確かにルルネの言う通りだった。
『人工生命体』を造りだす方法としては、蒸留器に人間の精液を入れ、四十日間密閉し放腐敗させると、透明でヒトの形をしている物質が現れると言われている。そこに人間の血液を毎日与え、馬の胎内と同等の温度で保温し、四十週間保存すると『人工生命体』が生まれると言われいるのだ。どこにも子どもを誘拐する要素はなかった。
今度はシエルが驚く番だった。
「へぇ~、あなた、『人工生命体』の造り方を知っていたのね」
「ええ、こっちには優秀な錬金術師の友人がいるもので」
ルルネの言葉に、今度は笑い声をあげるシエルのその姿に、ルルネは思わず首を傾げてしまう。
「なっ何がおかしいの?」
「いえ、あなたの話すその錬金術師さんは本当に優秀なのかしらと思っただけよ。確かに、あなたの言う通りのやり方で『人工生命体』を造りだそうとしていた錬金術師は数多くいた。しかし、そのやり方では誰もが失敗して、人間とは到底言えないものが生まれてしまった」
「まさか、それがさっきの培養器に入っていた化け物なの?」
「ええ、そうよ。あなたがその錬金術師やらに言われた方法でやるとなると、どうしても異形の人ならざるが生まれてしまうわ。だけど、だけどね!」
いきなり声を張り上げたシエルに驚いてしまうルルネだが、血走った目でこちらを見てくるシエルの姿にさらにぎょっと驚くことになってしまう。
「つい最近、完全に『人工生命体』を造りだす方法が発見されたのよ!」
「完全な『人工生命体』?」
確かにシエルの話すように、培養器に入っている『人工生命体』達は完全とは程遠い状態と言えるだろう。
「あなたは何をしようとしているの?」
ルルネの額には薄っすらと冷や汗が浮かんでいた。それに背中にはとてつもない悪寒が走っている。
とてつもなく嫌な予感がする。この人は一体何をしようとしているの?
「何をって、もちろん完全な『人工生命体』を造りだすのよ! あなたが作る『超安定の秘薬』と『子どもたちの心臓』を使ってね!」
「っ⁉ 『子どもたちの心臓』⁉ あなたが子どもたちを攫った理由って、もしかして心臓を使うためだけに……」
「ええ、もちろんその通りよ。ふふ、これで私は完全な『人工生命体』を造りだすことが出来るのよ!」
狂っている。
ルルネは素直にそう感じずにはいられなかった。シエルがどういった理由で『人工生命体』造りに盲進しているのか、理由はルルネには分からなかった。
ここであたしが『超安定の秘薬』さえ作りさえしなければ、『人工生命体』が完成することはない。だけど、それは結局子どもたちを見殺しにすることになる。
どっちにしたって、ルルネに逃げ道など存在していなかったのだった。
「あなた、『人工生命体』を造りだすために子どもたちを犠牲にするつもりなの?」
「偉大な研究を成功させるための尊い犠牲よ。あの子たちはその礎となるのよ」
「ふざけないで!」
シエルのその言葉に、ルルネは思わず叫び返してしまう。
「あなた、子どもたちの命を何だと思っているの? あの子たちはまだ将来がこれからある子たちなんだよ! それなのにそんなふざけた理由で、あの子たちの命が失われて良いわけないでしょ!」
ルルネはキッとシエルのことを睨むが、シエルはそんなルルネに気にした様子もなく、ひと睨み返すと小さく「小娘が」とこぼすだけだった。
そして、シエルが指をパチンと鳴らした瞬間、ルルネたちがいた部屋に一体のあの化け物が侵入してきたのだ。
そのまま化け物はルルネの元にまで行くと、強烈な右フックをルルネの腹に入れたのだ。
あまりの唐突な痛みと衝撃に、ルルネは地面に崩れ落ちてしまう。そんな崩れ落ちたルルネを冷たい視線でシエルは見降ろしている。
「ご託は良いのよ、小娘。あんたは私に言われた通りにしてればいいのよ。あんたがこうして生きていられるのは、薬を作ってもらわないといけないからだけなの。つまり、あんたが薬を作れない無能な魔法薬師だったならば、もうとっくにあんたの命なんてないわ。あのいけ好かない青年のようにね」
シエルがグレンのことを言っているのだと言うことに、ルルネはすぐさま気が付いた。
「グレンさんは……死んでません」
ルルネは地面に伏したまま、そう弱々しく返すのがやっとだった。しかし、そんなルルネの言葉を、シエルは鼻で嘲笑ったのだ。
「死んだわよ。何せ爆発に巻き込まれたのよ。そう簡単に生きていられるとは思えないわ」
「うそ……よ、そんなの……」
「嘘じゃないわ。きっと死んでるはずよ。ど派手に爆発させたもの。あれで生きていられるとは思えないわ」
シエルは「残念でした」と言葉を締めくくると、『人工生命体』を使いルルネを立ち上がらせると、席に座らせた。
「とにかく、あなたには薬を作る以外の選択肢しかないの。ちなみに期限は三日よ。それ以上、過ぎるようであれば理由はどうあれ子どもたち全員の命はないと思いなさい」
シエルはそれだけ言うと、一人部屋から出ていくのだった。『人工生命体』は見張りの意味を兼ねてなのか、その場に残されていた。
グレンさんが……死んだ。
ルルネの頭には先ほどシエルから告げられた言葉が繰り返されていた。
そんなはずがないとルルネは思っているが、実際には化け物に囲まれ、必死に自分のことを逃がすために退路を切り開いてくれていたグレンの姿を見たのが最後のため、無事にあそこから脱出できたのかルルネは知らないままだった。
グレンさん、死んでないよね? 生きてますよね?
ルルネは意味がないと分かっていながらも、その問いかけを繰り返してしまう。
グレンさん、会いたいです。
ルルネは無意識に胸の前で両手を組んで祈っていた。
そうすることで、荒れていたルルネの心は不思議と落ち着いて行った。不思議なことにルルネにはグレンが死んだとは思えなかったのだ。
「とにかく、あたしはあたしの出来ることをやろう。じゃないと、グレンさんに合わせる顔がないもん」
ルルネは両目に溜まっていた涙を拭きとると、よしっ! と小さく気合いを入れると薬作りに取り掛かるのだった。
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