第7話「死者の蘇る森3」
第7話目になります。よろしくお願いいたします。
第7話「死者の蘇る森3」
結局、あれは何だったのだろうか?
あれから俺たちは、怪現象を目の当たりにして何も言えなくなってしまい、そのまま帰ることにしたのだった。
色々と話さなきゃいけないこともあるだろうが、とりあえずその話も朝まで持ち越されたのだ。
あの女性は一体? そもそもあの女性が死者だったのかさへ分かっていないのに、あれを蘇ったと言ってもいいのだろうか。それにあの光は一体?
駄目だ、考えれば考えるほどよく分からなくなっていく。
俺が考えることを放棄して、寝ようと思った時だった。寝室のドアが控えめにノックされた。そして、その後には「あなた、まだ起きていますか?」と声が続く。
「ああ、起きてるよ」
体を起こしながらそう答えると、遠慮がちにルナが部屋の中に入ってくる。
寝間着姿で枕を持って入って来た彼女は、俺のそばまでやって来て言ったのだ。
「今日は一緒に寝ても良いですか?」
最初はその言葉に驚いたが、俺は「もちろん」と答えると、ベッドの奥までずれて彼女が寝るスペースを空けた。きっと、ルナは今日の出来事で心細くなってしまったのだろうと俺は彼女の行動を解釈していた。
「ありがとうございます」
ルナはぺこりと頭を下げると、俺の空けたスペースに入ってくる。
間近にルナがいることを意識すると、途端に緊張してしまう。衣擦れの音がしてルナがベッドに入って来たのが分かる。
俺はなるべく意識しな様にして、再びベッドに横になった。
「あなた、一つ良いですか?」
ルナに呼ばれたので「どうしたの?」と聞き返して、ルナの翠色の瞳を真っ直ぐに見た。
「あなたも賢者の石を創り出そうと思っているのですか?」
「急にどうしたの?」
「今朝、あなたは錬金術師の最終目標は賢者の石を創り出すことに変わっていったと仰っていました。だから、あなたもそれを創り出そうと考えているのかなって思いまして」
「ああ、そう言うことか」
俺はルナの頭を撫でると「違うよ」と答えた。
「確かに錬金術師の最終目標は、いつしか賢者の石を創り出すことに変わっていった。錬金術師としては、それを創り出せれば最高の名誉が与えられる。だけど、今朝も言ったけど、賢者の石を創り出すことは法で禁止されている」
「それって、ものすごく矛盾した話ですよね」
「はは、そうかもしれないね。だけど、俺にとってはそんなことは関係ないんだ。君になら話しても良いかな。少し話を聞いてもらっても良いかな?」
「はい! あなたのお話ならいくらでもお聞きします!」
そう言って微笑んでくれるルナに、俺は「ありがとう」と告げてから語り始める。
「俺が錬金術師を目指したのは、最初は何となくだったんだ。何となく錬金術って面白そうだなって思って、その学校に行ってそこで学んだ。その後は師匠の元で錬金術の勉強をしてたんだけど、師匠にいきなり追い出されたと思ったら、ここのアトリエを渡されてね。ここで一人でやってみろって言われたんだ。もちろん、最初は戸惑ったし、とにかく生きることに必死だったな。そして、このアトリエを開業してから少し経った頃かな、材料を仕入れるために西区画の【ビャッコン】まで足を運んでいたんだ。俺はそこで一人の子どもに出会ったんだ。その子は流行り病に倒れた親を治してくれる人を探していた」
その話を聞いた瞬間、ルナが小さく「あっ!」と声を漏らした。
ルナのリアクションは気になるところだったが、俺はとりあえず話を進めることにする。
「その流行り病は、一昔前に流行った病だった。幸いなことに俺にその病に効く薬の知識があったから、すぐに薬を作ることが出来て、治療することが出来たんだ。そしたら、俺はその子にものすごく感謝されてさ。その子は笑ってくれたんだ。その時に思ったんだ。俺は誰かを笑顔に出来たり、誰かの役に立てるそんな錬金術師になりたいんだって思ったんだ。賢者の石とか関係ない。俺はそんな錬金術師を目指そうって。誰かに必要とされる錬金術師になりたいんだ」
今まで黙って聞いていたルナは、優しく微笑んでいた。
「あなたらしいですね。やっぱり、あなたは変わりませんね」
変わりませんねって、そうか俺とルナは前に会ったことがあるだっけっか?
「そんなあなただから、わたしはあなたのことを好きになったんです」
ルナのその微笑みを見て、俺の頭の中に何かが引っかかる感じがする。俺はこの微笑みをどこかで見たことがある気がする。
何なんだろうか? この引っ掛かりは? ルナとどこかで会ったことがあるのだとしたならば、ルナの姿を覚えていそうな気がするのに。
俺はう~ん、う~んと唸ってしまう。どこでだ? どこでルナと会ったんだ?
俺は必死に記憶の糸を手繰っていく。俺は何か大事なことを忘れているんじゃないのか?
そこで俺はとある日のことを思い出した。
***********************
そうだ。俺はあの後にまたビャッコンに行ったんだ。
俺はあの親子を助けてからすぐに、ビャッコンに再び訪れていた。あの親子の様子が気になったのだ。
ビャッコンで流行していた流行り病は、一応治まったとはグレンから聞いていたので、とりあえずは一安心かとも思っていた。
俺はスラム街に向かおうとして歩き出すと、ちょうどその方向からフードを被った一人の子どもが歩いてくる所だった。
俺はその子どもの姿に、ひどく既視感を覚えて思わず声をかけたのだ。すると、その子どもはこちらのことを覚えていたらしく、慌ててフードを脱いでこちらにぺこりと頭を下げてきたのだ。
「先日は母を助けて頂き本当にありがとうございました。なのに、ちゃんとお礼もしないで申し訳ありませんでした」
その子――その少女の言葉に俺は慌てて首を横に振る。
「いやいや、前にもお礼はいっぱい言ってもらったし、何より君のお母さんを助けることが出来たから良かったよ」
俺は改めて、お礼は十分だと言うことを目の前の少女に伝えた。
目の前の少女は翠色の瞳を持ち、少しくすんでしまっているが綺麗な金髪をバッサリと切っていて、活発そうな雰囲気を持っている少女だった。
と言うか女の子だったのか。
俺はここで初めてその子どもの性別が女の子だったと言う事実を知る。
「ですが、母を助けて貰ったのに、何もしないのはこちらとしても気が引けます」
「んなこと言われてもな」
実際、本当にたまたま居合わせたから助けられただけの話だったので、そこまでお礼をされても困る。それにむしろ、お礼を言いたいのはこっちだ。俺に錬金術師をやる意味を与えてくれたのだから。気づかせてくれたのだから。
「だったら、いつかあなたにお礼をさせてください!」
そう強く懇願する少女に、俺はこの場を誤魔化すために頷いたのだった。
俺は手を振ってその少女に別れを告げようとすると、その少女が「ちょっと待ってください」と発した。
「母を助けたアレは一体何だったのですか?」
ああ、そういや言ってなかったっけ。
「アレは錬金術って言うんだよ。そして、俺は錬金術師なんだ……っと、そろそろ行かねぇと、依頼が終わらなくなるな。悪いけどまた今度な」
俺はそれだけ告げると、足早に立ち去った。あれ以上、話を続けてまたお礼のくだりに戻られたら大変だと思ったからだった。
錬金術。それはあらゆる物を創り出す万能者と言われているか。
俺は空を見上げながら、足早に街を歩いて行く。
***********************
俺はそこでハッとする。まさか……
「まさか、あの時の少女がルナなのか?」
そうだとしたら納得がいく。俺が出会った中で、こんなに綺麗な金髪や翠色の瞳を持っている少女は、彼女ぐらいしか心当たりがなかった。けど、だとするならばあんまりにも雰囲気が変わり過ぎていないか?
「やっと思い出してくれましたね。そうです。わたしとあなたは、あのビャッコンで出会っていました。わたしの母が病で倒れてしまい、何とか助けるためにあらゆる薬屋さんやお医者さんに行きましたが、わたしがスラム街の出身と知ると、すぐに血相を変えてわたしを追い出しました。それが何回も何回も続き、途方に暮れていたところにあなたがやってきてくれて、何も言わずに母を助けてくださいました。わたしは、そんなあなたのことが、とても素敵だなって思いました。だって、あなたは何も言わずに困っている人を助けてくれる優しい人だから。他の人は見向きもしない人たちなのにも関わらず、あなたは助けてくださいました。そんなあなただから、わたしは好きになったんです。あなたのお嫁さんになって、一生そばで支えたいと思ったんです」
ルナの告白を聞いて俺はそう言うことっだったのかと一人納得する。
「一昨日来た時に、ちゃんとお話出来ずにごめんなさい。わたしがスラム街の出身だと知ったら、あなたはわたしのことが嫌いになるんじゃないかと思って不安だったんです。きっと、あなたはそんな人じゃないってことは分かっていたのですが、どうしても言い出せませんでした。ずるい女なんですわたしは」
自虐的に笑う彼女を、俺は無意識のうちに抱きしめていた。
「そんなことないよ。ルナはかわいい一人の女の子だ。それに昨日も言った通り、ルナが俺のお嫁さんになってくれてすごく嬉しいよ。だからさ、今度君のお母さんに会わせてくれないか。ちゃんと挨拶がしたいんだ」
俺の言葉に心底驚いたのか、ルナは両目を見開いていたが、それは次第に笑顔へと変わっていく。
「はい! 喜んで! きっと母も喜ぶと思います!」
ルナのそんな笑顔を見て、俺も自然と笑顔になってしまう。
「ところで、ルナ。一つ気になっていたことがあるんだけど良いか?」
「はい、何でしょう?」
「俺とルナが初めて会ったことは思い出せたんだけど、あの時の姿と随分と違うからさ。ちょっとびっくりしちゃってさ」
「無理もありませんよ。わたしも随分と変わりましたから。実はあの後、母が再婚してそれなりに暮らせるようになったんです。スラム街で生きていた時は、とにかく生きることで必死でしたから、なるべく動きやすい格好の方が良かったので、髪とかも伸ばしていなかったんです。そうしたら母に、恋する乙女は見た目に少しは気を使いなさいって言ってくれて」
なるほど、それでそんなに印象がガラッと変わったのか。でも、ここまで印象が変わると別人かと思ったぞ。
「そっか。なら、俺は君の人生を救えたんだな。俺はちゃんと錬金術師としてやれたんだな」
「今のわたしがあるのはあなたのおかげなんです。だから、わたしはあなたのお嫁さんになりたいんです」
「いやいや、もうなってるって」
「あっ! そうでした」
俺たちは何だかおかしくなってしまい、二人して吹き出していた。一頻り笑ったところで俺たちはそろそろ寝ようかと話し合った。
「ルナ、これからもよろしくな」
「はい! よろしくお願いします!」
俺たちは自然と手を繋ぎ合っていた。でも、そのおかげですぐに眠気はやって来た。
「おやすみ、ルナ」
「あなた、おやすみなさい」
俺はそうして眠りにつくのだった。
面白いと思って頂けましたら、ブックマークや評価のほどをよろしくお願いいたします。