番外編「ルルネの帰郷」
番外編「ルルネの帰郷」
それはよく晴れた日だった。雲一つなく、まさに晴天と言っても間違いない天気だった。
その日はいつもよりも、依頼も少なく穏やかに時間が流れていた。
俺は作業部屋で作業をしていて、ルナはアトリエの受付スペースの掃除をしている所だった。
そんな日の昼下がりに、俺とルナのアトリエ【クレアスィオン】の扉が勢いよく開かれたのだ。
当然、受付スペースにいたルナは大いに驚いたことだろう。なんせ、その扉が開く音は、作業部屋にいた俺のところまで聞こえたぐらいだし。
しかし、俺は聞こえてきたルナの声でさらに驚くことになった。
「るっルルネさん⁉ 帰って来たんですね!」
はぁ? ルルネ? が帰って来た⁉
俺はその言葉を聞いて、慌てて作業部屋を飛び出し、受付スペースに行った。そうしたら、そこには確かに俺たちの友人で大切な仲間であるルルネ・ニーチェの姿があった。
「るっルルネ⁉ 帰って来たのか!」
夫婦そろって同じようなリアクションを取ってしまう。
「あ……あんたたち、一年半経つのにブレないわね」
一年半ぶりに聞く、ルルネの呆れ声に、俺は「あはは」と曖昧に笑って誤魔化すしかなかった。
俺はアトリエの入り口に臨時休業の札を下げると、ルルネを作業部屋に誘った。
「しかし、帰ってくるなら連絡してくれれば良かったのに」
突然、帰ってくるなんて本当に驚いたぞ。
「そうしたら、面白くないでしょ」
ルルネはそう言うと、悪戯そうに笑っている。
「面白くないって、お前なぁ~」
「ふふ、でもまあいいじゃない。いずれは帰ってくるつもりではあったんだし」
「そりゃあそうかもしれないけどさ」
俺が何とも言えない気持ちになっていると、お盆を持ったルナが作業部屋に入って来た。そこにはお茶を飲むための道具と、ルナが焼いたクッキーが乗せられていた。
俺はルナからそれを受け取ると、そのままいつもの様にテーブルに運んだ。
「でもまあ、ルルネが帰って来てくれて良かったよ。このまま帰って来ないかと思ってたし」
俺はルルネが席に着くのを見て、そう声をかけた。
正直な話、ルルネは一年ぐらいでこの南区画【スーザック】に帰ってくると思っていたのだ。だが、実際にはルルネは一年では帰って来ずに、それから半年過ぎてからこうして帰郷してきたのだ。だから、俺はそう思ってしまっていたのだ。
「でも、本当に久しぶりだな。やっぱ、ずっといた奴が急にいなくなって、急に帰って来たから、ほんと変な感じだよ」
「あら、それは失礼ね。まあ、あたし的にもあんたの小憎たらしい顔を見たくはなかったんだけどね」
「おいおい、一年以上ぶりに会う友人に随分な言い様だな。ちょっと傷付いたぞ」
「あんたにはこれぐらいがちょうどいいでしょ」
どんな理屈だ。
とも俺は思ってしまうが、言ったところでルルネには口で敵いそうにないので、俺はそのまま黙っていることにした。
「でも、ルルネさんが帰って来てくれて本当に嬉しいです! ルルネさん会いたかったです」
俺の隣に座り、にこにこと俺達の話を聞いていたルナは、嬉しそうに言うとルルネに抱き着いた。
「あたしも会いたかったよ」
ルルネはルナを優しく抱き留めると、そのままルナの頭を優しく撫でている。その姿はどこか姉妹のようだった。
「ああ、そうだ。リアムにルナちゃん。あなたたちに一つ聞きたいことがあったのよね」
ひとしきり、ルナとの触れ合いを終わらせると、ルルネが唐突にそう口を開いた。
「聞きたいこと?」
俺はルルネの言葉に首を傾げてしまう。ルルネからこんなに改まって言葉にされると、変に構えてしまう。
「そうそう。率直に聞くけど、この日とか空いてたりする?」
そう言ってルルネが指定していたのは、ちょうど一週間後の曜日だった。
「一週間後だろ? その日なら今から調整すれば、何とか空けられるとは思うけど、その日になんかあるのか?」
「別に特に何かあるってわけじゃないわよ。ただ、この近くに温泉が出来たって聞いたから、みんなで行きたいなって思っただけよ」
「温泉?」
「そう、温泉よ。あっ! ちなみに混浴だから」
ルルネはどんでない爆弾を落としたのであった。
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ちょっと待て、ルルネ! 今混浴って言わなかったか?
ルルネの言葉に、俺は分かりやすく動揺してしまう。
混浴ってあれだよな? 男と女が一緒にお風呂に入るって言うアレ。
俺が場違いなことを考えていると、再び作業部屋の扉が開く音がした。
あれ? 臨時休業の札を扉にかけていたんだけどな。
俺が不思議に思い、扉の方に視線を向けるとそこには俺のもう一人の友人であるグレン・アルタが立っていた。
「グレンさん!」
俺がグレンの名前を呼ぶよりも早く、ルルネが声を上げた。
「ルルネ! 帰って来ていたんだね」
グレンの姿を見たルルネは笑顔でグレンの胸に抱きついた。グレンもグレンでそんなルルネのことを優しく抱き留めている。
「なんだ、ルルネは先にグレンに会いに行ってなかったんだな」
「うん。実はそうなの。グレンさんお勤めで忙しそうだったから、先にあんたたちに会いに来ようと思って。それにグレンさんとはあんたたち以上に久しぶりじゃなかったのよ」
「えっ? そうだったのか?」
「実はそうなんだ。ほら、王女様がいるだろ。王女様に頼まれた依頼の時とか、時々ルルネに同行してもらったことがあったし、プライベートでもなるべく会える時は会っていたんだよ」
「なるほどな」
何だよ、あんなに付き合う前はうだうだ悩んでたのに、付き合ってからは何だかんだ言って上手くやってたんだな。
「それにルルネが今日帰って来ることは、前に手紙をもらっていたから、僕は知っていたんだよ」
「なるほどな。だから、ここ最近のグレンはそわそわした感じだったのか」
確かにここ最近のグレンは、いつものグレンとしては珍しく浮ついたような、どこか落ち着きがないような感じだったのだ。
「まあ、実はそうだったんだ」
俺の言葉にグレンは恥ずかしそうに頷いている。
「ラブラブだな、お前ら」
思わず俺はそう言わずにはいられなかった。
「それをリアム、君が言うのかい? 君だってルナとラブラブじゃないのかい?」
「ああ、確かに言われてみればそうか。悪い人のこと言えなかったわ」
「だろ」
俺はグレンの言葉に同意した。
ルナと結婚して一年以上が経つが、俺とルナはその間一度も喧嘩せずに、良好な関係のまま過ごしている。まあ、一度、俺とルナの間で勘違い騒動はあったが。あれでさらに夫婦としての絆が深まったと思い良しとしておこう。
でも、そうやって今まで過ごせて行けたのはひとえに言って、妻であるルナのおかげだった。
「グレンさん、お茶をどうぞ」
「ああ、ありがとう」
グレンはルナから笑顔でお茶を受け取ると、それを口に運んでいる。
「そう言えば、グレンはどうしたんだ? いきなりやって来て。また依頼か?」
「いや、そんなんじゃないよ。ただ、団員からこの街に近くに温泉が出来たと聞いてね。せっかくだから、リアムを誘って今度の休みに行こうかと思って、その話をしにきたんだよ」
おうす。グレンお前もか。
「えっ! グレンさんも温泉が出来たこと知ってたんですか?」
「ああ、団員から聞いてね。それで今団員の間でその温泉の話題で持ち切りなんだ。だから、僕もどんなものなのかって気になってしまってね」
そのグレンの言葉に、ルルネは食いついた。
「なら、丁度よかったです。今、リアムとルナちゃんの二人と、みんなで温泉に行かないって話をしてたんですよ」
「へぇ~、そうだったのか。なら、本当に丁度良かったよ」
「いやいや、全然丁度良くないから!」
きゃいのきゃいのと盛り上がる二人に、俺は思わずそうツッコミを入れてしまう。
「グレン、知ってるか? その温泉は混浴なんだよ! 混浴! それはつまり、ルナやルルネの体を他の奴に見られるってことなんだぞ!」
そう、混浴とはつまりそう言うことだ。確かに温泉で一緒にルナとゆっくりと出来ることは素晴らしいことだと思う。もちろん健全な意味でだ。しかし、温泉は公共の場である。つまり、そこはみんなが使う場所なので、当然ながら他の人も入ってくる。
そんな所でルナをお風呂になんて入れられるか! と俺は思ってしまうのだ。
「なに、あんた。それでさっき混浴って聞いて動揺してたの?」
ルルネがこちらにジト目を向けてくる。
「そりゃあ、動揺するだろ」
俺が正直に答えれば、ルルネはこれ見よがしなため息を吐いた。
「あんたバカなんじゃないの。そんな所で裸になるわけないでしょうが。男女共通で水着着用で入ることが義務付けられてるわよ」
「えっ? そうなのか」
「当たり前でしょうが。じゃなきゃ、そんな所、男はともかく女が入りたいと思うわけないじゃない」
そう言われてしまえば、そうかもしれないけど。だけど、水着を着ると言えど、肌の面積は否応なしに増えるわけで。
俺がう~~と唸っている間にも話は着々と進んでいく。
「グレンさんはどうですか? 温泉に行きたいと思いますか?」
「僕は行ってみたいかな。それにこの四人でまたこうして過ごせるんだ。ルルネが無事に帰って来てくれたことだし、そう言った会があっても僕はいいと思うよ」
「ですよね。それじゃあ、ルナちゃんはどう? 温泉に行ってみたい?」
「わっ……わたしはリアムさんが行ってもいい言うのであれば、行ってみたいと思っています」
ぐっ……、そんなことを言われれば行く以外の選択肢がないじゃないか!
「だってさ、リアム。さあ、あんたはどうするの?」
そう言ったルルネの顔は、これ以上にないぐらいにニヤニヤ顔だ。
ああ! くそっ!
「分かった、行こうぜ温泉!」
こうして俺たち四人は温泉に行くことが決まったのだ。そして、それと同時に俺は決意するのだった。
どんなことがあっても、ルナを守り切ろうと。
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