第58話「怒れる竜」
第58話「怒れる竜」
岩の中に入った俺とルナはただただ言葉を失くしていた。何故なら岩の中には驚く光景が広がっていたからだった。
見渡す限りの緑、緑、緑。
ここは林の中なのかと錯覚してしまうぐらいに、辺りには樹木が生えていた。
「ここは本当にあの大きな岩の中なのでしょうか?」
ルナの疑問は最もだと俺も思う。まさか、こんな岩の中にこんな光景が広がっているなんて夢にも思わないだろう。
「取りあえず、進んでみよう」
俺の言葉にルナは頷いてくれる。俺もそんなルナに頷き返すと、ルナと手を繋ぎこの林を歩いて行く。
しばらく歩いて行くと、視界が開けている場所に出た。
「うわぁ~」
隣ではルナが感嘆の声を上げている。その気持ちは俺にもよく分かった。何故なら、俺たちの目の前にはとても綺麗な湖が広がっていたのだから。
「ここって岩の中だよな⁉」
「そのはず……ですけど?」
俺もルナも困惑を隠しきれなかった。
だって、誰が想像するだろうか? 岩の中には緑豊かな林があり、そして、その奥には湖がありましたとか。うん、きっと言っても誰も信じないし、鼻で笑われるのがオチだろう。それぐらいに目の前にはあり得ない光景が広がっていたのだ。
本当にここは一体⁉
俺が不思議に思っていると、「あなた、あれ!」と、ルナに腕を引かれたのでそちらに視線を向けた。すると、そこには複数体の仔竜が湖の畔で座っていたが、俺はその仔竜の姿を見て言葉を失ってしまう。隣に立つルナも俺と同様に言葉を失っているようだった。
何故なら、その複数体の仔竜からは黒い霧のようなものが出ていたからだった。
「『ミアズマ』だとッ⁉ そんなバカな! だって、あれは一年前に⁉」
『ミアズマ』とは百年に一度現れる、質の悪い瘴気のことを指して呼んでいた。百年間で蓄積された瘴気が濃縮されて、目に見える形として現れる。それが『ミアズマ』と呼ばれるものだった。しかし、この『ミアズマ』は一年前、魔法薬師であるルルネとアーリが作り出した薬『世界樹の雫』のおかげで、その『ミアズマ』は完全消滅していた。それを俺は目の前で見ていた。だから、ここで『ミアズマ』が発生しているのはおかしいのだ。しかも、あの一件から一年がもう経っていると言うのに、どうして今ここで、その『ミアズマ』が発生してしまったのかが、俺には分からなかった。
俺が混乱の中にいると、突然俺たちの足元が暗くなった。慌てて、空の方に視線を向けると、こっちに急降下してくる大きな影が一つあった。
「ルナッ!」
俺は急いでルナを抱き寄せると、ルナを庇うように地面に伏せた。そして、その瞬間ものすごい風圧が俺たちを襲い、俺たちの目の前に一体の竜が降り立った。
白銀の鱗に巨大な体躯。こちらをぎろりと睨む目は鋭くなっている。警戒していることがよく分かった。
「ニンゲンガ、ナニヨウダ?」
ほっ本当に竜って喋るんだな……
何とも場違いな感想を俺は抱いてしまう。
俺は本物の竜を見るのは初めてだった。だから、竜が喋ると言うのは一種の迷信だと考えていたのだ。だが、こうして竜が喋るところを見て驚きを隠せなかった。そして、その中で、その竜の声の中に確かな怒気の色が含まれていることにも俺は気が付いていた。
俺は立ち上がると、竜と真っ正面から対峙した。ルナは俺の背中に隠しておく。
辺り一帯に緊張感が漂っていた。最初に口を開いたのは俺の方だった。
「あなたと取引をしに来ました」
「トリヒキ?」
俺は頷くと、慎重に言葉を選びながら竜に事情を説明した。
「実はこの子のお母さんが病気に罹ってしまって、その病気を治すにはどうしても仔竜のウロコが必要なんです。そしたら、街の人に全ての仔竜が謎の奇病に罹ってしまったと聞いたので、俺はそれを治しに来ました。そして、治すことが出来たら、仔竜のウロコを譲ってもらえないかと思ったんです」
俺の言葉を竜は最後まで黙って聞いていた。そして、静かに言葉を発した。
「ニンゲンヨ。オヌシノジジョウハリカイシタ。ダガ、オヌシガテイジシタトリヒキニ、ノルコトハデキヌ」
「どっどうしてですか⁉」
「ナゼナラ、コリュウタチガコウナッタノハ、オヌシラ、ニンゲンニ、ゲンインガアルカラダ」
「っ⁉」
俺たち人間にあるだって⁉ 一体、人間は竜に何をしたんだ?
「その原因って奴を聞いてもいいですか?」
俺の言葉に竜は頷いてくれた。
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竜の話を要約するとこういうことだった。
一カ月前、いつもの様に竜の素材をもらうために訪ねてきた集団の中に、仔竜の体調を診ると言う、竜などの珍しい生き物を専門に診る医者がいたのだと言う。そして、その医者が仔竜の体調を診て、とある一本の注射を打ったらしい。
それからというもの、仔竜たちの体調は目に見えって悪くなっていったと言う。今では衰弱してしまい、一刻を争う状況なのだと言う。
目の前にいる竜があらゆる方法で、仔竜たちを救う方法を探したが、一向に助ける方法は見つからなかったと言うのだ。
それが理由で竜は人間を拒絶し、竜と人間の契約は途絶えてしまったと言う訳だった。
「ワカッタナラ、ココカライマスグニタチサレ。オヌシラガ、イマイキテイルノハ、ワレノ、オンジョウダトオモウガイイ」
竜はそれだけ言うと、俺たちから顔をそむけてしまう。
まさか、人間が理由で仔竜たちが危険な状態になっているとは思いもしなかった。だけど、人間が犯した罪は、人間にしか拭えないと俺は思うんだ。それにここまで来て諦められるわけないだろが。だから、だから……
「もう一度、俺たち人間にチャンスをもらえませんか。俺が仔竜たちのことを治せれば、俺たち人間を許してくれませんか」
虫が良すぎるのは分かっている。分かっているけど、ここで引くわけにはいかないんだ。
「都合が良すぎるのは分かっています。分かっているけど、苦しんでいる仔竜たちを見捨てることは出来ない!」
「ワレニ、モウイチド、ニンゲンヲ、シンジロトイウノカ?」
「そういう事になります」
俺は思わず唾を飲んだ。一言でも間違えれば、竜に喰い殺される、そんな空気が辺りには満ちていた。
俺の額から汗が伝っていき、顎から地面に落ちていく。
竜の瞳が細められ、険しかった眼光がさらに鋭くなった。
何を言ったらいい。どうしたら、竜のことを説得できる?
俺が必死に思考を巡らせていると、俺の後ろに隠れていたルナが前に出た。
「るっルナ! 前に出たら危険だ!」
俺が声をかけると、ルナは「大丈夫ですよ」と返してくる。そのルナの表情はどこか決意を秘めた表情をしていた。
ルナ? お前は一体何を考えてるんだ?
俺が疑問に思ってると、ルナが竜に話しかけた。
「竜さん、わたしの話を聞いてくれますか?」
ルナのその問いかけに、竜はルナのことを眺め、少し考える素振りを見せると静かに「ハナセ」と答えたのだ。
ルナはその竜の答えに微笑むと話し始めた。
「竜さん。わたしも一度人が信じられなくなりました。わたしたちは何もしていないのに、誰も助けてくれず病気を患ってしまった母に誰も見向きもしてくれない。そんな人たちが憎くて、憎くて仕方がありませんでした。だけど、そんな中でも一人だけわたしの話を聞いてくれた人がいたんです。それがこのリアムさんでした。リアムさんはわたしの話を聞くと、何も言わずにすぐに母の病気を治してくれたんです。そのおかげで、わたしは人のことをまた信じることが出来るようになりました。今のわたしがあるのはリアムさんのおかげなんです。それにリアムさんなら、絶対に仔竜さんを救ってくれます。だから……だから……リアムさんを……わたしの夫を一度だけ信じてください! お願いします!」
ルナはそこまで言い切ると、竜に向かって頭を下げた。
「ルナ……」
俺は俺でルナの言葉に、何も言えなくなってしまう。それぐらいに、俺はルナの言葉に胸を打たれていた。
ルナに信頼されていることが、ルナにそこまで想ってもらえることがたまらなく嬉しいと俺は思う。だからこそ、俺ももう一度竜に向かって頭を下げた。
「絶対にあなたの仔竜を救ってみせます。だから、俺たち人間にもう一度チャンスを下さい! お願いします!」
「お願いします!」
俺とルナは必死に竜に向かって頭を下げた。
確かに仔竜のウロコは、サラさんの病気を治すためには必要不可欠な素材だった。しかし、それと同じぐらいに目の前で苦しんでいる仔竜たちを放っておけないと言うのも事実だった。
何としても仔竜たちを助けたいと、俺は思っていた。多分、隣で一緒に頭を下げているルナだって、俺と同じ思いなはずだ。だからこそ、俺たちはここで一歩も引くわけにはいかなかったのだ。
俺たちが頭を下げてしばらくだった後、竜は長い吐息を漏らした。
「ナルホドナ。オヌシタチノイシハ、タシカニワカッタ」
「そっそれじゃあ!」
竜の言葉に、俺とルナは勢いよく顔あげた。
「イチドダケ、チャンスヲヤロウ。タダシ、ヘンナコトヲスルヨウナラバ、ソノジテンデ、オヌシラノイノチハナイトオモウガヨイ」
「はっはい!」
俺とルナは顔を見合わせて笑うと、最後にもう一度だけ頭を下げた。
「「ありがとうございます!」」
二人でお礼を言うと、早速仔竜たちを治すための準備を始めていく。
ルナと共に切り開いたこのチャンス、絶対に無駄には出来ない。
俺はそう心で思いながら、仔竜を救うために新・万能霊薬を取り出した。
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