第54話「一通の手紙」
第54話「一通の手紙」
『ミアズマ』の一件から一年という時が経とうとしていた。
本当にこの一年間で色々なことがあったと感じてしまう。
ルナが俺の所に嫁にやって来たり、除霊薬だと思っていたら万能霊薬だったり、王女様から叙勲されたり、ルルネが魔法薬師の試験に合格して、正式に魔法薬師になったり、みんなで協力して『ミアズマ』に憑りつかれたグレンを救いだしたり。
本当に濃い一年だったな。今まで生きてきた中で一番濃かった一年だったかもしれない。
もちろん、俺のアトリエである【クレアスィオン】は今でも絶賛営業中である。一年前に比べ、客はうなぎ登りに増えていた。
そのおかげで今でも忙しい毎日を過ごさせてもらっていた。
「あなた、十二時に予約しているタールさんの依頼品って出来上がってますか?」
「ああ。大丈夫だ。確かそっちの棚に置いておいたはずだ」
俺が取りに行こうと動こうとするが、ルナに止められてしまう。
「わたしが取りますから大丈夫ですよ。あなたは作業を続けてください」
「ああ、ありがとう。頼む」
こう言った具合に今では接客や他の雑務をルナに頼りっぱなしな状態だった。しかし、そのおかげで以前に増して作業効率はぐんと上がっていた。その為、一日に消化できる依頼数も増えたため、何とか処理していけている状態だった。
本当にルナには頭が上がらない思いだった。
しかもそれだけではなく、ルナの接客は評判がよく、中にはここにルナ目当てで来る客が出来始めているぐらいだった。
それぐらいに俺はルナに助けられているということだった。
夫婦仲もこの一年間で悪くなるところが、さらに良くなっている気がするので何とか上手くやっていけてるのではないだろうかと俺は勝手に思っている。
ちなみにグレンとルルネもあれから上手くやっているようだ。
ルルネは未だにこの南区画【スーザック】には戻って来てはいないが、ルナとグレンに宛てられた手紙によると元気にやっているらしいし、遠距離恋愛でもグレンとルルネは良好な関係を保っているようだ。
何故か俺だけ手紙が来ないのだが、そこは気にしたら負けだろうから気にしないことにしている。
手紙によると今は王都【キーリン】で、天才魔法薬師と呼ばれているラール・レーメルの元で頑張っているのだと言う。
俺も負けてられないよな。
そのことをルナから楽しそうに聞いて、そう感じたのだ。ルルネも自身の目標を持って頑張っている。だったら、友人としても応援する傍ら自身も頑張らないといけないと。
それにグレンはグレンでこの街で近衛団の隊長を務めながら、時々、王都から出される依頼をこなしているらしく、中々に忙しい日々を送っていた。
みんながみんなそれぞれの道で頑張っているのだ。
「あなた、その作業が終わったら一休みしましょ」
俺がそんなことを考えていると、ルナがそう声がかかった。
「ああ、そうだな」
ルナの提案に俺は頷いたのだった。
***********************
ルナも一年間に比べると、何というかより女性らしくなったよな。
俺はルナが淹れてくれたお茶を飲みながら、しみじみとそんなことを思ってしまう。
ルナがここにやって来たのは十四歳の時だった。今では十五歳になったルナだったが、背も少し伸びて、顔つきも幼い感じから少しずつ女性の顔と言えばいいのか、そう言った色を見せ始めていた。
それにちょっとした仕草でドキッてさせられることが増えた気がするし。
ルナってやっぱ魅力的だよなぁ~。
俺はそんなことを自身で考えて恥ずかしくなってしまい、そんな考えを奥に押し込むように紅茶を飲んだ。
そんな俺の奇行に対してルナは、俺の目の前で今日届いていた郵便物の整理をしてくれていた。
俺への依頼はこうやって郵便来ることも偶にあるので、こうして仕分けしてくれているのだ。
ルナのそんな姿をぼぉーと眺めていると、やがてルナが小さく「あっ」と声を漏らした。
「ん? どうかしたのか?」
「いえ、母から手紙が届いていたので」
「ルナのお母さんからって、手紙来るのって初めてじゃなかったか?」
俺が知る限りでは初めてだった気がするけど……
「いえ、初めてじゃないですよ。実はちょくちょく母とは文通してましたから」
「そうだったんだ」
「だけど、最近では来るのは久々ですね」
そう話すルナの表情はとても嬉しそうだった。
「そう言えば、ルナのお母さん元気でやってるんだな」
「ええ、あなたが救ってくれたおかげで、健康に元気に過ごしてますよ。本当にあの時は母を救って頂きありがとうございました」
改めて深々と頭を下げるルナに、俺はいやいやとなってしまう。
「何度も言うようだけど、俺はお礼を言われることはやってないって。誰かがやらなきゃいけないことが、偶々俺に回って来ただけであって」
「ですけど、偶然と偶然が重なればそれはもう必然だって、前にルルネさんが言ってましたよ」
「そうかもしれないけどさ。だけど、あの出来事があったからこそ、俺とルナの今があるわけだからさ。むしろ、感謝するのはこっちの方だって」
「いえいえ、それはわたしの方ですって」
いやいや、いえいえ。
終わりのない譲り合いとなってしまい、数回のそれを繰り返した後、俺たちは吹き出してしまう。
「もうお互いで感謝するってことでいいんじゃないか」
俺の言葉にルナも微笑みながら「そうですね」と笑っている。
ひとしきり笑った後、俺もルナもささやかなお茶会を楽しんでいく。
俺の隣ではルナが届いていた母の手紙を読んでいた。
しばらくの間、そんなルナの様子を眺めていた。
そんなルナの様子を見ているのも、俺としては幸せな時間だったが、そんな時間も終わりを告げてしまう。告げてしまうのだが……
手紙を読み終えたルナの顔は真っ赤に染まっていた。
なに? どうしたんだ?
俺がそう思っているのも束の間で、ルナが爆弾発言を投下したのだった。
「あなた、子どもが出来ました」
はっ⁉ いやちょっと待て⁉ ルナは今何て言ったんだ? 子どもが出来ましたとか聞き間違いじゃなければ言ってなかったか? はっ⁉ 出来るも何も俺たちはそう言ったことをしたことがないわけで。だから、子どもが出来るはずがなくて!
もう俺の頭がパニくっていた。いやいや、冗談きついって!
「あなた、大丈夫ですか⁉」
「ああ、大丈夫、大丈夫」
どうやら俺はイスが転げ落ちていたらしい。うん、かなり気が動転しているようだ。
……って全然大丈夫じゃない!
「るっルナ!」
俺は起き上がるのと同時に、ルナの肩を掴んで正面を向かせた。正面を向かされたルナはルナで、きょとんとしている。そんな表情も可愛いと思ってしまうが、今はそんなことよりも優先事項がある。
「ごめん、ルナ! 最近、仕事仕事で構ってあげられなかったもんな! 本当にごめん! もしよかったらいいんだけど、これから出かけないか? 実はグレンにおすすめされたお店があったんだよ! 今日はそこでディナーにしよう! それに俺は君が産む子なら、たとえ俺の子どもじゃなくても精一杯可愛がるからな!」
早口そう捲し立ててしまうが、俺の中でも何が言いたいのかが固まらず変な感じになってしまう。
俺としては必死だった。死活問題だった。そんな俺に対してルナは、大きな翠色の瞳をさらにきょとんとさせて困惑気味だった。
そりゃあ、そうだよな。いきなりこんなことを言われてもその反応が妥当だろう。
俺がやっちまったと感じていると、ルナが「あなた」と呼んだ。
「ん?」
「ひょっとして、あなたは勘違いしていませんか?」
「ほへ? 勘違い?」
はて? 今の会話の中に勘違いする要素があっただろうか?
俺がそう疑問に思っていると、ルナは納得した表情で事の顛末を説明したのだった。
「あの~、子どもが出来たのはお母さんの方で、わたしに妹が出来たって話です」
「ふぁ?」
俺の口からは何とも間抜けな声が漏れていた。
「ルナの妹?」
「はい。つい最近赤ちゃんが産まれたみたいなんです。今日来た手紙にそう書かれていたんですよ。だから、あなたが考えているようなことにはなっていませんし、それに子どもなら、あなた以外の人との子どもなんて欲しくないですよ」
そう言ってふにゃりと笑うルナに、俺は一本取られたなと感じてしまう。
「あはは、なんだ。そう言うことか。俺はマジでルナに子どもが出来たのかと思ったよ」
俺は乾いた笑みを浮かべてしまう。だから、ルナが顔を真っ赤にして俯いていることに気が付かなかった。
さてと、ルナが作ってくれたバターケーキも食べたことだし、そろそろ作業に戻るかな。
俺がそう思い、席を立つとちょこんと服の裾をルナに掴まれた。
「ルナ? どうかした?」
俺が優し目に問いかけると、ルナは赤くなったまま顔を上げた。
「あなた、いつかあなたとの子どもが欲しいです」
ルナのその言葉に、こっちまで恥ずかしくなってしまう。
「まあ、いつかな」
俺はそう返すのがやっとだった。
俺の言葉に、これまたルナは嬉しそうに笑うのだった。
***********************
「ああ、そうだ。ルナ」
「どうかしましたか? あなた」
「いやさ、今度ルナの実家に行かないか?」
「えっ?」
俺の突然の提案に、ルナは目をぱちくりとさせている。
「ほら、何だかんだ言ってルナのご両親にあいさつ出来てないし。ずっとしなきゃいけないって思ってたんだけど、セシル依頼だったり、アトリエの仕事だったりでなかなかいけなかったからさ。それにルナだって、自分の妹になる赤ちゃん見たいだろしさ」
俺の言葉にルナは嬉しそうに微笑んだ。
「はい! 絶対に母も義父も喜びますよ! わたしも赤ちゃん見たいです! 実はあなたとニアさんの関係を見て兄弟って羨ましいなって思ってたんです」
そうだったんだな。確かにルナは今まで一人っ子だったし、そう言うのってやっぱ憧れるだろうな。
「今の仕事が落ち着いたら、ルナの実家に行こう」
俺たちは約束するように小指を絡めたのだった。
それじゃあ、ルナの為にも仕事を頑張りますか!
今年最後の投稿になります。この一年間本当にありがとうございました! 来年も同じようなペースで投稿できればと思っておりますので、また来年もよろしくお願いいたします。
面白いと思って頂けましたら、ブックマークや評価のほどをよろしくお願いいたします。




