第52話「それぞれの道」
第52話「それぞれの道」
【ゲンブン】での騒動は約一週間で収束を見た。その一週間の間、グレンは自身の体調を万全にすることに努め、俺とルナ、ルルネ。そして、アーリの四人で『ミアズマ』騒動で混乱してしまった街を落ち着かせために、この街の近衛団と一緒に動いていたのだ。そして、それが落ち着いたのが昨日だったのだ。
しかし、やっと落ち着いたと思ってもそれは束の間の休息だった。【ゲンブン】での騒動が落ちついたと思ったら、俺たち五人は謁見の間へと招待されそこにいた。
俺たちの目の前には、いつも通り国王の孫娘であるセシル・グリゼルダの姿があった。
俺とルナは毎月会っているので、段々慣れてきたが、他の三人はガッチガチに固まっている。
まあ、セシルって黙ってれば王女様にしか見えないもんな。
俺とルナは普段のセシルの姿を見ているので、その姿にとてつもない違和感を覚えてしまう。特に俺に至っては笑いを堪えるのが必死で、肩を震わせていると隣に立っていたルルネに横腹を小突かれてしまう。
俺たちが黙っていると、優雅に立っていたセシルが口を開いた。
「皆さん、【ゲンブン】ではお疲れさまでした。皆さんのおかげで『ミアズマ』の一件は最小の被害で抑えることが出来ました。国王に代わり、セシル・グリゼルダから心から感謝の言葉を送りたいと思います。リアムさん、ルナさん、ルルネさん、グレンさん、アーリさん本当にありがとうございました。国民を守って頂き感謝の言葉しかありません」
うん、違和感がすごいな! あのじゃじゃ馬娘はどこにいった⁉
俺がそう思っていると、突然、セシルがふぅ~と息を吐き出した。
「これより叙勲式を執り行いたいと思います。また、この叙勲式が終わったらあなた方三人にはある権利が与えられます。ルルネさんとアーリさんには、魔法薬師研究機構で専属の魔法薬師として活動出来る権利。グレンさんにはこの王城の近衛団の小隊の隊長に押したいと思っています。繰り返しますが、これは強制ではありません。あくまでも自分たちの意思で考え決めてください。また、ルルネさんとアーリさんにつきましては、魔法薬師としての大課題の一つである『世界樹の雫』を作り出すことを達成しました。それにより、王城に一室あなたたちの研究施設を用意することも可能です。しかし、魔法薬師研究機構所長――コーベル・ルネックスも、ぜひあなたたちを我が機構に迎え入れたいと言っていましたよ」
各研究機構のトップに気に入られるということは、とっても名誉あることなのだ。錬金術師であればアレックスさんであったり、ルルネやアーリの魔法薬師であったらコーベル・ルネックスだった。
セシルはそこまで話すと、三人の答えを静かに待っている。そんな中で最初に手を上げたのはルルネだった。
「あの一つ聞きたいことがあるんですけど」
「はい、何でしょうかルルネさん」
「確か、大課題を達成した者は半強制的に、その事についての研究を行わなければならなかったんじゃなかったでしたっけ?」
「ああ、その事ならお気になさらずに、自分の意思でどうしたいかを決めてください。以前、あなた方以外にも大課題を達成した者が一人いましたが、それを無碍にした者がおりますので」
にっこりと誰もが見惚れるであろう微笑みを浮かべるセシルだが、その下には確かな怒りを見た気がする。いや、状況を面白がっているだけか?
何はともあれ、俺の背中からは変な冷や汗が流れるのを感じた。
アーリは何のことが分かっていないようだが、もちろんルルネとグレンに関しては誰のことを指しているのかは伝わるわけで……ほら、二人からなんか変な目で見られてるし。
俺は気まずくなって視線を逸らしたが、意味があるのかは分からなかった。隣にいるルナが優しく微笑みかけてくれているのが、俺の唯一の救いだった。
「他に質問のある方はいますか?」
次に手を上げたのはグレンだった。
「王女様、リアムやルナ、ルルネにアーリが叙勲されるのは分かりますが、私が叙勲されるのはどういった理由からなのでしょうか? 今回の騒動は私にも非があります。責められるいわれはあれ、叙勲された上にそのようなご厚意を受け取るほどのことをした覚えがありませんが」
「いえ、グレンさんはしっかりと役目を全うしましたよ」
グレンの疑問にセシルはぴしゃりとそう言い放った。
「もともと、ルルネさんの報告によると『ミアズマ』は百年間蓄積された瘴気が、生命に寄生。そして、そこから力を蓄えてより驚異的な『瘴気障害』を発生させる。ルルネさん、この解釈で間違っていませんか」
「はい、その通りです」
ルルネの言葉に頷きセシルは言葉を続ける。
「それはつまり、グレンさんの命を食べて成長を続けていたと言うことです。しかもそれが三週間以上も。普通ならそんなにも寄生されたならばあなたが死ぬか、もしくはもっと恐ろしいほどの猛威を振るってあの街を壊滅まで陥れたでしょう。しかし、現実にはそうはならなかった。それはつまり、グレンさんの強い意志が『ミアズマ』の成長を遅らせていたと言うことじゃないしょうか。きっと、グレンさんでなければ今頃【ゲンブン】はなくなっていたのかもしれません。だから、グレンさんは十分叙勲される資格があるんですよ。だから、そんなことは言わないでください」
「そうだったんですか。ありがとうございます」
「いえ、お礼を言うのはこっちなのです。『ミアズマ』を食い止めていただきありがとうございました」
セシルの言葉にグレンは頭を下げた。
次にセシルに質問したのは意外なことにルナだった。
「セシルさん、皆さんが呼ばれたのは分かります。わたしが呼ばれた理由が分からないんですけど……」
遠慮がちにルナがそう聞いている。確かに俺の叙勲式の時は別室で待機してたもんな。
「大丈夫よ。ルナちゃんにも叙勲式を受ける資格があるから」
セシルの言葉にルナは首を傾げている。
「ルナちゃんはその騒動の中で、住人の人たちをずっと励ましてくれていたわ。それってとっても大事なことだもん。それで元気出た住人もたくさんいるはずよ。それにずっとリアムの隣でサポートもしてくれていたんでしょ?」
「それは夫の妻としての務めですから」
「それなら、なおさらリアムと一緒に叙勲しても良いやって思ったの。だから、素直に受け取って欲しいな」
「ありがとうございます」
ルナはドレスの裾を両手で掴むと、セシルに一礼していた。セシルはセシルでそんなルナのことを撫でていた。
いきなりのセシルの変わりように、俺以外の三人は固まっていた。いや、それよりもルナとセシルの仲の良さに驚いたと言った方が正しいか。
ルルネは小声で「ルナちゃん、恐ろしい子」とか呟いているし。
「それで、残るはアーリさんですけど。アーリさんは何か質問はありますか?」
セシルの言葉にアーリは首を横に振っている。
「そう。なら、これから叙勲式を始めるわよ」
セシルのその一言で、叙勲式が始まったのだった。
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「はぁ~、やっと帰れる」
帰りの馬車の中で、俺は思わずそう呟いてしまう。
叙勲式を終えた俺たちは、帰りの馬車に揺られながら俺たちの帰る場所である【スーザック】を目指していた。
結局、セシルの申し出を受けたのはアーリだけだった。ルルネは天才魔法薬師であるラール・レーメルの元で助手をしたいと言うのがルルネの答えだった。以前、魔法薬師の試験の結果を見て、ルルネはラーにスカウトされ、ルルネはそれをずっと保留の形にしていた。それを正規に受けたいということだった。
グレンはグレンで、自分にはまだ早いと言ってセシルの申し出を断っていた。それに【スーザック】に残した部下たちのこともあるのでと言う理由も一因だった。
アーリもセシルの申し出を断ろうとした。『世界樹の雫』はルルネが作ったと言って。しかし、そこはルルネとセシルが否定した。アーリも作ったと言って。そして、アーリは魔法薬師研究機構で勤めることになった。セシルの強い勧誘があったからだ。
そう言った経緯を経て、俺たち四人は馬車に揺られ【スーザック】を目指していた。
ただ、ルルネとグレンはセシルがある条件を出されていた。
それは俺と同じような条件だった。セシルからの伝令があったら力を貸してほしい。ただそれだけの条件。
セシルの言葉に二人は力強く頷いたのだった。
「ああ、そうだ。言うの忘れてたけどさ、グレン、ルルネ」
いきなり名前を呼ばれた二人は、不思議そうに俺のことを見ていた。
「おめでとう」
それは色々な意味を込めたおめでとうだった。二人の関係が無事上手くいったことであったし、王女様に叙勲される成果を上げたことにも対してたし、大課題を達成したことにも対してだったりと、とにかく色々な思いを詰め込んだおめでとうだった。
そして、その思いは伝わり二人は口を揃えて「ありがとう」と言ったのだった。
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一カ月ぶり返って来た我が家は、何とも懐かしい感じが漂っていて、強い郷愁を感じてしまうほどだった。
「やっと、帰って来たんだ」
今思えば、【ゲンブン】では色々とあり過ぎだ。だからこそ、余計にそう感じるんだろうなっと俺は思っていた。
「そうですね。おかえりなさい、あなた」
隣にいたルナは俺の前に来ると、両手を広げ笑顔でそう言ってくれる。そんな愛らしい彼女を俺はぎゅっと抱きしめていた。
「ああ、ただいま。ルナ」
そこからが忙しかった。その日は旅疲れもあったので、そのままアトリエは休みにして次の日からまた営業を再開したのだが、多くの依頼人が殺到してしまったのだ。何やら、この街を離れていた一ヶ月でどうやら多くの依頼が溜まっていたらしい。
お客たちにもやっと帰って来てくれたと言う声を何度も聞いた。
こりゃあ忙しくなるな。
「ルナ、手伝ってくれるか?」
「はい!」
エプロン姿で気合いを入れていたルナが笑顔で答えてくれる。
それに俺は頷くと、溜まってしまった依頼をこなしていくために作業に取り掛かるのだった。
それから一週間後。今日はルルネが東区画【セイリュウン】に旅立つ日だった。何でもラーは今、【セイリュウン】で仕事をしているらしく、直接会うにはそこまで行くしかないのだ。
「それじゃあ、みんな行ってくるね」
【セイリュウン】行きの馬車の前で、俺たち四人は集まりルルネの旅立ちを見送ろうとしていた。
「ルルネさん、頑張ってくださいね。後、体にはぐれぐれも気を付けてください」
ルナが瞳に涙を浮かべながら、ルルネに抱き着きそう伝えている。
「ルナの言う通りだな。ルルネはすぐに無理をするから」
「あんたにだけは言われたくないわね」
俺とルルネは軽口を叩き合っていた。こんな時ぐらい素直に見送れとも思わないでもないが、これが俺とルルネの間のお別れのあいさつって言う奴だ。
「でも、本当に驚いたよ。ルルネがいきなりラールの元に行くって聞いた時は」
グレンの言う通りだ。前は行く気がないって感じだったのに。
「あたし、悔しかったんですよね」
ルルネの言葉を待っていると、ルルネはやがてポツリとそう呟いた。
「アーリにはああ言ったけど、本当は『世界樹の雫』だってあたし一人で完成させたかった。あの状況じゃあれが最善の方法だったけど、やっぱり一人で完成させたかったのよ。でも、あの時はあたしの力不足だった。だからこそ、ラールの元でもっと学んであたし一人でも『世界樹の雫』を作り出せるようなそんな魔法薬師になりたいの! うんうん、なってみせるわ!」
もうそこには、以前のように薬を調整出来ず俯いているルルネの姿はなかった。だったら、ここはルルネの友達として応援するべきだろう。
「出来るさ、ルルネなら」
俺が口を開くよりも先に、グレンがそう言葉を出した。
「そうだな。グレンの言う通りだって思うよ」
「ルルネさんなら大丈夫です!」
俺たち三人の言葉に、ルルネは恥ずかしそうにはにかんでいた。
そうこうしている内に、馬車の発射する時間となってしまっていた。
「ルルネさん、これお弁当です。良かったら食べてください」
「わぁ! ありがとうルナちゃん! ルナちゃんの料理が食べられなくなるのは寂しいな」
「わたしも寂しいです」
ルナとルルネは抱き合っている。でもまあ、寂しいと思うのは俺も同じだった。
「ルルネ、頑張れよ」
俺は色々な感情を込めて、そう一言ルルネに伝えた。
「ええ、頑張るわよ」
ルルネは俺の言葉に力強く頷いた。
最後はグレンのターンだった。
「ルルネ。僕は君の帰りをここで待っているよ。だから、これは僕からの餞別だ」
そう言ってグレンは隠し持っていた指輪を、ルルネの右手薬指にはめた。
「だから、これは約束だ。本当の誓いはルルネが帰って来たらやろう」
「はい……はい……」
ルルネの紅い瞳に涙が溜まったと思えば、それはすぐさま流れ落ちてしまう。
「ルルネ」
「グレンさんッ」
グレンが両腕を広げれば、ルルネはそのままグレンの胸に飛び込んだ。
二人は少しの間抱擁を交わし、そのままキスをしていた。
見かけずによらず、グレンも大胆なことをするものだ。
「それじゃあ行って来ます!」
涙を拭いたルルネが笑顔でそう伝え、馬車に乗り込んでいく。俺たち三人はそれを笑顔で見送った。
「「「いってらっしゃい」」」と。
こうしてルルネを乗せた馬車は、【スーザック】を発った。
ルルネの新たな旅立ちを祝うように空は雲一つない晴天だった。
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これにてグレン編は終了となります。皆さまお疲れさまでした。
そして、次週からはルナ編がスタートします。よろしくお願いいたします。




