第51話「君のことが好きだ」
第51話「君のことが好きだ」
ダメだダメだダメだ!
『ミアズマ』に意識が飲み込まれている中、グレンは必死に抵抗を続けていた。『ミアズマ』から意識を取り戻すためにトライ&エラーを繰り返していた。
リアムと斬り合っている間も、ずっと自分の体を止めたいと考えていたが、『ミアズマ』の力が強すぎで意識を取り戻すことが出来なかった。
グレンの目の前では『ミアズマ』の攻撃を必死に凌いでいるリアムの姿が写っている。違うんだ。僕は親友である君とこうして殺し合いたいわけじゃないんだ!
グレンは必死に抵抗しようとするが、グレンのその意思を嘲笑うかのようにグレンの体はリアムに剣を向けていく。
止めてくれ! 止めてくれよ! これじゃああの時と同じだ! 僕はまた守れないのか? そんなのは嫌だ!
「グレンッ!」
リアムの声が聞こえてくる。
リアム! とグレンは声を出そうとするがそれは音にはならなかった。
その間にもグレンの剣はリアムの体を捉え、リアムの体には無数の切り傷を作っている。
ダメだ! このままだとリアムは本当に!
グレンの中に確かな焦りが生じていた。そして、そんなグレンを追い打ちするかのような出来事が起きたのだ。
それはリアムが治療したはずの村人たちがグレンの周りに集まってきているのだ。
『ミアズマ』に呼応しているのか?
それを示すかのように、村人たちからは瘴気が漏れ出ていた。
リアム逃げてくれ!
グレンはこの日何度となく思ったことを思ってしまう。
リアムも村人の存在には気が付いているのか、顔には驚きの表情を浮かべている。しかし、リアムの対応は早かった。
次から次へと村人に注射器を差していく。それで村人たちは鎮静化されていく。
グレンは剣を握り直すと、今度こそリアムの命を絶つために足を踏み込んだ。
その瞬間、「グレンさん!」とこの場には場違いな声が響いた。
声のした方に視線を向けると、そこには一人の少女が立っていた。
ルルネ、どうして君がここに⁉
グレンはそう思ってしまうが、グレンがそう思う反面、『ミアズマ』が薄気味悪い笑みを浮かべたようなそんな気がしていた。
リアムとルルネが何か言い合っている気がするが、グレンにはそのことを気にしている暇はなかった。激しい頭痛に襲われ残っていた僅かな理性までもが刈り取られる感覚に襲われた。
グレンは地面を蹴ると、真っ直ぐにルルネの方に向かっていく。剣を振り上げその切っ先がルルネの首元に向かっていく。
「~~~~~~~~~ッ!」
グレンは声にならない悲鳴を上げた。
ダメだ! それだけは絶対にダメだ! 君は君だけは絶対に傷つけたくない!
グレンが抵抗する度に、グレンは激しい頭痛に見舞われた。頭がかち割れるように痛い。完全に意識が持っていかれそうだ。
けど、これだけは絶対にやってはならない。あの日と同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。
グレンは何とか残っていた理性を全て右手に集中させた。何とか腕を止めることに成功した。それがグレンの最後だった。それでグレンの意識は完全に途絶えてしまう。しかし、グレンのその行為のおかげで『ミアズマ』の動きが一瞬止まった。その瞬間をルルネは見逃さなかった。
すぐさま『世界樹の雫』の入った注射器を突き立てた。そして、グレンは緑色の膜に包まれたのだ。
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「うがぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
グレンの口から人間のものとは思えないうめき声が漏れている。
何だ? 何が起きているって言うんだ?
俺はそんなグレンの様子を見て、何が何だか分からなくなってしまう。
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
俺とルルネは顔を見合わせている。その間にもグレンはうめき続けている。
やがて、グレンの体から黒い瘴気の塊が抜け出てくる。あれがきっと『ミアズマ』の本体だろう。元々『ミアズマ』は長年に渡って集まってしまった瘴気の塊のことをそう呼んでいた。そして、厄介な話なのが『ミアズマ』には憑りついた者の意識を乗っ取る力があるのだ。その為、グレンは完全に乗っ取られこうしてしまっていたのだ。
そして、その黒い瘴気の塊は宙をしばらく漂うと四散していった。
『ミアズマ』は消滅したのだ。それと同時にぴきんと何かが割れる音が辺りに響いた。それはグレンが持っていた剣が割れる音だった。瘴気の渦を纏っていたグレンは、その瘴気を失くしその場に倒れていた。
「グレンさんッ!」
ルルネが慌ててグレンに駆け寄っている。地面に倒れているグレンは気を失っているだけで命に別状があるわけではなかった。
俺たちは無事に『ミアズマ』からグレンを取り戻したのだった。
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それからはルルネにグレンのことを任せて、俺はその代わりにルルネから出来上がっている分だけど『世界樹の雫』を受け取ると、『ミアズマ』の影響を受けてしまった住人に次から次へと投与していく。
そのうちアーリが『世界樹の雫』のストックを持ってきてくれたので、それを受け取るとアーリにはルルネと合流してもらい、一緒に付いてきたルナと共に俺は事態の収拾に走っていた。
あれだけの派手な騒ぎだったと言うのに、死亡者は零で軽傷者が二十人と言うだけで済んでいたので不幸中の幸いだろう。
それに『ミアズマ』の影響を受けていたのも村人とこの街の住人が六人が感染しているだけだった。
この街に『ミアズマ』が現れたらもっと被害が出ると思っていたので、これだけで済んで良かったと言えるだろう。
とにかく今できることを必死にやるしかない!
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ルルネはグレンをベッドに寝かせると、必死に看病をしていた。意識のないグレンをリアムと共に近くにあった医療施設に運び、ルルネはそのまま看病する流れとなったのだ。
医者がグレンの様子を見て手当てを終えると、後は目を覚ますのを待つだけと告げて、ルルネの所から後にした。
目の前ではグレンが静かに眠っている。
「グレンさん、良かった」
ベッドで眠っているグレンを見て、ようやく安堵の息を吐いた。衛兵からグレンの話を聞いた時は心臓が止まるほど驚いた。
このままだとグレンが『ミアズマ』に完全に食いつくされ死んでしまうことも瞬時に
考え至った。それにそれを救うには『世界樹の雫』を完成させないといけないってことも。それで救えるかと言うのも賭けに近い状態だったのだけれど。
「でも、無事に救えて良かった。良かったよぉ~」
ルルネは今まで我慢していた涙が零れてくるのを自覚していた。しかし、自覚したけど溢れ出てくる涙は止まりそうはなかった。ずっと我慢していた糸が切れて、とめどなく溢れてくる。
「守れた……大好きな人を守れたよ」
うわぁぁぁんと声を上げて泣いてはいけないって分かっているのに、ルルネは抑えられずルルネは子どものように声を上げて泣いた。
怖かった、ものすごく怖かった。グレンさんが消えてなくなってしまうんじゃないかってずっと不安だった。
でも、今確かにここにグレンがいる。いつもと変わらないグレンがルルネの目の前にいる。
「ごめん、ルルネ。泣かせちゃったな」
どれぐらい泣いていたかは分からない。ルルネの泣き声だけが響いていた室内に、もう一つの声が混じったのだ。
「ぐっグレンさん?」
泣いていたルルネが目の前に視線を向けると、そこにはゆっくりと体を起こすグレンの姿がそこにはあった。
「あっああ。そう……だな。ちゃんと僕だな」
「グレンさん!」
ルルネはグレンの姿を見るや否や、グレンの胸に飛び込んだ。
「グレンさんグレンさんグレンさんグレンさんグレンさん!」
グレンはグレンでそんなルルネを優しく抱きしめて、そのまま背中を擦ってあげている。
「ありがとう、ルルネ。僕を助けてくれて。『ミアズマ』に意識を飲み込まれてる時、ルルネの姿を見た瞬間、意識が少し戻った気がしたんだ。それで自分の体を抑え込むことが出来た。ルルネがいなければ、きっとあのまま僕はまた大切な人を殺すところだった。だから、ルルネが僕を救ってくれたんだ」
グレンは泣き止まないルルネをぎゅっと抱きしめて一つの決意を固めた。
「ルルネ、このまま一つ聞いてほしい話があるんだ」
ルルネの濡れた瞳を真っ直ぐ見ながら、グレンは静かに言った。
ルルネは涙でぐちゃぐちゃになった顔のまま頷いた。
そして、グレンは語った。自身の過去を。自分の人生の中で最大の過ちだったあの日のことを。
グレンが話し終わるまで、ルルネは黙って聞いていたが、やがて聞き終わると再び泣き出してしまう。
グレンはそんなルルネをまたぎゅっと抱きしめた。
「すまない、ルルネ。本当はこんな話聞かせるつもりはなかったんだ。だけど、ルルネには僕の全てを知ってほしいと思ったんだ。全てを知ってから聞いてほしい話があるんだ」
グレンは一度深呼吸をしてから、ルルネの瞳を見て口を開いた。
「ルルネ。僕は君のことが好きだ。あの時、ルルネから告白された時、本当は飛び上がるほど嬉しかったんだよ。だけど、僕じゃ君を幸せに出来ない。その時は本気でそう思ってた。今話した通り、僕には過ちがあったから。けど、君の涙を見て君の隣で君のことを笑顔にしたいって強く思ったんだ。こんなどうしようもない僕だけど、手が汚れてしまっている僕だけど、ルルネ、僕と付き合ってほしい」
どこまでもどこまでも真っ直ぐな言葉だった。グレンのその言葉は、ルルネの心にすんなりと入ってくる。
そして……
「はい。こんなあたしで良ければ喜んで」
ルルネは泣きはらした顔で、何とか笑顔を作るとグレンの言葉にそう返したのだ。
「ルルネ、ありがとう」
グレンは礼を告げると、そのままルルネにキスをした。
その後、しばらくの間二人は寄り添っていた。が、やがてポツリとルルネが口を開いた。
「グレンさんの過去は過ちなんかじゃないって、あたしは思うんです」
「ルルネ?」
「あたしはその時の状況をグレンさんから聞いた話しか知りません。だけど、あの時、グレンさんが剣を取ったからその叛乱を鎮められたって思うんです。もし、誰も剣を取らなければ、あのまま虐殺されて、もしかしたらその辺り一帯は今よりもひどいことになっていたかもしれないじゃないですか。だから、グレンさんの過去は過ちなんかじゃないです! 確かに人を自分の意思とは関係なく殺してしまった事実は変わらないと思います。けど、その分、誰かを救っているはずです。だから、そんなに自分を責めないでください」
ルルネは最後に「勝手なことばっか言ってすいません」と言って言葉をしめた。
「いいや、そんなことないさ。それに今のルルネの言葉ですっごく救われたよ。そっか、そう言う考え方もあったんだな」
「そうですよ。だって、グレンさんこんなに優しいんですから」
それって関係あるのかな? ともグレンは思わなくもないが、今はそんなルルネの優しさに素直に甘えたいと強く感じた。
「ルルネ、これからよろしく」
「はい! あたしこそよろしくお願いします!」
そう言って二人はもう一度唇を重ね合った。
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「何だよ、グレンの奴。ちゃんと過去清算出来たじゃんか」
「ふふ、お二人が上手くいって良かったですね」
「まったくだ」
俺とルナは病室の壁で笑い合っていた。
あれから、事態の収拾を終えた俺たちはグレンの様子を見に行こうと、グレンを運び込んだ医療施設に戻って来ていた。
そこでグレンの告白場面に出くわしてしまい、入るにはいれなかったのでこうして壁に寄りかかりタイミングを見計らっていたところだった。
「今日はこのまま二人でいさせてやった方が良いのかもな」
「そうですね。二人ともとっても良い雰囲気ですし。壊してしまうのは申し訳ないですもんね」
「だな。それにからかうことは後からいつでも出来るし」
「もう、意地悪ですよあなた」
「はは、悪い悪い」
俺がルナの言葉を笑い飛ばすと、一緒になってルナも笑ってくれる。
やっぱり、大切な人がいるって言うにはとっても大切なことだと俺は思う。きっとこれからグレンもそのことを実感していくだろう。
「ルナ、帰るか」
「はい」
俺はルナの手を取るとそのまま医療施設を後にした。
やっと、二人の想いが重なった瞬間であります。
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