第50話「『世界樹の雫』」
第50話「『世界樹の雫』」
「やっやったー!」
ルルネは両手を上げて喜ぶと、そのままアーリに抱き着いた。
「やったー! やったよ! アーリあなたのおかげで完成したのよ!」
ルルネはそう言いながら、涙を流し始めていた。それもそうだろう。『ミアズマ』に憑りつかれてしまったグレンを救う方法が、この薬の完成だったのだから。
「とっ当然でしょ! 私が手伝ったんだから完成するに決まってるじゃない!」
対するアーリは強気に言い返してはいるが、やはりアーリの瞳にも涙が浮かんでいた。
「おめでとうございます! ルルネさん、アーリさん」
そう言っているルナまでもが涙声だ。でも、こうなるのも仕方がないだろう。それぐらいに、この薬は重要なモノなのだから。
俺がずっと探してた答えを見つけたのが今日だっていうのに、それをすぐさま完成させるなんて……こんなことなら最初から頼っておくんだったなっと、俺は少し後ろ向きな考えを思ってしまうが、いかんいかんと気を引き締めて感動を供給している三人に声をかけた。
「感動を分け合ってるところ悪いんだけど、ルルネとアーリに頼みがあるんだ」
「何よ? どうしたの? それと泣いてないから!」
いやいや、そんな目を赤く腫らして言われてもなと言うツッコミをどうにか飲み込んで、俺は言葉を続けた。
「『世界樹の雫』をもっと作って欲しいんだ。多分、これだとグレンの分しかないだろ。それに、もし理性を失ったグレンが街に攻め込んで来たら、住人の分も必要となるだろうし。それに、今度は俺が『世界樹の雫』を触媒として使わせてもらう」
「っ⁉ どういうこと?」
「俺とグレンは、瘴気対策として新・万能霊薬の成分を含んだ護符を持っていたんだ。しかし、『ミアズマ』の前ではすぐさまその効果が切れちまう。グレンを助けるには、何が何でもグレンに近付く必要がある。だから、今度は『世界樹の雫』を使ってその護符を作る。その薬が『ミアズマ』特効であるって言うんであれば、上手く護符にすることが出来れば、グレンに近付けるはずだ」
「なるほどね。分かったわ。だったら、今出来た奴を使いなさい。出来る限りに作っていくから」
「ああ、分かった」
俺が出来上がったばかりの『世界樹の雫』を受け取り、調合を始めるための用意をしようとした時だった。外からものすごい爆発音が聞こえてきたのだ。
「なっ何でしょうか?」
ルナの声に窓から外を見れば、街灯りで照らされている闇の中に、瘴気の渦が現れていたのだ。
「ぐっグレン⁉」
どうして? グレンが街の中に⁉ いや、今は考えている暇はないか。
「リアム! あれがグレンさんなの?」
ルルネの問いかけに俺は「ああ」と答えた。とにかく今は護符の完成と『世界樹の雫』の完成を急がないといけない。
「とにかく、今は護符作りにを急ぐ。だから、ルルネとアーリも『世界樹の雫』の製作を急いでくれ。それと、何があってもみんな外に出るなよ!」
俺はそれだけを捲し立てると、すぐさま護符作りに入った。使う素材は以前作った護符の素材を新・万能霊薬から『世界樹の雫』へと変更するだけなので、そう難しい調合ではないのだ。
俺はすぐに調合し護符を完成させる。調合している間にも爆発音はいくつも鳴り響き、住人たちの逃げ惑うを悲鳴が聞こえてくる。
「三人とも一応これを持っといてくれ。これで『ミアズマ』は防げるはずだ」
俺はそれだけ告げると、剣を持って部屋を飛び出そうとするが、ルルネに呼び止められた。
「あんた、何をしよとしてるのよ?」
「薬が完成するまで、俺がグレンを足止めする。今のままだと被害が広がるだけだ。こんな街中で瘴気なんかばらまかれたら、全滅は間違いない!」
「あんたバカじゃないの! そんなことしたら死ぬわよ!」
「死なない! だって、その前にルルネとアーリがきっと薬を完成させてくれるって信じてるからさ」
「ばっバカじゃないの! よく平気でそんなこと言えるわね! 恥ずかしくないの!」
「恥ずかしいと言えば恥ずかしいけど、俺はみんなを信じてるからさ。それとルナをよろしくな」
俺は今度こそ部屋を飛び出そうとするが、今度はルナに腕を掴まれてしまう。ルナはそのまま俺の胸に飛び込んでくる。
「あなた、どうか無事で帰って来てくださいね」
「ああ、約束する。絶対にグレンと共にここに戻ってくるよ」
「約束ですよ」
「ああ、約束だ」
ルナは微笑むと、ちゅっと俺の唇にキスを一つ落とした。
「無事に帰って来られるおまじないです。だから、絶対に帰って来てくださいね」
「ああ」
俺はルナに微笑み、その綺麗で柔らかい金髪を撫でると本当に部屋を飛び出して行った。飛び出る瞬間、アーリの口から「リアムさんってアレなの?」と言う呟きが聞こえた気がするが、全力で聞こえなかったふりをしておいた。
リアムは出て行った後、ルナはじっと扉を見つめ祈りの形に手を組んでいた。
神様、どうかリアムさんを守ってください。
その手の中には、リアムが渡した護符が握られていた。
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俺は全力で街の中を駆けていた。住人の怒声や悲鳴、この街を守護している衛兵の避難させる声などが響き渡っている。逃げ惑う住人たちの間をどうにかすり抜けて、やがて噴水広場と思われる場所に出た。しかし、噴水があった場所は噴水が折られて、そこには瘴気の渦を纏ったグレンの姿があった。
「グレン!」
俺は叫んだが、グレン――『ミアズマ』は、ぎろりとこちらを睨んだだけだった。
ダメだ。完全に理性を失っている。やるしかないよな。
俺は腰に下げていた剣を抜くと構えた。グレンも剣を構えている。
それに何だあの剣は? 禍々しい感じがひしひしと伝わって来る。いつも持っているグレンの白刃の片手直剣とは明らかに違う。
俺は警戒を強めた。
静かに両者は対峙していた。束の間の静寂の後、先に動いたのはグレンだった。
グレンは腰から剣を抜くと、一気に間合いを詰めてきたのだ。
上段からの斬り下ろし!
俺は冷静にそう判断すると、自身の剣でそれを受けた。辺りに金属がぶつかり合う音が響いた。
「グレンッ!」
もう一度、俺はグレンの名を叫ぶが、グレンは何の反応も示さなかった。間近で見るグレンの瞳は完全に理性を失っている瞳をしていた。
グレンは答える代わりなのか、グレンの剣に籠る力がいきなり強くなり、俺はじりじりと押し込まれてしまう。
俺も負けじとその剣を押し戻そうと力を籠めるが、その瞬間、ふわっと剣が空振る感覚を覚えたかと思うと、腹に重い痛みが走りそのまま吹っ飛び近くにあった家の外壁に衝突した。
蹴られたのだと理解するまでには数秒はかかった。
俺は剣を杖代わりにして何とか立ち上がった。
やはり、グレンとの真っ向勝負は分が悪かったなっと今更ながら反省する。元々、グレンは剣術や体術などの武術は天賦の才を持っている。素材を取るためにちょっと魔獣と戦う俺とは、その実力ははっきりとした差があるのだ。
背中がものすごく痛むがそんなことは気にしていられなかった。何故なら、グレンはすでに走り出していて目前まで迫っているのだ。
へばってる場合じゃねぇよな。こんなんじゃグレンを救えない!
俺は気合を入れ直すと、振り下ろされたグレンの剣を再び剣で受け止めた。
さっきの撃ち合いで一つ分かったことがある。『世界樹の雫』は確かに『ミアズマ』に効果があるのだ。普通なら俺はすでに『瘴気障害』に陥っているはずだ。だが、今のところその症状は一切見られなかった。護符が正常に働いてくれている証拠だ。
今度はこっちから動いた。
グレンの剣を受け流すようにずらすと、そのまま左腕でグレンの腹に向けて肘鉄を決めたのだ。グレンが数歩よろめいた。
俺はそのままグレンに向けて連打の打撃を繰り出した。しかし、その途中でグレンに腕を掴まれて、逆に力を利用されて投げられて地面に叩きつけられてしまう。
肺から一気に空気が抜け意識が一瞬くらっとしてしまうが、目の前にギラリと光る切っ先が見え、俺は慌てて横に転がりそれを回避する。
俺は急いで立ち上がると、グレンに向けて斬り込んだ。
そこからは剣の撃ち合いだった。何度かの交錯の末、俺たちは一度距離を取った。
お互いに体中には浅い切り傷が生まれている。何とか致命傷は避けられているも、このままやっていたらいずれは致命的な一撃をもらってしまうだろう。それに、こっちは息が上がっているのに対し、グレンは呼吸が一切乱れていない。
このままだと結果は火を見るよりも明らかだろう。どうにか、どうにかグレンを抑える対策はないのか?
俺が必死に考えていると、さらなる不運が俺を襲った。
それはグレンの周りに助けたはずの村人の住人たちが集まっているのだ。しかも、現れた村人全員が瘴気の渦を纏っていた。
つまり、村人は『瘴気障害』が完治したわけではなかったそう言うことだろう。
天は俺を見放したんだな。
俺はこのままだとじり貧だと感じて、グレンに気休めだが新・万能霊薬を打ち込もうと考えていた。しかし、これではグレンに近付けないし、ましては村人を斬るわけにはいかない。
俺は腹をくくると、腰のポーチからありったけの注射器を取り出した。もちろん、そこには新・万能霊薬が入っている。
気休めにしかならないが、これもルルネ達が作り終わるまでの辛抱だ。
俺は走り出すと、近くにいた村人から次々にとその注射器の中身を打ち込んでいく。これで少しはマシになるはずだ。
俺が睨んだ通り、薬を打ち込んだ村人の周りからは瘴気の渦は消えてなくなっていた。だが、それも時間の問題だろう。何はともあれ『ミアズマ』本体を叩かなくてわ。今でもグレンの周りは瘴気の渦が渦巻いている。
じり貧でも何でもやるしかない!
最後の注射器も使い果たし、俺はグレンに再び斬りかかろうと地面を蹴ろうとするが、そこでここにいるはずのない声が響いた。
「グレンさん!」
ルルネだ。
「ルルネ⁉ どうしてここに来た!」
俺は思わずそう叫んでしまう。
「あたしだってグレンさんが心配だったのよ!」
その気持ちは分かる、分かるのだが……
「今のグレンは正気じゃない! 殺されたいのか⁉」
俺はルルネに叫んだが、もうすでに遅かった。ルルネの姿を確認したグレンは俺の横を通り抜けると、そのままルルネの方に走って行ってしまう。人間にものとは思えない速さだった。
俺も慌ててグレンの後を追うがとても追い付けそうもなかった。
「ルルネ避けろ!」
俺は声を上げるのが精いっぱいだった。グレンの刃はルルネに迫っている。ここからでは到底防ぎきれない。
ルルネッ!
斬れらると思い、俺の頭の中にはそのイメージが強く浮かび上がった。背中にはものすごい悪寒が走った。
俺のイメージが今にでもルルネが斬られることを想定してしまったが、実際にはそうはならなかった。
ルルネの首に当たる寸前で刃が止まっていたのだ。
「ッ⁉」
グレンの口からは驚きの吐息が漏れていた。
「グレンさん」
グレンの剣はプルプルと震えている。それを見るだけで必死にグレンが抑え込んでいることがわかる。
理性が戻ったのか? いやそんなことより今は……
俺は今のうちにグレンとの距離を詰めると、グレンの剣を斬り上げた。その剣はグレンの手から離れて宙を舞っている。
「ルルネ! 今のうちに『世界樹の雫』を!」
「うっうん!」
ルルネは持ってきていたポーチから注射器を取り出すと、それをそのままグレンに突き刺した。
その途端、グレンの体は緑色の膜に包まれた。
「グレンさん! 戻って来て!」
ルルネは懇願するように叫んだのだった。
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このお話を含め残り三話でグレン編は終了となります。もう少しお付き合いのほどをよろしくお願いいたします。




