第47話「『ミアズマ』の本質」
第47話「『ミアズマ』の本質」
俺がこの街【ゲンブン】に来てから、すでに三週間が経過しようとしていた。それは言い換えれば、グレンが『瘴気障害』の状態に陥ってから三週間が経過すると言うことを意味していた。
リアムはその間ずっと【ゲンブン】にある大図書館で、瘴気に関する本を読み漁っていたが、どうしたってグレンを助ける方法は見つからなかった。
どうしてだ? どうして見つからないんだ!
『瘴気障害』は昔からある病気のはずだ。なのにどうしてこうまでして情報が少ないんだ。
どの本にも治療法はあまり乗っておらず、あくまでも淡々と『瘴気障害』のことを説明する文章が書かれているだけだった。
そもそも治療法がないのか? いや……そんなはず……
俺はそこではっと思い出す。元々俺がここに呼ばれた理由は、この【ゲンブン】に起きた『瘴気障害』をどうにかするためにここに行くように王女様に言われていた。
そこで一つ疑問なのだが、どうして俺が呼ばれることになったのかだ。俺よりも凄腕の錬金術師はたくさんいるはずだ。それなのに何故?
俺はそこで一度頭を振った。考えていても堂々巡りになるだけだ。
だけど、粗方ここにある本は読み終わっちまったんだよな。ここからどうするか。他に図書館的なものはないのかな。あれば、そっちに移動して今度はそこで読み漁って情報を探すかな。とにかく今は少しでも情報が欲しい。
こうしている間にも、グレンの症状は悪くなっているだろう。
くそッ! 甘く見ていた! 俺がもう少し『瘴気障害』についての知識があれば、グレンをあんな目に合わせずに済んだかもしれないのに。
駄目だ。少し外の空気を吸ってこよう。
俺がそう考えて、席を立とうとすると後ろから「あなた」と言う声が聞こえた気がした。
えっと、今のってルナの声だよな。【スーザック】にいるはずのルナがどうしてここにいるんだ? やっぱり、追い詰められていて疲れてるのかな、はっはっは。
どんだけ俺はルナが恋しくなっているんだよ。
俺は聞こえた幻聴を笑って振り落とすと、今度こそ外に行こうと歩き出そうとするが、その瞬間、後ろから優しい衝撃が俺を襲った。そして、もう一度声がする。
「あなた、会いたかったです」
うん、完全にルナの声だった。幻聴でも何でもなく完全にルナの声だと言うことに、俺は遅まきながら気が付いた。それに背中にある優しい温もりがその存在を証明していた。
「るっルナ⁉ どうしてここに⁉」
「あんたが心配で、あたしについてきたのよ」
「ルルネもいたのか!」
「ええ、いたわよ。それにあんな手紙を送って来てあたしたちがじっとしていると思うの?」
いいえ、思いません。
「それに聞かせてもらうわよ。ここにグレンさんがいない理由を。それにあんたがへました理由を」
ルルネの紅い瞳が真っ直ぐこちらを射抜いていた。
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俺たちは場所を移し、ルナが作って来てくれたお弁当でお昼ご飯を食べていた。
「説明する前に一つだけ聞かせてくれ。どうして、グレンのことを知ってたんだ?」
「この街に入る時に衛兵さんたちが噂話をしているのが聞こえてきたのよ」
「なるほどな、そう言うことか」
俺は一つ頷くと、これまで起こったことを説明した。
「つまり、『ミアズマ』と言う魔獣が現れて、グレンさんは一人でその魔獣の討伐に向かって、そのまま未知の『瘴気障害』に陥ってしまったと言うことでいいかしら」
俺の言葉をルルネはただ静かに聞いて受け入れていた。
「ああ、その通りだ。…………怒らないのか?」
「怒る? どうして?」
「だって、俺はグレンを……」
「ああ、そう言うことか。確かにグレンさんのことは心配よ。けど、今は心配ばかりしていてもしょうがないじゃない。心配していてもグレンさんが助かるわけじゃないわ」
「確かにそうだけど……でも、このままじゃグレンが……。それに治療法も見つかっていないんだ。この三週間、ずっと『瘴気障害』や『ミアズマ』のことについて調べたけど、どこにも答えが見つからなかったんだ」
俺は最後にルルネに「すまなかった」と告げた。今はこうした言葉しか思いつかなかったのだ。
「あんたが謝ることじゃないわよ。それにまだ助からないと決まったわけじゃない。いや、絶対に助けてみせるわよ」
ルルネの瞳には決意の色で満ちていた。
「それにあんたはそもそも『ミアズマ』を誤解しているわ」
「『ミアズマ』を誤解? どういうことだ?」
「そもそも『ミアズマ』って、魔獣のことを指すわけではないのよ」
「はっ? そんなの初耳だぞ」
「そりゃあ、そうでしょう。これに関しては錬金術師じゃなくて魔法薬師の専門だもの。それでね、説明を続けるわよ」
「ああ」
「『ミアズマ』って言うのは百年に一度現れる、質の悪い瘴気のことを言うのよ。百年間で蓄積された瘴気が濃縮されて、目に見える形として現れるの。そして、その瘴気が普通の瘴気と大きく違うとされるのが、動物に寄生してその力を増大させることよ」
「動物に寄生? それではまるで生きてるみたいじゃないか!」
「ええ、確かにあんたの言う通りで、そう言う解釈でも間違いではないでしょうね。そして、『ミアズマ』は寄生した動物の体細胞を破壊して、自分が過ごせるように作り変えてしまう。さらに言えばそこからその元となった動物の生命力を枯れるまで奪い尽くすの」
「それが『ミアズマ』なのか。けど、その被害にあった村の村長の話では、『ミアズマ』は魔獣で霧のように現れては消えて神出鬼没だって聞いたけど」
「その解釈がそもそもの間違いなのよ」
「それで、治す方法はあるのか?」
「はっきり言えば、明確にあるとは言えないわ。けど、あの薬なら可能性はあると思うわ」
「あの薬?」
「世界樹の雫」
世界樹の雫は、あのアルスの一件で、錬金術師が何でも治す薬・万能霊薬に対して、魔法薬師がそれに対抗するために作ったとされる薬がその世界樹の雫と呼ばれるものだと、以前にルルネから説明を受けていた。
「でも、世界樹の雫は……」
「ええ、あんたの言う通りで作り方は分からないわ。レシピもないしね。それに実在したのかも分からないそんな薬」
「それじゃあ、どうやって」
「だから、探すのよその薬のレシピを」
探すってんな無茶な。
「それに手掛かりもないとは言えないの。お父さんがあたしが魔法薬師になったお祝いにってくれたものがあるの」
そう言ってルルネが取り出したのは、一枚の古ぼけた紙だった。しかし、それは半分破られた跡があり、完全なものではなかった。
「これは?」
「世界樹の雫のレシピよ」
「えっ⁉」
今ないって言ってませんでしたっけ? と言うかどうしてそれをルルネの親父さんが持っていたんだ? 細かいことは気にしたらダメなのか?
俺は思わず首を傾げてしまう。
「でも、不完全なの。見て分かる通り、これは破れてしまって使い物にならないのよ。けど、逆を返せば破れた半分を見つけることが出来れば、世界樹の雫を作り出すことが出来ると思うのよ。でも、これはあたしの推測でしかないんだけど」
「どういうことだ?」
「言うなれば、世界樹の雫のレシピであって欲しいって言う願望かしらね。敗れてるけど、読める所だけ読んでいくと、何回も繰り返し、『生命』『再構築』とかって言う単語が出てくるの。それって、つまりは死者を蘇らせるってことじゃないかなって、あたしは解釈しているの。だから、可能性はあると思う」
ルルネの言葉に、俺は大きく頷いた。
「なるほどな。ルルネの推測が正しかったらグレンを救いだせるかもしれないな。これだったら最初からルルネに相談しておけばよかったよ」
俺が三週間かけて見つからなかった方法を、こうしてあっさりと見つかってしまったのだ。やっぱり、持つべきものは友なんだな。
「ありがとう、ルルネ」
「お礼を言われるのは、グレンさんを助けてからよ」
ルルネはそう言うと微笑んだのだった。
俺とルルネが今後の方針を話し終えると、その終わったタイミングで今まで黙っていたルナが声をかけてくる。
「話がひと段落付いたのでしたら、お昼を食べましょう。お二人ともさっきからお話ばかりでお箸が進んでいませんよ」
「ああ、ごめんルナ。つい……な」
「ついじゃありませんよ。この三週間、あなたろくにご飯も食べていませんよね。何だか三週間前より、あなた痩せた気がします」
そう言いながら、ルナのほっそりとした手が俺の頬に触れた。
「やっぱり、やつれてるじゃないですか。まったく、あなたはわたしがいないとダメですね」
ルナは呆れたように微笑んではいるが、その反面どこか嬉しそうだった。
「ああ、そう……だな。俺はルナがいないとダメダメだよ」
「えへへ、あなたにそう思ってもらえて嬉しいです」
俺はそんなルナのことをぎゅっと抱きしめてしまう。
「だから、あんたたちはナチュナルにいちゃつくなって言ってるのに」
ルルネはため息を吐きながら、ルナが作ってくれたお弁当に入っているおかずを一つ箸で摘まむと口に運んだ。
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希望は見えた。しかし、その半分の紙を見つけるのは容易なことではなかった。
まず手掛かりが少なすぎて、どこにその半分の紙があるのかも分からない状態だった。
「まずは骨董品屋でも漁ってみるか。除霊薬のレシピが見つかったのもそう言った店から出しな」
あの時はルナが見つけてくれたのだ。だから、今回もその可能性があるかもしれない。
と言うことで、俺たちは骨董品屋を当たることにした。
そう言う類のお店に入ると、店主に紙のことを聞いて行くが、どこにもその紙を示す手掛かりを見つけることは出来なかった。
「やっぱり、そう簡単には見つからないな」
「でも、諦めてはいられないわ。次に行きましょう」
「ああ、その前に行きたいところがあるんだけどいいか?」
俺の言葉にルナとルルネは揃って首を傾げたのだった。
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俺が二人に断りを入れた場所は、一つの簡易医療施設だった。ここにはグレンが身を挺して救った村人たちが匿われていた。
あれから三週間が経ったので、村人の瘴気は完全に取り払われていた。俺はあの後ずっと図書館に閉じこもっていたので、村人の様子を見に来ることは出来なかったのだ。
「うん、大丈夫そうだな。よかったよ」
「ここの人たちがあんたとグレンさんが救った村人たちなのね。よかったじゃない元気そうで」
「ああ、そうだな」
「何よ嬉しそうじゃなさそうね」
「そんなことないさ。ただ、グレンのことを考えるとな」
「そんなこと分かってるわ。絶対に助けるから大丈夫」
ルルネは強いな。ルルネだって心配なはずなのに、こうして言ってくれるなんて、ルルネって良い奴なんだなと俺はしみじみと思ってしまう。
「やっぱり、あなたは凄い人です。こんなにたくさんの人を助けるなんて」
ルナは微笑むとぎゅっと抱き着いてくる。俺はそんなルナの頭を撫でた。
「それじゃあ、レシピ探しの続きと行くか」
「ええ、そうね」
俺たちはそう言って、この医療施設を後にしようとしたが、そこでルルネが誰かに引き留められた。
「ルルネ・ニーチェ」
その声にルルネは振り返った。そして、驚きの声を上げた。だって、そこに立っていたのは、アーリだったからだ。
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