第44話「瘴気障害」
第44話「瘴気障害」
「なっ何だよこれ……」
俺は村を見て、そう呟かずにはいられなかった。
「確かにこれはひどいね」
隣に立つグレンも、顔を引きつらせている。
村の周りにあった草花や生き物が全て死んでしまっていて、村には腐臭が漂っている。
「村人はどこにいるんだろう?」
「分からないけど、民家を回っていくしかないんじゃないのかな」
「だよな」
俺とグレンは頷き合うと、民家を回っていく。
そもそも『瘴気障害』とは、悪い空気などを吸うことによって体液バランスが崩れて、人が感染症を患ってしまうものなのだが、ここの一帯でそう言った話は上がっていなかったと王女様は言っていた。
もしかして、この北区画の区画長はその情報を隠匿していた可能性はないか? いや、今考えたところで答えは出ないか。今はとにかく村人を見つけないと。
俺が考えを改め村人を探していると、「リアム!」と鋭い声が聞こえる。
俺が急いでグレンの所に駆け寄った。すると、そこには『瘴気障害』を患って苦しんでいる複数人の村人の姿があった。
「これは完全に『瘴気障害』だな」
「治せるのかい?」
「ああ、結構、進行はしちゃってるけどこいつを使えば何とかなるかもしれない。と言うか何とかして見せる」
俺はそう言いながら、腰に下げていたフラスコを取り出すと、その村人に飲ませていく。
「リアム、それは?」
「ああ、これは新・万能霊薬を元にして作った『瘴気障害』を治す薬だ。実際に試したことはないけど、治ってくれればいいけどさ。それにさっき渡した護符は、この薬の効果を護符の形に閉じ込めた物なんだよ」
俺はそう言いながら、次から次へと飲ませていく。
「グレン、悪いんだけど先に民家を散策して他にも村人がいないか探して来てくれないか」
「ああ、任せてくれ」
グレンはそう答えると、すぐに探しに行ってくれる。俺もこの中にいた十数人の村人に飲ませていく。
取りあえずの応急措置は大丈夫だろう。今飲ませた薬が、どこまでの効力を発揮出来るかは分からない。後は祈るしかないかな。
それから俺とグレンは民家を渡り歩き、『瘴気障害』に苦しんでいる村人に薬を飲ませていった。
生き残っていた村人は四十人弱で、死者は十五人余りにもなってしまっていた。しかも、その死者の半数以上が老人や子ども達だった。
全員に薬を飲ませ終わった時には、すでに夜の帳が降りていた。
「くそっ! 遅かった!」
俺は思わず民家の壁を殴ってしまう。
「仕方ないさ。こればっかりは」
「けど! 俺はこれからの未来がある子ども達を救えなかった。まだまだ元気に過ごせるはずだったご老人たちの命だって!」
「だけど、リアムは四十人余りの村人を救ったじゃないか!」
「そうだけど! もっと早くここに来たら死んでしまった人たちも助けられたかもしれない!」
そう叫んだ瞬間、死んでしまった死んでしまった人たちの姿が脳裏に過った。
『瘴気障害』で死んでしまった人たちの姿は見るも無残な状態になってしまう。肌が紫色に変色してしまって、口を開け死んでしまっているのだ。
くそっ!
俺はもう一度心の中でそう毒吐いた。
「あの~」
俺が己の無力さに打ちひしがれていると、そう声をかけてくる人がいた。
俺が声のした方に視線を向けると、そこには一人の老人が立っていた。
「あなたは?」
「私はここの村長をしております、ファルザ・ムニンと申します。この度は私共々、村の住人を助けて頂きありがとうございます」
そう言ってファルザと名乗った老人は、綺麗に一礼をしてくる。
「そんなご丁寧に。俺はリアム・ラザール。南区画【スーザック】で錬金術師をやっています」
「僕はグレン・アルタです。同じく【スーザック】で近衛団の隊長を務めさせてもらってます」
俺とグレンも頭を下げた。
「わざわざ、そんな所から助けに来てくださってありがとうございます」
「ああ、いえ。お体の具合はどうですか?」
「ええ、あなたさんが飲ませてくれた薬のおかげでだいぶ良くなりましたわい」
「なら、よかったです」
俺がここに来て、すでに十時間ほどが経過しようとしていた。薬は数時間で効き始めて、今では何とか立ち上がり喋れるようにはなっていた。
『瘴気障害』の症状は実に様々だった。高熱や嘔吐、皮膚の炎症などだった。俺が作った薬は何とかこの『瘴気障害』に対応することが出来た。何とかなったのはよかったけど。
「それで、ファルザさん。一つ聞きたいことがあるのですが」
そう言ったのはグレンだった。
「はい、何でしょうか?」
「今回の『瘴気障害』の原因に心当たりはありませんか?」
確かに今回の起きた『瘴気障害』の一件は、謎が多すぎる部分がある。
そもそも『瘴気障害』が起きる条件は、土地や水が腐敗してしまって、そこから放たれる菌が原因で人間に『瘴気障害』と言う症状が出てしまうと言われている。
しかし、この村は確かに草花や生き物たちは死んでしまってはいる。それに、そうなってしまった場所が複数見られた。つまり、この村の人が『瘴気障害』を患ってしまった条件は揃っていたのだが、どうしてあんなに瘴気を発してしまうポイントがあったのかがものすごく不可解だったのだ。
ファルザはグレンの言葉に、少し考える素振りを見せると口を開いた。
「お二方は『ミアズマ』と言う名の魔獣に聞き覚えはありませんか?」
『ミアズマ』? 俺は初めて聞く名前だった。しかし、グレンはそうではなかったらしく、驚きで両目を見開いていた。
「『ミアズマ』って、まさか、あの『ミアズマ』か!」
「グレン、知ってるのか?」
「ああ、近衛団の資料室で見たことがあるよ。確か、五十年前に突如として現れた魔獣で、その魔獣が現れた村や街は瞬く間に瘴気の海に包まれ、生きとして生けるものが死んでいってしまうと、そこには記述されていた」
「なっ何だって⁉ でも、そんな魔獣がいるなんて公表何かされてないよな?」
「その通りだよ。その魔獣は突如として現れて、突如として消えていったんだ。まるで霧みたいにね。だから、本当にその魔獣がいたのかも分からなかった。だから、誰もがそんな魔獣はいないと考えていた。だから、資料室に残っている資料も昔話みたいな解釈の仕方だったんだよ。誰もが本当にあったことだとは思わなかったから」
「はい、兵士さんの言う通りです。『ミアズマ』は存在するのかも不明。だから、そうした解釈の仕方しかなかったのです。その魔獣の出現条件も行動理由も何も分からないのです」
「そんなことってあるのかよ」
俺は無意識にそう呟いてしまう。正体不明の魔獣が瘴気をまき散らしているだって?
洒落にならない。
「取りあえず、ここにいたらまた『瘴気障害』に患う可能性が出てきてしまう。だから、みんなが動けるようなったら、この村から離れるべきだと思う。村長や村人のみんなには辛い決断だとは思うんですけど」
「確かにリアムの言う通りかもしれないね。近衛団の隊長としてもリアムの意見を押すよ」
「そう……ですよね。ですが、みんなの命には代えられません。だから、この村を捨てようと思います。みんなには明日話そうと思います」
「聡明な判断だと思います。俺も出来る限りのバックアップはするつもりです」
「ありがとうございます、錬金術師さん」
「いえ、それが錬金術師としての役目ですから」
俺は笑いかけると、「もう今日は遅いですし寝ましょう」とファルザさんに提案すると、ファルザさんも「そうですね」と同意してくれたので、俺もグレンも横になって休むことにする。
実はずっと村人の応急処置をしていたため、かなり疲れてはいたのだ。
俺が横になると、そのすぐ近くにグレンも横になった。雑魚寝するような形ではあるが、座っているよりは、横になってる方がずっと楽だろう。
「なあ、グレン」
「ん? 何だいリアム」
「『ミアズマ』はまたこの村を襲いに来ると思うか?」
「正直な話、何とも言えないのが現状だね。さっきも言った通りその魔獣『ミアズマ』は、神出鬼没な上にその行動原理も全く不明だ」
「だよな」
やっぱり、未確認魔獣である『ミアズマ』のことを考えていても仕方がないか。なら、今はどうやってこの村人たちを救うかということだけを考えるのが先決か。
「グレン、色々と迷惑かけるかもしれないけど、よろしく頼むな」
「っ⁉ リアムがそんなことを言うなんて、はっ⁉ まさかとは思うけど、リアムも『瘴気障害』に陥ってしまったのかい?」
「誰も陥ってないわ! 何? そんなに俺が素直に礼を言うことが珍しいの?」
あんまりな言い用ではないか!
「はは! 冗談だよ、冗談。任せてくれよ、近衛団の隊長として全力で僕が持てる限りの力を貸すつもりだよ」
「ありがとな、グレン」
俺とグレンは笑い合うと、一度拳を合わせたのだった。
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「受け入れられない⁉ それは一体どういうことですか!」
翌日、ファルザさんが説得してくれたおかげで、生き残った村人たちは、素直に村を手放す決心をしてくれた。しかし、そこで次の問題が発生してしまったのだ。
それは俺たちが入って来た門の前で起きていた。
門には二人の衛兵がいるだが、そのどちらも中央街に『瘴気障害』を患ってしまった村人は保護できないと言って、門を開いてくれないのだ。
「待ってください。この人たちは俺の薬でかなり完治に近い形になっています!」
「ダメだ! 仮にその者たちを受け入れて中央街でパンデミックが起きてしまったら、貴様はどのように責任を取るつもりだ! 取れるわけがないよな!」
「しかし、ここにいたら、また村の人々は『瘴気障害』に陥ってしまいます!」
俺は必死に訴えるが、ちっとも聞き入れてはくれそうにはなかった。
くそっ! どうしたらいい! このままだとまた村の人たちが!
けど、衛兵たちが言っていることも分かる。確かに『瘴気障害』に陥ってしまった人を中にいれたくないことは分かる。
だけど!
「リアム!」
俺がどうしたらいいのか分からないでいると、グレンから厳しい声がする。
グレンが指さした方に視線を向けると、言葉を失った。
ここから八キロほど離れたところだろうか。ちょうど村があった場所に黒い瘴気が渦巻いているのが見えたのだ。
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